三
魔法師団の魔法使いは魔物が出ていない時は、魔物の痕跡がないかを調査している。未然に魔物の被害を防ぐのも魔法使いの役目だ。その調査は基本二人一組で行われる。
それは、カナタ達も例に漏れずそうだ。
「おい、相田」
「何よ」
「この鎖外せよ、歩きづらいんだけど」
目を細めて上半身に撒かれた鎖を解くよう抗議した。街中で魔法使いがいるというだけで、奇異な視線を向けられるというのに、鎖を撒かれた男が女に轢かれる姿など余計に目立つ。
しかし、相棒の相田春乃は「だめよ」と即答した。
「あ! なんでだよ」
「なんでって、あなたが危険人物だからよ」
「お前、俺を異常者だと誤解してないか?」
「助けを乞う女の子を殺したくせに、よくそんなことを言えるわね」
自分たちの会話を聞いて、雑踏が立ち止まりざわついた。
「そんなこと言って、もしかしてお前、こういう風に男を縛り上げる趣味でもあるわけ?」
「はぁ! 違うわよ。話をすり替えないでくれる」
この話を聞かれるのはまずいと思い、話を切り替えた。
瞬時に顔を真っ赤にして、相田は否定した。同時に周りの人達に話を聞かれていることに気がついて焦っていた。
更に羞恥心をかり立てるため、大きく息を吸って周りに聞こえるよう続けた。
「みなさーん! この女はとんでもないど変態野郎です」
「なっ! ちょつと何言ってんの!?」
「浮気しただけで、こんな仕打ちってあんまりじゃ」
「アンタこっちきなさい!」
困惑した彼女はとりあえずこの場から離れることを判断したのか、鎖を強引に引いて二十メートル先の路地裏に逃げ込む。
その際に、何度か人に接触しそうになったが瞬時に身を避けることで回避した。
ゼェゼェと肩で息を吐いていたので「少し休憩するか?」と提案した。
その途端にすごい剣幕で詰め寄ってきた。
「アンタのせいでしょ!」
「お、落ち着けよ。そんなおっかない顔してると皺になるぜ」
「余計なお世話よ!」
肩を怒らせて言葉を飛ばすと、彼女は一旦落ち着こうと思ったのか深呼吸し始めた。それが終わると、息を整えた彼女は眉間に皺を寄せた。
「どういうつもりなの? 私を辱めてそんなに楽しいわけ」
「うん」と即答すると彼女がまた詰め寄って来たと同時にカナタは言葉を挟んだ。
「お前も、どういうつもりだ? 報道に出てない事をペラペラとしゃべりやがってよ」
「どういう意味? それ」
目を丸くした彼女の反応を見て、息を吐いた。この反応から察するに彼女は何も知らないらしい。
「スマホで調べてみろ、そうすれば意味はわかるはずだ」
「は? どういう」
「いいから見ろよ! クソ女」
言った通り従わない彼女に苛立って声を張り上げた
わかったわよ」と肩をすくめて、スマホに視線を移してニュースサイトを表示させたのか、目を見開いていた。
それは信じられないと訴えかけるようなそんな目をしていた。
「わかっただろう? 俺の言っている意味がよ」
「なんで」
「当たり前だろ、そのままあったことを記事にするわけねぇだろ」
疑問を口にする彼女に、鼻で笑いながら答えた。スマホを覗き込んで、その内容が自分が知っている事実と違うことを直接見て確かめた。
記事に書かれていたのは、魔物の襲撃にあい三名が命を落としたが、魔法師団に所属する魔人と魔法使いによって速やかに駆除されたと書かれていた。その記事にはどこにも、自分が少女を殺したことなど一切明記していなかった。
「ただでさえ魔法使いと一般人との溝は深いんだ。信頼を少しでも下げないようにするのは当然のことだ」
「でも、それでも」
「真実を伝えるべきだってか? アホなこと言うもんじゃねぇぜ。それで、魔法師団の評判が悪くなれば、もっと生き辛くなっちまう。自由にお天道様も拝めもしないだろうな」
肩をすくめてカナタは悪態を吐くと、鎖が更に締め上げた。
眉間に皺を寄せて、彼女は小さな拳を握った。
「元はといえばアンタがあの子を」
「言っとくけどな、あのまま、あの魔物を野放しにしちまったら、あの子に多大なる苦痛を与えることになっていたぜ」
あの時の少女を助けなかった事を指摘された。事実ではあるが、彼女の無知さに苛立って声を尖らした。
目つきを鋭くさせ彼女は、早く説明しろといわんばかりに視線を外さなかった。
「あのまま、躊躇していれば、彼女は毒に侵され死んでいた。どのみちな」
「は?」
理解が及んでいないようだったので曖昧な息をした。
「ゴブリンの持つ武器には毒が仕込んであった。それも超強力なやつ。体内に入れば最後全身を数秒で全身に回る。無事に助け出したとしても、解毒が間にわず確実に苦しんで死ぬ。だから殺した」
「でも、それでもいい方法がきっとあったはずよ!」
真っ当な意見にも関わらず、彼女は反論した。
意地を張り通す様子を見て、カナタは後頭部を掻きながら、ふぅと息を吐いて彼女に呆れていた。
「お前、もしかして、全員助けられるとマジで思っているのか?」
そう尋ねた際の彼女の反応を見て、ある程度の為人を察した。
彼女は純粋な偽善者だ。死した兄と同じような。
全ての者を平等に助けると言う信念。それを抱くのは簡単なことだ。
しかし、それを実行に移すのは不可能である。自分が良く知っていることだ。
「無理だぞ」
ただ一言だけそう伝えた。経験則からなるその答えとは知らずに彼女は、反論しようとしたがカナタがある問いを挟んだことで黙った。
「年間で何件魔物の被害があると思う?」
「た、確か、日本だけで何千件かだと」
「そう正解。その件数を聞いてもまだ可能だと思うか? 全てを必ず守れるとまだ言えるか?」
黙り俯く彼女はもう反論の余地はないと判断したと思った。しかし、目は死んでおらずまっすぐにこちらを見つめ言った。
「できるとかできないって、そんなのただの言いわけよ! 力がある私たちが守らなかったら一般人は安心して生きていけないのよ」
「別にお前がそう考えるのは、勝手なことだ。ただ、俺にそれを強要するなよ。殺すぞ女」
彼女の意志はご立派だが、それの大きさに伴う実力を有さないことに、青筋を額に浮かべてカナタは鎖を引きちぎった。
驚愕する彼女に背を向けて歩き出す。
「待ちなさい!」
背後からまた鎖が巻きつくが、すぐに引きちぎってその場に捨てた。
変わらない結果に拳を握る彼女を一瞥して、「調査再開するぞ」と歩き出した。
後からついてきてはいたが、まだ警戒している雰囲気を放っていたので、付け加えて言った。
「心配しないでも、俺はどこにも行きはしない。お前はできるだけ、一般人を助けるような作戦を考えろ。俺はそれに基本はしたがってやる。ただ、やむ得ない場合は、容赦無く殺す」
彼女にそう宣言すると返事はなく、ただ後ろからついてきていた。
「どこまで行く気なの? 駅からだいぶ離れてしまったようだけど?」
「腹減ったろ? だから飯にする」
最寄り駅から離れた住宅街まで歩くこと十分。相田は相変わらず声を尖らせた。スマホの液晶に表示されたデジタル時計を見せつつ、昼食にすると伝えた。
すると辺りを見渡して、相田は眉を寄せて訝しんだ。
「こんなところに店なんかないわよ」
「良いからついて来いって、とびっきりのやつ食わしてやるからよ」
そう言うと相田はスマホを触って「これを見て」と地図アプリの画面を見せた。
上の検索バーに『近く飲食店』と簡素な文体で打ち込まれていた。しかし、検索には付近のある電柱に貼られた。表示版の住所には引っかからず、駅周辺のチェーン店や個人経営の喫茶店が表示されていた。
「この辺りに飲食店なんてないわ。あるとしたら、駅周辺よ」
「そうみたいだな」
「どういうつもりなの?」
立ち止まり警戒を強めた硬い声色で尋ねた。
彼女の様子に目を細めた。その質問には答えず歩き続けた。
「止まれ!」
語気を強めた静止の命令には明らかに敵意を剥き出しにしていた。
だが、気にせず歩くと鎖が上半身に巻きつけられた。
「なんのつもりか、知らないけどね。アンタの思うつぼには」
責立てる口調で話しながら、拘束を強めた。すると、前方から見知った老年の男性が声をかけてきた。
「おや、カナタ君。また来てくれるのかい?」
「よぉ、マスター。また邪魔するぜ」
「えっ?」
自分とその老年の男性とのやり取りを見て、相田は一瞬理解が追いつかず息を漏らした。
「えっと、それはどういう状況で」
鎖に巻きつけられている状態のカナタを苦笑いしながらマスターは尋ねた。相田はどう答えて良いかわからず言葉が出ないようだった。
「気にすんな。こいつの趣味だ」
だから、代わりに即答した。その途端に顔を真っ赤にし詰め寄った。
「ち、違うわよ! アンタが何するかわからないから拘束しただけよ」
「じゃあ、聞くが俺がお前になんかしたか?」
「うっさいわね!」
「あー、お二人共、そこまでにしないと」
自分たちの問答に控えめな声で割って入り、目線を上げて見るよう促す。
相田と同時に視線をそこに向けると、小さい子供が窓からこちらを見ていた。
「ねぇママ、あのお兄さん。なんであのオネェさんに鎖でぐるぐるに巻きつけられているの?」
純粋でいてあどけない疑問をその部屋にいる。母親に尋ねると数秒の間を置かず、窓から引き剥がされてカーテンを閉めた。
「あんなのと視線を合わせるのは良しなさい」
子供から危険を遠ざけるために言っているのだろうが、相田には許烈な口撃であった。