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餓狼の道~堕ちた英雄、自由を求めて旅に出る~  作者: Tonkye
アルカトラウス刑務所 篇
3/27

第3話 最下層での出会い

 ヴォルグ・ハーンズ。


 リングースの狼、戦場の死神、餓狼流剣術創始者、そして聖騎士。


 どの称号も、外の世界であれば英雄と呼ばれる価値があったのだが、そんな称号も牢屋の中では何の意味も成さない。


 長い……長い孤独な時間は、俺の全てを変えてしまった。


 伸び放題の髪、痩せ細った身体、手首にはあらゆる力を制限する腕輪と、足には自由を奪う鉄球の鎖が嵌められている。



 相変わらず、誰も来ないな……。


 投獄された当初は、数人の拷問官によるまるで地獄の如き拷問により、肉体と精神が大きく傷付いた。 なのに、今ではその拷問を課した拷問官でもいいから会いたいと思ってしまう程に、人と接する事を渇望していた。


 この場所は暗い上に、無音だ。 唯一カビの匂いだけが漂っている。


 俺が投獄されたアルカトラウス刑務所の最下層は、海の中だった。 当然、光など一切刺し込む事は無い。 この状況下でまだ自我を保てているのだから、我ながらおかしいのかもしれない。



 一体どれだけの時をこの漆黒の暗闇で過ごしたかは、もう正確には分からない。 少なくとも、一ヶ月や二ヶ月では足りないだろう。


 そんな時を過ごす中で、当初は自分を嵌めた奴等に対する復讐心が、俺の生きる活力でもあった。


 だが、今ではそんな復讐心すらも上回る程に、誰でも構わないから人と接したいと渇望していた。



 暗闇が、静寂が、孤独が……こんなにも辛いなんてな……。



 いつもの様に、なんの変化もない時間を過ごしていると……最下層の、重い扉が開く音が聞こえた。


 まさか、誰かがやって来たのか?


 いかん、久方ぶりに……いや、この刑務所に来て初めて、胸が踊っている。


 拷問官だろうか? 人の気配は……足音から察するに三人ほど。 とにかく誰でもいい、どんな奴でも良いから、言葉を交わしたい! もう、孤独には耐えられない!


 久方ぶりの蝋燭の灯り。 恐らくアルカトラウスの職員二人に、何者かが連れられて、その何者かは俺の牢屋の手前、隣の牢屋に放り込まれた音がした。


 そして、職員二人は俺の方など見向きもせず、帰って行く。


「ま、待っへ……」


 ちょっ……ちょっとは話し掛けてくれよ! と声を掛けようとしたが、あまりに喋らない期間が長かった為に、まともに声が出なかった。

 そうこうしているうちに、職員の足音は去っていき、扉が閉まる音が聞こえて再び最下層は暗闇に包まれた……。



「ぐむぅぅ……随分手荒な扱いだ」


 隣の牢屋から、そう愚痴る声が聞こえる。 そうだ……新たな人物が、俺の隣の牢屋にやって来たのだ!


 声の印象から、中高年の男性だろうと考える。

  職員は去ってしまったが、今は会話さえ出来れば誰でも良かった。 それが、例えこの最下層に投獄される様な大罪人であろうと。


「あ……あんひゃ、何者だはぁい?」


 先程から、長い間言葉を発して無かったせいでハッキリと喋る事が出来ていなかったのだが、そんなのはお構い無しだった。 とにかく、誰かと言葉を交わしたかったから。


「ん? 誰かいるのか?」


 隣の男は、少し驚いた声をあげる。


 ここは、アルカトラウスでも最も危険な犯罪者……重い罪を背負った者が放り込まれる最下層なのだ。 だとすれば、隣の男はとんでもない悪党の可能性が高い。

 それと同時に、隣の男からすれば、俺もまた大罪人なのだが。


「ああ、俺はみょう長い事こほに繋がれてひる。 あんまひ寂しくて、誰かと話しがしはいと願ってはんら……」


 相手はアルカトラウス最下層に収容される大悪党。 でも、今の俺にとって関係ない。 ただ、ただひたすらに、会話がしたかったから。



「ほう……御主、この最下層にはどの位いるのだ?」


「分からなひ……。 もふ、長い間誰ほも話してなひのは確かだ……」


「……分からない程の時間をこの暗闇にいると自覚してるにも関わらず、まだ自我を保っていられるとは……御主、只者ではないな?」


 精神が壊れてしまえばどんなに楽かと思った事は一度や二度ではない。 でも、幾多の絶望的修羅場を潜り抜けて来た俺の……ヴォルグ・ハーンズの強靭な精神は、まだ壊れてなかった。


「へへへ……ただの死に損ないさ。 それより、話し相手になってくれなひか? ここは独りじゃ寂し過ぎてな……」


「話し相手……のう。 確かに、こんな暗闇では気も滅入ると云うもの。 ……ならば、御主の名を聞こう。 そして、何をやらかしてこんな所にいる大悪党なのかもな」


 隣の男もまた、やはり俺の事を大罪人だと思ってるな。 まあ、当然なのかもしれないが。

 さて、ヴォルグ・ハーンズの名は、リングース王国の人間なら知らぬ者はいないだろう。 いや、案外他国にも知られていたと思う。 名乗れば高確率で素性がバレるだろう。


 俺は落ちぶれても英雄であり、聖騎士だ。 こんな場所にいる大悪党に名を名乗るなど、本来なら避ける所なのだが……。


「ヴォルグ……ヴォルグ・ハーンズだ。 罪状は……国王殺害」


 関係あるか! 名誉も糞も、もう地に堕ちてんだ! 今は話し相手の方が重要だ!



「ヴォルグ……ハーンズ? ……まさか、リングースの狼……戦場の死神か!?」


 想像通り、隣の男は俺の名を聞いた事があったのだろう、驚きの声を上げている。


「クックック……クワーッハッハ! これはなんとも面白い巡り合わせよ!」


 そして、大きな声で笑い始めたのだった。



「知ってるのか? ……俺の事を」


「戦争を終わらせた英雄だろう? 顔は知らなくとも、その名を世界中で知れ渡っておる。 リングースの狼、戦場の死神と恐れられ、そして光属性に目覚めて聖騎士に任命された男だからな。 そういえばヴォルグ・ハーンズは国王殺害の罪に問われたのだったな……とうに死刑にされてたのかと思えば……なるほど、聖騎士の立場から死刑にもされず、一年もの間、この真っ暗な監獄に閉じ込められたって訳か……まぁ、死んだ方がマシだっただろうな」


 一年? え? 俺が投獄されて一年も経っていたのか? いや、でもよくよく考えてみれば、確かに一年くらい経っている気もするが……。



 でも、今は会話の方が大切だ。


「……ああ、どうやら教会から反発があったらしい、聖騎士を死刑にするのは、神に背く行為だってね。 へへっ……俺も随分神格化されたもんだが、それでも、一国の王を殺した犯罪者であれば死刑を強行する事も出来たハズだ。 ……今思えば、俺を陥れた奴はよほど俺に苦しんでほしかったんだろうよ、簡単に殺すのが惜しいくらいに」


 長い暗闇での生活により、そんな皮肉を溢す。


 だが、次第に言葉のドモりが消え、流暢に喋れる様になったので心が弾んでいた。


「陥れた……だと? なら、御主は国王を殺してないと?」


 隣の男の声が、一段低くなる。 それは、俺の言葉の真意を図りかねている様だった。


「……殺してない。 俺は、無実だ」


 だから、ハッキリと言ってやった。 自分は無実なのだと。



 暫しの沈黙が訪れる……。 隣の男が、国王を殺してないという告白を聞いて何を考えてるのか分からない。


 なんにしても、折角話し相手が出来たと思ってたのに、黙らないでもらいたいのだが。



 すると、隣の男は唸りながら口を開いた。


「……なるほどな。 御主、誰に嵌められたのか、目星はついてるのか?」


 どうやら隣の男は、まだ会話をしてくれるらしいと分かり、またも胸が弾んだ。


「あ、ああ。 少なくとも、俺を陥れる計画に加担した、であろう奴等は、二人いる」


 これはずっと考えていた事だが、結局誰が主犯かの確定材料は無い。 それでも、アレクセイとディックの二人は少なからず計画に加わっていたと思っていた。


「ふむ……こいつは興味深い。 ヴォルグよ、俺たちがこの最下層で巡り会ったのも何かの縁だ。 御主が嵌められた件、詳しく聞かせてくれないか?」


 隣の男が何処の誰かも分からない。 それに俺の件は、明確に冤罪だ。 それに新たな国王と騎士団が絡んでるとなれば、ある意味王国の恥部とも云えるが……どうせ自分も隣の男も、この最下層から出られる保証は無いだろう。 関係ないわ。


「フッ……本当に退屈してたんだ。 俺なんかの愚痴で良かったら、気の済むまで聞いてくれ……」



 ……そして、俺は誰とも知らぬ隣の男に、一連の流れを語った。


 すると、隣の男は少し黙った後に、俺の話を聞いた上で、自分の見解を話し始めた……。


「なるほどな……。 御主の活躍は他国にも大々的に伝わっていたし、しかも光属性を持つ者が誕生したのは全世界でも一○○年ぶり。 その存在は国家の切り札となり得ただろうに……私利私欲にしか目が無い馬鹿な貴族共にとっては、自分たちの自由になら無い御主は忌々しい存在だったのだろうな……。 中でも、最も怪しいのは……現リングース王国国王・アレクセイか」


 隣の男は真っ先にアレクセイの名を挙げる。


 現国王……という事はやはり、あの後アレクセイが跡目を継いだのか。


「……俺もそう思う。 だが、俺は国王の座に興味など無かった。 むしろ、あのままならアレクセイは俺の義兄になってたかもしれないんだ、俺は協力を惜しまなかったのに……」


「御主が思う以上に、御主の存在は大き過ぎたのだろう。 英雄であり聖騎士、更には王位継承権を保持している王女と結婚すれば、王になる資格は充分。 国民から絶大な支持を得ている御主を脅威に感じたとしても、不思議ではないな」


 確かに、俺は国民からは絶大な支持を得ていたし、王女であるアリシアと結婚する俺を、新たな国王にとすり寄って来る貴族もいた。


 でも、俺は国王になる気などないと、アンドレイ様には伝えていたんだ。 アレクセイの奴にも、アンドレイ様から俺の意思は伝わっていたと思うが……なんで疑ったんだ? 平民出の俺が、自分の地位を脅かすと?


「俺は平民出だぞ? 国王になんて、なる気もないし、大体なれる訳……」


「平民出だろうが、御主の残した功績は大きかった……大き過ぎたのだ。 更には、聖騎士という称号。 そもそも聖騎士など異例中の異例なんだし、その上、戦争を終わらせた武勇伝と、御主がどんな民にも分け隔てなく接する人格者だと云う事は他国にまで広まっていた。 国の王としての資格は充分あったし、国民もそれを望む気運が高かったのだろう。 アレクセイが、御主を陥れようと決心する程にな……」


 ……アンドレイ様は、俺を騎士団団長に任命する際に、正当な戦果と適性だと言ってくれた。 それに、戦争が終わって面倒事が片付いた頃には、これでアリシアとの婚姻に文句を言う者はいなくなると笑っていたのに……。


 アレクセイが主犯だと考えると、結果的にアンドレイ様は、皮肉にも俺を引き立てた事によって命を落としてしまったのかもしれない。


 自分なんかの為にという申し訳なさと、守れなかった後悔が、俺の心を締め付けるのだった。

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