第7話 アルカトラウス・デス・カルテット
アルカトラウス・デス・カルテットの四人は、ジェイクが俺を冤罪だとスネークに言い切ったのを聞いていて尚、変わらぬ敵意を俺に向けて来た。
「冤罪? 何が冤罪なものかっ! 貴様は国王殺しの重罪人だ! 我々がいる限り、何人足りとも、このアルカトラウスから脱獄出来ると思うなよ!」
倒れていた二人も立ち上がり、四人がターゲットをジェイクから俺に変えて睨んで来た。
俺もかつては騎士団として罪人を取り締まる立場だったからアルカトラウス・デス・カルテットの事は知っていたし、まさか敵に回すとは思っていなかったが、彼らにとって、俺が冤罪かどうかなど問題ではなく、あくまでこの刑務所から脱獄を試みる者は全員敵なのだろう。
「ジェイク、スネークたちと一緒に逃げろ」
「なんだと? この俺に、助けてもらっておいて、また御主を見捨てろと言うのか?」
ジェイクたちに逃げろと告げるも、ジェイクはそれを受け入れようとはしなかった。 本当に、義理堅いというか……。
「俺は……腐ってもリングース王国騎士団団長を勤めた男だ。 身体能力強化の魔法も効いてるし、こんな奴等に遅れをとるつもりはない」
「……アンタがあのヴォルグ・ハーンズだとしも、万全じゃない上に丸腰で相手するのは無茶だ」
スネークはアルカトラウス・デス・カルテットと応戦し、この四人組が噂通りの強者である事を理解したのだろう。 俺の言葉は強がりにしか聞こえないのかもな。
「そうだな……なら……」
言いながら周囲を見渡し、足元にタイミング良く鉄パイプが転がっていたのを見付けた。
「うん、これがあれば充分」
その鉄パイプを拾い上げ、更に片手で軽く素振りをする。
俺の本来の得物は、特注の刀だったけど……ま、無いよりマシだろ。
ジェイクたちを逃がし、更に自分たちを一人で相手すると余裕ぶる俺に、カルテットの四人は侮られてると感じてるみたいだな。
「舐めやがって……フォーメーションZ! 一気に仕留めるぞ!」
四人から凄まじいオーラが溢れ出す。 なるほど、リングースの狼と言われたヴォルグから見ても、この四人は確かに噂通りがよく訓練されている。 もしかしたらそれぞれが上位騎士を上回る強さかもしれないな。
カルテットから溢れるオーラに、スネークは舌打ちをした。 これは、と。
「クッ、カルテットがこれ程までとは……誤算だった! 如何に武勇を轟かせるヴォルグ・ハーンズだろうと、一人ではやはり分が悪い。 ボス、この先で仲間が待機してるからミアと二人で逃げて下さい! 俺はヴォルグと協力して、この四人を……」
スネークにとって最も重要なのは、ジェイクを脱出させる事だ。 それでも、今回は俺を見捨てようとはせず、残って一緒に戦うつもりか。 でも……。
「あ~、スネーク君。 君もジェイクと一緒に逃げてくれ。 ここは俺一人で充分だから」
スネークとの共闘を丁重にお断りした。 それは決して自己犠牲などではなく、自信があったから。
本来なら……一年で弱りきった俺の身体では、この四人の相手は厳しかっただろう。 でも、逆にこの一年間で大幅に上がった気がする魔力の練度なら、全盛期に近い動きが出来る確信がある。 この分なら、一人でもいけると。
「クワーッハッハ! スネークよ、どうやら今度は俺たちの方が足手まといみたいだぞ? ここは、お言葉に甘えて英雄様に任せるとしよう!」
そんな俺を見て、ジェイクは愉快そうに笑った。
「そんな……いくら戦場の死神といえど、あの四人を……」
それでも不安そうなスネークだったが、ジェイクが真剣な目で俺を見つめてきた。
「大丈夫なんだろ? ヴォルグよ」
「ああ、すぐ追いかけるから、またあとで会おう」
「また……か。 クックック、今度こそ本気の、また会おう……だな!」
さっきもまた会おうとは言ったが、正直俺自身は無理だと思ってた。 ジェイクもそれに気付いていたのかもしれないが、今回は違う。
「ああ、必ず追い付くから、また会おう!」
お互いが自然に、拳と拳を重ね、笑みを浮かべる。
そしてジェイクは、まだ不安そうにしているスネークとミアの背中を押して、その場を去って行った。
「逃がすか……なっ!?」
ジェイクたちを追い掛けようとしたカルテットの一人に、ピンポイントで強大な殺気を放つ。 すると、その男は殺気に圧されて立ち止まった。
「……こっちは一年も運動不足だったし、ストレスは貯まってるし、久々の戦闘で思いっきり発散させたいんだ……相手してくれよ」
アルカトラウス・デス・カルテット。
そのオーラと雰囲気から察するに、確かに一人ひとりがかなりの実力者だ。 それでも、不思議と負ける気はしなかった。 例え、身体全体が痩せ細っていたとしても。
「フン! 如何にリングースの英雄といえど、その弱った身体で俺たちを倒せると思っているのなら、舐め過ぎだ!」
俺の今の見た目は、痩せ細っていて立っているのがやっとにも見えるだろう。 チラッとガラスに映る自分を見たら、自慢の黒髪が真っ白になってたし。 だが、内面……魔力の練度は、この一年で信じられないレベルにまで鍛えられていた。
「俺がこんな身体だからって見くびらない方が良い。 それに、たった一年のハンデじゃ、おまえらごときに遅れは取らん」
「……その言葉、直ぐに後悔させてやろう。 フォーメーションZだ! 行くぞ!」
四人が俺の周りを縦横無尽に動き回る。 そのスピードは並みの騎士……いや、上位騎士でも見失う程。
そして、素早く動きながら攻撃を仕掛けて来た。 四人が速い上にランダムのタイミングで。
だが、悪いが動体視力には自信があるんだ。
「どんなに速くても、これじゃあさっきのフォーメーションαと大差ないぞ?」
「ほざけ! フォーメーションZの恐ろしさはここからだ! くらえっ!」
すると、これまでは近接攻撃のみだったのが、遠距離攻撃である投げナイフを織り交ぜて来た。
そのナイフは的確に俺の急所を狙って放たれる上に、刃には神経毒が塗り込まれている。
四人全員が高速で動きながら、近接と投与の攻撃が交互に、しかもランダムに繰り返される。 アルカトラウス・デス・カルテットが噂通りの連携に長けたチームだと理解できた。
それでも、俺はその全てを躱す。 一撃でも喰らえば身体が痺れ、その隙に一気に幾重もの攻撃を叩き込まれるだろう。 実際、紙一重の攻防ではあったが、今の所、攻撃を見切る事は出来ている。
だが、ここで不安要素に気が付く。 いくら魔力で身体能力を強化していても、やはり一年間も動けずに痩せ細ったこの身体じゃあ長引けばどうなるか分からない。
「どうした、英雄様! 手も足も出ないではないか!」
俺が攻撃に転ずる事が出来ずに防戦一方だと判断したのか、カルテットの一人がを挑発して来た。
「……出ないんじゃなくて、出してなかっただけなんだけどな」
言うと同時に、鉄パイプを振るのではなく、水平に上げる。 すると……
「うぎゃっ!?」
その鉄パイプに、一人が自ら突っ込み顎を痛打した上に、そのままの勢いで壁に激突した。
この短時間で四人の動きには決まった法則とルートがあると読み切り、ただ進行方向に鉄パイプを振りかざしただけなのだが、避けきれずに顎に直撃したのだ。
結果、一人がルートを外れた事で、残った三人の動きにも乱れが生じた。
「チィッ……だが、奴はこのアルカトラウス・デス・カルテットでは最弱! 我ら三人は同じ轍は踏まぬ!」
でた、この中では最弱宣言。 俺が見た所、四人はほぼ同等の実力に思えるし、そうでなければこれだけのコンビネーションを披露出来ないだろうに……やっぱり、ただの負け惜しみか強がりだろうな。
警戒心を強めた三人は、一旦近接ルートを避けてナイフを交互に放って来た。
流石にいつまでも避け続けるのは骨だな……。
「こっちもまだ本調子じゃないんでね。 チマチマ離れた間合いからナイフを投げられるのは厄介だな……だったら!」
鉄パイプを刀に見立て、鞘に納める構えを取る。 そして……
「餓狼流剣術……飛翔牙!」
自らのオリジナル剣術である餓狼流剣術。 その奥義の一つである飛翔牙は、居合い抜きにより斬撃の衝撃波が放たれる。
その飛翔牙を、俺は高速で三度繰り出した。
「ぐきゃっ!?」
飛翔牙は、間合いの離れた相手に有効な攻撃手段であり、一連の攻防で動きを見切っていたから一人を撃退してみせたのだが、二人は斬撃を逃れた。
一人倒したとはいえ、二人が今のに反応して回避するとは……アルカトラウス・デス・カルテットの名は伊達じゃないな。
「あと二人か……」
残った二人を見据える。 その二人は、焦りながらも一度間合いをとり、しっかりと戦闘体勢を整えていた。
「おのれ……これが戦場の死神かっ!?」
「ビビるな! あんな痩せ細った身体の奴に負けてたまるか! 俺たちはアルカトラウス・デス・カルテットだぞ!」
「残念だったな……今回ばかりは相手が悪かったと諦めろ。 ……でも……恨むんなら、俺を嵌めてここに送り込んだ奴等を恨めよ?」
言いながら、鉄パイプを上段に構える。
実際、俺は嵌められなければこのタイミングでアルカトラウスに居る事はなかったし、カルテットと戦う事もなかった。 悪いのは……俺を嵌めた奴等のせいなんだとな!
「「死ねぇぇっ!」」
残り二人が突進してくる。 一人は玉砕覚悟の捨て身の攻撃、もう一人はトドメの一撃を放つ為に一歩遅れて。
「餓狼流剣術奥義・狼牙!」
鉄パイプを上から振り下ろし、返す刀で縦に振り上げる。 上下から、まるで狼に噛み砕かれた様な斬撃が襲う……それが餓狼流剣術の基礎となる技・狼牙だ。
「なっ!?」
「ごはっ!?」
今回は上から振り下ろして一人、下から振り上げて一人を攻撃し、一瞬にして二人の意識を刈り取った……。
「……鉄パイプだし、一撃ずつだったから死にはしないだろう」
アルカトラウス・デス・カルテット。 確かに恐ろしい相手だったし、丁度良いウォーミングアップになったな。
「さて、ジェイクたちは無事に脱出出来てるかな?」
地面に倒れ伏す四人の気絶を確認し、ジェイクたちの後を追うのだった……。




