第25話 襲撃
「……あ、そういえば、ガロウさんはなんで魔の森なんかにいたんですか?」
車内の空気を変えようとしてくれたのだろう、ザックスが俺に助手席から話し掛けて来た。
だが、その質問にどう答えるかもまた悩みものだ。 脱獄して海岸沿いに降ろしてもらったのが魔の森の端だった……などと言える訳がないのだから。
「……俺はこの一〇年間、山籠りや他国での修行の旅に出てたんだ。 それで、ベラドール王国領でも有名な魔の森で、自分の力を試してたんだよ」
我ながらスムーズに嘘を付けたと胸を撫で下ろす。 ……実は、こんな質問をされたら今みたいに答えようと決めてたのだ。
「そうなのか……凄いですね、ガロウさんは。 俺も冒険者になって二年でAランクになって、結構自信があったんだけど……ゴブリンキングにも勝てなかった。 なのにガロウさんは、一六歳の時にはSランクでもおかしくない程強かったのに、それに甘んじず一〇年も修行に費やすとは……」
「全ては場数と経験だ。 俺だって最初から強かった訳じゃない。 ザックスがゴブリンキングと対峙したみたいな状況を何度も何度も経験し、その都度必死で生き延びて来たから今の俺があるんだ。 ザックスだって、一○○回ぐらい生死の危機を潜り抜ければ、俺ぐらいにはなれるさ」
一○○回と云う数字は、決して誇張じゃあない。
両親を亡くして食うにも困り、毎日死ぬかもしれないと思ってた。
その頃、師匠と出会い、あの鬼の様に厳しい訓練の最中に何度も死にかけた。
学費を稼ぐ為のハンター活動でも、最初は何度も死にかけた。
騎士団に入ってからも、戦争で毎日が死と隣り合わせだったし、終いには罪人にされて死にかけた。
でも、その都度生き延びて、その都度確実にレベルアップしてきたのだ。
「一○○回……か。 そもそも、一○○回も死にかけて、一○○回も生き延びる方が難しいと思うんですけどね……」
どうやら俺のアドバイスは、ザックスにはあまり響かなかった様だ。 言われてみればそうだな、だって、今思い出しても俺が生きてるのは奇跡みたいなもんだし。
「ねえガロウ、ベラドールにはどれ位滞在するつもりなの?」
左側からリリアが聞いて来た。
「特に決めてないなぁ。 世界中を旅してみたいから長居するつもりはないけど、具体的には決めてないぞ」
特に予定を決めてる訳ではないし、目的のある旅でもないので、気に入ったら長期滞在しても良いとは思ってる。
「そうなの? じゃあ私がベラドールの案内してあげる!」
昨日からだが、リリアは俺に対してかなり積極的にグイグイ来る。 もしかして俺、好かれてるんだろうか? いや、リリアがただオープンな女性の可能性もあるし、過度な勘違いはしないでおこう……。
それに、左側のターニャから、アリシアと間違えそうになる程の冷気が漂っているし。
「リ、リリア、ちょっとガロウ様にくっつき過ぎじゃないですか?」
「え~? だって、ガロウは私の命の恩人で、強くて、その上カッコいいんだもの、アピールしたくもなるじゃない? ま、お子ちゃまのターニャには分からないかもしれないけどね~」
リリアが挑発的な態度でターニャをおちょくると、ターニャはあからさまに不機嫌そうに、頬をぷくっと膨らませた。 ……もう、勘弁してくれないかな~。
すると、急に魔動車が急停止した。
「何事だっ!? ……まさか、敵襲?」
ザックスが状況を確認しているが、こんな場所で考えられるとすれば、山賊や盗賊による襲撃くらいだ。
「すまん、ガロウさんはターニャとリリアを頼みます!」
そう言って車を降りるザックス。 外を見ると、どうやら魔動車が数十人に囲まれてる様だ。
……それに、中には一筋縄ではいかない人物も混じっている。 ザックス一人には荷が重いかもしれない程の。
「俺も降りよう。 リリア、ちょっと降ろしてくれ」
俺は後部座席の真ん中に乗ってるので、一旦リリアにも外へ出てもらわなければならない。
「……いえ、ここは私だけ出るわ。 ガロウはターニャを守ってくれない?」
「なっ、なら私も出ます!」
「駄目。 じゃあガロウ、お願いね」
そう言ってリリアも外へ出て行った。 二人にターニャを守れと言われたら言う通りにするしかないのかもしれないが、先日の件もそうだが、どうも同じパーティーメンバーなのに二人がターニャを特別扱いしてる気がするのは考え過ぎかな。
「貴様ら、この車に乗ってるのが、ベラドール王国王女であるターニャ・アムウェイ殿下と知っての狼藉か!?」
ザックスが賊に対して叫ぶ。
……王女? ……王女だと!?
思わず、驚いた表情でターニャを見ると、ターニャは困った様な表情を浮かべた。
「すみません、隠してるつもりはなかったのですが……」
なんてこった!? 王女だと? ベラドール王国はリングース王国とは結構離れてるから俺……ヴォルグ・ハーンズの存在は知られてはいないと思ってたけど、王族となると話は別だ!
ヴォルグ・ハーンズの頃、リングース王国騎士団団長として、全世界の首領が集まる国際会議の場に、国王の護衛として何度も参加していた。
そして、国際会議では普段滅多に集まる事が無い国のトップが一同に会するので、家族を連れてくる場合が多い。 当然、各国が国を代表する屈強な護衛を連れて来るのだ。
もしかしたら……俺はターニャと会っていた可能性だってある。 もし、ターニャから、俺がヴォルグ・ハーンズだとバレれば、一気に国際指名手配犯である事知られてしまうだろう。
……くそっ、知ってれば車になんて乗らなかったのに!
その頃、外ではザックスと賊が睨み合っていた。
「……だんまりか……なら、全員返り討ちにしてやるまでだ」
ザックスの問いに応える者がいなかった。
……つまり、コイツ等は只の山賊じゃない。 狙いは、王女であるターニャか?
顔を布で隠した軽装鎧の男たちが五人、ザックスに飛び掛かる。 それを、ザックスは見事な剣捌きで斬り伏せてみせた。
……って、あれ? 初めて戦ってる所見たけど、ザックスの剣術って……。
その後も、襲い掛かる男たちをザックスは着実に斬り伏せていく。 リリアもまた、強力な火属性魔法で賊を撃退していた。
襲撃して来た人数はトータル二五人。 これは、隠密行動を取るには少々多い人数だ。 つまり、ターニャを暗殺するのに存在隠す気もなく、確実に仕留めに来たか、連れ去る為に来たと考えられる。 ……多分後者だろうと思っているが。
「貴様ら、誰の派閥の者だ! いくらなんでも、こんな大っぴらに襲撃を仕掛けるとは、頭がイカれてるんじゃないのか!?」
確かに、こんなに堂々と王女を襲撃するのは、本来であれば考えられないだろう。
ザックスが派閥と言うからには、犯罪組織の類いではなく、後継者争いの候補……つまり、ターニャの兄弟が主犯だと考えられる。
すると、後方で待機していた男……明らかに強者の空気を纏った重装備の戦士が、前に出て来た。
「大っぴらだろうが問題あるか? 大人しくターニャ殿下を渡せば、痛い目を見ずに済むぞ?」
「……『ビットブル』か……。 つまり、『ラウジーニャ』殿下が、ターニャ殿下を……」
ザックスが緊張してるのが分かる。 あのピットブルと云う男と自分との実力差を知ってるのだろう。 恐らく、自分より格上だと。
「ターニャ、ラウジーニャ殿下とは?」
「……私の兄、第二王子のラウジーニャ・アムウェイです」
第二王子か……。 その上には第一王子もいるんだろうし、ベラドールの後継者争いはややこしい事になってるんだろうけど……正直、あまり関わりたくはないなぁ。
「そうか……で、あのピットブルって男は?」
「ピットブルは、ラウジーニャ御兄様の私設部隊の隊長です。 ベラドール王国でも、五本の指に入る強者だったと思います」
あれで五本の指……。 あのレベルが五人もいるとなれば、ベラドール王国の戦力も馬鹿には出来ない。
ここは、自分も出て行った方がいいかな。 でも、そうするとターニャを守る者がいなくなる。 今思えば、ザックスとリリアは俺にならターニャを任せて大丈夫だと判断し、彼女の守りを任せたのかもしれない。
ならば、この場を離れるのは彼等の信頼を裏切る事になってしまう。 取り敢えず見守る事にするか。




