第17話 大切な仲間
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少しだけ時を遡り、ガロウが黒炎のグラムザーザと交戦している頃……。
斥候部隊から、間も無くスタンピードがこの町に向かって来るとの伝令を受け、門前の防衛部隊であるターニャたちにも緊張感が走っていた。
三○○○の魔獣に対するは、一○○人のハンターと憲兵隊による連合部隊。 戦況はあまりにも厳しい。
すると、ザックスは神妙な顔つきで、ターニャに告げた。
「ターニャ、おまえは下がってた方が良い」
唐突にザックスがそう言うが、ターニャに下がる気など無かった。
「ザックス、私はハンターよ。 ハンターが人々の危機に逃げ出してたら笑われちゃうでしょ?」
「だからって……君は……」
「私はハンターのターニャ。 それ以外の何者でもないわ」
今思えば、ターニャは皇女の座から逃げ出したのだ。 見合いなど……政略結婚など嫌だと、父である皇帝に告げる事もせずに。
ハンターとして活動して、楽しい事も辛い事も沢山経験して来た。 そして、漸く今なら分かる気がするのだ。 逃げた先に待つのは、結局は後悔なのだと。
(だから、私は逃げない。 精一杯戦ってこのスタンピードを生き延びたら……一度城に帰ろう。 そして、堂々と御父様に言うんだ。 私は、冒険者として生きて行くと!)
だが、そんなターニャの決意に異を唱えたのは、またも仲間であるガンツだった。
「……ザックスの言う通りだ。 ターニャ、おまえは逃げた方が良い」
ガンツは、迫り来る魔獣の大群から目を離さないまま、ターニャに言った。
「そうよ、ターニャ。 アンタはここで死んで良い人間じゃ無いわ。 早く逃げな」
そしてリリアもまた、ザックスとガンツの二人と同じ事を言う。
「なんで? なんで皆で私に逃げろと言うの? 私は貴方たちと同じハンターでしょ? 仲間でしょ!?」
自分を想っての言葉だと理解はしていても、それでもずっと仲間だと思っている皆から逃げろと言われ、ターニャは一人だけ除け者にされた気持ちになる。 それは、ゴブリンキングとの戦闘でも抱いた想いだった。
すると……ザックスの口から、信じられない言葉が飛び出した……。
「……黙っていて申し訳ございませんでした、ターニャ殿下。 私は……私たちは、陛下……殿下の御父上からの命で、今までハンターを装って殿下の身の安全を守っていたのです」
………………ターニャの中で、何かが大きく壊れる音がした。
「すみませんでしたターニャ殿下。 陛下は突然城を飛び出した殿下の身を案じて、私たちに密命を下されたのです。 殿下に気付かれる事無く、殿下の身を守れと」
普段は勝ち気だけど、いつも優しくターニャの悩みを聞いてくれたリリアが続ける。
これまで仲間だと思って共有した時間、それら全てが虚像だったのかと、疑心暗鬼になってしまいそうだった。
「殿下。 ここで殿下に何かあれば、我々は死ぬに死ねません。 せめて、殿下は生き延びて、皇国の未来を担って頂きたい!」
普段大雑把なガンツも、こうして見直して見るとどこか武骨な騎士みたいにも見える。
(そっか……私は、自由になったつもりだったけど、全て御父様の掌の上だったって訳か……)
そうこうしている間に、スタンピードの先頭が目の前に迫っていた。
「さあ、殿下! 後方に……で、殿下!?」
ターニャはザックスの止める声も無視して、魔獣の群れへと向かって行った。
(なんかもう……どうでも良くなってしまった。 逃げ出した事を悔いていたけど、私は逃げ出せてすらなかった。 そして、この三年間の私の冒険は、全て偽りでしかなかったのだから)
犬型の魔獣コボルトと真正面からぶつかり合う。 ターニャは優秀ばシーフであり、短剣や弓を扱う技術に長けている。 正面からぶつかるなんて、本来は絶対に避けていたのに。
でも今は……このまま消え去りたい気分になっていた。
「ガンツ、リリア! 殿下を御守りするぞ!!」
ザックスたちがターニャの方に向かってくる。
「来ないで! ……これは、皇女の命令よ。 私に、チカズクナ!」
裏切られた怒りが隠せなかった。 ターニャは今、とても醜い怒りの表情を、仲間だと思っていた三人に向けていた。
そんな表情を向けられた三人は……とても悲しそうな表情で戸惑っていた……。
そこからは一気に人間側と魔獣側の交戦が始まった。
数は人間側が一○○、魔獣側は三○○○。 とてもじゃないが、勝ち目は無いのかもしれない。
それでも、Aランクのザックス、前線のタンク役のガンツ、リリアが攻撃魔法を駆使し、次々と魔獣を倒している。
しかし……次々と襲い掛かる魔獣たちの群れは、次第に人間側の防衛戦をジリジリと後退させていった。
このままでは、自分たちはいずれは力尽きて、町はスタンピードに飲み込まれてしまうだろうと、ターニャは考える。
でも……もし、ガロウが来てくれたら……状況は一変するかもしれない。
(つまり私は……それまでに死ななければならない。 最期くらい、ハンターとして……自分の意志で死にたいから)
その後もターニャは無謀な戦いに身を投じた。 でも、付かず離れずザックスたちがターニャを守っている。
(なんなのよ……結局私は、仲間なんかじゃなく只のお荷物だったって云う事?)
「……ウザイのよ! どっか行ってよ! この裏切り者!」
目の前に敵がいるのに、ターニャは敵から目を離し、ザックスたちに叫んだ。
「殿下!! 危ない!!」
ザックスの声に視線を前に戻すと、ハイ・コボルトがターニャに向かって剣を振り下ろそうとしていた。
……ターニャは死を覚悟した。 でも……目の前には、ターニャの代わりに斬られたリリアが立っていた。
「えっ? ……リリ……ア?」
リリアが、自分に向かって倒れて来たので、ターニャは慌てて抱き止める。
その間に、リリアを斬ったコボルトはザックスが倒していた。
「リリア……なんで?」
「殿下……いや、ガラじゃないね。 いいかい、ターニャ。 私らは確かに陛下の命でアンタを見守ってた。 けどね……この三年間、アンタは私の……本当の妹みたいな存在だったんだ。 私だけじゃない、ザックスだって……ガンツだって、アンタを妹みたいに思ってた。 妹にだけは……生きていて欲しいって気持ち……兄や姉なら、当然でしょ?」
(妹……。 皆が、私を……家族だと?)
「さあ……今からでも逃げな。 アンタは……絶対に生きなきゃ駄目なんだ。 ……私たち、兄貴と姉貴に……カッコ……つけさせな……よ……」
そう言って微笑むと、リリアは目を閉じた……。
「リリア……リリア! いや、いやだよ……」
ターニャは、如何に自分が馬鹿で子どもだったかを悟る。 勝手に自暴自棄になって、結局皆を困らせて、結果、リリアが犠牲になってしまったのだから。
「殿下……いや、俺も慣れない態度は止めた。 ターニャ、俺もガンツもリリアと同じだ。 おまえは皇女である前に、俺たちにとっては大切な仲間で、かわいい妹なんだ。 だから、俺たちを仲間だと思ってくれるなら、俺たちの分まで生きてくれ」
「ザックス……私……」
「ハッハッハ! 早く逃げろ、ターニャ。 流石に俺たちでも、あれには勝てそうもないからな……」
ガンツが指刺した方向には、一際巨大な魔獣……オークキングが立っていた。
ターニャたちはゴブリンキングに手も足も出なかった。 それなのに、三○○○体の魔獣と、ゴブリンキングと同等かそれ以上の危険度であるオークキングまでいるのだ。
(私は……勝手だ。 さっきまで死んでも良いなんて思っておいて、今は生きたいと思ってる。 大切な仲間と一緒に、もっともっと冒険したいって。 それが……もう叶わない夢だと分かっているのに)
……その時、何かが空から舞い降りた。
真っ白な長髪をポニーテールにして、マフラーで口元を隠し、真っ黒な衣装に身を包んだその人を見た瞬間、ターニャは安堵したのだ。
これで、皆助かると……。