第16話 いざ、群れの中へ
余裕の表情のまま転がっている黒炎のグロムザーザこと黒炎野郎の頭部。 黒炎野郎は恐らく、自分が死んだ事にすら気付かないまま、死んでしまったのだろう。
にしても、なんだ今の? なんか……自分の身体が自分の物では無い感覚があった。
光魔法と身体能力強化の魔法、そして瞬足が掛け合わさった瞬間、まるで自分が本当の光そのものになった様な感覚を覚えた。
対峙してみて分かったのは、黒炎野郎は決して弱い相手ではなかった。 実際、身体能力強化のみで交戦した時は攻撃を凌ぐので精一杯だったし、魔族の七大将軍と名乗るだけあって過去最強クラスの敵だった。 以前の自分ですら、苦戦は免れなかったハズ。
実際に、過去に一度だけ光魔法を発動して戦ったのが、ベラドール帝国将軍・バース・ルッデンとの一騎打ちの時だったが、あの時よりも今回の方が格段に身体能力が上がっていた。
これも、魔力の練度が上がった成果か?
結果的に、光魔法を重ね掛けした瞬間、自分の身体が自分のものでは無い感覚で、過去最強クラスの相手だった七大将軍の一人である黒炎野郎を瞬殺してしまったのだ。
ルッデンとの戦いでは、光魔法と身体能力強化を重ね掛けしてもここまでの感覚はなかった。
一年間、身動きを封じられ、魔法も封じられ、どうにか出来ないかと頭の中で魔力を練りまくっていたのだが、それがこれ程まで魔力の練度をアップさせる事になっていたとは……ある意味、一年間みっちり魔法の特訓のみを行っていた事になるのだろう。
ふと横を見ると、目の前では今の戦闘を見ていたゴブキンが引いてる。 魔獣なのに、もうめっちゃ分かる程表情が引いてるし、見た事無い位震えてる。
「心配すんな、おまえを殺すつもりは無いって」
純粋に安心させようと声を掛けたつもりだったが、ゴブキンは泣いて土下座を始めた。
オイ、本当におまえにはキングの誇りは無いのか?
「……さて、本当に早く片付いちゃったから、スタンピードの方に向かうとするか。 おまえはどうする? ゴブキン」
ゴブキンは、首がもげるんじゃないかと心配になる程首を上下に振っている。 なんとなく、どこまでも着いて行きますので殺さないで! と言ってる気がする……。
「殺さないって言ってるだろうに……。 で、逃げ出した魔獣は何体くらいいるんだ?」
ゴブキンは言葉を理解出来ても、言語を操るのは出来ないんだから答えられないか……と思ったのだが、ゴブキンは器用に指を一本、二本、三本立てた後に手を大きく広げた。
「ん~……三○○○?」
コクコクと頷くゴブキン。 三○○○○じゃなくてホッとしたが、それでも三○○○もの魔獣に大挙して来られたら……辺境の町であれば、戦える要員はどんなに集められても一○○から二○○程度。 高ランクハンターが揃ってれば良いが、それも期待出来そうにない……。
すると、ゴブキンが少しだけ悲しそうな表情になっているのに気付いた。
「どうした? まだビビってんのか?」
微妙に首を横に振るゴブキン。 というか、魔獣なのにいちいち挙動が人間っぽい。
……ゴブキンが何を思ってるのか分からないから、ゴブキンになったつもりで考えてみるか。
多分だが、ゴブキンはこの魔の森の支配者だったハズだ。 それが、突然魔族が現れ、森に住む魔獣たちが恐れをなして一斉に逃げ出してしまった。 支配者として、これは屈辱的だっただろう。 けど、黒炎野郎は自分では太刀打ち出来ない相手だとも理解したハズだ。
……で、あの無数のゴブリンたちは、逃げずにゴブキンと行動を共にしていたのだろう。 忠義心が高いのか、ゴブキンが立派な支配者だったかは分からないが……なんか悪い奴では無いんだろうな。
そんなゴブキンなら、スタンピードの群れに同調するのはプライドが許さなかったハズ。 森を抜けて町の方向ではなく、森を見捨てず海岸沿いに向かって、あの場所でターニャたちと遭遇したのはそれが原因なんじゃないか?
ここまでで、ゴブキンは無駄に人間を手に掛けるタイプじゃない上に、仲間思いの一面もあるんだと考える。
だとすると……
「ゴブキン。 おまえ、逃げ出した魔獣を心配してるのか?」
ゴブキンが辛そうに頷く。 もしかしたら、俺がスタンピードを止めようとすれば、魔獣たちを皆殺しにしてしまうと心配してるのかもしれない。
でも、俺は魔獣と云えど理由の無い殺生は好まない。 だが、スタンピードに関しては、魔獣たちにも事情があるにせよ、進行方向に人間の集落があれば明らかに人間にとっての脅威となるのだから、容赦してやる理由は無くなる。
実際俺も、かつて一度だけスタンピードに遭遇したが、その時はまだ今よりも力が無かったから、無我夢中で戦った末に過半数の魔獣の命を奪ってしまった。
なら、今の自分であれば? ……ゴブキンがこの森の支配者だとすれば、少なくともスタンピードの群れの中には危険度レベル4以上の個体は他にはいないと考えられる。
そして、逃げ出した魔獣たちも、森の驚異が去って安全になった事を支配者たるゴブキンが伝えれば……。
「……よし、行くぞゴブキン。 俺はスタンピードが町に到達する前に止める。 ……出来うる限り魔獣を死なせないでな。 だからおまえは、魔の森の危機は去ったと魔獣達を説得しろ」
ゴブキンが、え? 本当に? と驚いた後に、満面の笑みを浮かべて俺にお辞儀を始めた。
どうやら俺の解釈は当たってたみたいだな。 そして、それはつまりゴブキンが俺の思った通りの、案外良い奴だって事の証明でもある。 つーかお辞儀って、おまえは本当に魔獣なのか?
……仕方ない、殺さずに戦うのって案外難しいんだが、こうなった以上やるしかないな。
そうと決めたら、時間が勿体ない。
早速、光魔法、身体能力強化、そして瞬足を発動する。
今の俺なら、この木々の生い茂る森の移動でも、一キロ先なら一◯秒程で行けるだろう。 なんとかスタンピードが町に到達する前に追い付けるハズ。
……向かう事数分、前方を見ると……どうやら少し遅かった様で、スタンピードの先頭集団は既に町の防衛部隊と交戦中だった。
防衛部隊は、ターニャたちを含み一○○人程。 今は持ち応えているみたいだが、このままだといずれは押し負けてしまうだろう。
……これ、絶望的状況だったな……俺がいなけりゃだけど。
高速でスタンピードの群れをすり抜け、一気にジャンプして交戦しているど真ん中に降り立つ。
そして……
「死にたくなかったら……止まれ!!」
全開の殺意をスタンピードの群れのみならず、人間側にも向かって放つ。
魔獣が人間より危機察知能力が高いのは了承済みだ。 俺の本気の威圧を受ければ、いかに正気を失っていようとも怯まざるをえないだろう。
そして、今回はゴブキンと約束したから魔獣側の犠牲も止めなければならない。 だから、人間側にも少し黙ってもらう意図を込めて、人間側も威圧したのだ。
既に、先に交戦していた魔獣と人間が何人か倒れてるが、今は無事を祈るしかない。
前方では威圧が効いたのか、魔獣たちの進行スピードが落ち、威圧が届かなかった後方部隊と立ち止まった魔獣たちが衝突して大混乱が起こっていた。
そして、人間たちも突然現れた俺が敵なのか味方なのか計りかねてる様だったが……一人の女の子が俺の名を叫んだ。
「ガロウ様!」
ターニャが涙ぐみながらも、笑顔で俺を向かえてくれた。 ……なんか、久しぶりの感覚で、心が温まる。 こりゃあ頑張らないと。
「魔獣ども! 死にたくなければ森へ帰れ! 掛かってくるのなら……容赦はしない!!」
叫びながら、双剣を構える。 一応後方に人間がいるので光魔法は無しで。
目の前にいる魔獣たちは、完全に畏縮している。 このまま撤退してくれればありがたいと思っていたが……そう上手く事は運ばなかった。
「ブホホオォォッ!!」
一体の魔獣が雄叫びを上げると、その周囲の魔獣も感化されて雄叫びを上げ始めた。
オークキング……。 危険度レベルはゴブキンと同等。 種族の格としては、オークはゴブリンよりも上だ。
これは、ゴブキンが魔の森の絶対的支配者じゃなかったのかもしれないな……。
「ブホッブホッブホオーッ!」
魔獣語? なのだろうか、オークキングが周囲の魔獣たちに何か叫ぶと、畏縮していた魔獣たちにも戦意が蘇った。
……はぁ、このまま大人しくしてくれりゃあ良かったのに。
「ブヒーーッ!!」
オークの群れが、先人を切って行進を再開する。
「ったく、しょうがないな。 全部峰打ちってのも疲れるんだが……掛かってくるんだからぶっ飛ばされるぐらいは文句言うなよ!」
向かってくる二○体のオークを、横薙ぎに一振りで五体の顎を破壊する。 戻しの一振りでもう五体。 あまりの速さに仲間が倒された事に気付かない一○体を、空中回し蹴りで吹っ飛ばす。
ついでだ、悪いけど絶対に俺には勝てないと分からせる為に、もう何体か犠牲になってもらうか……勿論殺さずに。