十五
「なんか、ごめんね」
「いや、いい。慣れている」
成美は苦い顔をしながら謝った。それにカナタはぶっきらぼうに答えた。
夜七時過ぎの児童公園には二人だけだ。
足を組んでベンチの背もたれにより掛かると、隣に座っていた。成美がまた謝罪して付け加えるように言った。
「みんな根はいい人なんだよ。でも、やっぱり君が怖かったみたい」
それを聞いて、昨日の魔物を退治したところから遡る。
住んでいた施設は魔物の死骸で覆い尽くされてしまい、とてもじゃないが住むには難しいことと、それの処分が燃やす以外方法がなかった。だから、施設ごと燃やす提案を後からきた魔法師団の魔法使いに説明されて、職員である糸目の男性は二つ返事で了承した。
その後、自分の方に近づいて拳を震わせながら尋ねられた。
「アキくんはどうした?」
「悪いがあの子は死んだ。残念だったな」
そう答えるといきなり胸倉を掴まれて物凄い剣幕で詰め寄られた。
「本当は助けられたんじゃ、ないのか?」
「無理だな、あの子を犠牲にしなきゃ、今頃お前ら全員お陀仏だ。あの二人が助かったのもあの子のおかげだ。感謝しろよ」
「ふざけんな! 娘を殺した時もそう言うのか」
「やめてよ先生!」と言葉を連ねるたびにヒートアップする糸目の職員を成美が咎めた。
「なぜだ成美ちゃん、こいつのせいでアキくんは」
「彼を責めたって何にも変わらないわ。それに彼がいなかったら私たちが死んでいたのも事実よ」
「だが、こいつがアキくんを殺したことには変わりないだろ」
「違うよ先生、彼だってアキくんを助けたかったはずだよ。だったら、あんな悲しそうにしないもの。娘さんのことだってきっと」
「黙れ!」
宥めようと慎重に言葉を選んでいた成美だったが、糸目の職員はその言葉の途中で怒鳴り聞く耳を持たなかった。彼女との視線を切り憎しみがこもった目で睨みつけられた。
怒りを和らげるころか、火に油を注いでしまったようだ。
「確かにお前の娘もあのガキも殺したのは事実だ。けど、そうしなけりゃ救えない多くの命を優先しただけだ」
「そのためにあの子達がお前に命を奪われる道理がどこにある!」
「そんなもんねぇよ、ねぇけど。アンタとそいつらはおかげで生きることができただろ」
答えになってない答えを口にすると、怒りが頂点に達した彼が押し倒してきた。馬乗りになって拳を交互につき続けはじめた。
それを目撃した魔法師団の連中は取り押さえようと動いたが、相田が「やめて」と手を横に伸ばす。
しばらく痛めつけても、顔色が一切変わらないカナタに動揺して、更に殴りつける。
だが、糸目の職員は驚愕した。
先程よりも強く放った拳でさえ顔色一つ歪ませていないことに。
「満足か?」と拳の応酬が止んだのでそう聞くと、「ひぃっ!」と飛び退いて尻もちをついた。情けないことに口をパクパクさせて怯えていた。
「わかったか? お前がどんなに殺したいと思っても、俺には傷一つつけることもかなわない。無駄だってことがよ」
立ち上がり情けない表情の彼を見下ろした。
おそらく何を言っても無駄だ。正論を口にしても耳には通るだろうが素直に納得できないだろう。
ズボンについた土埃を払うと、踵を返して「行くぞ」と間に声を掛けて現場を立ち去ろうと歩みだす。
すると、背後から何かを投げつけられた。
頭に鈍い痛みが走る。視線を落とすと石が足元に落ちていた。
振り返ると、ケントが泣きながら叫んだ。周りは唖然とし、施設の職員たちは顔を青ざめていた。
「このバケモノ! 二度とくんな!」
友人が死んだショックと帰る家を失ってしまった怒りをぶつけてきた。
先程の彼と一緒だ。何を言っても無駄なので、肩をすくめてまた歩み始める。
施設の人間はしばらく魔法師団が保有する物件で生活してもらうことになった。元の場所に住めるようになるまでの期間までだ。
その翌日というか今日。成美に電話で呼び出されて今に至る。おそらく何かあった際の緊急連絡先という張り紙に記してあったのだろう。なぜ知っているのか彼女に聞くとやはりそうだった。
「柳木くんはさ、なんで魔人になったの?」
唐突な質問に一瞬戸惑ったが、改めて聞かれるとなぜなのだろうと思考を巡らす。
人々を守る為かと問われれば違うし、世界平和につながるような活動をしたいとも思ったことすらない。偽善者のような考えには反吐が出るからだ。
兄のような人になりたいとも思わない。というか、その兄がどんな顔をしてどんな生き方をしているのかも忘れてしまっている。
だから、これも違うのだろう。
長考した結果。わからないという結論が出た。要は理由などない。
あったとしてもそんな大層なものでもなさそうだ。
「わかんねぇな」
「そう。私はね、自分が生き残るためになったんだ」
答えると彼女の発した言葉に引っかかった。まるで自分と同じ存在であることを自白しているようだった。
聞き間違いだと思い「変な冗談はやめろよ」と顔を引き攣らせた。
少しの間を置いて成美はなぜか微笑んだ。その後に首を振って答えた。
「冗談じゃないよ」
「そうか、で、俺になんで正体を言う気になったんだ?」
一連の仕草や口ぶりから彼女が嘘を言っているようには見えないので、おそらく本当なのだろうと無理矢理納得した。
少し考えてから当然の疑問を口にする。
彼女は自分に至近距離まで顔を近づけて、耳元でこう囁いた。
「私と一緒に自由にならない?」
「どういう意味だ?」
「言葉通りだよ。だってさ、おかしいじゃん。この世はさ。私たちや魔法使いの連中が魔物と戦っているお陰で安全に暮らせているのにさ。あいつら、感謝ところか被害を少なくしろだの、早く助けろだの好き勝手言ってさ。自分勝手がすぎるんだよね」
「そんな奴らのために何だかんだ戦っている君を見てたらさ、不憫に思えてさ」
「それが答えか」
再びの静寂が流れた。
「そうだよ、それ以外に無いよ」
「でも悪い。俺はそんな風には生きれない」
例え逃げたとしてどうやって生活するのだろう。どこにいてもどのみち、体に埋め込まれた発信機ですぐに特定される。
だから、彼女の提案には乗るメリットが無い。
それに他の理由もあった。
それは、この生活が自分に合っている気がしたからだ。
魔物を殺すことが、唯一自分がこの世に存在していいと心底思っているから。
だから断ったのだ。
数秒の沈黙を経てから、成美は残念と言わんばかりに悲しい表情をした。
その後唇を重ねてきて、舌を入れられた。
同時に激痛が口内を襲う。咄嗟に彼女を突き放した。俯いて血を吐き出す。
土に真っ赤な液体がぶちまけられた。
彼女に視線を向けて、声を上げようとするがうまく発生ができない。
ただ顎を動かしているだけで、言葉にならない。
そんな自分を見て成美は可笑しそうに首を竦めて、咥えた物体を地面に吐き出す。
それは舌だった。無論彼女のでは無いこととそれが自分のものである事を理解した。
「ハハッ、何その顔受けるね」
口元の血を拭い。彼女は嘲笑を浮かべ、ナイフで首元を突き刺し血が噴き出す。
痛みを必死に堪えるように顔を歪めた。しかし、それはすぐにかき消えた。
同時に噴き出した血が彼女の全身を覆い、体が変形するかのように球状のそれは蠢いた。
その後に爆散して成美は異形の姿を露わにした。
上半身は人型で下半身は魚のような尾鰭だった。まるで御伽話に出てくる人魚だった。
だが、架空に出てくるような美しい相貌ではなく醜くかった。
上半身も下半身と同じく鱗に覆われており、瞳は赤く獰猛な牙が剥き出しになっていた。
彼女が魔人となった姿を見て呆然としただ見つめていた。
「今から君を殺すね」とそう宣言した。
その途端に銃を取り出して頭に突きつけた。
宙に浮かぶ彼女体が水を泳いでくるかのように迫った。
牙を剥き出しにしながら。
引き金を引いて喉元に噛み付かれたと同時に異形となり、剣と化した腕で振り払おうとする。
それを察知してか瞬時に醜悪な人魚は顔の辺りまできた刃を、のけぞって身を躱した。
優雅に宙返りして醜悪な人魚は距離を取ると、喉に手を当てて美しい歌声を放った。
その恐ろしく醜い顔からは想像もつかないような、せいれんで美しい声だった。
次第に心地よくなったが、それはすぐにかき消された。突如として、地面が崩落し重力が襲いかかったのだ。
同時にその穴からは巨大なモグラが大口を開けて、巨大な爪を土壁に食い込ませて這い上がってきた。
迫るモグラに対処しようにも、宙では身動ができない。肘のマフラーで火を吹き出して脱出することは可能だ。しかし火を吹き出すには数秒の猶予が必要だ。だが、そうする前に大口が迫ってきた。
このままではモグラの餌食になってしまう。
舌を鳴らしたと同時に場面が一瞬で切り替わった。見回すと肉壁とその周辺に牙はない。代わりに見覚えのある二人が前方の席に座っていた。自分がいることを確認させるとその一人である小柄で銀髪の生意気そうな少年が、運転席でハンドルを握るオレンジのオールバックの青年に怒鳴るように言った。
「とっと走らせろ!」
「はいはい、わかってますよ」
「テメェら、なんでここに」
うわずった声で尋ねると、車を発進させた。青戸がバックミラー越しで可笑しそうな笑みを浮かべた。
「嫌だなぁ〜監視に決まっているじゃないですか。柳木さんが出かける時、臨時で相田さんに頼まれたんですよ」
「だとしても、なんで代田がいるんだよ。二人もいらないだろ」
「その原因は今、追っかけてきている。あの魚女だ」
監視は百歩譲って理解できるが、二人でする必要性が皆無だったので口を尖らせる。すると代田がサイドミラー越しに映る。醜い人魚を見ながら答えた。
監視と彼女がどのように関係してくるのか、わからないので首を傾げた。
「魔法師団で一旦、被害者を保護するために身元を調べたら、彼女の戸籍や出自記録がなかったんだ。それを不審に思いよく調べたら、驚くことに彼女は隔離施設で厳重に勾留されていた魔人。マーメイドウェーブだってことがわかった」
「そんな奴がどうして、こんなところにいやがるんだ」
「七年前に脱走した」
「脱走したにもしてもそんな長い期間逃げられるか?」
「発信機を取り外したんだよ。それしか考えられない」
「なんで相田がいない」
「確か別件で仕事を任せられたってことは聞いた。あとはしらねぇ」
矢継ぎ早の質問に応え続けた代田はうんざりしたのか舌を鳴らす。
早い速度で迫る醜い人魚をサイドミラー越しに確認すると、青戸にもっと速度を上げるよう怒鳴った。
「無茶言わないでくださいよ、これでも結構スピード出しているんですよ」
広い公道とはいえ、両脇には住宅が密集している場所だ。そこを六十キロ強で走り抜けている。それにも関わらず並走してくる醜い人魚は怪物そのものだ。それに、制限速度を大幅に越して走らせているので、曲がる時は端にある道路標識やガードレールに側面などにぶつけながら走行している。映画やゲームなどでしか見たことない荒っぽい運転になるのは仕方ないが、これ以上逃げても埒が明かない。
そう思った途端に、十字路を直進していると、アスファルトが盛り上がって上空へ数メートル打ち上げられた。おそらく彼女が使役しているもぐらの仕業だろう。
車体が上向きになって体勢が整えられず焦っていると、また場面が一気に変わりある民家の屋根にいた。
「間一髪でしたね、あはっ」
「テメェに助けられるのは、なんか癪だな」
「それについては同感だ。ブレイズソード」
青戸の瞬間移動でなんとか助かったが、彼の微笑んだ顔を見ると無性に腹が立ってくる。それについては代田も腕を組んで頷いた。
「でも僕の魔法便利でしょ? 触れた対象に印をつけるだけで、他の場所に好きな時に移動することができるんだから」
「確かに便利だけどよ、それを敵にバラしてどうすんだよ」
肩をすくめて言葉を切るとカナタは見上げた。そこには宙に浮く醜悪な人魚が気色悪い笑みを浮かべていた。
「戦闘中に呑気な連中ね」
「こいつがアホなだけさ」
横からの抗議の声は黙殺し、カナタは醜い人魚を見据えた。
「随分、魔法使いと仲がいいのね」
「別にいいわけじゃねぇ、仕事上仕方なく付き合うだけだ」
「ねぇ、もう一度私の提案呑む気はない?」
「わかりきったこと聞くなよ」
再びの勧誘に嘲笑しながら答えると「そっか」と悲しげに口ずさんで彼女は、喉に手を当てて歌声を披露する。
美しい旋律が響くと同時にモグラが、複数体民家のあるところに現れた。
地面が盛り上がり建っていたそれはしたから突き出た巨大なモグラの体に押しのけられて、粉々になった。至る所から悲鳴が響き渡る。
「なんだこいつら」
「多分、あの歌ですね。魔物を使役する作用でもあるのかも」
青戸の仮説は正しい。なぜなら、その旋律が高鳴った瞬間。こちらに向かって奴らが接近してきたのだから。
それぞれ飛び退いて、三方向から迫る。モグラと対峙した。カナタは着地の直後に肘のマフラーで火を噴き出して、その推進力を利用して切り刻み。代田はバスケットボールよりも大きい火の玉を放って頭を爆破した。青戸は掌から作り出した黒い空間を作り出してそれをモグラに仰ぐ。すると胴体だけになり沈黙した。
民家は滅茶苦茶に壊れて人々は混乱してはいたが、そんなことはお構いなしに奴らは巨大な爪でアスファルトごと恐ろしく目を見開いている。住人が住んでいた民家やマンションを吹き飛ばしこちらに迫る。
正直に言って追い詰められていた。住人たちはパニックになり我先へと逃げ出そうとした。その愚策を止める余裕が自分たちにはない。
加えて、迫る魔物を駆除してもまた次が溢れ出してくる。
個体ごとの強さは大したことはないが、こうも多いと対処しきれない。どんな経験豊富な魔法使いであっても死は免れない。
どうしたらいいと思考を巡らす。
ふとあることを思いついた。これが成功するには代田の協力が不可欠だ。それに青戸の協力も必須だ。代田の方はともかく青戸とは連携するのは癪だがつまらないプライドを捨てて、二人にやるべきことを伝えた。
「できるっちゃ、できるが」
「う〜ん、でもやってみる価値はありそうですね」
了承と捉えて「やるぞ」と言い放つと迫る複数の魔物に大声を放った。代田の空気の振動を強力にする魔法を喉にかけて貰った。
けたたましい響きのある声が美しい歌声に重ねるように喉を最大限に鳴らした。魔物達は各々耳を塞いで、苦しみはじめた。地団駄を踏んで仲間に当たり散らす者が出たことで、魔物同士は内輪揉めが起こり、醜悪な人魚は魔物を制御できずにいた。自身もこの声にやられて歌声を発することができないからだ。
今が好機だと思い、カナタは身をかがめ肘のマフラーから火を吹き出して跳躍した。苦悶の表情を浮かべる人魚だったが、手刀を繰り出し高水圧の斬撃を飛ばした。
「舐めるな!」
迫る高威力の斬撃を自分単体に躱すすべはない。一人ではおそらく殺されていた。
「あぁ舐めてねえよ」
「え?」
見える景色が突如変わった。見上げていた自分が彼女を見下ろして、反対に彼女が自分を見上げていた。
わけも分からずに醜悪な人魚は自身が放った斬撃を受けて深手を負い腹からおびただしい量の鮮血が吹き出す。青戸の瞬間移動で位置を切り替えたのだ。印をつけたものにだけ作用するものだが、印をつけた先の対象者の周りにいる位置を視認できる限り移動させることができる。
醜悪な人魚は視線を下に下ろし一人の魔法使いを睨みつけ叫んだ。
それと同時に肘のマフラーから火を噴き出し落下する。自分の存在にはっと気がついて顔を蒼白させた。
「ま、待って!」
彼女の命乞いを容赦無く黙殺し、無惨にも剣を振り抜いた。
更に血が宙にぶちまけられて彼女と共に破壊された。民家の敷地に着地する。
池のように血溜まりが広がり、痙攣しているのを見て少し、ほんの少しだけ胸が締め付けられた。そして、もう動かなくなった。数秒後、彼女の体はボロボロに朽ちて、灰になると風に攫われてどこかへと飛んでいった。




