一
「これは俺のケーキだ! ヤンねーぞ」
「いや、別に何も言ってないじゃないですか」
向かい合わせに座っている。監視役の彼女の視線に不快感を露わにし、カナタは頬に真っ白なクリームをベッタリとつけた顔で声を尖らせた。ケーキを鷲掴みにして勢いよく頬張った。
その様子に彼女は目を細めて否定した。
周りの視線が気になるのか、キョロキョロと視線を動かす。カナタも同じく辺りを見回すと、他の席に座るカップルや配膳する店員と目が合った。そのどれもが、汚いものを見るような目だった。おそらくは自分たちの格好で、魔法使いだと気付いたのだ。奇抜な髪色、国際魔法師団の制服である黒の軍服を身につけているのを見れば誰もがわかる常識。ケーキ屋のカフェブースに赤毛の彼女と青髪の自分が居たら尚更だ。
「気にすんなよ、いつものことだろ魔法使いにとってよ」
「そうですね」
視線を彼女に戻し、肩を竦めてそう言うとうんざりしたように同意した。
魔法使いは魔物に立ち向かえる唯一の存在であり、人々にとって恐怖の対象だ。
普通の人よりも頑強な体と超常的な力を持ち合わせており、人を簡単に殺すことができてしまう。突発的に現れる魔物は、魔法使いが扱う魔法でしか倒すことができない。
加えて現代兵器は通用しない。銃火器や戦車そして核ミサイルでも傷一つ付かない。正真正銘の怪物だ。
魔物によって多くの国は滅んだ。アフリカ大陸や北南アメリカ大陸に位置する国々はもう、魔物の巣窟になっている。
かろうじて残っているのは、アジアとヨーロッパ圏内にある国々。日本や中国、ロシアなどである。
よって国を壊滅させることができる存在と互角に戦うことができる魔法使いは、このように存在するだけで嫌悪の視線を向けられるのだ。
「こちら、ご注文の品で」
追加で頼んだケーキを店員が席に置こうとする直後。異臭がした。肉が腐ったような強烈な匂いが鼻を刺激し、嫌な予感がした。女店員を突き飛ばした一瞬。周りは突然のことで唖然とするがその数秒後に、天井から巨大な緑色の手が丁度向かい側にいた彼女に直撃した。肉塊と化した彼女を気にすることなく舌を鳴らした。巨大な手の持ち主を見上げると体調およそ五メートルはあるだろう。
緑の巨人トロールが風穴から黄色の眼でこちらを見下ろしていた。
「ちょっと! 早くあの化け物をさっさと倒しなさいよ! 」
横から放たれた心無い言葉が聞こえた方を向くと、先ほど助けた女店員が睨んでいた。助けてやったというのに、感謝の意も伝えられないのかと息を吐くとそちらを指して宣言した。
「わかってるよ。その代わり、そこから動くんじゃねぇぞ」
懐から拳銃を取り出した。そのあと、店内は自分の行動に絶句した。
なぜなら、銃口を頭につけてその引き金を引いたからだ。その場の誰もが、乾いた音が響き、頭に風穴を開け倒れるのを見て気がふれたのだろうと考えただろう。
しかし、それは違うということにすぐさま気がついた。
倒れる間際に、頭から撒き散らされた血と肉が自分の周りに漂う。すると、体を覆うようにして肥大化しそして包み込んだ。
その形は人を保ってはいたがその姿は魔物そのものだった。
白い装甲を全身に纏い、顔は鮫のようなフォルムをしており、唇はなく牙が剥き出しになっている。その額を沿うようにして僅かだが炎が点っていた。
両腕は両刃の剣となっていて、肘の辺りからバイクのマフラーみたいなものがついていた。
異形の姿となった。カナタを目撃し、客の一人が思わず声をこぼした。
「ぶ、ブレイズソード」
その名前は日本で所有する魔物の細胞を取り込んだ異形の戦士。魔人の名前だ。
魔法使いと同様にいや、それ以上に彼らからにも危険視される異質な存在である。
なぜなら魔人は死にはしない。体をバラバラにされても、首を落とされようとも、死なない。不死身の体を持つ。
緑の巨人がまた手を振り下ろそうと、天井まで掲げそれを一気に放った。
その直後。跳躍の構えをとり、カナタは振り下ろした拳に迎え撃つべく、肘のエンジンマフラーから火を噴き出して、その推進力で飛んで切り上げた。
勢いがありすぎたのか、そのまま腕を縦に両断し顔付近まで間合いを詰めた。
激痛に顔が歪み、耐えきれなかったのか獣のように叫んだ。黙らすために、頬に蹴りを入れる。
およその体重差など関係ない。威力の蹴りに吹っ飛ばされて向かい側のビルまで飛んだ。
煙が舞い人々の悲鳴が鳴り響く。
追撃を加えようとまた肘のエンジンマフラーから火を噴き出して、剣を突き出した。
斜めに落下するように間合いを詰めた。その勢いで煙を退けて、その腹に刺突が直撃し血を吹き出す。止めに心臓がある場所に突き刺す。その数秒後、トロールは沈黙した。
「助けて! お願い」
戦闘が一区切りしたかと思ったが、背後から飛んだ声に「あぁ!」とイラつきながら振り返ると、緑の小鬼ゴブリンが幼い少女に剣を突き出していた。震えて固まる少女は大粒の涙を流して再度懇願した。喉元から血管が浮き出て肌が紫に一部変色していた。
それを聞き届けてから、カナタは腰を屈めて地を蹴った。それと同時に肘から火を噴き出し速度を上昇させた。
驚異的な速度で背後まで行ったと同時に、小鬼達は首が飛んで倒れた。
「これで楽になっただろ? お嬢ちゃん」
振り返りざまに同じく横たわる少女に、そう語り掛けた。だがすぐに聞こえてないかと冷静になる。
その凄惨な現場に駆けつけた警察と救急隊員が絶句しているのを見て、少し遅いと苛立った。
「そのゴミ。とっと片付けろよ」
ただの肉とかした少女だったそれを、指してそう伝えると一気に警察官の男の顔が険しくなったのがわかった。
だが、その憤りをぶつけることなく警察官は救急隊員と連携して、怪我人の救護や死体処理に従事し始めた。
それの仕事ぶりを見届けて、立ち去ろうとすると突如体に鎖が撒かれた。
「待ちなさい」
背後から放たれた声に振り向くと、そこには翡翠の長髪を背中まで伸ばした。自分と同じ黒の軍服に身を包んだ女がいた。その手からは魔法で出した鎖がそこから伸びていた。
その髪と同様の瞳から非難の眼差しが向けられていた。