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第2話 自由への渇望

 英雄・ヴォルグ・ハーンズが、アンドレイ王を殺した……。

 その報は、瞬く間にリングース王国を……世界を駆け巡った。


 国王殺しは最も重い罪でもあり、本来なら極刑に処される所だったのだが、この判決を下したリングース王国審問会には多くのクレームが相次いだらしい。


 世論は、俺が国王を殺す訳が無いとの声が占めていたらしく、何より世界最大の組織である教会は、聖騎士を死刑にするなど神への冒涜だと騒ぎ立て、今直ぐ俺の身柄を引き渡せと申告して来たのだ。


 そもそも、俺にとってアンドレイ様は恩人であり、まるで実の親子の様な関係だった事は誰もが知っている事実だったのだ。

 誰よりも俺の功績を認めてくれて、騎士団の団長にまで引き上げてくれた上に、娘であるアリシアと結婚すれば義父となる予定だったのだから。

 アンドレイ王を殺す理由が、俺には全く無かったのだ。


 実際、俺はアンドレイ様には感謝しかないし、そんな王と、王の愛する国の為に、命を懸けて戦って来たのだ。


 そんな俺が、アンドレイ様を殺す訳がないと、国民の多くも思っていたのだ。 何故状況証拠だけで、殺害した場面を目撃されもしていないのに、俺が犯人扱いをされなければならなかったのかと。



 すると……アンドレイ様の息子であり、次期王位継承権序列一位でもあった第一王子・アレクセイは、王子ではなく次期国王として、俺のこれまでの働きに免じ、大いなる慈悲から死刑を回避し、刑を市中引き回しの後に監獄島・アルカトラウス刑務所へ収容すると決めたのだった。


 当然反発の声が沸き上がったみたいだが、次期国王は最大限の慈悲を与えたとし、刑は執行された。



 罪人として王都を歩かされるかつての英雄。 当然、俺は石でもぶつけられる覚悟をしていたのだが、人々は静かに見守っていた。 涙する者も、未だに無実を訴えてくれる者もいた。


 俺は、偉ぶった以前の騎士団を、誰にでも優しく平等な親しみやすい組織に変えたかった。 そして、実際に理想に近い組織になっていたと思う。


 俺自身納得はしていなかったが、それでも今の俺は国王殺しの大罪人なのだ。 なのに、多くの国民は、まだ俺の事を信じてくれているのだと思うと、とても誇らしくもあったが、それ以上に、そんな人々の期待を裏切り、罪人となってしまった罪悪感に苛まれた。


 だが、俺を疎ましく思っていた貴族連中とその手の者は、容赦なく俺に石をぶつけてきた。 恥さらし、裏切り者と罵りながら。


 そんな一部の貴族の手下どもと、それでも俺を庇おうとしてくれている国民たちとで争いが起こり、次第に暴動へと発展している様を、俺は見ている事しかできなかった。


 やめてくれと……俺の為に、俺が守りたかった国民同士が争うのはやめてくれと、心で叫びながら。


 すると、騎士団が暴動の鎮圧に動き出し、そこにはディックの姿もあった。


 ……ディックは、刑が決定した際にも、最期まで俺に自分の力の無さを謝罪し、いずれ必ず無実を証明してみせると約束してくれていた。


 ディックなら俺に代わって、俺の理想としていた騎士団を引っ張ってくれるだろうと思っていた。


 だが……ディックは暴動を起こしてい貴族の手下には一切手を出さず、平民たちを容赦なく叩き伏せていた。


 何故だ? 暴動はどちらか一方が悪い訳じゃない。 まして、平民の多くは俺を思って……その瞬間、俺は見てしまった。


 ディックが遠巻きに俺を見ると……うすら笑いを浮かべたのを。


 この時、俺は確信した。 ディックは、最初から俺を救う気など無かったのだと。 あの謝罪も、約束も、全ては虚構であり、只の演技だったのだと。



 激しい怒りが込み上げる中、俺の脳裏にはもう一人、アレクセイの顔が浮かんだ。


 思い出されるのは、審問会で俺に判決が下った瞬間の、アレクセイの自分を見下す様な……それでいて安堵している様な目。


 ディック同様、アレクセイも、最初から俺を罪人だと決めつけ、まともに話を聞く気などなかったのだと。



 思えば、俺を目障りだと思っている貴族連中にとっても、戦争が終わり、婚約も決まって気が緩んでいたタイミングは、俺を引きずり下ろす絶好のタイミングだったのだろう。


 まさか、自分が冤罪を……しかも、国王殺しの罪を背負わされるとは……。

 英雄だ聖騎士だなどと持て囃され、婚約も決まり、油断していた自分のミス……それも致命的なミスだったと、悔やんでも悔やみきれなかった。



 ……暴動を巻き起こした俺の市中引き回しの刑から半日。 教会の妨害を警戒してか、俺のアルカトラウスへの移送は予定を早めて秘密裏に行われる運びとなった。

 この時、俺がアンドレイ様を殺害したとされる日から、僅か五日しか経っていなかった。


 白々しくも、涙を流しながら俺に声を掛けるディック。


 次期国王として一定の慈悲は与えたと、威厳に満ちた雰囲気を醸し出すアレクセイ。


 平民である俺の哀れな姿を、ほくそ笑みながら眺めている貴族たち。


 何もかもが白々しく映り、身体の自由が奪われていなければ直ぐにでも殺してやりたい程憎かった。



 だが、一つだけ気掛かりな事があった。 それは、婚約者だったアリシアだ。


 アリシアとは、捕らえられてから一度も会う事はなかった。 面会にも、一度も来てくれなかったのだ。 ……それが本人の意思だったのかどうかは、もう分からないが。



 ……全てが、全てが恨めしかった。 アレクセイ、ディック、敵対関係にあった貴族連中、そして……アリシア。


 自分を嵌めた奴ら、裏切った奴ら、見限った奴ら、全員、全員ぶっ殺してやる。 必ず、必ず全員に復讐してやると胸に誓いながら、俺はアルカトラウスへと移送されたのだった……。




 アルカトラウスでの最初の三ヶ月は、死刑になった方がマシだと思える様な拷問が毎日繰り返された。

 延々と茨の鞭で身体を打たれ、頭部に麻布を被されて水を浴びせられ続け、手足全ての爪が剥がされた。


 他にも様々な拷問は、常人なら一ヶ月と持たず精神が崩壊してしまうであろう過酷なものだった。



 しかし、三ヶ月を過ぎた頃、突如として拷問は無くなる。


 そして、訪れたのは……絶対的な孤独。


 最下層には外部から光が射し込む事は無い。 拷問官が来た時だけ蝋燭の火が灯り、その灯りが無くなれば再び真っ暗闇と静寂に包まれていたのだが、拷問がなくなった事で、一日中暗闇のまま。


 食事も、一日一食の……釘が打てるのではないかと勘違いしてしまう程に硬いパン。 それも、牢屋の天井から落とされるだけで、人との接触は無い。


 暗闇でも、今の自分の状態は想像できる。


 過酷な拷問でボロボロにされ、痩せこけた身体、無造作に伸びた髪と髭、その姿は英雄と呼ばれたヴォルグ・ハーンズの過去を知る者が見ても、同一人物だと思う者はいないだろう。



 ……どれだけの時が流れたのだろう。 それを知る術は、俺には無かった。


 拷問を経て、絶対的な孤独は確実に俺の心を蝕んだ。 自分で言うのもなんだが、どんな逆境でもめげず、明朗快活な好青年だったハズの俺の心は、次第にどす黒く染められていったのだ……。


 自分を陥れた真犯人……。


 第一王子のアレクセイか? それとも、学生時代から親友だと思っていたディックか? 二人とも怪しいし、貴族連中の中でも自分を快く思っていない奴らはごまんといた、その中の誰かか? それとも、全員が手を組んでいたのか?



 ……必ず、必ず復讐してやる。


 どんなに泣いて赦しを請うても、絶対に許さない。


 自分が味わった屈辱と、痛み、苦しみ、全てを何倍にもして返してやる……と、そう、思っていたのだが……。



 真っ暗闇で、独り過ごした長い長い時間は、俺の奥深い憎しみの感情を逆に薄れさせていった。


 恨めしい……心底恨めしかった。 この、無駄に生命力の高い自分の身体が。

 なんで一日一食、しかもクソ不味い岩みたいなパンしか食ってないのに、水分も天井から湿気の影響で落ちてくる雫を啜ってる程度なのに、自分は生きてられるのかと。


 ……最近はパンも口にしなくなっていた。 なのに、死にたくても、身体の自由を奪われて自死すら選べない。



 もう、この真っ暗な牢屋に閉じ込められてからどれだけの時間が経ったのかも分からない。 随分長い間、拷問官すら訪れていない、完全なる孤独。


 ……もはや生きてるのが不思議な程に弱りきってしまった俺の胸中に、ある変化が生まれていたのだった。


 ……復讐を超える、また別の感情が……。



「もう、復讐なんてどうでもいい……ただ、ここから出たい! ここから出れたら……必ず、必ず…………俺は自由に生きてやる!!」



 それは、自分を嵌めた者への復讐ではなく、ただただ自由への渇望だった……。

本日もう一話投稿致しますので、そちらもヨロシクお願いします。

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