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アンジェロ

 ミライが工房に戻ると、細身の男性が、店の入り口に「歓迎」の看板を掲げているところだった。見れば、商店街の他の店舗の店先にも、同じような看板が飾られている。

 キャラバン隊は、さまざまな交易品を携えて辺境の街を渡り歩き、近距離キャラバンは月に何度か、長距離キャラバンになると年に一度、最長のものでは数年に一度くらいの割合で、この街にやってくる。運ぶものもさまざまだ。各商店が依頼した注文品ばかりではない。キャラバン隊ごとに得意とする分野は違うが、街に滞在する一週間、広場に張られた天幕には各地の珍しい品物が所狭しと並べられ、街はこれ以上ないくらいの賑わいをみせる。

 特に人気が高いのは、古代文明で使われていた遺物だ。大地は何度もの自然災害で大きな改変を受けているが、クォーターズに残る古い大陸の地下には、いまだに、(いにしえ)の文明の遺物が眠っている。その遺物の発掘を生業とする人々は、乾燥した大地の地下に小さな村を作って住んでいるが、彼らから発掘品を仕入れるのもまた、街々を巡り歩くキャラバン隊の仕事だった。

「おかえり、ミライ」

 振り返った男性は、ミライが親方と呼んでいる人物だ。思考連動型の発声装置を利用しているので、口を開くことなく、喉の位置にあるスピーカーから直接声が出る。自由に好きな声音に調整できるために、この機能拡張を取り入れている大人は意外と多い。重低音の心地よい声は、彼の趣味だ。

「ただいま戻りました。屋外展望室でレインさんに会えたのですが、緊急出動だそうで、逃げられてしまいました」

「ははは。仕方ないよ。あれの仕事は、案外忙しいからね。それより、着替えておいで。ライトとロードも時機にやってくる。夕食にしよう」

 工房の二階のダイニングには、ちょうど良いタイミングで食事が用意されていた。給仕ロボットは、どの家にも標準装備されているシステムのひとつで、家人の体調や好みに合わせた食事を、時間ぴったりにテーブルに並べてくれる。

 ミライが着替えてダイニングに降りてくると、ちょうど、ライトとロードがやってきて食卓に着いたところだった。

 ライトとロードは、祈りの丘に建つ『祈りの館』の神官だ。ピシッと切りそろえられたおかっぱ頭に深い四角い帽子をかぶり、浅葱色の神官服を纏っている。街の人間で信仰を持つものはそれほど多くはないが、親方は太陽の神を崇めるルー教の熱心な信者だ。宗教は違うが、同じく信仰を持つものとして、ライトとロードは、若い頃から親方と親しい間柄なのだという。

「受け入れ準備は終わったかい?」

 食事を終えるとすぐに、親方は、ライトとロードの首尾について尋ねた。

「ホスピテルの受け入れ準備はもう整っていますよ。祭りの準備も順調です。広場での天幕の設置も、ついさっき終わったところです」

「今回はお一人、古式の仏道式をご所望の人がいたね」

「アンジェロさん、ミライが」

 ライトが、慌てて声を詰め、ちらりと隣の席のミライに視線を送った。

「いいんだ、ライト。今回は、ミライにも儀式を手伝ってもらうつもりなんだよ」

「本当ですか?」

 ロードも心配そうにミライの方を見る。

「ミライも来月には15になるからね。嬉しいことに、ここを手伝ってくれるって言っている。カービングの腕も、私を凌ぐほどに成長したよ。だから、そろそろ儀式を見せておく必要があると思ってね。依頼主(クライアント)には、すでに許可を取ってある」

 アンジェロは、グラスの赤葡萄酒をグイッと煽って、

「ダメかな?」

 と二人の顔を交互に見た。

「いえ、ダメなことなんてありません。依頼主が許可出していて、アンジェロさんがそう決めたのなら、私たちに反対する理由などありません」

「はい」

 ライトとロードは顔を見合わせて、頷いた。

「ありがとう、ライト、ロード」

 アンジェロの表情は穏やかだった。そのまま、ミライの方に向き直る。

「ミライ、よく聞いておくれ」

「はい、親方」

 ミライの、緑の宝石のような瞳が、まっすぐにアンジェロを見つめる。

「私たちが毎日作っているものが何か、理解しているね」

 アンジェロは一旦立ち上がって、棚の上に準備してあった木箱を手に取った。そしてそれを、すっかり片付けられたダイニングテーブルの中央に、静かに置く。

「心臓です。木彫りの、心臓」

 アンジェロは、ミライの返答に満足そうにうなずきかえし、木箱の蓋をゆっくりと外した。

 木箱の中には、臙脂のクッションに静かに横たえられた心臓が置かれていた。丁寧に磨かれて艶光りする心臓は、大人の握り拳程度の大きさ、まさに実物大の大きさだった。そして、それの表面には、美しくて繊細な彫刻が施されている。それは、アンジェロが特に丁寧に装飾を加えていた作品だった。すでに何年も前に完成したと思われるそれを、時々取り出しては新たに線を刻む。アンジェロのそんな姿を、ミライは何度か見たことがあった。

「私たちが、クライアントの要望に従って、彫刻をしていることを知っているね?」

「はい。依頼主の方の人生を刻んでいるんだ、と」

「その通り」

 アンジェロの節くれだった手が、丁寧に心臓を持ち上げる。

「大切な家族の姿だったり、大好きな景色だったり、座右の銘だったりね。依頼主から写真や資料が送られてくる場合はそれに従い、無い場合はこちらの中でイメージを膨らませてデザインを考える。その人の人生を象徴するもの、思い出を一刀一刀に心を込めて、丁寧に刻みつけていく」

 両手で包み込んだ心臓を愛おしそうに撫でながら話すアンジェロの声は、穏やかだった。

「これはね。明日この街にやってくる依頼主のお一人に依頼されたものだ。エデンからやってくる、大切なお客様だ。お前も知っているように、依頼は通常メイルで送られてくる。でも時々、店を訪ねてきて直接依頼をしてくれる人もいる。この方はそういう人だ。それも十五年前の話でね。毎年、その方の新しい思い出を、この表面に刻みつけて来た。それも今夜の作業でお終いだ。明日遂に、受け取りに来られる。お前にはまだ、依頼主に依頼品をお渡しする儀式を見せたことがなかったけれど、明日はお前にも立ち会って欲しいんだ。この依頼主の方には、私の後継者だからと了解をいただいている。いいね」

 穏やかだけど、拒絶を許さない雰囲気の言葉。ミライはただ一言「はい」と返事をするのが精一杯だった。

 その夜。工房の明かりは一晩中消えることがなかった。

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