第4話 淡い妄想
恩人であるアンドレイ様は、俺のせいで殺されてしまったのかもしれない……。 そう考えるだけで、俺は真犯人への怒りよりも、自分という存在の不甲斐なさを呪っていた。
すると、まだ考察を続けてくれていた新たな最下層の住人が言葉を続けた。
「……それに、聞いてると御主の同僚のディックとやらも怪しいな。 如何にアレクセイが第一王子だったとは云え、騎士団団長の御主を状況証拠だけで犯人に仕立て上げるのは難しかっただろう。 御主を疎ましく思ってた貴族だけではなく、御主を支持してくれる人たちも等しくいただろうからな」
そう、俺を支持してくれる人たちは平民だけではなく、貴族の中にもいた。 それに騎士団の団員たちも、俺を慕ってくれる気心の知れた仲間たちばかりだったのだ。
なのに審問会の時、誰も俺を庇おうとしなかった……いや、庇えなかったのだ。 正確には餓狼隊のメンバーは最後まで抵抗していたらしいのだが、結局その抵抗は聞き入れられなかった。
「御主の理解者たちを黙らせる事が出来た人物……それが出来たのは、騎士団の最高権力者の元帥か、御主を除いた騎士団での準権力者の副団長であり公爵家でもある御主の親友だろう……いや、そうであれば親友などと呼べる存在ではないか」
……初めてディックと会ったのは、騎士団学校に入学してからだ。 平民だと馬鹿にされていた俺に、ディックは唯一分け隔てなく接してくれた最初の友達だった。
王族に次ぐ権力者である公爵家の息子であるディックが俺と仲良くしてくれたからこそ、他の貴族連中は黙らざるをえなかった部分もある。
それに、ディックは性格だけでなく頭も良く、そして武術の面でも餓狼隊のメンバー以外では騎士団の中でもトップクラスに強かった。 だからこそ、共に研鑽しあって来た仲だったと思っていたのだ……。
なのに……市中引き回しの時の、遠巻きに俺を見たディックの笑みが脳裏に浮かぶ。
「……ディックが、俺のこの状況を望んでいたかもしれないのは事実だ。 でも、動機は? なんでアイツが俺を陥れなきゃならなかったんだ?」
「簡単な事だろう? 妬みだ」
妬み? アイツは、平民出の俺にも分け隔てなく接してくれた。 騎士団に入団した後も、俺が戦場から帰ってくる度、祝いの酒だと朝まで飲んで生還を喜んでくれたし、聖騎士になった時も祝福してくれたのに……。
「いいか? 人間は侘しい生き物だ。 ほんの小さな切っ掛けで、誰もがクズ人間に成り下がるんだ。 公爵家の跡取りとして、同じ年代に御主という傑物がいたというのは、なんとも大きな目の上のタンコブだったとは思わぬか?」
……あの、いつも俺に見せていた笑顔は嘘だったって云うのか? そんなにも、俺はディックにとって邪魔な存在だったって云うのか?
「それに、御主がいなくなった事で現在のリングース王国騎士団の団長になったのは、そのディックだ。 ある意味、御主が消えて最も利を得た人物だろう」
俺がいなくなれば、ディックが繰り上げで団長になるのは当然といえた。 むしろ、本来なら家柄の面でもディックを団長に推す声の方が多かったのを、あくまで実績を重視したアンドレイ王が俺を推してくれたのだ。
そりゃそうだろうな、自分でも俺なんかよりディックが団長なるべきだと思ってたし。 それでも、そのせいで自分が陥れられたと云う事実は、とても許容しえなかった。
「御主……今、リングース王国がどうなってるか……知りたいか?」
隣の男は、静かな声で聞いて来た。 その口調は、なんとなくリングース王国の現況が良くないのだろうと想像させた。
「急な国王の交代があったんだ。 多少はバタバタしただろうが、アレクセイだってディックだって、俺と違って頭の切れる男だった。 ムカつくけど、それなりに上手くやってるんじゃないのか?」
恨みや偏見を抜きにすれば、アレクセイは充分王の器を持っている人材だったし、デイックは言わずもがな。 自分がいなくとも、リングース王国は安泰だろうと考えていた。
「クックック……やはり御主は、リングースに於いて御主がどれだけの影響力を持っていたのか気付いて無かったようだな……」
俺? そりゃあ、確かに戦争では一番手柄を挙げた自負はあるが、政治力はからっきしだった。 それは今現在、罠に嵌められてこんな場所に閉じ込められているのだから反論も出来ない。 だからこそ、俺一人いた所で、リングース王国の内政は変わらないだろう?
すると、隣の男は黙っている俺に聞いて来た。 俺の……ヴォルグ・ハーンズの、運命を左右する事になる質問を……。
「ヴォルグ・ハーンズよ。 もし仮に、この地獄みたいな場所から出られたら……何を成したい?」
ここは難攻不落・脱出不可能と言われるアルカトラウス刑務所だ。 ここから出られるなど、夢物語でしかない。
だが ……もし、外に出られたら、俺は……
「ここから……出られたら? 何を夢みたいな事言ってるんだ? ここは、難攻不落・脱出不可能と云われるアルカトラウス刑務所だぞ?」
「例えば、の話だ。 こんな真っ暗な所に閉じ込められてるんだから、妄想ぐらいしたっていいだろう? で、どうなんだ?」
でも……そうだな。 多分、俺は一生このまま真っ暗で何も見えないカビ臭いこの場所で生きてくのだろう。 だったら、妄想くらいは良いよな?
「出られたら……か。 ここに放り込まれた頃は、アレクセイやディック、貴族どもに復讐したいと考えてた。 それこそ、逆恨みで婚約者だったアリシアにまで。 でも……食うものも食えず、自由にも動けない、話し相手もいない、手足も満足に動かせないんだ。 不自由ってやつがこんなに辛いと思ってなかった。 だから……もしここから出られたなら、俺は自由に生きたい。 聖騎士だとか英雄だとか、全部捨てて……自由に、世界を旅しながら生きたい……かな」
アンドレイ様を殺した疑惑が現実だったとしたら、アレクセイやディックに対する怒りが完全に消える訳ではない。 今、もし目の前にいたら、絶対にぶっ殺してやろうとは思っている。
だが、この監獄から出られるなんて奇跡があるのだとしたら、その奇跡を復讐に捧げて生きるのは……少し違う気がしていた。 上手く言葉では言い表せないが、どこか勿体ない……と感じたのだ。
「ほう? 復讐はせんのか? 御主をこんな地獄に引きずり落とした奴等に」
この最下層に閉じ込められ、不自由を経験し、自由が如何に稀有で、奇跡的なのかを知った。 だったら、もしここを出られたら、思い切り自由を謳歌したいと思い始めていたのだ。
「今思えば、俺は幼い頃両親を亡くし、それからは生きる為に必死で足掻いて来た。 自分がどれだけの者なのかを知りたくて、出世する為に窮屈な環境で我慢して生きて来た。 常に蔑まされ、それを見返す為に頑張って来た。 何度死にそうになっても、それでも、どんな時でも国の為に戦って来たんだ。 なのに、最後に俺を待っていたのは裏切りだった。 ……まあ、一応英雄なんて一度は呼ばれるようにもなれたし、もう出世コースとかはいいや。 だから……今度は自由に生きたい。 ……英雄だの聖騎士だの関係なく。 もう、何かに縛られて生きてくのは懲り懲りだ」
「クックック……クワーッハッハ! 面白い奴だな、御主は。 この環境で一年も過ごしたのに、復讐ではなく自由……闇より光を選ぶとは」
闇より光……。 実際俺はさっきまでは燻っていた。 あと何日かしたら、本当に闇に堕ちる寸前だったかもしれない。 でも今は、溜まっていた想いを吐き出した事によって不思議と気分が晴れていた。
「……アンタのおかげだよ。 全部話してスッキリした。 これで、また暫くは闇堕ちせずに生きていける」
暫く……はな。 でもまあ、所詮は妄想だ。 もう、俺が自由を手にする事なんてあり得ないんだから。
「ふむ、なら、今のリングース王国の状況を喋るのは止めておくか。 知りたくば、自分で調べるがいい」
それは、どこか含みのある言い方だった。
リングース王国では、今の俺が伺い知れない何かが起こってるのかもしれないという、含み。 そして、それを自分で調べろなどと、まるで外の世界に出られるのかと思わせる、含み。
……自分で調べろなんて言われても、今の俺に出来る事なんて無いしな……。
「ハッ、何言ってんだよ? 知りたくても調べようが無いだろ? 俺たちがいるのは、難攻不落・脱出不可能の監獄島・アルカトラウス刑務所の最下層なんだぞ?」
「クックック、それもそうだな。 まあ、どれだけの期間になるかは分からぬが、隣同士宜しく頼むぞ」
長い間、ずっと孤独に苦しんで来た。 そんな俺にとって、隣人となった男は、例えどんな悪党であろうとも何者にも代えがたい存在だった。
「こちらこそ、ヨロシク……えっと、アンタの名を聞かせてくれないか?」
思えば、自分ばかり話す事に夢中で、まだ隣の男の名前を聞いてなかった。
「そうだったな……。 俺様の名は『ジェイク』……『ジェイク・コールマン』だ。 こんな最下層に放り込まれる様な、しがない盗賊だ」
ジェイク・コールマン。 その名は、どこかで聞いた事がある気がしたが……今は思い出せそうにないので諦めた。
「ジェイクか……。 これからヨロシクな」
こうして、俺はジェイクという、ある意味の同志を得て、孤独な時間にお別れする事が出来たのだった。
本日もう一話投稿しますので、そちらもヨロシクお願いします。