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ブレイズソード  作者: 東虎徹
16/16

十六

住宅街の被害は甚大だった。あの後、すぐに救急隊や警察そして魔法師団の連中がこぞって救助活動を行った。

死者は約十五人。重軽傷者は五十人余り。

次々にタンカーで運ばれる彼らを見て、カナタは事態の重さとは裏腹に欠伸を欠いた。

「わぁお、すごい神経ですね。これだけの被害を出しておいて」

「うるせぇ、お前もそのにやけづらとっとやめろ。ぶち殺すぞ」

「お前らといると緊張感が持てねぇな」

どんな時にでも疲労は溜まるものだというのに、隣にいる紳士ぶった青年。青戸に揶揄われたので苛立って罵倒した。そのやりとりを見た代田はため息をつく。

ふと複数の視線があることに気がついた。見回すと負傷者の強い憎悪と怒りのこもった眼がこちらを睨みつけていた。

するとその負傷者の一人が声を上げた。

「お前のせいだ!」

それを引き金にして負傷者達が各々声を張り上げた。

「どうしてくれるんだ」「まだ家のローンが残っていたのに」

「責任をとって死ねよ」「そうだそうだ」

どれもこれも自分勝手な物言いだ。しかし、自分たちがここに来なければ彼らは途方に暮れなかったのは事実であったので、カナタ含め二人も口を閉ざした。

「謝罪しろ」

救急隊員や魔法師団そして警察が諌めるのも聞かずに、負傷者達は罵倒の次は謝罪及び土下座を強要した。

カナタはこの光景を見ていつも思う。彼らは本当に醜い生き物だと。確かに今回は自分達に非がある。だが、そうでなかったとしても彼らは文句を垂れ流す。

安全を保証しろ、俺たちを優先しろ、早く魔物を倒せ、このように彼らは何もできない癖に罵倒は一丁前にするのだ。

本当に自分勝手な連中だ。

病院の看護師や喫茶店の店員そして養護施設。これらの連中もそうだった。

どれだけ安全に配慮しようが、おそらくは関係ない。

彼らは日頃の鬱憤や魔物に対する恐怖をただぶつけているだけだ。こういう連中は魔法使いだけでなく、他の立場の人々にも激しい言葉をぶつける。

芸能人や政治家など誰からも注目を浴びやすい人を標的にするのだ。

要は誰でもいいのだ。自身の不安や恐怖そして日々の鬱憤を晴らせればそれでいい。

その考えに反吐が出たが、自分も同様だということに気がつき鼻で笑う。

ズボンのポッケから振動が伝わったのでそこからスマホを取り出すと、相田から着信がきていた。通話という表記をタップし耳元に当てる。

『白銀団長から呼び出しよ』

「わかった、すぐ行く」

要件を端的に聞き、内容を瞬時に把握した。おそらく、今回の戦闘被害のことだろう。いや、そうとしか考えられない。

自分も端的に答えて通話を切った。気になったのか代田は横目で一瞥し尋ねた。

「誰からだ?」

「相田から、団長自ら呼び出しだってさ」

後頭部を掻きながらそう答えた。立ち上がって負傷者達の怒りの声を黙殺し歩き始めると「気をつけてくださいね」と青戸から声を掛けられた。

一瞬何に気をつけるのかわからなかったが、辺りを見渡してすぐに理解した。馬鹿にするよう肩をすくめた。

彼らが危害を加えてくるのは自身が安全だと確信した時だけだ。

罵倒はできても殴り掛かってくることはない。この場にそんなアホはいない。

本当に心底、人を舐め腐っている青戸に苛立ちを覚えたがすぐに頭を切り替えて白銀の元へと向かう。




「遅い」

「悪かったな。誰かさんが、迎えに来てくれりゃ、もっと早くにつけたんだかな」

魔法師団団長室に取り付けられた立派な扉の真ん前で、翡翠色の髪をゆらしこちらに気がついた相田は口を尖らせた。

対しカナタは謝りつつも、軽口を叩いて扉の真ん前に到着する。

「先に入ってりゃ、いいのによ」

「そういう訳にもいかないでしょ。呼び出されたのはアンタなんだから」

確かにそうだと頷いて、ノックをして声をかけた。

「柳木カナタでーす」 

「アンタ、もうちょと礼儀を覚えなさいよ」

「うっせ、どうでもいいだろ」

信じられないといったように眉を寄せて相田は諌めた。偉そうな彼女にうんざりして目を細めて乱雑に言葉を吐き捨てた。

そのやり取りを経てふと、疑問が生じた。

中から返事がない。いつもなら簡素な応答があるはずなのに、数秒待っても返事がなかったので、再びノックをして声をかけた。

「すいませ〜ん、柳木ですけどぉ!」

今度は張り上げて廊下に響き渡るように喉を鳴らした。

それでも応答がなかった。

居ないのかと思ったが一応中に、人の気配らしきものを感じるので違うなと首を振った。

ならなぜ出てこないのかと考えた。

まさかなと最悪な事態を頭に入れて、取っ手を握る。

「ちょっと、無断で入る気?」

「あぁ、そうだよ。文句あるのか」

「大有りよ! 許可もなしに入れるわけないでしょ」

「お前は変だって思わないのか? さっきよりもでかい声で呼びかけているのに返事すらねぇことをよ」

「た、確かにそうだけど」

これ以上の問答は無駄なので、静止の言葉を振り切って勢いよくドアを押した。

壁に打ち付けられてやかましい音を立てた。

視界に広がる部屋は真っ暗だった。 

「やっぱり、どこかにいるんじゃない?」

「いや、絶対ここにいる」

それを見て、相田はここにはいないと判断して呆れたように言ったが、それなら、受付などでなぜ誰も伝言を残していないのだろう。

それにあの老人の性格上呼び出して、ここに居ないということはない。少し招集に遅れただけでも説教を垂れるほどの堅物で、自身が遅れた時は謝罪をするような真面目な老人だ。

そんな彼が、何も言わずに出かけるわけがない。

絶対ここにいるのだ。確信を持ってそうカナタは言える自信があった。

なぜなら、わずかに血の匂いが微かにする。

早く確かめるため、電灯のスイッチを壁伝いで探し、スイッチを入れた。

その途端にカナタは目を見開いて、相田は絶叫を上げた。

中央の立派な席には変わり果てた姿で団長白銀が見つかった。

血まみれでそこに座り、ぐったりとしていた。

生存を確かめるべく、近づくと背後から複数の足音がした。

「何をしている?!」「あっ! そんな団長」

「柳木! 貴様」「よくもやってくれたな! ブレイズソード」

この死体付近にいた状況で、否定しても無駄なことはわかっていた。しかし、反射的に「ち、違う」と痞えながらも首を左右に振った。

当然聞き入れられず、各々魔法を放った。

一人は火球を、もう二人は雷光を直線上に撃ち、三人目は岩を剣を顕現させ宙で回転を加えて放たれた。

床を蹴って横跳びに一斉に放たれた魔法を避けた。

机は爆散し白銀の遺体も吹き飛ばされた。

次の魔法が来る前に、態勢を整えて三人に迫る。

間合いを詰めて右にいた一人を鳩尾に拳を突き出し気絶させた。

後方から一人が殴りかかるのを尻目で捉えた。突き出た拳を、左足を軸にして右に捩って避けた。

反撃を加えるため、軸足を右に切り替えて蹴りをくらわせて壁まで吹き飛ばす。

最後の一人は相田が鎖で拘束し床に叩きつけて気絶させた。

三人を仕留めて安堵する間もなく、彼らが知らせたのか警報が鳴り響く。複数の足音がこちらに向かってくる。

逃げようにも正面突破は流石に難しい。

どうしようかと頭を悩ませている時間は余りない。

「仕方ない、あそこから逃げましょう」

「正気か、お前」

「無実の罪で勾留刺されるよりはマシよ」

彼女が指した方向は窓だった。怪訝な視線を向けるが彼女の目は揺らぐことなく真っ直ぐに自分を見ていた。

意志の固さに心折れて承諾すると、増援が来た瞬間。彼女と同時に窓を突き破った。

雷や火そして風などが後方で放たれたが、間一髪落下によって免れた。

相田が落下の最中自分を抱き抱えた。

返えしがついた鎖を顕現させて、向かい側のビルにある広報の看板が設置されている、鉄の骨組に引っ掛けた。それを縮めて、移動しようとした。

しかし、真上からの鎌鼬に鎖は切断されて、再び落下する。

アスファルトに叩きつけられるのを阻止すべく、拳銃で頭を吹き飛ばしたカナタは異形となって相田に捕まるよう言って、肘のマフラーから火を吹き出して窓へと直行した。

壁に叩きつけられて、鈍い痛みを感じたがすぐさま粉々になったガラスを振り払い同時に走った。誰かがビルの警報を作動したのか、やかましい音が鳴り響く。すれ違う会社員や清掃員が何事かと見てくるが気にせずそのまま階段を駆け足で降りる。

関係者の入り口から路地に出ると、先回りされていたようで警察や魔法師団の魔法使いたちに囲まれた。

「警告する、動けば撃つ! 繰り返す! 動けば撃つ」

メガホンを持った警官がキンキンするような不快な声でそう宣言した。

総勢二十名以上はいる。この人数では流石に二人無傷での脱出は不可能だ。

だからといって相田を切り捨てるわけにはいかない。

どうすればいいと頭を働かせていると、放物線を描くように何かがこちらに飛んできて、地面に落ちた。その瞬間。警察や自分たちも訳もからず呆けていると閃光が煌めいて辺りを眼球が耐えられないほどの光が薄暗い路地を照らした。

それから免れるため瞼を閉じていると、誰かに腕を引かれた。

「誰だ!」と叫ぶが黙殺されドアが開く音がして、そこに放り込まれた。

視界がやっと安定し、見回すとそこは車内で運転席には見覚えのある人物がハンドルを握っていた。

「あんたがなんで」

「決まってるだろ、お前が理由なく人を殺すわけねぇからな」

あの時の顎髭の刑事だった。

なぜここにいるのかとうわずった声で尋ねたら、バックミラー越しに見つめて即答された。

車を発進させて、前進した途端に前方から火の玉が降ってくるが素早いハンドル捌きで避けた。

「奴らマジでお前を仕留める気だな」

「あたりまえだ、俺が団長を殺したと思っているからな無理もねぇ」

軽口を叩く余裕がまだあるみたいで大した肝の座り具合だが、そんなことを関心する暇もなく火の雨が降り注ぐ。

反射的に左へ右へとジグザクに避けた。

しかし、避けきれずに二つの被弾を受けて爆発した。

その寸前に三人はなんとか扉を開け飛び出すことで難を逃れた。

「ん〜しぶといなブレイズソード」

「このタイミングで最悪な奴に遭遇するとはな」

刑事が悪態を吐いて舌を鳴らした。相田は目を見開いて顔を蒼白させた。この世の終わりみたいに。前方にいる青年がそんなに恐ろしいかと聞かれれば頭を横に振る。だから、率直に尋ねた。

「何をそんなに怯える必要がある?」

「日本で最強の魔法使いって誰か知っているか?」

「さぁな、五人いることは知っているけど、一人一人は知らなねぇ」

「その五人のうち強さの序列があってな。あいつは二位のサンブレイク。東城炎山だ」

炎に包まれた身がほっそりとした青年がそんな大層な肩書きを持っていることに驚きつつも、中学生が考えたような異名だったので鼻で嘲笑う。

その後に自分そう変わらないことにショックを受けるが、間髪入れずに青年は真っ赤に燃えるような髪を揺らしてこちらに迫った。

不気味な笑みを浮かべて、拳を握る。そこから真夏に放たれる熱気がこちらに伝わってくる。

次第に皮膚が焼ける痛みに襲われた。

このままこちらの間合いに詰められれば、二人が熱気だけで殺されてしまう。

そう判断したカナタは迎えうつため地を蹴った。肘のマフラーに力を込める。

「まともに相手しちゃダメ!」

背後からの相田による静止も聞かずにその拳を、火を吹き出して斬撃の威力を高めた剣で迎え撃った。ぶつかる刹那。経験したことのない暑さに見舞われた。

しかしここから先に行かせれば二人は瞬殺されてしまう。だから、よりいっそう踏ん張って拳を押し返そうと肘のマフラーから吹き出す火の色が青に変わるほどに力を入れた。

そうすると、少しだけ後退させることができた。

それに関心を示すように「へぇ」と東城は声を上げた。

「やるなぁ〜流石、そうこなくっちゃ」

「誰がまともに相手するかよ!」

声を荒らげて、一瞬だけ力を弱めて一歩だけ下がり、狼狽えて前のめりになったところを蹴り飛ばした。右方向の四階建てのビルの壁に叩きつけた。コンクリートの壁は蹴りの威力に耐えきれずに崩壊した。

今のうちにここから立ち退こうと両腕を膨らましてマフラーから出る火を最大限の威力にするため構えて、二人に怒鳴った。

「死にたくなきゃ、俺に捕まれ!」

「何をする気だ?」

刑事が怪訝な顔で尋ねるが、今こうして問答する猶予もない。そのことを相田は理解したのか、刑事に自分の指示に従うよう伝えた。

渋々といった感じで頷いて体に抱きつく。

二人が捕まったことを確認すると屈んだ足を一気に蹴り上げた。

その途端に、バスケットボール大の火の玉が放たれた。

間一髪の跳躍でことなきを得たが、そうでなければあのアスファルトのように無惨な姿になっていたことだろう。周りが黒焦げになり、落ちただろう場所には大きなクレーターが広がっていた。

肘から吹き出す火の勢いで、街を超えて二キロ先にある郊外の森まで数分で飛んだ。

そこまで到達したところで、肘のマフラーから黒煙が漂った。

無事に着地する訳もなく、三人はほぼ体に掛かる重力を殺しきれずに、木立に突っ込んだ。

地面に叩きつけれらて、鈍い痛みを堪えながら同じ地点に落ちたであろう二人に声をかけた。

「おい、生きているか?」

「な、なんとかな」

「無傷なのが不思議なくらいにね」

刑事は薮の中から這い出てきて、頭には葉っぱがくっついていた。相田は木の枝に腹でぶら下がって項垂れていた。

二人とも軽口を叩けるくらいには気力はあるようだった。

そうとわかれば早くここを移動した方がいいと判断した。

なぜなら自分の体内には発信機が埋め込まれており、場所は魔法師団側に、丸わかりだからだ。

ここで少し体力を温存しておきたいところではあるが、捕まらないためには動き続けるほかない。

それがいつまで続くかはわからないが。

生い茂る薮と木々が並ぶ景色をスマホのライトで足元を照らしながら進み、かれこれ三十分は歩いた頃、ある建物が視界に入った。

近くまで来ると、とても人が出入りしているような形跡が見られないほどに、そこは古く寂れていた。防犯対策なのだろうかフェンスが二重に設置され、有刺鉄線も張り巡らせている。

「ここでひとまずは身を潜めた方がいいぞ」

「でも、俺には発信機が取り付けられているんだぞ、ここに止まるのは襲撃してくれといってるようなもんだぞ」

「だが、このまま歩き続けても消耗するだけだ」

確かに刑事の意見に一理ある。

場所が特定されているとはいえ、闇雲に動き続けるよりかはここに留まり、休憩した方がいいのかもしれない。闇雲に動いても緊急時に体が動かなければ本末転倒だ。

「そうだな」と刑事の提案に頷いて、囲んでいるフェンスを切りつけて通れるように穴を広げて敷地に入る。

コンクリートの床にへたりこみ、各々壁や柱に寄りかかる。

何の施設だったのかはわからないが、ガソリンの匂いがかすかにする。

「どうやら奴ら本腰入れてきたみたいだな」

スマホを片手に刑事が二人にそう呼びかけると、画面を見えるように突き出した。

そこには報道番組が映し出されて、自分が異形の姿で出ていた。

画面の左上に見出しの文字をふと視線に移すとそこにはこう表示されていた。

悪虐非道の魔人。ついに暴走かと。

それを見て察内容を瞬時に察した。流れるのは自分への非難ばかり。キャスターがS N S上にある書き込みを読み上げた。

考えなしに建物を壊しながら戦うとか、助けられる命を平気で無視する。

どれもこれもが事実なのでなんとも言えないが、白銀を殺したのは自分ではない。

それだけは間違っていると自信を持って口に出せる。

ただ、指名手配犯となってしまった自分の言葉を誰も聞いてはくれないだろう。

おまけにここにいる二人も共謀者として全国に顔が晒された。そこで番組を切ると刑事は肩をすくめて懐にあったタバコにジッポライターで火をつけて煙を燻らした。

「これで晴れて俺らは犯罪者というわけか」

「話せばきっと」

「無理だろ」

「そんなのやってみなきゃわからないでしょ」

「あんまり騒ぐなよ、ただでさえ疲れてんだ。勘弁しろよ」

相田とのやりとりを終わらせて、異形の姿から人に戻った。装甲のようなものが次々にドロドロに溶けていき、青い髪と黄金色の瞳が顕になる。

「嫌われてるのは知ってたけどこれほどまでとはね」

「仕方ねぇよ柳木。魔法使いでさえ受け入れられない社会に、異形の姿に変身する魔人なんてなおさらだろ」

自虐気味にカナタはそう言うと、刑事はタバコの吸い殻をその辺に捨てて踏みつけて消した。

中途半端に生えた髭をさすりながら刑事は「それに」と付け加えるように続けた。

「魔法使いでさえ、お前ら、魔人を毛嫌いする奴もいる。おそらくそういうやつか奴らにはめられたんだろきっと」

「まぁ、そいつを仮に見つけたとしてよ、俺の疑いが晴れるわけじゃねぇけどな」

「そうだな」

刑事の言葉を最後に、会話を切ってカナタは瞼を閉じた。視界を暗転させて体を休ませようとした。

その途端に僅かな休息は奪われた。

「みぃ〜つけたぁ!」

やかましい声と共に熱気が上から降り注ぐのを感じた。同時に破壊音がしたので目を開けた。

舌を鳴らして歯噛みする。その者の姿を見て、燃えるような赤い髪にほっそりとした体を屈めた状態でそこにいた。

目の前の彼が存在するだけで皮膚が火傷するような熱気が立ち込める。

再び拳銃を頭に突きつけて、異形の姿となり地を蹴った。

間合いを詰めて踏み込む右足を軸にして剣を力いっぱい振り下ろす。

肘のマフラーからの火による加速がないため、軽々と構えもせずに東城は片手で受け止めた。

「おいおい、まさかもうバテたのか? はりあいねぇなぁ!」

短く笑みをこぼし、そのほっそりとした腕からは考えられないほどの膂力で壁に投げ飛ばされた。

壁は容易く崩れて老朽化していた建物なので、天井も振動で崩れて瓦礫となって降ってきた。

「柳木!」

「ブレイズソード!」

二人の声が同時に飛び交う。彼らがひとまず無事だとわかると、瓦礫をどけて起き上がりつつ怒鳴った。

「さきにいけ! こいつは俺が食い止める」

相田は無茶だと止めるが、刑事が行くぞと言うと拒んだので強引に連れて行ったようで自分を呼ぶ声が遠のいていった。

「食い止めるって? この俺を? 随分と舐められたもんだよ。そんな体で何ができるんだ?」

「うっせぇ! やらなきゃやられるだけだ!」

会話をそこで切って真正面から間合いを詰めていく。

「じゃあ! 派手に死にな! ブレイズソード」

余裕を含む笑みを浮かべて、先程対峙した時よりも、数段熱気が強くなった。拳に火の玉が覆っていた。

それを突き出すと同時に剣で迎え撃つが、放たれた熱気により、体のいたるところに火傷を負う。 

それでも負けまいと鍔迫り合い、踏ん張っているが力負けしてしまい脇腹に回し蹴りを入れられた。隅の方に吹き飛ばされ、鉄骨が積んである場所に体を叩きつけられた。

衝撃で落ちてきた鉄骨を起き上がりさまに退けた。

その途端に火の雨が降り注ぐ。

横っ飛びで柱の方へと移動し、回り込むようにして東城との間合いを詰める。

横なぎに剣を一振りするが身軽な動きで避けられ、続けざまに接近して刃を振るうがそれも片手で止められてしまう。

「動きが単調になっているぞ、そんなんじゃいつまで経っても俺には勝てねぇよ」

嘲笑して肩をすくめた。

距離を取るべくもう片方の剣を横なぎに振った。避ける際に剣から手を離したので、飛び上がって間合いを取った。

「なぁ、もうやめにしないか?」

「やめるって何を?」

「決まってんだろ、この追いかけっこさ」

「罪を認めて大人しく勾留されろって言いたいのか?」

「違うよ、だいいちブレイズソード。君は白銀団長を殺しちゃいないだろ?」

「なんでそう思う?」

「だって、君が団長を殺すメリットがないからだよ。連中は必死に君をただ勾留しようとするが、俺は違う。君を最大限に利用し、魔法使いと一般人が快く暮らせるような世の中を作る。悪いようにはしないさ」

「さっきまで死ねとかなんとか言ってなかったか?」

「あれはほら、ノリで言っただけだから、あまり気にしなくていいよ」

「それでどうする? 俺に乗るかいブレイズソード」

「嫌だ」

しばしの沈黙が流れる。息をついて東城は顔の辺りまで拳を掲げて構えた。

「そうか、じゃあ。力づくで連れて行くまでだ!」

「やってみろよ!」

威勢よく言い放ち、一気に間合いを詰める東城を迎え撃った。

火を纏った拳と剣の応酬が繰り広げられた。

気の迷いが一瞬でも許されない。本気の命のやり取りの中で疲弊していた体が嘘のように軽くなっていた。交えるごとに動きのキレがよくなっていた。

それに気がついた東城は、早く決着をつけようと焦ったのか、単調に拳を左、右と順番に繰り出してきた。

タイミングにあわせて受け流した。

僅かに脇腹があいたので、その隙を見逃さずに身を捩って剣を斜めに切り上げた。

しかしその一撃は空を切った。

いつの間にか東城がいなくなっていた。

彼を捉える暇もなく、左に激痛が突如走った。

振り向くと剣もとい腕がもぎ取られていた。背後に回った東城によって。

血がダラダラと流れたが、気にせず反撃を加えた。剣を大きく振りかぶる。

フッと笑みをこぼして、東城は一歩半下がり避けると、回し蹴りを脇腹に入れた。

サッカーボールのようにバウンドし、カナタは宙で態勢を整えて構えた。

だが、片膝をついてしまう。

「なぁ、もういいだろ? こうさんしろ。もう片腕じゃ勝ち目ねぇぞ。わるいことは」

「まだ、俺はまけちゃいない。片腕が残ってるからなぁ!」

「アホが!」

再び降参するように提案する。何度聞かれても答えは同じだった。

威勢よく啖呵を切って片腕の剣で襲い掛かった。

自分が負けることを確信していた東城は、眉を寄せて拳を突き出した。

同時に強い衝撃と共に交えて、カナタと東城はすれ違った。

着地して数秒後、カナタの剣が跡形もなく砕けた。

「だから、言ったろ。片腕じゃ」

「馬鹿正直に腕を狙ってくれてありがとな」

「は?」とわけがわからず東城は間抜けな声を漏らした。

腹部を見て驚愕していた。なんともげた剣が突き刺さっていたからだ。

吐血した途端に追い打ちをかけるようにそれが一人でに動き、胴体に大きな裂傷を残して自分の元へと帰ってきた。

右腕がくっついたのを確認すると、真っ赤に染まった床に横たわる東城を一瞥し勝利の余韻に浸りたいところだったが、入り口の方から足音がした。

そこを見ると覚えのある気配が二つここに近づいていた。

「やっと追いつきましたね」「全くだ」

青戸と代田が姿を見せた。




「クソが」

オレンジのオールバックの青年と銀髪の小柄な青年の姿を目撃した。悪態を吐くと背を向けて反対方向に踵を返そうとする。

しかし、度重なる戦闘による疲労が溜まっていた。それもあるのか立ちくらみを起こし、片膝をついた。

「おいおい、その体でどこに行く気だ?」

「わーお、代田さん。見てくださいよ東城さんが、倒れてますよ」

「お前な、こんな時に悪趣味なやつだよ本当に」

逃げようとする自分を煽るように代田が尋ねると、その傍らにいた青戸が嘲笑ってスマホのカメラを向けてフラッシュを点灯させて写真を撮った。

その様子に引いて代田は息を吐く。

「おい、ブレイズソード。よく聞け、相田はお前のいや俺らの敵だぞ」

聞いた直後に何を言っているのかわからなかった。相田が自分の敵と言った気がした。

いや、気がしたのではない。

確実にそう言ったのだ。

ただ、すぐに首を左右に振って否定した。そうだ、自分を手っ取り早く捉えて勾留するための下手な口実だと察した。

なんともお粗末な言い訳だ。

「ふざけんな、信用するわけねぇだろ」

「あの時、学校に爆弾を投下するように軍に指示したのは、あいつだ」

何を根拠に言っているのだろうか。

本当に訳がわからない。スムーズに捕まえたいなら、説得などせずに気絶させればいいのに。

なぜそうしないのだろうと疑問に思いながら、カナタは疲弊し重傷を負った体を起き上がらせて相田の元へと、足を震わせて進んだ。

その時、何かを蹴飛ばした。

ふと足元を見下ろすと驚愕し言葉が出なかった。

そこには、刑事の生首が転がっていた。濁った瞳でこちらを恨めしそうに見ているような気がして背筋が凍った。

代田と青戸が彼を始末したのではと一瞬思ったが、その考えはすぐに誤りだと除外した。

彼らが殺したのなら、なぜ相田を掴めなかったのだろう。そもそも刑事を殺す必要性などない。

青戸や代田にかかれば気絶させてすむ話だ。

ではなぜそうしなかったのか、僅かな間の逡巡の最中、前方に影が現れた。

見覚えのある華奢で小柄なシルエット。相田だとすぐにわかった。

こちらへとゆっくり歩いてくる。彼女がなぜここにきたのか、それは自分を助けようと戻ったということに賭けて、逃げるよう言葉が出かかった。

しかし、その淡い期待はすぐに壊れた。

頬と腕にかけて血がべっとりと付着していたのだ。

彼女がやったのだとすぐに理解した。

そうであれば、彼らが言っていたことは正しいことになる。

一歩下がり警戒態勢に入ると、相田は口元に笑みをこぼした。

「あら、もうその二人から知らされたの? それとも二人を信じられずに、私のこの姿を見てから信じたのかしら?」

直後に相田はそう言ったあと付け加えるように「だとしたらお笑い草ね、ブレイズソード」と続けた。未だに彼女が自分を裏切ったことを信じられなかった。

歯噛みして確認するように尋ねた。

「何かの冗談か? 相田。だとしたらそうとう趣味が悪いぜ」

余程可笑しかったのか、相田は腹を抱えて笑いだした。彼女らしくない態度に驚愕していた。笑いはおさまったのか浮かべた涙を拭うと、自分を真っ直ぐ見据えて口を開いた。

「私は貴方を殺すために派遣された軍の諜報員です。でも、貴方をいえ、魔人を現時点での兵器では処分することは不可能だと、結論つけられました。魔力で生成された。毒爆弾。そして、同じ魔人を二体放っても返り討ちに終わった。貴方を殺すため、様々な方法をアプローチしましたが、全て無駄でした。貴方は強すぎた。だから、貴方をどう追い詰めたらいいかはすぐに思い浮かびました」

淡々と自身の正体。そして目的遂行までの過程を話す相田の丁寧口調に、背筋に寒気が走った。

お転婆で生意気を言う彼女の変貌に戸惑った。

いや、そうではない。変わったのではない。

演技していただけだ。自分を騙すために正義感が強い魔法使いを演じていたのだ。

信頼させるためにわざと刺客や兵器を扱い殺すため。

「だから、白銀のジジイを殺したのか?」

「はい、そうですよ」

彼女が言う思いつきを理解し尋ねると、笑顔で頷いた。

「お喋りはこれでおしまい、やれ二人とも」

手を叩き乾いた音と共に誰かに指示を飛ばした。

彼女の背後から二つの影が飛び出す。

それらを目にすると思わず「なっ!」と声を上げた。

なぜなら襲いかかってくる二つの影は、双方共に見知っている魔人だったからだ。

漆黒の翼が背中に二股状に生えている怪鳥と醜い人魚。

彼らが同時に頭上から飛びかかってきた。

早く避けなければと飛び上がって距離を取ろうとした。しかし、まだ体が回復しきっていないので、視界が揺れた。尻もちをついてしま、迫る二体の魔人がすぐ目の前に牙と鉤爪をチラつかせてそれらを突き立てようとした。

もう駄目かと諦めた時、景色がぱっと変わった。

あたりを見回すとどこかの部屋だということはわかる。

それと青戸が助けてくれたということも把握できたが、等々限界が来て窮地を脱した安堵によって気を失った。

朧げながらも意識は回復し、カナタは瞼を開ける。

「よっ! ブレイズソード気がついたか!?」

知らない真っ白な天井を見上げていると、東城の顔がそこにあった。

目を見開いて思わず「うぉ!」と言葉にならない声を出した。

飛び跳ねるように上体を起こして、互いの額がぶつかる。骨の芯まで響くような痛みで、あまりはっきりとしない意識や思考が冴えてきた。

赤くなった額をさすり東城は安堵に似た笑みを向けた。

「もう大丈夫のようだな。待っていろ、二人を呼んでこよう」

そう言いつつ踵を返して、ドアを開けて出て行った。

どういうことなのかを逐一説明して欲しいところだったが、あまりの事態に声が出なかった。

今の今まで殺しあっていた。青年が仲間に向けるような笑みを向けていたことに。

「どういうことなんだ? こりゃ」

思考がまとまらずに、髪をくしゃくしゃに乱す。その途端に「おはようございます! 柳木さん」と不快な声がした。

向くとやはり奴はいた。不気味な笑みを向ける青戸を視界に入れた瞬間。舌を鳴らして隣にいる代田に尋ねた。

「こいつはどういう状況だ?」

「一から順に説明している暇はない。だが、死にたくないなら俺たちに協力しろブレイズソード」

問いの回答になってないことに腹が立ちつつも、一旦湧き上がる感情を抑えて再び尋ねようとした。

ただそれよりも先に付け加えるようにして青戸が言葉を発した。

「単刀直入に言うと、代田さんが言った通りなのですが、いささかそれじゃ柳木さんは納得しないでしょうし、一から話しますね」

「おい、時間は一刻を」

「えぇ、わかってます。だからこそ、ちゃんと説明すべきだと思いますけどね。あなたが柳木さんと同じ状況になった時に今ので納得できます?」

言葉を挟む代田に青戸は冷静に淡々とした口調で聞くと、小柄な青年は反論できずに俯いて舌を鳴らして「わかったよ、好きにしろ」と言ってこちらから視線を外し。腕を組んで壁にもたれかかった。

「じゃ、サクッと説明するとですね。僕と相田さんは同じ軍の諜報員でしてね。貴方を殺すいや、魔人を殺す任務についていたんですよ。でも、どんな方法を用いても貴方を殺せないと判断して上はこの任務を取り下げました。ですが、全員が諦めたわけではなく、一部のお偉いさんと意見が二分しましてね。論争に終止符を打つべくある条件を取り付けたんですよ」

「その条件ってのはなんだ? まさか、俺を先に閉じ込めた方が勝ちとかじゃないだろうな」

「それだったら、まだ良かったんですけどね」

目を細めて青戸はふぅと息をつくと続けた。

「条件は殺しあいのすえ勝った方の意見を通すことになったんです。つまり僕たちは柳木さんに協力するよう命令され、相田さんは逆に貴方を捩じ伏せて勾留することを命じられた」

「命令ね。それだけじゃねぇだろ」

滅茶苦茶な条件を聞かされたことで、呆れて頭を抱えそうになったがそれだけでは説明できない。自分に対する相田の憎悪に満ちた目を思い出す。

「えぇ、残念ながら彼女の私怨も入っていますよ。当然ですよ、だってあなた彼女の家族を皆殺しにした張本人なんですからね」

衝撃の事実に戸惑いを隠せないでいた。避けられないだろう戦いにカナタは意を決して三人に協力することにした。




街中に警報が鳴った。けたたましいサイレンの音が響く。

『ブレイズソードが現れました。直ちに避難してください』

相田の耳にもそれは当然届き、武装した兵と魔人達を束ねて標的の元へと向かう。

外に出ると標的は目に前にいた。魔法師団本部の真ん前に堂々と立っていた。

どういうつもりなのかは知らないが、捕まえる絶好の機会なのは間違いない。

周りに気を配りながら警戒しろと兵に伝えて銃を構えさせた。

「ブレイズソード。そのまま、大人しくしてれば優しく勾留してあげるわ。だから、大人しく投降しなさい」

「バカか? 誰がおまえなんかの指図を受けるかよ」

「それは、断るととっていいのかしら?」

穏便に済ませる提案をしたが、彼は鼻で笑って断った。

答えを改めて問う瞬間。空気が張り詰めた。

「あぁ、そうだよ。とっとかかってこい。アバズレ」

緊張する静寂の中、舌をならして口汚く彼は罵った。

宣戦布告ととり、相田は「撃て」と射撃許可を与え戦闘の火蓋が切られた。

一斉にやかましいほどの空気が乾くような音が鳴り響く。

弾丸の嵐が直撃する前にブレイズソードは、向かい側のビルに跳躍して躱した。

彼を追いかけるようにして、数人の魔人と共に同じく跳躍してそこに向かい標的を包囲した。

「なぁ、さっきから気にはなってたが、お前らはいつそいつの仲間になったんだ?」

成美とカンを交互に一瞥して質問すると、彼らは訝しんで眉を寄せて「は?」と粗暴な声をあげた。

「何言ってんの? わたしたちアンタみたいな犯罪者知らないんだけど」

「そうだ、そうだ。オマエなんか知らん」

吐き捨てるように二人がそう言ったところで、理解が追いつかないのかブレイズソードは首を少し傾けた。

「なんだ? オマエら、標的の知り合いか?」

「だったらやりずらいでしょう、我々にお任せを」

紫の毛先。ウェーブがかった長髪男が揶揄って尋ねると、それに便乗するようにスレンダーでやや大柄な女性が処分を任せるよう言った。

「だから違うって言っているでしょ!」

「そうだ、そうだ、ぶち殺すぞ」

それに対し二人は不快感をあらわにして粗暴な言葉を投げつけた

各々声を上げる魔人たちは言い争いを始めた。

無意味な問答を相田は無視して、二人について説明する。

「彼らはいえ、魔人は致命傷を負い瀕死状態になると重度の記憶障害を引き起こす。貴方にも心当たりくらいあるでしょ?」

「まー過去にそいつらが倒されたとか、どうでもいい。俺らはブレイズソードつまりオマエを倒したら、ボーナスが貰えるんだ」

「だから、我々に大人しく殺されてください」

二人の魔人による挑発とも取れる言動にブレイズソードは舌を鳴らした。

その直後に我先へと、各々魔人に変身するべく頭部に拳銃を突きつけて、同時に引き金を引いた。乾いた音が同時に炸裂し、異形の姿となって襲いかかった。

怪鳥と大柄な女性が変貌した粘性の流動体の不定形な怪物が襲いかかる。

辺りを覆うようにして流動する体がこのビルを覆うようにして迫る。

向かいのビルまで飛びつく途中で、怪鳥による突進を受けてしまう。

剣で突き立てた鉤爪を防いだが、斜めに落下し公道に等間隔に植えられた街路樹に背中を叩きつけられた。衝撃で葉は揺れ落ちて、メキメキと音を立てて倒木した。

体勢を整える暇も与えず、無機質な機械の装甲に覆われた。異形と化した長髪男の両腕が銃と化した。その銃口から閃光が走り胴体を貫いて血を吐き出す。

同時に貫いたそれがアスファルトに直撃した衝撃で土煙が舞う。

続け様にまた撃った。

だが、それは当たらなかったようで土煙からブレイズソードが負傷しつつ走り抜けた。代わりに兵が犠牲になり死体が転がった。

「クソ、かわされたか、だが」

銃撃を躱されたことに舌を鳴らしつつ、標的を追い詰めるべく連射した。

光弾が雨のように降り注ぐ。

だが、俊敏な走りでそれらを免れた。

その直後に美しい旋律を醜い人魚が喉を鳴らし、空から鳥を模した魔物、地中からは魚を模した怪物が現れて上下から襲いかかる。

鳥は翼を羽ばたかせて鎌鼬を起こし、魚は足元に複数で絡みついて身動きを取れなくした。

その隙に風の刃と複数の光弾が着弾し土煙をまた発生させた。

「ざまぁ、みろ」

「案外大したことはないわね」

深傷を確実に負わせられたことに彼らは嬉しさを滲ませつつ、更にブレイズソードを挑発するような言動をとった。

その余裕が僅かな音が鳴るという変化を見逃し、醜い人魚は背後を取られた。

「じゃあ、その大したことない奴にやられる気分はどうだ?」

「あんたどうやって」

いつの間にか後ろに周りこまれて、驚愕する醜い人魚に容赦なく肘のマフラーから吹き出した火による加速した剣で刺突を食らわせた。

さっきの彼のように血を吐き出して、苦悶に満ちた表情を浮かべた。

「く、来るな!」

そのまま、醜い人魚を盾にしながら銃に間合いを詰めた。

それを阻止しようと声を荒げて光弾を発射するが、標的には当たらず味方の彼女ばかりに直撃し、手先や耳などが吹き飛ばされた。

盾としての役割をきっちりと果たしていた。

「死ねぇ!」

味方を盾にするなど考えもつかなかったのか、銃は動揺し連射の光弾から破壊力が高い閃光に切り替えるべく腕の銃を変形させた。

だが、その行動が間に合うわけもなく彼女と同様に刺突を受けてしまう。

「オマエが死ね」

先ほどの暴言に答えてもう片方の剣を突き刺して肘のマフラーからの火で力が加わり、彼らを二つに引き裂いた。

断末魔が響き、血と肉と臓物がアスファルトに撒き散らされて、それらを浴びるかのように標的は着地した。

「死ねぇー!」

怒号をあげて怪鳥が急速で接近した。

その刹那に横にステップを踏んで、最も容易く怪鳥の突進を避けた。

がら空きになった背中を踵落としでアスファルトに叩きつけた。

何の迷いもなく頭をその剣で切り落とす。

「あと一匹か。おい、まだやるか?」

死体の数を数えて、残りの一体である不定形の怪物に尋ねた。

質問に答えることなく、言葉にならない叫びを上げてビルを溶かしながら後退した。

追い掛けようとしたが、不定形怪物の頭に火の玉が現れた。

「避けろ!」

相田の怒号も虚しくそれは彼女に直撃し、一瞬のうちに流動体の体は蒸発した。付近の建物は焼け焦げるのを通り越して粉々になり瓦礫の山とかした。

そこから燃えるような赤い髪がトレードマークの魔法使い東城が這い出てきた。

「ふぅ、これで終わりか? 案外呆気ないものだな」

そう言ってこちらに目を向けて白い歯を見せながら笑う。

厄介な奴が現れたと舌を鳴らして相田はどうするかを考えた。

魔人や兵は全滅し、残る戦力は自分のみ。

とてもじゃないが、二人をいっぺんに相手取るほどの余裕はない。

一対一なら僅かではあるが勝機はまだあった。

ただそれは相打ちや自滅覚悟でいけばの話だ。戦闘能力が低いと自覚していたからこそ、数と連携で補強しようとしたのに、一瞬でやられては元も子もない。

爪を齧り、どうにかしなければと焦っていると不意に向かい側の歩道に、ある家族が目の端に映った。

おそらくは逃げ遅れたのだろう。中年の男性が老人を背に担いで、母親らしき女性は懸命に幼い子供二人を引っ張って走っている。

「ハハッ! よそ見とはいい度胸だ。行くぞブレイズソード」「指図すんなクソが」

迫りくる死の最中、相田は避難している家族を目にしてあることを思いついた。

それを実行するべく、懐に隠していた。あるものを二人に投げつけた。

スタングレネードだ。

彼らが理解する前に閃光と爆音が響く、二人は混乱して相田を見失った。

その隙に家族のところまで接近して、子供二人と母親に鎖を巻きつけ拘束した。

泣き喚く子供達、母親は大丈夫だよと宥めるが効果はまるでない。

だが、母親は続けて震える声で宥めた。

「なんだ!? あんたは妻と子供達をどうする気だ」

父親の抗議の声には耳を貸さずに、人質と化した三人を締め上げた。子供達は泣き叫び母親が苦悶の表情を浮かべている。

「わかった、わかった。何でもいうこと聞くから、そいつらを子供と妻を解放してくれ」

懇願するような声に一瞬。胸を締め付けられたが、ここは何としてでも標的を殺さなければならない。

「随分と落ちたもんだな、相田」

まだ耳も目も聞こえないのにも関わらず、ブレイズソードはこちら側に降り立った。

僅かに動揺するが異常に発達した嗅覚を思い出した。おそらくはそれ頼りにきたのだろう。

彼が近くづくたびに鎖を強く締め上げて、親子を苦しめた。

次第に耳が聞こえ始めたのか、立ち止まる。

「それ以上、近づいてみなさい。こいつらを更に苦しめるわよ」

「なぁ、一つだけ聞いていいか?」

その問いに答える気などもうとうないと宣言するように、鎖を更に締め上げて親子に悲痛な叫びを強要する。

「おまえ、最初から俺を殺すために近づいたのか?」

「えぇ、それ以外にアンタなんかと組むわけないでしょ」

親子の助けを乞う声を黙殺して、構わずブレイズソードは尋ねた。食い気味で吐き捨てるように答えた。数秒の沈黙のすえ、意志を固めたように声を硬くした。

「そうか、なら。心置きなくやれるな」

彼の躊躇のなさに改めて気付かされた。そして思い出す。

彼がどうやって戦ってきたのかを。彼は確実に助けられる命しか助けない。

その対象が悪人も善人、老若男女問わずに不平等にその命を助け、平気で切り捨てる非常さを持っている。

それが彼なりの信じた正義である。

追い詰められ気が動転していたとはいえ、判断を誤ったことを後悔し歯噛みした。

人質など取らずに撤退すれば良かったと。

ゆっくりと近づく、彼は目が慣れたのかこちらに歩く速度が少しづつ上がっていた。

このまま、この人質を締め上げていても無駄だと判断し、彼らを解放すると標的である彼をまっすぐ見据えて鎖を放った。

その先端には、剣や棘のついた鉄球などが付属してあり直撃すれば人はもちろん魔物でも瀕死の重傷を負うことは確実だ。

それらをムチのように扱い、彼目掛けて叩きつけたが正面から素早い身のこなしで避けられて間合いを詰められた。

近距離の戦闘は部が悪い。何とかして鎖の実体化を解いて、後退し距離を取らねばとつま先に力を入れる刹那。

当然間に合わず、腹に膝蹴りをくらい吹き飛ばされてアスファルトに体を叩きつけられた。

サッカーボールのように二回くらい弾み、体勢を整えた。

吐血し口元についた血を拭う。

「なぁ、もうやめにしないか?」

「は?」

「おまえ、最初から単体で俺に勝てる自信ねぇから、あんな数の兵と魔人用意したんだろ? そいつらがやられちゃもう積みだろ。とっと降参して大人しく拘留されてくれない」

先程と立場が逆転したことを皮肉の種に、そう提案してきた。

それを耳にした途端。思わず冷静さを失い、歯軋りをして目を地走らせた。

「ふざけんじゃないわよ! 私はアンタを殺さない限り前に進めないのよ、親の仇を目の前にして降参なんて死んでもしない! アンタなんかにわからないでしょ? 世界で一番憎い相手と親しく接するなんてどれほどの屈辱か、目を合わすたび本当に反吐がでそうな毎日だったのよ」

息を荒くし、内から湧き出る黒い感情と言葉を投げつけた。

その行為は積年の恨みを武力では達成できないと公言しているようなものだった。

だが、それでも恨みを晴らしたい。実現したいけれどそれを実行するほどの実力がない自分に苛立った。

誰しもが通る。自分のちっぽけさを痛感し、目には涙を浮かべつつも憎悪が籠った瞳で彼を睨みつけた。

その途端に聞き覚えのある老人の声が耳に良く通った。

『え〜皆さん。私は魔法師団最高責任者。十五代団長の白銀ギンだ』

耳を疑った。奴はこの手で葬ったはずだ。力なく息たえる瞬間を目撃している。

だが、現に音声放送で流れているので生きていることは間違いない。

つまりは仕留め損なった。一度ならず二度までも失態を犯した相田は歯軋りした。

『私はこの通り。というか音声だけでは伝わらないかもしれないが、生きてはいますじゃ。それと此度の襲撃犯は魔人ブレイズソードではない。犯人は相田春乃。魔法師団に所属し彼の相棒である彼女に油断しているところを叩かれた』

死んでいたはずの白銀が、真実を告げている。つまり軍は諜報員である自分を見捨てたのだ。

怒りが沸々と湧き起こる。彼をいや魔人ブレイズソードを殺すために積み重ねてきた。

今までの努力が全部水泡にきした。

権力ある老人が真実を告げただけでは信じられないと踏んだのか、白銀は続け様にこう言った。

『彼は確かに、多くの命を躊躇せずに奪ってきた。疑われるのも無理はない。しかし同時にそれ以上の命を彼は救っている。その証拠に中継で諸君は見ただろ、彼の戦いぶりを』

まさかと思い見上げると、一機のヘリが上空を飛んでいた。

どうやら先までの戦いを見られていたようだ。

これではもう言い逃れもできない。人質にしているところも確実に映っている。

社会復帰はもう見込めない。自分が待つ先はあの女と、虫ケラのように魔物の巣窟に放り込んで慰み物になった。彼女と同じ暗く深い絶望そして地獄の苦しみが待つあの場所が待っている。

更に追い討ちをかけるように、実際に助けられた人々がその場にゲストとして出演し声を上げた。

ほとんどがブレイズソードを賞賛し相田を下げるような発言だった。それらを聞いて、相田の糸が切れた。

「ふざけるな。私はコイツに家族を殺された。魔物の毒が全身に回ったからとかそんな理由でコイツは平気な顔して、まだ息があった父や母を躊躇なく殺したのよ! お前ら下等生物に何がわかる! 表面上の私やコイツしか見ていないくせに何がわかるっていうのよ! 力も何も持ち合わせていないくせにこの私に意見するな!」

それが彼女なりの最後の悪足掻きだった。守るべき対象を無意識に罵倒し、良い印象のブレイズソードを陥れようと必死に真実を告げた。

しかし、そんなものが届くはずもない。

その直後。エンジンの音が鳴った。視線を正面に向けると眼前に剣を斜めに振ろうとしている。彼の姿があった。

「ごめんな」

唐突な謝罪に目を見開いた。時間は数秒程だったかもしれない。それが引き伸ばされて数分になった。いや、正確には彼の動きと自分の思考する時間が噛み合わずに動きが鈍重になっていると感じただけだ。

彼は何に謝っているのだろう。両親を殺したことか、それとも自分の命を今から奪うことについてか。はたまた双方のことについてまとめているのかわからない。

ただ一つだけ言えるのは、それが自分に向けられていることだけはわかった。

しかし、どんなに謝罪の言葉を述べられても、どんなに優しく接してくれても彼を許す気には到底なれない。

魔人をいやブレイズソードを殺す。そのためだけに自分は生きて戦ってきたのだ。

親しい相棒もとい頼もしい仲間として演技したのも、彼を確実に殺す手段を考えるためだった。

ただそれだけだ。なのに、なぜ目頭が熱くなり頬に水滴が伝うのかが意味が分からなかった。

これがどういう感情なのかという思考に気を取られたせいで、迫る剣撃に反応が遅れてしまう。

いや、その考えに気を取られていなくても確実に避けられなかっただろう。

最初からわかっていたからだ。彼と一対一の状態になった時点で自分の負けを認めていた。

だから、体は最後まで命の危険を訴えているというのに、そのまま彼が剣を振る瞬間をマジマジと見ていた。それはついに振り下ろされた。瞬間、皮膚を裂かれた。そこから熱い感覚に襲われた。その直後に痛覚が刺激され顔を歪めた。

肩から脇腹を斜めに沿うようにして裂傷を負い。力なく仰向けに倒れながら鮮血が宙に舞った。綺麗な快晴が視界に広がる。

更に追い討ちを掛けるかのように、その最後の一撃は、自分を確実に仕留めるものだった。

横なぎに構えた剣が振られた。痛いという感覚はもうない。ただ、意識が流れ出る血と共に暗闇へと沈んでいく。

視界がやがて濁っていき、次第に自分という存在が亡くなる寸前。

彼が紹介してくれた店のあのケーキの味を思い出す。

もう一度、やり直せるのなら彼とまた一緒にケーキを味わいたかった。

不可能な願いだとはわかっている。

それでも意識が続く限り、相田はそう願い続けた。

何度でも。




事態は相田が死んだことで終息した。自分の疑いはもう無かったことになった。その代わりに相田が事の発端を生んだ。凶悪犯として報道された。

「全く奴らはどうしようもないほど、救いようがねぇよ。相田」

墓石に掘られた。名前を確認してカナタは屈んでそう声を掛けた。

供え物に買った。ケーキを頬張りながら線香の嫌な香りが鼻腔をくすぐった。

そのせいでせっかくの幸せな味が、その不快な匂いに阻害されて台無しになった。

「なんだよ、確かにこれはお前のために買ってきたけどよぉ、骨だけのお前には食えないからこうして俺が食ってやってんだ。持ってくるだけ有難いと」

独り言をそこまで口にすると、何者かの気配を二つ感じ振り返る。

そこには嫌いなオレンジオールバックの青年と見知らぬ華奢で小柄な少女がいた。

相変わらずその青年。青戸は勘に触る笑顔をこちらに向けていた。少女の方は修道服に身を包んでいて、悲しそうな者に送る視線を向けていた。僅かに瞳を揺らして目尻に涙を浮かべてながら。

「おかわいそうに」

少女がそう呟くと、青戸はプッと息をわざと漏らし嘲笑した。

「出口で待ってろと言ったろ。ぶ撃ち殺すぞ、青戸」

「相変わらずひどいなぁ、こんなにも可愛い子を連れてきてあげたんだから、少しお礼くらい」

「で、そこのチンチクリンはどこの誰なんだ?」

青戸のお喋りを遮るように、隣にいる少女が誰かを尋ねた。見たところ教会に勤めるシスターにしか見えないが。

それを聞いた途端に、少女は頬をリスのように膨らませて、人差し指を向けて詰め寄った。

「アナタ、初対面の相手になんという物言いをするでんすか! 訂正しなさい」

「おい、青戸」

今のを無かったことにし、青戸に再度彼女について尋ねた。

肩をすくめ青戸は「柳木さんの新しい相棒ですよ」と答える。

「無視しないでください! 早く訂正しなさい」

「こいつが? マジで言ってんのかよ。中学生にしか見えないんですけど」

「マジですよ、しかも柳木さんよりも二つ上ですよ」

再び彼女を黙殺し、青戸に話をふると指を二本立てた。

彼女が歳上だと知ると、この場にはいない同じく小柄で幼い顔立ちをした代田の存在が浮かんだ。ため息を吐き。後頭部の髪を掻いて内心呟く。

なぜこうも小柄で幼い顔立ちの奴に会うと決まって、歳上なのだろうと。

「ムキー! 二度もワタクシを無視しましたね、いいでしょうこの神の捌きを受けなさい!」

地団駄を踏んで子供のように怒ったあと、拳を力強く握ってそれを突き出した。

だがそれは、ハエが止まったことにも気がつかないような弱々しいものだった。

腹にそれは命中したのだが、当然そんなものがきくわけがない。彼女はそれが信じられないといった表情をした。目を瞬き「なぜ」と呟きながらもつき続けてきたので手で振り払う。

カナタは冷めた視線を送り、彼女は狼狽えながら指を向けて驚嘆の声をあげた。

「な、なんで倒れないんですか!」

「そんなんで、倒れるわけないだろ」

「だ、だって、教会の皆んなは倒れたんですよ! やられた∼∼と言いながら」

その発言にを聞いて息を吐いて彼女が舐められたいることを察した。

「多分だけど、それお前が」

事実を述べようとした途端に、地鳴りがした。

すると、前方の地面から人が這い出してきた。

思わず鼻をつまんでしまうくらいの腐臭を放って、現れた。それも十を超える人数。ホラー映画などでお馴染のみゾンビ集団がこちらに向かってくる。よだれを撒き散らしながら。

「な、なんですかいったい!」

「さぁな、でもやるしかねぇぞ」

怯む彼女を背にして、肩をすくめながらそう言い放つ。

飛びかかるゾンビを前にして、カナタはニヤリと犬歯を見せながら「さて、狩るか」とつぶやく。







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