十一
現場はとある雑居ビルの一角だった。そこはマンドラゴラの薬の売買に手を貸していた暴力団名義の建物らしい。
道路には一般人がここに近づかないよう、交通整備をして近隣の住民達に避難勧告を行いこの場をすぐに離れるよう警告が報道で流れた。車から降り、見張りの警官
髭面の刑事の顔を見るなりどうやって乗り込むか尋ねた。
「おい、刑事。作戦はどうする?」
「とりあえず、お前ら魔法師団が先行しろ、その後に警官と軍が連携して行く」
「それ、作戦って呼ばなくねぇか?」
「変な小細工して、昨日みたいに痛い目見るよりかはマシだと思うがな」
「安心しろ、今度は逃さねぇよ」
「ぜひ、そうしてください!」
目も合わせたくないオールバックの男が会話に飛び込んで来る。
「青戸。てめぇは、すぐに視界から消えろ」
「酷いなぁ〜元相棒として忠告してあげようと思ったのに」
「もう後がないってことか?」
「えぇ、今度も甚大な被害を出すようであったら柳木さんあなたを拘束するよう受けたわ待っています」
キラキラとした表情で嬉しそうに微笑みながら青戸は言った。
眉を寄せつつ、舌を鳴らしてビルに視線を向ける。
「じゃ、とっと乗り込むか」
その一言で、特攻を開始した。
ガラスの戸を割って入ると、髪がまばらに奇抜な色になっている者達が襲ってきた。その外見的特徴から、マンドラゴラの薬を手にした者達だと把握する。
涎を撒き散らしながら、駆け寄ってきて炎を纏った拳を突き出す者や一直線上に雷を飛ばす者など様々いた。しかし、死線を掻い潜り続けた魔法使いと魔人にとうてい叶うわけもなく圧勝した。カナタが肉弾戦で四人を捩じ伏せて、相田が手から放った鎖で他の五人を捕縛し、青戸が結界を形成してその他大勢を囲い室内の隅に追いやる。
一瞬の制圧に驚いた後方の警官の一人が「すげぇ」と呟く。
称賛の声に少し、悪くない気分に浸りある提案をカナタは口にした。
「この先は手分けするぞ」
「え? でもそれでは危険が増すのでは?」
「一つに固まって動く方が、効率も悪いし相手の使える魔法によっちゃ、最悪全員全滅するかもしれないだろ」
「たとえば、どんな魔法でやられるのかを具体的に伺ってもよろしいですか?」
青戸にグイグイと笑顔で詰め寄られるが、具体的な魔法の案を考えていなかったので視線を逸らして昇降口に無言で向かう。その反応で青戸の顔は面白い者を見るような微笑みを浮かべて、粘着してきた。
「あ! その顔は何も考えてなかったですね」
「うっせぇ! だから俺はお前が嫌いなんだ」
「ちょっと二人とも少しは緊張感を持ってことに」
キラキラと瞳を輝かせた青戸が自分を揶揄う様子に目を細めて相田が注意する。その途端に景色は一瞬にして変わった。
快晴の空が突如現れ、あたりはビルが立ち並んでいた。外であることをカナタが認識した。
その瞬間に、真正面から銃撃が連続して放たれた。唐突な出来事すぎて反応ができずに全弾命中してしまう。
体中が熱くなり強い痛覚を数秒経つにつれて襲われた。
夥しい出血にアスファルトを真っ赤に汚す。
吐血しつつもカナタは銃撃が放たれた方を見ると、水色髪の青年もとい怪鳥の魔人がマシンガンを構えて口角を釣り上げていた。
「ギャハハッ! どんな気分だ〜こういうふうにはめられる気分は」
「けっ! なんてことはねぇな! そんなのがテメェの限界か?」
見え透いた挑発に怪鳥は低音で唸って「何だとぉ〜!」と憤慨し体を震わせた。
「お前ごとき、あんな小細工しなくてもテメェを実は殺せたんだよ。バカが」
「コロス!」
「やってみろ、チキン野郎!」
怪鳥が更に興奮して跳躍の構えとった途端に、カナタは素早く拳銃を懐から出して頭に突きつけた。引き金を引いて乾いた音と同時に怪鳥は一瞬で間合いを詰めた。
その鋭い鉤爪で獲物である自分の肉を引き裂こうとした。しかし、それが届く寸前でカナタは異形の姿となり、両刃の剣で防ぐことができた。
ただ、勢いだけは殺せずに屋上から怪鳥と共に宙にまった。
突如として薄暗い地下通路に出た。明かりは少しばかり点滅する天井の蛍光灯だけだ。
辺りを見回しても相棒と青戸の姿がない。分断されたと見ていいと判断し、春乃は真正面の殺気を放つ何者かに視線を合わせる。現れたのは銀髪を逆立てた小柄な女だった。
「へぇ、私の存在に気がつくなんてやるねアンタ」
「気がつかないとでも思ったの? いくら何でもバカにし過ぎよ」
「それにしても、ここどこだよ。リーダーのやつへましたか?」
戸惑う彼女を見てうっすらと相田は笑みを浮かべた。
「てめぇなんか知ってるって顔してんな」
「御託はいいから、とっと掛かってきて。あなたとおしゃべりしていると酸素の無駄になる」
淡々とした口調で彼女を煽る。額に青筋が浮かんで飛び掛かろうとした。しかし、動かない。そこに固定されたかのように彼女は身動きできない状態となった。
「な、なんで」と当然の疑問を彼女が口にした。
「本当に間抜けね。あなたが悠長におしゃべりしている間に、鎖で縛り付けさせてもらったわ」
嘲笑しながらネタバラシを行う。透明にした鎖を見えるようにして。
彼女は面くらって数秒した後もがいて抜け出そうと試みた。その無駄な努力に目を細めて息を吐く。あの魔人達なら力づくでこの鎖を引きちぎることが可能だが、並程度の実力しか持ち合わせていない彼女にはとうてい不可能。
つまり彼女はこの鎖を巻きつけられた時点で負けはもう確定しているのだ。
それなのに未だ抜け出そうともがいている。
「このクソアマッ! 卑怯だぞ」
「戦いに綺麗も汚いもないですよ。というか犯罪者に慈悲はありません。どういう殺し方をしようと、人々は文句を言いませんよ。何にせよ自分らが安全に暮らせれば彼らは満足ですから。扱い的には魔物と同レベルですね」
そう言って鎖で拘束した彼女を引きずって、奥に進む。
「おい! どこに行く気だ! これを解きやがれ」
「あなたは非常に運が悪いですね」
「おい!」
「ここには魔物の巣があるんですよ。刑罰のため、この場所にわざわざ作ったんです」
「見てください」と彼女の呼びかけに応じずに言葉を続けて、通路の奥の方へ見るよう促した。
その光景を見て、彼女が青ざめたのに時間は掛からなかった。
そこには複数の魔物達が生きた人間を食い、凌辱していた。
男は無惨にも生きたまま食われて、女は霰もない姿となって魔物と体を強引に重ねられていた。
いくつもの悲痛な断末魔と神に助けを乞う姿はまさに地獄絵図だった。
「何なの? ここ」
「刑場です。主に彼らは強盗殺人、詐欺、密売、強姦といった凶悪犯罪を犯した受刑者たち。彼らに人権はない。女こどもだろうが老人だろうが関係ありません。悪いことをすれば相応の報いを受けるべきです。あなたみたいなね」
「こ、こんなことをして許されるわけが」
「許す? 犯罪者を許す道理なんてどこにもないですよ。あるのは遺族と被害者の無念を晴らす。ただそれだけです」
「あ、悪魔! この外道が」
「何言っているんですか? それが人間じゃないですか」
その一言を聞いた途端。話し合いは無駄だと察したのか彼女は、逃げ出そうと後方に駆け寄ったが、当然の如く逃げられるわけもなく、容易に鎖を引っ張ることで動きは封じられた。
「離せ! 離せよ!」
「えぇ、言われなくても離しますよ」
冷淡にそう言い放つと春乃は彼女を、魔物の巣靴に放り込んだ。
地面に叩きつけられたと同時に、彼女は複数の魔物に襲われた。
匂いで雌と判断したのか、耳を塞ぎたくなるような音と悲痛な叫びが辺りに響き渡る。
「さようなら」そう言い残して立ち去ろうとすると目の前に二つの気配があることに気が付く。目を凝らしよく見るとここに送り込んだ張本人青戸がただずんでいた。その隣には顔面蒼白の赤髪の青年が拘束されていた。
「えげつないことをしますね〜あんなに可愛いのにお可哀想に」
「テメェら! 俺のツレに何をしやがる! 早く止めさせろ」
怒鳴り散らす青年と心にもないことを口にする青戸に息を吐く。
「彼女は立派な犯罪者つまりはあなたもああなる運命です。ですが、あなたには捕虜として拘束させてもらいます」
「ふざけんなっ! 俺らはただ俺たち魔法使いが生きやすい世の中にしたいだけだ」
「それならば、一般人を国ごと滅ぼしても良いと?」
「あたりまえだ、あいつらは魔法を碌に使えぬゴミだ。生きていて何の役にたつ!?」
傲慢な答えに思わず鼻で笑ってしまった。
「それなら、我々と同じですね。私たちは国の安全のためならば、魔物だろうが犯罪者だろうが容赦しません。どんなに非道な行いであったとしても、全力で国民の安全を守るのが我々日本国の魔法使いのあり方です」
淡々と述べているなかで青年も何かに気がついたのか、押し黙ってしまう。
「それに貴方は先ほどこのように言いましたよね? 一般人を魔法が扱えないゴミだと。それは違います。彼らは魔物と戦えない代わりに身の回りに必要な生活に役立つものを作ったり維持したりするのに必要な存在です。確かに彼らの中には私たちに嫌悪を抱く者もいます。ですが、それは魔法使いだって同じことです。総じて人は醜い。人種や育ち言語も文化も違う。加えて思想も容姿だって異なる。それらの違いを理解していながらも、受け入れられない者は徹底的に排除する。あなた方は魔法使いにとって生きやすい世の中を作るために、劣等種である一般人を皆殺しにしたりするのと同じように。我々は国民全体の安全のためならば、魔物や犯罪者をどんな手法を持ったとしてでも排除する。ただそれだけなんですよ」
絶句する青年を尻目に先にここから立ち去ろうとすると、しばらく黙っていた青戸が呼び止めた。
「その考えのもと、今回のミッション達成できると思います? 相田さん」
そう聞かれてようやく相田のムカつくところがわかってしまう。相棒に少しだけ同感しつつ、振り向きざまに感情を押し殺して答えた。
「やり遂げますよ、必ず」
「そう来なくては! 面白味もないですからねぇ」
不気味な微笑みを浮かべて声を弾ませた青戸を残し、春乃は踵を返して先に進む。
落下の最中、カナタは怪鳥による狂爪を防いで鍔競り合う状態が数秒続く。
「死にやがれ!」
力負けして腹を蹴り飛ばされて他のビルに設置してある広告の看板を突き破って体が跳ねた。
その勢いで立ち上がって真正面からくる怪鳥の鉤爪が迫る。それを受け流すため両刃の剣での攻防が続く。火花を散らして応戦しているが後方の端まで追いやられてしまい落ちそうになりよろけた。
その隙を怪鳥が見逃すわけもなく、翼を羽ばたかせて迫り蹴り上げた。
槌をフルスイングしたような重い衝撃を味わいながら、カナタは避難区域外の公道まで飛んでいった。
そこを走行している車に背中を叩きつける。当然その勢いでぶつかった車は付近のガードレールまで吹っ飛び大破した。
「うわっぁぁぁ〜!」という運転手の男性の悲鳴と共に、怪鳥は容赦無くこの廃車に突っ込んでくる。
彼を巻き込まないようにと思ったが無理だと即座に判断して、両腕を膨らませて肘のエンジンの威力をためる。
数メートル寸前まで迫ったと同時に火を噴き出して剣を突き立てた。
同時に突進で迫ってくる怪鳥に当たるかと思いきや、予想外の反応速度を見せた。こちらが火の推進力で動いたと視認した瞬間。地を蹴って少し高めに飛んで回避した。
舌を鳴らして、瞬時に方向転換して怪鳥に視線を合わせる。
「ブレイズソード、お前は何のために戦う? やはり死んだ兄の意志をつぐためか?」
「だったらなんだ。お前にゃ関係ないことだろ」
「オレはなぁ、家族と呼べるのはあいつらだけ。魔法国家の人間だけだ。だからアイツらが望む世界を作る手助けをしたいんだ」
「そうか、じゃあ俺の負けだ」
唐突の降伏宣言に当然ながら怪鳥は驚いていた。
「どういうつもりだ?」
「そんなん急に聞いたら、戦い辛くなっちまうからな。今回だけは見逃してやるよ。俺にも家族と呼べるような奴がいれば、もっと違う生き方ができたのかもな」
不信感を募らせた怪鳥だったが、自分の言葉を聞いて同情したのか不用意に近づいて優しく声をかけた。
「ならば、一緒に行こう」
「いいのか? 俺はお前らを」
「いいんだ。アイツらも事情を話せばわかってくれるさ。今オレらの国は人手が足りないからな」
「恩に切るよ。えっと」
「カンだ。これからよろしくなブレイズソード。まずはアイツらと合流しよう」
そう言って背中を見せて聞きたいことがあったので呼び止めた。
「なぁ、カン。せっかくだが一つだけ我儘聞いてくれるか?」
「む? 何だ言って」
振り返りざまに要望を聞こうとした瞬間。剣が怪鳥の首を刎ねた。
首が宙に舞って、アスファルトの地面に叩きつけられた。それと同時に「ありがとな、地獄に落ちてくれてよ」と皮肉を口にするのだった。
その後、数秒で怪鳥は沈黙した。




