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ミライ

 港に併設されている祈祷室から、祈りの道具が運び込まれてくる。人が出入りする度に足元に入り込んでくる冷んやりとした空気で、ミライの体がぶるっと震える。それももう終わりだ。扉が閉められたのだ。これまでの喧騒が嘘だったように、室内は静寂で満たされた。

 祈りの道具が並べられて祭壇に見立てられた壁際の台の前に、アンジェロは移動型簡易ベッドを寄せた。祭壇を守るように、両脇に、ライトとロードが厳かな表情で立っている。

 祭壇の中央には、三方に乗せられた木彫りの心臓が置かれている。

 部屋には、知らせを聞いて駆けつけた、キャラバン隊の隊長フローレンスの姿もあった。

 ベッドの上には、ジェットが横たわっている。ストレッチャーよりも横幅があるので、ジェットの体がすっぽりと収まっている。

 医師が数分前に彼の胸元に注射したのは、痛みを麻痺させるための麻酔だったのだろう。これまで苦痛に顔を歪ませていたジェットの顔が、随分と穏やかなものに変わっていた。アンジェロも、彼のすぐ脇に立っている。

 ジェットにはまだ息があった。

 しかし、驚くほどにゆっくりとした呼吸だ。

「おいで。ミライ」

 部屋の隅で彫像のように固まったままだったミライに、アンジェロが声をかける。レインが彼の肩を抱き、優しくジェットの元へと誘導する。

「ミライが来ましたよ、ジェット」

 アンジェロが、ジェットに呼びかけると、目が開いた。

「ミライ、か……お前は……私たちの、未来……だ」

「結局あなたは、2度、この子を助けた」

「最初に、殺そうとしたのは……私……だ」

口元に引きつったような笑みを浮かべ、ジェットがわずかに右手を動かす。ミライがその手を握る。

「ヒト……の設計……は、どうしても、……設計図通りにはならない。私は、何人も、いや、何百と……殺して、しまった」

「でもあなたのおかげで、ユグドラシルの実が、この大地で生き残る道筋ができた。あなたが15年間頑張ってくれたおかげです。コウノトリが各街に運ぶことができるようになって、今では、実の9割が生き残る」

「だが結局、……生体保証による……不当廃棄を……根絶、できなかっ……ガハッッ」

ジェットが苦しそうに咳をして、血の塊を吐き出した。

「あなたは十分頑張った」

時が、迫っていた。

「これがあなたに依頼された心臓です」

 アンジェロは、肘まである長い白手袋を嵌めた両手で大事に心臓を持ち上げた。両手で包みこむように持った心臓を、ジェットの両手の平に握らせ、彼の視界に入る位置まで移動させる。

「あぁ……、理想……通り、の、……仕上が……りだ、……あり、が、と、う……、アンジェロ」

 指先で彫刻の線をなぞりながら、ジェットは満足そうに目を細めた。

「では、始めますよ」

「たの、む、」

 アンジェロは、向かいに立つ医師に「お願いします」と声をかける。

「エデンの住人は、ハートレスと呼ばれている」

 アンジェロは、視線をジェットの胸元に固定したまま、傍らに立つミライに呼びかけた。

 医師が一歩前に出て、祭壇の隅に置かれたトレイの上から、メスを取り上げた。それをそのまま、ジェットの胸に当てる。胸の中央にまっすぐにメスが入ると、胸骨が露わになった。小型の鉤をかけて左右に広げてから、胸骨の下部を少し内側から外に持ち上げるように押す。パコッという軽い音を立てて胸骨をはめていたフックが外れた。胸骨に付随する形で、肋骨組織の一部も外れており、胸郭に大きな空洞ができた。

外見は生物としてのヒトの形態を保っているが、ハートレスと呼ばれるエデンの住人は、内臓のほとんどを人工臓器に置き換えている。

そして文字通り、心臓が無い。

永遠の命を得るための試行錯誤の中で、ポンプとしての脆弱性をどうしても排除できなかった心臓は、体から取り去られる運命にあった。代わりに、血管内に自律自走するナノボットを流すことでその代用としている。当然、そのナノボットが失われれば、酸素供給ができなくなり死に至る。

「親方!?」

 ようやくハートレスの意味に気がついて、ミライが小さく声をあげた。

「見ていなさいミライ。依頼された心臓は、こうやって依頼主にお返しするんだよ」

作業を終えた医師が後ろに下がり、代わりにアンジェロが前に出た。ミライがそれに従う。レインとフローレンスも彼の傍らに寄り、彼の腕を、手を、足を、顔を、その温もりを手のひらに刻み付けるかのように丁寧に丁寧に触る。

「ジェット。共に戦った日々を、俺たちは誇りに思います」

「僕たちも、必ず行きます」

 レインとフローレンスの言葉に、ジェットが「うん」と小さく頷く。

 アンジェロの指が、細かな細工が施された木彫りの心臓を、胸郭、その空いたスペースの中に押し込んでいく。

「あぁ、重さを、……重さを感じる……これで、わたし、は……、ヒトとして、逝け、る……あり、が……」

ジェットの言葉はそこで途切れた。

立ち会っていた医師が、黙って頭を下げて、そのまま静かに部屋の外に出て行った。神官の2人もそれに続く。

部屋には、4人のみが残された。


木彫りの心臓は、ジェットの胸にすっぽりと収まっていた。それが本来あるべき場所に。

「ヒトがヒトとして最後の時を迎えられるように。そのために、心臓が体の中にあるべきだと、そう信じる人たちからの依頼で、私たちはハートに思い出を刻んでいるんだよ」

胸郭の中にそっと閉じ込められた心を、アンジェロ、レイン、フローレンス、そしてミライが、それぞれの思いでじっと見つめていた。

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