第18話 双剣のガロウ
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目の前で繰り広げられている光景を、誰もが呆然と見ているしかなかった……。
さっきまでは、確実に人間側は、絶望的な状況だったのだ。
人間側の主な戦力は、Aランクのザックスを筆頭にBランクが五名、他はCとDランクのハンターが五○名、他に憲兵団と町の有志が五○名、全員合わせても一○五名の人員で、三○○○体の魔獣の進行を食い止めなければならなかったのだから。
既に、人間側はリリアも含めて重傷者も出ている。
でも……そんな空気が、今は一変してしまった。
突然舞い降りた救世主は、あっという間に場の空気を掌握してしまったのだ。
救世主……ガロウの動きはあまりにも速過ぎて、長く纏められた白髪とマフラーが靡く度に、魔獣たちが次々と地面に倒れていく。
そう……人々の目には、ガロウは戦ってるんじゃない、まるで、演舞を踊ってるみたいに華麗で、美しく映っていた。
「嘘だろ? ……なんで、なんで彼が……」
ハンターズギルド・ディープ支部のギルドマスターであるコピロフも、そんなガロウ様の戦い様を見て驚いていた。
「コピロフさん、彼って……ガロウさんを知ってるのか?」
ザックスもガロウの人間離れした舞いに目を奪われていたが、コピロフの言葉に反応する。
「なんだと!? あの人は、やっぱりガロウと云うのか!? いや顔を見たのは初めてなんだが……さっき教えただろう? 以前私がリングース王国領の“商業都市ケオケ”のギルド職員だった頃にスタンピードが起こったと。 かれこれもう一○年程前の事だが、今でも眼に焼き付いてるんだ。 あの時、一人の男が無数の魔獣たちを撃退した姿が……。 あの人が、その伝説のハンターなんだ」
コピロフは、そのハンターはスタンピードをほぼ一人で収める力がありつつも、ハンターランクはBでしかなかったと言っていた。
そして、ガロウ本人も言っていたのだ。 昔はBランクだったが、多分Sランクにも引けは取らないだろう……と。
その上、名前も一緒で、戦い方も酷似してる。
となれば……いくら顔を見たことがなかったとは云え、二人が同一人物だと結び付けるのは自然なのではないだろうかとターニャは思う。
「あの、コピロフさん。 なんでガロウ様はBランクだったんですか?」
ハンターにとって、Aランク以上と下とでは評価や扱いに雲泥の差があると言っても過言ではない。 受けられる任務の幅から、それに伴う収入まで、ある意味別世界なのだ。
「それがな……ケオケ支部で彼を担当してた職員の話だと、どんなに昇進試験を進めても頑なに断っていたらしい。 常に仮面で顔を隠していたし、あまり素性を知られたくないんだろうと言ってたな。 そしてスタンピードの後、忽然と姿を消したらしい……。 書類上だと、その頃の年齢は一六歳だったらしいが、そんなの誰も信じちゃいなかったよ」
「一六歳!? その情報が本当かは分からないけど、一六歳の少年がSランクに匹敵する力を持っているなんて考えられない」
ザックスが驚くのも無理はなかった。 大体、ハンターのみならず人間自体の、運動能力と経験や技術をトータルした全盛期は二○代前半から三○代半ばと言われてる。 一六歳だと身体能力もまだ伸び盛りの頃だし、経験も技術も圧倒的に足りないのだ。
でも……と、ターニャは考える。 それが本当だとしたら、確かにガロウは白髪だから年齢不詳ではあるけど、ターニャの私感では凛々しく整った顔自体は二○代半ばから後半に見えた。 更に、一○年前に一六歳だったとしたら、年齢的にも合致する。
現に、人々は今、常人とは明らかに異なる力を見せ付けられてるのだ。 ガロウなら、一六歳の時既にスタンピードを一人で収めたとしても、ターニャは……いや、この場にいる全員が、不思議には思わないだろう。
「その、伝説のハンターと、ガロウ様が同一人物なんですね……」
「忘れもしない、絶対にそうだ。 彼の名は、『双剣のガロウ』。 昔は常に狼の仮面を被っていた伝説の、双剣の剣士さ……」
ガロウ……。
ターニャは幼い頃から一国の王女として様々な知識を叩き込まれて来た。 その中には、他国の言語も。
ガロウ……ロウの部分は、東の島国ジャパング皇国で狼とも読める。
(年齢、戦闘スタイル、名前……確定だ。 ガロウ様と伝説の冒険者・双剣のガロウは、絶対に同一人物だ)
ガロウは、新しく冒険者登録をしなおすと言っていた。 空白の一○年の間に何があったかターニャには分からないが、きっと人生をやり直したいと思ってるのかもしれないと察する。
ターニャの中で、一つの衝動が生まれた。
ザックスたちは自分を妹だと言ってくれた。 その言葉は素直に嬉しかったし、ターニャも皆を大切な仲間であり家族だと思っている。
それでも、皆が父の命令で動いてるのだと知ってしまった今、これまでと同じ関係ではいられないだろう。
彼らにも生活があるのだ。 王都に帰れば、本来の居場所もあるだろう。 これ以上、自分のわがままであるハンター稼業に付き合わせる訳にはいかないと思っていた。
……ターニャは、ガロウと一緒に旅がしたい衝動に駆られてしまったのだ。 彼となら、皇女としての自分など全く関係なく、普通のハンターとして生きていける気がしたから。
勿論、彼にとって今の自分が必要な存在である訳がない。 実質Sランクの力を持ったハンターなのだから。
(なら私は……彼に認められる様な冒険者になりたい。 傍にいて、必要とされるような、そんな強いハンターに…)