第19話 森の王
「……さあ、次はどいつだ?」
足下には気絶したオーク。 だが、何が起きたか分からない魔獣の群れは、次から次へと俺に向かって襲い掛かって来た。
そんな向かってくる魔獣たちを、淡々と一撃で仕止めていく。
なんだか久しぶりの本格的な運動でテンションが上がって来た……いや駄目駄目。 このままだと力加減を誤って魔獣を殺しちまう。 そうなったらゴブキンに合わす顔が無いしな。
倒す事五○○体を超えた頃、オークキングが怒りでブルブル震えているのを視界に捉え、そろそろ見せしめは終わりにしようと考える。
それにしても、オークキング……長いから略してオーキンは、ゴブキンと違って俺に臆する気配は無いな……鈍感なのか? よし、ちょっと煽ってみるか……。
「どうした? おまえが魔の森の支配者なんだろ? それとも、もっと上がいるのか?」
「ブモッ!? ブモオオオオッ!」
怒りで顔を真っ赤にするオーキン。 どうやら今の言葉が癪に触ったらしい。
「ブモッ、ブモブモッ!」
すると、オーキンは自ら俺に向かって来るのではなく、オークメイジ、オークジェネラル、ハイオークの三体に指令を下した。
「自分で来ないのかよ? 部下にばっか戦わせるなんて……ゴブリンキングの方が上に立つ資格があるんじゃないのか?」
「ブ、ブモオオオッ! ブモッ、ブモッ、ブモオオオオッ!」
やっぱり……コイツ、ゴブキンの事をかなり意識してる。 二体は魔の森の覇権を争うライバルだったのかもな。
実際は、オークメイジ、オークジェネラル、ハイオークの三体も、かなり危険な魔獣である。 中堅ハンター一人ではどうにも出来ない程には……。
「ま、俺の敵じゃあないんだけどな」
…………ものの数秒でオークメイジ、オークジェネラル、ハイオークの三体を気絶させてしまった。 どうやったかは……全員後頭部に峰打ち喰らわせたと云う事で割愛させてもらおう。
「ブブブブブゥゥ~……」
とっておきの部下だったであろう三体をアッサリ倒されて尚、俺への敵意を失っていない。 これを、ゴブキンよりも根性があると考えるか、それとも相手との力量の差を計れない馬鹿と考えるのか……。
でも、好都合だな。 そろそろアイツが来るし、魔の森のキングがどっちなのか決めてもらおうか。
「ンギャアアアアッ!!」
来たか!
群れの後方から、魔獣たちがアイツの為に道を開ける。 まるで、魔の森の真の覇者の到着に恐れを成したかの様に。
そう、俺の前では見せなかった、覇者のオーラを纏ったゴブリンキングが、仲間のゴブリンたちを後ろに引き連れてやって来たのだ。
「遅かったな、ゴブキン。 見せ場は残しておいてやったぞ」
その言葉にゴブキンが力強く頷き、そして宿敵オークキングを睨み付ける。 オーキンもまた、その視線を真っ向から受け止め、激しいガンの飛ばし合いが始まる。
スタンピードを納めるためには、俺個人の恐怖で魔獣たちを森に返すのも手段の一つだし、元々はそのつもりだった。
でも、ここでゴブキンがオーキンと真の覇者を決める為に戦い、勝利し、真の支配者として魔獣たちを統率して森に帰って行けば、ゴブキンの株も上がって万事解決だろ?
「ゴブキン……ヤルよな?」
「ギャウ!」
ゴブキンは頼もしく返事をする。
「よし! じゃあ見せてやれよ、誰が真の覇者なのかを!」
「ギャオオオオッ!!」
「ブ、ブモオオッ!!」
こうして、ゴブキンとオーキンの、魔の森の覇者決定戦が始まったのだ。
◇
※以降、「」内は魔獣語となります
「ブホオッ! ゴブリンごとき下等種族が、この偉大なるオーク様に勝てると思うなよ?」
「フン! 人間だからと見下して相手の力量に気付きもしない、単なる力馬鹿のウスノロ豚め。 いい気になるなよ?」
ゴブキンとオーキンの拳がぶつかり合う……が、ゴブキンが一歩退いた。 パワーではやはりオーキンが上だった。
「貧弱貧弱ゥ~! 所詮は下等種族のゴブリンよ!」
「黙れっ、この豚野郎!」
ゴブキンの鋭い踏み込みからのレバーブローがオーキンの脇腹にめり込むが、オーキンは涼しい顔で笑みを浮かべている。
「効かん……効かんぞ、そんなヘッポコキック! 喰らえっ!」
自分の腹にめり込んだゴブキンの左腕をガッチリ掴み、バランスを崩したゴブキンの顔面にオーキンの強烈な掌底が突き刺さる。
「ガハッ!?」
「まだまだ、倒れる事は許さんぞ! ブモブモブモブモブモオオオオッ!!」
嵐の様な掌底の乱打で、次第にゴブキンの顔面がボコボコに腫れだした。
単純に種族としてはゴブリンよりオークの方が格は上だ。 それはキング同士でも変わらないのだろうか?
ガロウはゴブキンに助け船を出してやるつもりは無い。 負けたら負けたで、オーキンがこれからの魔の森の支配者となるだけ。 魔獣たちの自然の摂理に手も口も出すつもりは無い。
ただ、あの二体はガロウと対峙して、全く正反対の反応をした。 それがどう転ぶか……。
「ガハッ……豚野郎、悔しいが貴様は強い」
「ブホッ! 漸く認めたか。 素直に負けを認めれば、我がオーク軍団の下僕として仕ってやらん事もないぞ?」
「負けを認める? クックックッ……貴様の様な鈍感な豚に、森を治める器など無い!」
ここまでやられっぱなしだったゴブキンが、オーキンの腹のど真ん中に右拳をめり込ませる。
「ブホホホホッ! ゴブリンには学習能力が無いのか? この俺様の腹に、打撃は効かぬ!」
これにより、ゴブキンは両腕の自由を奪われてしまった。 残念ながら、オーキンの言う通り、無謀な攻撃だったのかもしれない。 だが……ゴブキンの雰囲気がこれまでとどこか違った。
「確かに、突然森に現れた魔族は、同じ魔のオーラを持つ種族として我々魔獣にとって脅威を抱く存在だった。 だが! この私と森の覇者を争う貴様が、率先して逃げ出すとは……貴様には魔の森の魔獣としての誇りは無いのか!?」
黒炎のグロムザーザは魔族特有の魔のオーラを放っていた。 そして、魔獣もまた、エネルギーの源は闇属性で、同じ魔のオーラには敏感に反応する。
「ブホホホホホッ! 誇りで命が守れるか? 飯が食えるか? そんな青臭い事ばかり言っておるから、貴様らゴブリンは最下層種族だと言われるのだ!」
「……私と並ぶ森の強者である貴様が逃げ出した事で、他の魔獣たちもそれに連れてスタンピードが発生してしまったんだぞ?」
このスタンピードは、元はグロムザーザが現れた事に起因するが、それに伴って魔の森の強者であるオーキンが逃げ出し、他の魔獣もそれに追従してしまったから発生したのだった。
「スタンピードなど、いずれは収まるものだ! その間に人間の集落を一つ二つ破壊した所で、所詮は貧弱な人間ごときだ!」
「……時に人間には我々を凌駕する存在もいるのだ。 それに気付かない鈍感さが、貴様の敗因だ!」
ゴブキンの眼は、絶体絶命の状況なのに、どこか勝利を確信している様に見えた。
「敗因? 俺様の? ブホホホホッ! 何を言うか、この死に損ないが」
「どっちが死に損ないか……思い知るがいい!」
ゴブキンの蹴りが、オーキンの腹にめり込む。
「ブホホホッ! この俺様の腹は、どんな攻撃も威力を吸収のだと、まだ分からぬか!」
「ならば……その醜い脂肪をなくしてやる! ホアーギャギャギャギャギャ!」
ゴブキンが、オーキンの腹に蹴りを連発する。
「効かぬと言って……ん? なにっ!?」
「……私がただ闇雲に貴様の腹を蹴っていたと思うか? 貴様がいい気になって攻撃を受けている間、私は貴様の脂肪を寄せ、一点を曝け出す事に集中していたのだ」
「ア、ア、ア、腹の肉が!?」
「最後だ、喰らえっ! ゴブリン柔波拳!」
脂肪の鎧が寄せられ、露わになったオーキンの腹に、ゴブキン渾身の拳がめり込んだ。
「俺が貴様の脂肪の鎧をどけているのにも気付かないその鈍感さが! 魔族などよりも遥かに恐ろしい人間の存在にも気付けなかったその鈍感さが! それが、貴様の敗因だ、豚野郎!」
「ブヒッ、ブヒッ………ひでぶっ!?」
そしてもう一撃……熱を帯びたゴブキンの拳が、オーキンの腹を貫いた!
「……貴様の様な豚は森の害悪でしかない。 己の鈍感さを悔やみながら、眠れ」
ゴブキンが仁王立ちしてるのを、他の魔獣たちが祝福している……今ここに、魔の森の真のキングが誕生したのだ。
◇
あれ……殺しちゃったの?
俺の目の前で、魔獣たちの進行は完全にストップしてるし、ゴブキンも両手を上げて勝ち誇ってる。
……取り敢えず、もうスタンピードは収まったみたいだし……良しとするか。