十三
病院に無事に着くとすぐに少年は自分から引き剥がされた。
また一緒に行くと駄々を捏ねたが、魔人がいるというだけで怖がる人もいるからと相田と救急隊員の女性による言い聞かせでようやく頭を縦に降った。
振り向きざまに「また会える?」と聞かれた。正直もう会いたくないので「機会があればな」とそっけなく言った。
そのつもりなのだが少年の反応は嬉しそうに声を弾ませて、目を輝かせながら手を振った。
「約束だよ」
そう言って少年は救急隊員の女性に連れられて中へと消えていった。
「はぁ、疲れた。あのクソガキふざけやがって」
「でも、まんざらじゃなかった見たいね」
「ウルセェ! とっともう帰るぞ」
揶揄ってくる相田に悪態を吐いて、救急車から出た。
すると、見覚えのある美少女と目が合った。
途端にこちらに勢いよく駆けつけてきた。手前で息を切らしながら「この度はありがとうございます」と頭を下げた。
二度三度と連続して頭を下げて礼を述べる彼女に、少し弾きつつもカナタは「別に感謝されることじゃない」と謙遜した。
「いいえ! あなた方はあの子の私達の命の恩人も当然! このあと時間はございますか!?」
勢いよく可愛らしい顔を近づけられて、少し動揺して一歩後ずさる。
「別にあとは帰るだけだ」
「なら、よかった。あの子を助けてくれたお礼にウチに寄って行ってください!」
「急に言われてもな、どうする?」
「私に聞かないでよ」
「甘い物ご用意させていただきます。例えばケーキとか」
「よし行こう」
「あんたもあの子のこと言えないんじゃないの」
「それとアイスもあります」
「行きましょう、あの子が戻ったらすぐに」
「お前も人のこと言えないだろうが!」
提案を飲んだカナタたちはその数十分後、病院から出てきた二人と合流し彼らの家にお邪魔することになった。
タクシーを降りると目の前には水色の塗装を施した二階建ての建物があった。
塀に囲まれた敷地は普通の家よりは広めで、外遊びをしていても問題ないほどだ。
錆びた鉄の門付近にはひまわり園とこの施設の名前を示す表札があった。
これらのことから彼らが施設に保護されている孤児だと知る。
「いいのか? 俺ら部外者だろ」
「いいの、いいの。少し先生と話してくるからそこで待ってて」
笑いながら身振りして彼女は施設の先生とやらに許可を取るため先に中へと入る。
「ねぇ、にいちゃん達はさ。ブレイズソードの友達?」
「そうだなぁ、知り合いみたいなもんだな」
「そっか、じゃあさ、今度会った時でいいから僕の誕生日に来るように言ってよ」
「なんでそんなに奴に会いたいんだ? あいつはヒーローでもなんでもないぞ」
「兄ちゃんにとってはそうでもオレにとっては命のおんじんなんだ」
俯いたままそう言ったきり少年は黙った。気まずい雰囲気が流れるなか彼女が満面の笑みで許可が降りたことを伝える。しかし、少年が落ち込んでいたので「どうしたの?」と視線を合わせて聞いた。
「なんでもない!」
語気を強めて先に走って行ってしまう。
「どうしたのかしら? あっ、ごめんなさいお見苦しいところを見せてしまって」
「いや、問題ない」
「そうですか、ではどうぞ上がりください」
中に入るよう促され、玄関に上がり込むと二人の男女が出迎えてくれた。
「いらっしゃい」
「どうも、二人がお世話になりました」
礼を述べて丁寧にお辞儀をした。
二人の礼儀正しさに少々カナタは困惑していたが、相田は平然と「ご丁寧にどうも」と返す。
彼女にならい遅れて会釈して同じく言葉を口に出した。
「なに? 緊張してんのアンタ」
「ちげえよ、少し驚いただけだ」
その言葉を聞いた。施設の二人のうち、糸目の男性は自分の方に近づきぽんと肩をに手を置いた。いつもなら、不快感をあらわにして振りほどくはずだった。しかし、不思議とそれはなかった。おそらくは、敵意がないことを本能で察知したのだろう。
「あはは、だろうね。僕ら魔法を使えない側の人間は君らを怖がる人が大多数だもんね。でも、君らがいないと僕らは平穏に生活できないんだ。それをわかっているから、別に君らを恨んだりしちゃいないよ。感謝しているんだよ君ら魔法使いにはね」
口角を上げて、優しい声色で述べられた。
あまり聞いたことの無い、魔法使いを称賛する意見を間近で聞いて少し居た堪れなくなった。自分は、魔法使いではないからだ。
「でもね」と糸目の男性が付け加えて放たれた言葉が肩に重くのしかかる。
「魔人。ブレイズソードだけは許さない。奴は俺の娘を魔物と一緒に殺したんだ。それも、助けを求めたのにも関わらずだ」
語気を強めて肩を握る力が強くなり、顔を歪めたのに気づいて、申し訳なさそうに手を離す。
「ごめんね、平気?」
「あぁ、魔物の奇襲に比べればな」
「ははっ! こりゃ頼もしいな」
ニッコリと人の良さそうな笑みを向けられたが、それは自分に向けられたものではない。
魔法使いという自分に向けられたものだ。
けっして、魔人として少数の犠牲をもいとわない魔物を殺す生き方をしてきた。自分に向けられたものではない。
向けられたのはただいつもと変わらない憎悪だけだ。
慣れている。それなのになぜ、こんなにもいつも胸が苦しいのだろう。
眉を寄せてうつむくカナタに、相田は「平気? 帰ろうか」と提案してきた。
だが、ここで帰っては自分たちを招待した彼女になんだか悪い気がしたので却下した。
それに、今帰ったら不自然過ぎる。
表情の変化に気づいたのは、彼女だけでなく当然三人にもまるわかりだった。
続けざまに顔色が悪いことを指摘されたが、大丈夫だと笑って誤魔化した。
三人は顔を見合わせた後に、くすりと笑みをこぼした。
部屋へと通され、廊下を少し進むと突き当たりの扉をくぐりリビングの食卓に案内され、ケーキやら紅茶が出された。しかし、どれも喉を通らなかった。




