第20話 回復魔法
ゴブリンキングとオークキングによる、壮絶な戦いが終わり……ゴブキンは俺に対して、直立のお辞儀をした後、魔獣たちを率いて森へと帰って行った。
こうして、このディープの町を襲ったスタンピードは無事に収まったのだ。
……最後の方、俺は何もしなかったけど、まあ取り敢えず万事解決と云う事で良いだろう。 危機が去ったと知った町の人たちも、歓声を上げてるし。
「リリア……しっかりして、リリア!」
そんな中、ターニャが倒れているリリアを抱き抱えていた。 顔色からして生死を彷徨うダメージを負ってるみたいだが、この町の教会職員は他の重傷者の手当てで手が離せない。
俺は回復魔法が使えないから、すぐにでも医者に看せて応急手当を………あれ? もしかして俺、回復魔法……使えないかな?
回復魔法とは、光属性の魔法だ。 聖騎士の他に光属性を持つ者は極わずかで、その殆んどが教会に属する者しかいない。
ジェイクの所のミアはかなりの腕前の回復魔法を使用していたが、そんな回復魔法の使い手が教会に属していないのは本当に稀有なのだ。
で、光属性って事は……つまり、俺も使えるのか?
以前は、聖騎士は主に攻撃や身体能力強化の魔法が主だから、回復魔法なんて使える訳がないと思って試した事すらなかったけど、練度の上がった今の俺なら……ダメ元でやってみるか。
「ターニャちゃん、ちょっと良いかな?」
流石に大勢の人間がいる前で堂々と光魔法を使う訳にはいかないので、場所を変えるべくリリアを優しく抱き上げる。
試してみて、それで駄目なら医者に看てもらうか、なんとか教会職員に回復魔法をかけて貰えばいいと。
「ちょっと場所を変えて看てみよう」
「ちょっと待ってくれ! ガロウさん、あなたは回復魔法まで使えるんですか!?」
ザックス君、大勢の前で痛い所を突かないでほしいなぁ。
使えるか使えないかを試そうとしている訳だが、流石に教会関係者もいるこの場で、回復魔法を使えるとは言えなかった。
「……こ、これでも俺は、回復魔法は使えなくとも怪我人の処置には慣れている。 うん、取り敢えず任せてみてくれ」
適当な言い訳になってしまったが、実際に騎士団時代も危機的状況の際、仲間が傷付いた時には率先して手当てをしていたから、最低限の処置は心得てる。
それに対し、ザックス君もガンツも文句は言わなかった。
町の中に入り、一番近くにあった宿屋の一室を借りて、リリアをベッドに寝かせた。 着いて来たターニャちゃんには、部屋の外で待ってもらってる。
魔法とは、基本的に本人に合った属性が決められており、その上で想像力と具現化能力をうまい具合に連動させる事で発動する。 この時大事なのは、魔力量と練度で、どちらも訓練次第で増減するが、大部分は才能が占めてる。
俺は元々近接格闘のスタイルだったから、それ程魔力量は多くなかったし、魔法といっても、聖騎士になる前に仕えたのは、基本となる無属性の身体能力強化のみだった。
でも、光属性が発現し、更に一年間の間に磨き上げられた練度があれば、回復魔法を発動させる事が出来るのではないかと思っていた。 ……いや、むしろ出来ると確信してる。
リリアの傷に掌をかざし、傷の治癒するイメージと共に光魔法を発動する。
……………………微妙にだが、リリアの傷口が塞がっている。 回復魔法が発動したのだ。
だが……
「……くはっ、ハァハァハァ、駄目だ。 慣れてないから魔力の消費が激しい!」
想像力と練度。 これまでほぼ身体能力強化や光属性でも攻撃系しか使って来なかったからか、俺が回復魔法を使うのは想像力の面でもそれを具現化する練度の面でも無駄が多いのだろう。
要は相性というか、とにかくそんな場合、魔力の消費が激しくなるのだ。
でも、この位の回復でも、もうリリアの命に別状は無いと思う。 あとは医者の治療に任せよう。
部屋を出ると、ターニャちゃんが心配そうに待っていた。
「とりあえず命の危険は無いと思うから、ターニャちゃんは医者を連れて来てくれないか?」
「ハイ! ありがとございます! それで、その……ガロウ様、後程お話があるので、聞いてくれませんか?」
「ん? ああ。 スタンピードの影響でこの町のハンターズギルドもバタバタしてるだろうから、ハンター登録出来る様になるまではこの町に滞在する予定だし。 ターニャちゃんが落ち着いたら話を聞くよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
そう言うと、ターニャちゃんはダッシュで医者を呼びに去っていった。
と言っても、人間側にも結構な負傷者がいたので、医者は大忙しだろう。 当然、教会職員も回復魔法の使い過ぎで大変だろうし。
まあ、使えるとは云え、俺は今回の件で回復魔法に適性が無いのが分かったし、魔力が涸渇しそうだから一眠りしよう。
それにしても忙しい一日だったな……そろそろ陽が暮れるけど、朝にはまだアルカトラウス刑務所にいたんだから。
幸い、リリアを治療した隣の部屋が空いてるみたいだし、金はあとで払う事にして、ちょっと仮眠をとろう……。
…………目を覚まし、 窓の外を見ると、すっかり暗くなっていた。
こんな時だから、宿屋は負傷者の治療スペースとなっており、バタバタしている。
避難していたオーナーも帰って来てるらしいので、無断で部屋を借りてしまった事を謝ろう。
……代金は、今は待ち合わせが無いので、あとで必ず働いて払うつもりだ。
その為にも、早く冒険者登録して稼がないとな……。
すると、突然部屋のドアが空き、ザックスが入ってきた。
「いた! 探しましたよ、ガロウさん!」
「俺を? なんで?」
「何言ってんですか? 貴方はこの町を救った英雄なんですよ?」
英雄……。 昔はそう言われて承認欲求が満たされた気分に浸っていたが、今はただただ目立ちたくないからやめて欲しい気分になっていた。
「皆で戦ったんだから、誰か一人の手柄でも無いだろう。 最終的に魔獣同士で戦ってたし。 俺が英雄だなんて、烏滸がましいよ」
「……なんて人だ……強い上に謙虚だとは。 俺、感動しました!」
いやいや、過大評価しないでくれ。 確かに俺は強いのは認めるが、人柄に関しては至って普通の二七歳男性だから。
「それに……ガロウさんって案外若かったんですね。 髪も白いし口元隠してたから、そこそこお歳を召されてるのかと思ってました」
ザックス、おまえも俺をオッサンだと思っていたのか? でも、髪は真っ白だから仕方ないか。
「髪は……元々は黒かったんだが、ちょっと色々あってね。 俺はまだ二七歳だから、オッサン扱いされたら悲しいんだぞ?」
「二七歳? ……え? 俺と同じ歳じゃないですか!? 嘘でしょ!?」
同じ歳なの? って、嘘でしょってどう意味だ? コラ。
「貫禄有り過ぎて同じ歳には見えませんでしたよ……。 あ、それでですね……」
「なあザックス君……いや、ザックス。 同じ歳なんだからお互い畏まった態度はやめないか?」
元々、畏まられるのって苦手なんだよな。 だから、騎士団で団長してる時も、対外の場では苦労したし。
「いいえっ! 俺はもうガロウさんを同じ歳だから対等になんて思えません! だって、英雄なんですから!」
「英雄はやめろって。 あんまり騒ぎ立てられるのは好きじゃないんだ」
……何度も言うが、実際に昔は褒め称えられるのが大好きだった。
両親を亡くして只のゴロツキでしかなかった自分が、誰よりも強くなって、誰よりも武功を積み上げて、褒められ、認められ、持て囃され……。
だが、結果はいとも簡単に嵌められて……。
当時の俺は、確かにいい気になってた部分もあったと思う。 だからこそ、新たな人生では、決して自惚れる事なく、己を律して生きて行こうと決めたんだ。
「じゃあ、敬語使ったら罰としてザックスのケツに蹴り入れるからな?」
「……それ、俺死んじゃうんじゃないですか?」
冗談なのに……そんなに顔を青ざめられたら冗談じゃなくなってしまうじゃないか……。
「オホン、それで、なんで俺を探してたんだよ?」
「そうでし……いや、そうだ! この町のギルドマスターが是非御礼がしたいから探して来てくれって言うので、一緒に来てくれませ……くれないか?」
ギルドマスターか……。 どうせハンター登録をし直す予定だったし、遅かれ早かれこの町のギルドにも顔を出すつもりだった。
そのトップであるギルドマスターと会えるのは好都合だし、断る理由はないか。
「分かった。 んじゃあ連れてってくれ」
「分かりまし……分かった! こっちだ!」
ザックスに連れられ、この町のハンターズギルドへとやって来る。
すると、そこにはターニャとガンツの他に、頭が光ってる髭のオジサンがいて、俺に近寄って来た。
……ん? このオジサン、なんか見覚えがある様な……。
「おお! この度は町を救ってくれて本当にありがとうございました! 私はこのハンターズギルド・ディープ支部ギルドマスターのコピロフと申します。 まさか、伝説のハンター・双剣のガロウさんに再び会えるとは思いませんでしたよ!」
ええっ!? なんでこのオッサン、昔のハンター時代の俺を知ってるんだ!?