第8話 国際警察機構
……アルカトラウス・デス・カルテットを無事に退け、ジェイクたちの後を追う様に少し進むと、天井に穴が空いており、梯子が掛けられていた。
高さは数十メートル。 ジェイクたちが俺の為にあえて梯子を残しておいてくれたのだろう。
やっぱりジェイクは俺がここまで来ると信じてくれてたんだな。 なら俺も早く昇らないと。
黙々と梯子を昇る。 魔力でカバーしなければ昇るのも無理だったであろう程に痩せ細った腕に失望しながらも、差し込む光に向かって着実に……そして、地上へと飛び出した……。
「……うぐわっ!?」
一年ぶりの陽の光。 あまりの眩しさに、思わず手で目を覆う。
「来たか、ヴォルグ!」
すると、安心したジェイクの声が聞こえて来た。
「本当に一人でアルカトラウス・デス・カルテットを……本物のヴォルグ・ハーンズだったんだな……」
スネークもまた、驚き……というより、信じられないといった声色だったが、如何せんは眩しさで目が開けられない為、声しか聞こえていない。
「スマン、久しぶりの地上で眩しくて目が開けられないんだ」
「だろう? 俺も漸く慣れて来たばかりだ。 暫く休んでるがいい」
ジェイクの声の質から緊張感が漂っている。 どうやら脱獄計画に支障を来す状況に陥っている様だが……。
視界は遮られているが、その耳は激しい戦闘音を捉える。 魔法が飛び交い、剣撃が鳴り響く音が聞こえていた。
現在、俺たちがいるのはアルカトラウス監獄島の地上のハズ。 だがそこには、脱獄を察知したアルカトラウス軍隊が待ち構えており、ジェイクたちと戦闘を繰り広げていたのだ。
音の大きさや数から、相当数の人数と交戦してるみたいだが、俺はまだ目が開けられそうにない。 なんとか早く眩しさに慣れないと……。
音だけでも分かる程に、激しい戦闘が繰り広げられている。 そんな中、目が開けられない俺が無事なのは、誰かが魔法のバリアで障壁を張ってくれてるからだろう。 ……多分、視界を塞がれていても、危険が迫れば気配で攻撃を察知して避ける事は可能だろうが、広範囲攻撃となれば多少の被弾は免れない。
「ジェイク! 状況は!?」
「アルカトラウスの兵隊は、恐らく三〇〇を超えている。 反して、俺たちは一〇人程ではあるが、それぞれがかなりの実力者だから安心せい! もう少しで片付く…………いや、まだだな」
だが、急にジェイクの声色が変わった。
そして、聞こえてくるのは巨大なエンジンやプロペラの音……次第に慣れてきて薄目を開けて見た光景は、巨大な飛空艇が近付いてくるものだった。
「……盗賊団・『暁の宴団』の首領、大盗賊・ジェイク・コールマン! フフフ……まさか、ここまで我々の狙い通りに事が運ぶとはな!」
「ぬう……“国連警察機構”の本体までもがやって来るとは……」
何者かが飛空艇の船首に立ち、ジェイクに向かって叫んでいる。
暁の宴団……ジェイク・コールマン……そうか、思い出した。
ジェイク・コールマンは、世界最大の盗賊団・“暁の宴団”の首領の名だ。
暁の宴団。 その構成員は世界各地に存在し、総勢数五○○人とも云われる世界最大の盗賊団。
どんな屈強な防壁を張ろうとも、必ず狙った獲物は逃がさない。 だが、基本的に裕福な者や悪党と噂される者からしか盗みを働かず、その上盗んだ物や金などを各地の恵まれない者たちや施設に恵んでいる事から、一部では義賊として支持されている。
リングース王国にも暁の宴団に関する情報は入って来ていたけど……接点がなかったから忘れていたな。 死刑にしたら世界中の平民層からの反発も考えられるから死刑に出来ずにアルカトラウスの最下層にぶち込まれたんだろうか?
本来、ジェイク程の大物犯罪者であれば、世界的に情報が発信された上で、確実に死刑に処されるだろう。 だが、ジェイクは死刑にならなかった。 一応仮説は立ててみたものの、現段階で真実は知る由もないな。
「全て狙い通り……貴様ら暁の宴団は、このアルカトラウス刑務所で終宴を迎えるのだ!」
この男の声……何処かで聞き覚えがあるな。
そう感じていると、ジェイクは呆れた様に応えた。
「狙い通りだと? ほざけ! 貴様ら能無しの国連警察機構の連中が、何をぬかす!」
国連警察機構。 国の垣根を越えて、あらゆる犯罪を取り締まる組織だ。 ……が、その立ち位置は微妙だ。
リングース王国もそうだが、各国には騎士団や軍隊や憲兵団などが存在し、各々が犯罪やトラブルを解決する為、存在意義が薄いのだ。
同じく国の垣根を越えた組織である“ハンターズギルド”と比べても、存在感は明確に違う。
ハンターズギルドは魔獣討伐から市民の悩みまで、民間での需要と供給が絶妙なバランスで保たれており、独自の路線で確たる地位を築いている。
それに対し、一応罪人を逮捕する権限はあるものの、先の理由から警察機構は然程必要とされてない。
そんな国連警察機構の唯一であり最大に重要な管理施設が、このアルカトラウス刑務所なのだ。
「ジェイク、貴様が“ユーシィー帝国”で捕えられ、このアルカトラウスに送られると決まった時から準備しておいたのだ。 貴様の部下が脱獄を手助けに来るのを予想してな」
「クックック、だったらもっと上手くやれい。 せめて、この地上まで俺が辿り着く前にな」
「ここまで誘き寄せる事で、貴様らを一網打尽に出来るのだろうが」
……思い出した。 この声は……国連警察機構長官・『ワン・チャドリ』だ。
騎士団時代、ワンとは一度だけ面識がある。 あの時まだ騎士団の一員でしかなかったから向こうは覚えてないだろうが、その時はワンの事を、頭皮が薄くて自信が足りない、苦労しているのが目に見えて分かる可哀そうなオッサンだと認識していた。
「それで? 貴様ら能無し組織に、この俺が捕まるとでも?」
「減らず口を……ユーシィー帝国で無様に捕えられた男の言葉とは思えぬな」
ユーシィー合衆国。 世界には一〇の国家・領土が存在するが、その中でもユーシィー合衆国は近隣国家を併合させた事で世界随一の権力を誇り、合衆国軍は世界最強の軍隊と呼ばれている。
そして、俺と、かつて俺が倒したパンクライス帝国の帝国軍・『バラッド・ケンロック』と並び、合衆国軍総司令官・『ランディル・クートゥア』の三人は、誰が世界最強だろうと比べられていた。
如何に大盗賊団といえど、ユーシィー合衆国軍とぶつかってしまったのだとしたら、相手が悪かったのだろう。
仮に、リングース王国とユーシィー合衆国が戦争をしたら……絶対に勝てるという保証は出来ない。 それだけ、ユーシィー合衆国は強大であり、その軍隊は烈強なのだ。
さて、だが今の問題は国連警察機構なのだが……なにやらワンが不適な笑みを浮かべている。
「ジェイク~、これを見てもまだ減らず口を叩けるか?」
卑しい笑みを浮かべながらワンが後方を振り向くと、何かがワンの隣に並んだ。
「……貴様、正気か?」
その何かを見て、ジェイクだけじゃない、周りにいる誰もが息を飲んでいた。
俺はまだ視力が完全に戻った訳ではない為、その何かが良く見えていなかったが、場の空気が凍りついたのを感じた。
なんだ? 何が現れたんだ? もう少し……もう少しで視力が回復するのに。
「貴様ら悪党を葬るのに、何を遠慮する必要がある? 借りれるものなら、“悪魔の力”でもかりてやるわ! さあ、全員生きる屍にしてくれっ!」
漸く光にも目が慣れ、うっすらと、目を開ける。
飛行船の船首に立つワンの隣に誰かがいる。 ……人間じゃない。 真っ黒なボロボロのローブに身を包んだ骸骨の姿だ。
……あれは、『リッチ』? まさか、なんで“魔族”が!?
「……我ヲ呼ビ出シタ愚カナ人間ドモヨ……ソノ命ヲ我ニ捧ゲ、我ガ兵隊トシテ生キルガイイ……」
現れたのは、魔族……この世界とは異なる世界の住人である、死霊・リッチと呼ばれる悪魔だったのだ。
本日もう一話投稿致しますので、そちらもヨロシクお願いします。