第22話 ガロウの過去
◇
ガロウが最後に見せた微笑みと、去って行く後ろ姿に、ターニャはガロウのやるせない想いを感じた様な気がした……。
「……フン、勝手な男だな。 いくら強くても、その力を自らの為にしか使う気が無いのなら、その時点でAランクハンターとしての資格など無い」
ガンツがガッカリした様に呟くが、それにザックスが反論した。
「違うよ、ガンツ。 なにか理由があるんだ。 だって、ガロウさんは今回だって、何の見返りも無いのに俺たちを助け、この町を救ってくれたじゃないか」
ターニャもザックスの意見に賛成だった。
ガロウは決して弱者の為に戦うのが嫌だからAランク昇格を拒んでるとは言っていない。 ただ、自由に生きたいと、そう言っていただけだから。
それに、ガロウは裏切られたと言っていた。 そして、地獄を見たとも。
ガロウの身に何が起きたのかなんて、この場にいる誰にも知る術は無い。 けど、ターニャは自分などでは到底思いもよらない辛い出来事があったのかもしれないと予想していた。
言い過ぎてしまったと思ってるのか、コピロフも溜め息を吐いた。
「ふう……私も昔のガロウさんを知っている手前、あの人が身勝手で弱者を放っておける人じゃない事は知っている。 さっき言った伝説……スタンピードの件も、リングース領最凶最悪の犯罪組織壊滅も、危険度レベル5・6の魔獣討伐の件も、本来ならBランク冒険者には話すら行かない依頼だ。 でも、彼は依頼としてではなく、あくまでも偶然を装って解決したんだ。 ……それが本当に成り行きだったのか、それとも自らの意志で行った行為なのかは本人にしか知りえませんが、少なくとも多くの人々を救った事実に変わりはない」
ランクSのハンターですら一筋縄ではいかないような高難易度の依頼なのに、例え偶然遭遇したのだとしても、逃げずに解決してる時点で、ガロウが身勝手な人間じゃない事を物語っていた。
なら……やはり問題は、空白の一○年の間に、ガロウの身に降りかかったであろう出来事。 それが今のガロウの言動や行動を作ってるのだろうと、ターニャは考えた。
「コピロフさん、ケオケ支部時代のガロウ様の担当者からは、何か聞いてないんですか?」
「さっきも言った通りだよ。 ただ、その担当って云うのが……実は当時のケオケ支部ギルドマスターだったんだ。 本来ギルドマスターが個人の、しかもBクラスハンターの専属担当になるなんてあり得なかったし……今思えば、ガロウさんの情報に関しては多くを語っていなかった気もする」
ギルドマスターとは、支部全体を管轄しなければならない存在だ。 個人のハンターにだけ関わっていられる程暇では無いし、そもそもSランクやAランクを特別扱いするのなら兎も角、Bランクのハンターを特別扱いするなど考えられない。
「そのギルドマスターがガロウ様の専属担当になったのって、いつ頃からなんですか?」
「そうだな……ガロウさんがハンターとして活動を始めて間も無くだったと思うぞ。 ガロウさんが活動した期間は三年程、つまり、一三歳の少年にギルドマスターが専属で付くなんて、今思えば考えられない。 ……でも、ガロウさんの有能さはギルド職員の全員が認めてたから、誰も意見しなかった……というよりは、しちゃいけない雰囲気をギルドマスターが出していた気もするな」
「えっ!? 一三歳って……そんな子どもの頃からガロウさんはハンターとして活動してたんですか!?」
「そうだよ。 初めてウチのギルドにやって来た時は、まだ身長も今程高く無かったし、狼の仮面もサイズが合ってなくてね。 でも、そこから半年間もしないうちにBランクまで駆け上がったんだ。 これは凄い人材が現れたと話題になったもんさ」
となると、ターニャたちは、ガロウはハンターになって直ぐ……もしくはなる前から、かなりの強さを持った特殊な存在だったのかもしれないと考える。
「でも、それ以降ガロウ様がランクを上げる事はなかったという訳ですね?」
「そう。 我々職員も、同じハンターたちも、何故ガロウさんがBランクのままなのか不思議で仕方なかった。 ギルドマスターに聞いてもはぐらかされてたし……」
何か、ランクを上げたくない理由があったのだろう事までは想像できたが、それを知る術はない。
そして、空白の一○年……。
人には誰しも触れられたくない過去はあるとは思う。 けど、ターニャはガロウの事をもっと知りたいと思ってしまう自分がいるのを、否定出来なかった。
話が一段落し、ターニャたちはテーブルの椅子に腰を掛けた。
「……ところで、こんな時に言う事じゃないのかもしれないけど、ターニャはこれからもハンターを続けるのか?」
「……そうね……でも、続けるとしても、もう皆を付き合わせるつもりはないわ」
ターニャは冷静に告げる。 ザックスたちとパーティーを組むつもりは、もう無いと。
「なに言ってんだよターニャ。 俺たち抜きって、ソロで活動するつもりか?」
「分からない……けど、貴方たちは御父様の命令で、私に付き合ってくれてたんでしょう? だったら、もう無理しなくて良いわ。 皇都に帰れば、それぞれ本来の役職もあるんでしょう?」
ザックスとガンツの実力を考えれば、軍部でも将来有望な人材だったハズ。 リリアにしても、魔法師協会にいてもトップクラスの人材だ。
ターニャは決めていたのだ。 皇帝の命令は絶対とはいえ、ザックス達が自分のワガママに付き合わされて順調なキャリアを二年間も棒に振ってしまったのだとしたら、もう解放してあげたい……いや、解放しなければならないと。
「ターニャ……さっきも言ったけど、俺たちはこの三年、君を本当の仲間だと思って来たんだ。 もし、まだターニャがハンターを続けたいと言うのなら、俺たちは行動を共にしたいと思ってるんだぞ? そりゃあ、元々俺は皇国軍の一兵士だったし、今帰れば位は上がるかもしれない。 でも、別にハンター稼業も悪くないって思ってるんだ」
ザックスの言葉に、ガンツも静かに頷いている。 ターニャとしても、二人の気持ちはとても嬉しかった。 でも……それは自分が求めた自由ではないのだ。 結局は、父である国王の庇護の下にいるのだから。
だから、ガロウも言ってた自由……何物にも捕らわれない、縛られない、そんな本当の自由こそ自分の求めるものなのだと、今回の件で気が付いた。
(だから……もう逃げてばかりじゃいられない)
「……一度城に帰るわ。 そして、御父様とじっくり話しをしてみる。 今後の事は、それから考えましょう」
さっき抱いた衝動。 漠然と、ガロウと行動を共にしたいという想い。
けど、ターニャはガロウの想いの一片を聞き、自由を得る為の覚悟の違いを知った。 やっぱり今の自分では、ガロウと一緒に居られる資格は無いと思ったのだ。
(だからこそ、私はまず、自分の置かれた立ち位置に決着を着けなければ。 御父様を納得させるだけの覚悟を示さなければ、私にとっての真の自由など手に入りはしないのだから)
「……ザックス、ガンツ、明日……リリアの状態を見て、王都に帰りましょう」
そう決意したターニャを、ザックスとガンツは複雑そうに見つめていた……。