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餓狼の道~堕ちた英雄、自由を求めて旅に出る~  作者: Tonkye
アルカトラウス刑務所 篇
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第5話 恩人

「……今日も暇だな、ジェイク」


「そうだな……。 最初は久しぶりの休暇代わりになると思っておったが、流石に退屈だ」


 ジェイクが隣の牢屋に来てから、一週間が経過していた。


 俺がこの最下層に閉じ込められた際、最初の頃は拷問官が牢屋へやって来て、酷い拷問を受けていた。 だが、ジェイクが拷問を受ける事はなかった。


「この最下層に放り込まれる奴ってのは、とんでもない重罪人にも関わらず、何らかの理由で死刑にも出来ない特別な存在だからな。 本来なら拷問なんざされないハズだと聞いていたが……」


 ジェイクの話だと、根本的に刑務所は刑期を過ごす場所であり、拷問される場所では無いらしい。


 なのに、俺は地獄の様な拷問を受けた。


「考えられるのは、御主をここに送り込んだ奴のリクエストかもしれんな。 ……一国の王か、それに準ずる権力者のリクエストなら、アルカトラウスの奴等も無下には出来ないだろうが……」


 つまりあの拷問は、俺を嵌め、このアルカトラウス刑務所に送り込んだ者の意向だったのだろう。


「……一国の王、それに準ずる権力者……ねえ。 ……やっぱ復讐しようかな?」


「クックックッ、なら復讐のお膳立ては任せておけ」


 そんな会話をしながら、独りの頃とは全く違う、ちょっとだけ充実した時間を過ごしていた。



 そして、この日も、いつもの様な他愛もない会話をしていたのだが……。


「それにしても、この岩みてえなパンも、慣れてくると悪くねえな」


 ジェイクがとんでもない事を言い出した。 このパン、正直釘も打てる程に硬いのに。


「……嘘だろ? こんなの、歯が欠けるレベルだぞ?」


「クックックッ、こんな硬えパンでも大事な食いもんだからな。 食べ物を粗末にすんなってガキの頃教わったろ?」


「……にしてもだ。 これ、わざわざ硬く作ってるとしか思えないぞ」



 その後も、ジェイクはどうでもいい会話を続けていたのだが、ジェイクは心なしかいつもより饒舌だった。


「……どうした? 今日は随分機嫌が良さそうだな、ジェイク」


「クックックッ、そりゃそうさ。 もうすぐこの真っ暗な場所からおさらば出来るんだからな」


 おさらば? 何言ってんだ? まだ一週間しか経ってないっていうのに、ジェイクの奴、気でも触れたか?


 いかん! 折角の話し相手が……こうなれば会話を広げて正気を保たせなければ!


「おさらばか……。 いいねえ、俺も一緒に連れてってくれよ」


 俺はジェイクの言葉を、いつもの冗談だと認識したフリをする。


「クックック、これもなにかの縁だ。 折角だから御主も巻き込んでやるわ。 それまで、最後の牢屋生活を楽し……」



 その時、どこかで何かが爆発する音が聞こえた。


「なんだ!?」


「……楽しんでおく時間はなかったみたいだな。 どうやら来た様だ、随分早かったが……」


 爆発音は上の階から聞こえた。 まさか、このアルカトラウスに侵入者が!?


「おいジェイク、さっきの言葉って……まさか、本当にアンタの仲間が?」


「その通り。 難攻不落・脱出不可能と聞いておったのだが……それほどでもなかった様だな」


 すると、最下層の扉が、大きな爆発音と共に吹き飛ばされた。



 とんでもない事が起こっているのは理解している。 だが、ここでの生活に慣れてしまったからか、思考が追い付かなかった。 その上、相変わらず手足の自由は奪われ、まともに動けないのだから。


「な、どうなってるんだ!?」


「……来たか。 俺が最下層に放り込まれて一週間。 予定通りって所だが、どうだった、アルカトラウスの警備網は?」


 ジェイクの問い掛けに、たった今最下層に侵入してきた男が答える。 男は、その手に魔法で掌に炎を発生さえて暗闇を灯していた。


「……まあまあでしたね。 さ、あんまり時間も無いし、行きますよ……“ボス”」


 侵入者は、ジェイクの事をボスと呼んだ。


「ああ、分かった。 で、ついでなんだが……隣の牢屋にいる男も一緒に連れてけ」


 隣の牢屋……当然俺の事だが、あまりに突然の事で理解が追い付いていない。


 え? ……まさか、ここから出られるのか!?


「却下です。 そして前言も撤回します。 流石にアルカトラウスの警備網は厳しくて途中で見つかってしまい、ギリギリ強行突破して来たので、そんな余裕はありません」


 却下!? 却下なの!?


「なんだよ『スネーク』。 アルカトラウスは大したことなかったんじゃねーのかい?」


「侵入者を感知するトラップが幾重にも張り巡らされてて……どうやら俺たちがボスを救出に来るのを予期していたみたいですし、多少強引な手法を使ってしまったので。 それに……最下層にいる悪党なんかを連れてって、世に放ったら駄目でしょう?」


 確かに俺ははこの最下層にいる時点で、社会的には極悪人の犯罪者と見られるのは当然。 俺自身もジェイクの事を大悪党なんだろうなと思ってたんだから、スネークの言葉は至極真っ当な意見といえた。


「コイツは大丈夫だ。 俺たちと違って、本来なら悪党どころか英雄様だ。 一緒に連れてかねーと、あとでぶっ殺されるぞ?」


 だが、ジェイクはそれでも俺を見捨てようとはしなかった。 つーか、ぶっ殺しはしないから!? でも……確かにこのチャンスを逃す訳にはいかない!



「……あの、スミマセン、無理にとは言いません。 でも、出来たらで良いので、この手枷と足枷だけでも外してもらえませんか?」


 ジェイクの仲間であるスネークも、ここまで来るのに苦労したと言っていた。 であれば、ここから脱出するのも、来た時と同じかそれ以上に苦労をするのは目に見えている。 なのに、今の俺の様な身体の自由も効かないお荷物が増えれば、脱出の確率を著しく下げてしまうだろう。


 それでも、ここから出られる千載一遇のチャンスである事には変わりはないんだ。 だから、少しだけ我儘を言わせてもらった。


 この手枷と足枷が俺の動きを制限している根本だ。 魔力の封印と、身体能力低下の魔術が施されているのだろう。 なんとか自分で破壊できないかと努力はしてみたが無理だった。 これさえ外せれば、少しはまともに動ける様になるだろう。



「それぐらいなら別にいいっスけど、あとは勝手に脱出して下さいね。 オイ、『ミウ』、この人の枷を外してくれ」


 スネークに続き、ミウと呼ばれた白いローブに身を包んだ女の子がやって来た。


 ミウが俺を拘束している鎖に触れる。 すると……


「…………外れました」


 なんと、ほんの少し触っただけで、魔法が掛けられてた手枷足枷が外れてしまった。 この子、かなり優秀な魔術師なんじゃ……。



「これでいいですか? さあ、行きますよボス」


 驚いてる俺を余所に、ジェイクも既に準備万端らしい。 僅かな灯りではあるが、初めてまともに見たジェイクは予想より大柄で、よく鍛えられているのが見てとれた。


「さあ着いて来い、ヴォルグ」


 ジェイクが、スネークの言葉を無視して俺に手を差し出した。


「……いや、迷惑になるのは悪いから、アンタたちは先に行ってくれ」


 ……枷は外れたが、俺は酷い拷問を受けた上に治療もされず、一年もの間動けずにいたのだ。 封印が解け、改めて試してみたが、想像以上に身体が動かなかった。 これでは、やはりジェイクたちの脱獄に着いて行くのは到底無理だろう。



「無理するな。 御主は一年もこの牢獄にいたんだ、まともに動けもせんだろう?」


 スネークの掌の炎から放たれる僅かな灯りで自分の身体を確認すると、驚くくらいに手も足も痩せ細っていた。


 ……力も入らないし、このままじゃ俺は確実に足手まといになるだろう。 ……それだけは避けたい。


 俺にとって、ジェイクと過ごした一週間は掛け替えのない時間だった。 それまでの孤独が長かっただけ余計に。


 ジェイクは、俺の心を救ってくれたのだ。 そんなジェイクの足を引っ張るなど、絶対にしたくなかった。



「いいから、折角仲間が助けに来てくれたんだろ? 俺の事なんか放っておいて、早く逃げてくれ。 俺は……これでも英雄と呼ばれた男なんだぞ? なんとか自分で脱出を試みるから」


 ジェイクを心配させたくないから、敢えて強がってみせた。 ほんの僅かな時間だったが、俺はジェイクに心を救われた。 そんな恩人に迷惑をかけるなんて、残された俺のちっぽけなプライドが許さなかった。


「その身体で? 脱獄出来ると思うのか?」


 俺の身体を見て、ジェイクが目を細める。 ジェイクから見ても酷く痩せ細っていたのだろう。 これが、本当に戦場の死神と恐れられた武人なのか疑いたくなるほどに。


「やれるだけやってみるさ。 駄目だったら、それが俺の運命だったと諦めるよ。 アンタには、脱獄出来るチャンスを貰ったんだ、迷惑は死んでもかけたくない。 さあ、早く行ってくれ」



 すると、上の階からまたも爆発音が聞こえて来た。


「ボス、そんなに余裕は無いって言ってるでしょ? さ、早く」


「……クッ、頑固な奴め。 だが、御主が幾多の戦場から生還し、民に愛されてる理由が分かった。 必ず、御主も脱出しろ。 だからせめて、傷だけは治してやってくれ、ミア」


「ハイ。 ……酷い傷……」


 ミアはボソッと呟きながら、俺に触れる。 すると、掌が白く光り、温かい魔力が全身を包み込んだ。



「……完璧では無いけど、痛みは消えたと思う」


「ハハハッ……もう慢性的に体中痛くて気にしてなかったけど、本当に痛みが消えたよ」


 回復魔法は光属性であり、この世界でも使える人間は多くない。 その効果も人によって異なるのだが、ミアの回復魔法によって俺が長い間の牢獄生活、そして拷問によって受けた慢性的な痛みが消えた。 このレベルの回復術師であれば、教会以外からも引く手あまただろう。



「では……上で待ってるぞ、ヴォルグよ」


 そう言うと、ジェイクは爆発した出入口に向かって歩き出した。


「……ありがとう。 アンタのおかげで、俺は腐る事なく最期を迎えられそうだ」


 最後の方は、敢えてジェイクには聞こえない様に呟いた。


 自分でも分かってるさ。  ダメージは回復させてもらったが、それでも今のこんな身体じゃ脱出するのは無理だろう。


 だが、どうやらジェイクは耳が良かったのか、がゆっくりとヴォルグの方へと振り返る……。


「最期? 御主が真の英雄なら、必ずまた会えるだろう。 先に外で待ってるぞ、ヴォルグよ!」


 それだけ言い残し、ジェイクは最下層を後にした……。


 ジェイクは信じていくれているのだろう。 俺なら……ヴォルグ・ハーンズなら、必ず一人でも脱出する事が出来ると。



 去って行くジェイクを見ながら、深々とお辞儀をした。


 ……ジェイク・コールマン。 その名前を、俺は胸には刻もう。 生涯最期になるかもしれない、恩人といえる者の名だから……。

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