第26話 餓狼流剣術
「ザックスゥ~、貴様と手合わせするのは二年ぶりか? あの頃はこの俺に手も足も出なかったが、少しは上達したか?」
「……俺はこの二年、ハンターとして日々身を削って研鑽して来たんですよ。 あの頃とは違います」
睨み会う二人。 だが、ピットブルからは余裕が、ザックスからは緊張が見て取れる。
ピットブルが背負っていた大剣を手に取った。 大柄な体躯のピットブルにとっては、大剣すらも普通の片手剣に見える。
「貴様は俺と同じ“餓狼流剣術”を学んだ同門であり、弟弟子だ。 悪い様にはせんから……我が主を新たな王にする為、ターニャ殿下を渡してもらおう」
今、ピットブルは確かに餓狼流剣術と言った。
そして、先程のザックスの戦闘を見て、もしかしたら……とは思っていたのだ。
まさか、ピットブルも餓狼流剣術を? 餓狼流剣術って、リングース王国ですら認知される様になってまだ三年に満たないんだけど?
「……そうだな。 餓狼流剣術がこの国に伝わって来て、いち早く弟子入りしたのがアンタと俺だった」
伝わってって……。 俺が本格的に餓狼流剣術の技術指導をしたのは、リングース王国の隣国であるインターユ共和国の騎士団だけのハズ。 いや、そういえば、過去に国際首脳会議の場で、一度だけ餓狼流剣術の演舞を披露した事があったぐらい。
けど、本格的な指導をしたのはリングース王国とインターユ共和国のみで、それ以外の国に教えた覚えも伝えたつもりも無かったのだ。
「……ターニャちゃん、餓狼流剣術って、ベラドールにも伝わってるの?」
駄目元でターニャちゃんに尋ねてみる。
「私も詳しくは知りませんが……確かリングース王国の凄い騎士様が、一度だけ国際首脳会議の場でその剣術を披露したらしいのですが、その剣術に惚れ込んだ我が国の騎士団長が、この国でも広めようとリングース王国まで習いに行って基礎を習得して来たそうです。 確かベラドールだけじゃなく、他の国でもその剣術に惚れ込んだ人たちが多かったらしく、今では各々の国で独自に広まってるそうですよ」
そういや……ウチの騎士団には、よく他国から短気ながら仮入団する者が多かったな。 直接俺が始動した事はなかったけど。
それにしても、軍事交流のあったインターユ共和国とかならまだしも、他国で学ばれてるって……実は餓狼流剣術が世界に広まってるって話は噂程度聞いてたんだけど、まさかベラドールでも……創始者としてはちょっと嬉しいけど。
「同門とはいえ、あまり邪魔をするならば死んでもらうぞ!」
ピットブルが大剣を振り下ろし、更に返しで大剣を振り上げる。 これは餓狼流剣術奥義の一つ、狼牙だ。
これをザックスは、一太刀目を後方に、返しの二太刀目を横移動で躱す。 流石は、同じく餓狼流を学び、狼牙を熟知した者の捌き方だ。
「お返しだ!」
そして、ザックスも狼牙を繰り出す。 鋭さはピットブルより上だが、これをピットブルは軽々と大剣でブロックした。
その後もスピードで優るザックスが攻勢を強めるが、ピットブルは大剣でブロックし続ける。
剣自体の技術はザックスの方が上だが、ピットブルはパワーと大剣を利用して難なく捌いている。
……ザックスはああ言っていたが、今回に関してはハンターとしての二年が逆に悪影響を与えてる気がするな。
確かに、ザックスは二年間ハンターとして技を磨いて来たのだろう。 だが、主に魔獣と対するハンターは、対人戦に於いては騎士や兵士に劣る傾向がある。 魔獣との戦いと人間との戦いでは、駆け引きの質と量が全く違うのだ。
結果、ザックスの攻撃は単調なものとなり、ピットブルにとっても対処しやすい状況になっている。 ……このままだと、決着は近いな。
「ターニャちゃん、外に出よう」
「……はい」
このまではザックスが危ない。 だが、ターニャちゃんを魔動車に置いて行くのも危険なので、一緒に連れて外に出た。
他のラウジーニャの部隊とリリアは、ザックスとピットブルの一騎討ちを見守ってる為、戦闘の手を止めている。
「リリア、ターニャちゃんを頼む」
「!? ガロウは、ターニャを守っててよ。 ザックスなら大丈夫だから」
一見ザックスが押してる様に見えるからリリアは気付いてないのだろう。 このままでは、これから訪れるであろうザックスとピットブルの結末に。
「ガロウ様、私もBランクのハンターです。 ピットブル以外に遅れを取るつもりはありません。 ここはいいので、ザックスを頼みます」
ターニャちゃんが力強い表情で俺を見つめる。 ……うん、いい顔だ。 ターニャちゃんはか弱い王女殿下なんかじゃ無い、立派なハンターだ。
そして、ザックスとピットブルの一騎討ちは、オーラスを迎えていた。
「どうしたザックスゥ~。 確かに一太刀の鋭さは上がってるが、貴様、この二年で腕が落ちたんじゃないか?」
「なんだと!? 舐めるなよ! くらえっ……餓狼流剣術奥義・“狼群”!!」
餓狼流剣術・狼群とは、狼の群れが一斉に飛び掛かるが如く、上から下から横から斜めから無数の斬撃で相手を襲う連撃だ。
「甘いわ!」
これをピットブルは、大剣を目の前で高速に回転させて盾を作ると、ザックスの剣は巻き込まれた挙げ句、大きく弾かれた。
「終わりだっ、くらえっ、狼牙!」
「く、くそっ!?」
そして、大剣が上から振り下ろされる…………が、その一太刀がザックスに到達する前に、俺が双剣をクロスさせてガードした。
「ぬうっ、この俺の渾身の一太刀を!? 貴様、何者だ!?」
「俺かい? 俺は……通りすがりのハンターだ」
身体能力強化は施しているが、光魔法は使用していない現状、細くなってしまった俺の身体には、ガードの上からでもピットブルの一撃の衝撃が伝わっていた。
やはり、昨日黒炎野郎を倒せたのは、身体能力強化と光魔法の併用による相性が良かったのだと身に染みて理解出来た。
「その細い腕でよくぞ防げたものだ……が、次の一太刀を防げるかな?」
身体全体、特に手の痺れが酷い。 これでは次の一撃はまともには受けきれないだろう。
光魔法を使うか……? いや、餓狼流剣術を習得してるコイツ等の前で使えば、もしかしたら聖騎士・ヴォルグ・ハーンズを連想させるかもしれない……。
「だったら……こちらから攻めるしかない!」
「攻めるだぁ? ほざけっ!」
ピットブルが横凪ぎの一振りを発動する寸前、一気に間合いを詰めて双剣を活かして攻撃を仕掛ける。
「ぬぐっ!? 速い!」
俺の攻撃は、幾つかピットブルの肉体に傷を付けたが、腕が痺れているから力が入らず、掠り傷程度しか与えられていない。
「確かに速い……だが、軽い! 片腕での剣撃では、この俺に致命傷を与えられん!」
ピットブルがまた大剣を盾に使い始めると、俺の攻撃は全て大剣に防がれてしまった。
一旦間合いをとる。 痺れはまだ残っていた。
「貴様、中々やるな……。 さぞかし有能なハンターだな。 もしや、Sランクか?」
「いや、俺はただのBランクだ」
ピットブルが怪訝な表情を浮かべる。 ザックスの実力はAランクに相応しいものだし、そのザックスよりも上であるピットブルにとって、自分と互して戦う俺がBランクだなどと、信じがたいのだろう。
「すみません、ガロウさんの手を煩わせてしまって……」
「気にするな、ザックス。 同じ車に乗せてくれた縁だ、あの木偶の坊は俺が倒してやる」
「……木偶の坊……だと? 貴様、よほど死にたいらしいな」
木偶の坊という言葉は、ピットブルの怒りに触れた様だ。 案外単純だな。 だったら……。
「木偶の坊は木偶の坊だろう? どれだけ剣術を磨いても、おまえのは結局力任せで剣術などとは言えない。 純粋な技術だけなら、ザックスの方が遥かに上だぞ?」
ピットブルが挑発に乗りやすいと見た。 だが、煽りに煽る作戦に出たのだが、言った事は全て事実だった。
本来、餓狼流剣術はベースがジャパング皇国の武士と名乗る兵士が使う得物・刀を用いてる為、両刃剣向きでは無いのだ。 実際、俺が騎士団時代に使っていたのも、馴染みの鍛冶師に造ってもらった特注品の片刃の剣で、その後国王から頂いた剣もそうだったし、今使ってる二つの短剣も片刃だ。
勿論、餓狼流剣術自体は両刃剣でも問題なく使えるし、だからこそ各国で広まってるのだろうが、刀を返す手首の繊細な動きが重要となっている為、両刃剣を使ってると手首の繊細さが蔑ろにされ易い。 これは、騎士団時代も仲間たちに口を酸っぱくして教えた部分だ。
ザックスも狼牙の様な必殺の一撃を放つ際には、意識して手首の返しを巧く使えてはいたが、それ以外の通常攻撃ではあまり巧く手首を使えていなかった。
ピットブルはそれに輪を掛けて、通常時は手首の返しが全く使えてない。
やはり、直接指導された訳ではない餓狼流剣術では、間違って伝わってる部分も多いのかもしれない……。
「おまえらが使ってる餓狼流剣術は、俺も見た事はある。 そして、餓狼流の利点は、手首の返しにより斬撃をより鋭く疾くさせる点だ。 なのに、おまえは力任せで餓狼流の利点を半分も出せていない。 そんなもので、おまえに餓狼流を名乗る権利など無い」
まさか、ピットブルも目の前にいるのが、その餓狼流剣術の創始者だとは知る由もなく、ただ挑発されたと思っているだろう。
「なんだと~? 貴様の様な剣士の成り損ないに何が分かる!」
双剣使いのスタイルは、騎士や戦士にとっては邪道であり、正道から溢れた者扱いされる傾向がある。
実際、機動力を活かして防御を軽んじるスタイルの双剣は、一騎討ちや長期戦には向かない剣術でもあるのだ。
俺もハンターとして活動する際に、対人戦よりも、機動力と先手必勝のスタイルを目指した結果、双剣を選んだのだから。
「……なら、双剣でも極めれば正道の剣士をも凌駕する事を、俺がおまえに教えてやる……」




