第12話 魔の森
暁の宴団の飛空艇が去っていった……。
絶海の孤島アルカトラウス刑務所から南へ移動した土地は、大陸最南端の“ベラドール王国”領だった。
ベラドール王国領はリングース王国領からはかなり離れているので、この国でならヴォルグの名前は知っていても顔まで知っている者など殆んどいないだろう。 それこそが、俺の求める自由への近道でもあった。
いずれ、ヴォルグ・ハーンズが脱走した事は世間に広まるだろう。 でも、もうヴォルグ・ハーンズは死んだのだ。 誰がなんと言おうと、あの脱獄に巻き込まれて死んだのだと、自分に言い聞かせていた。
そして、ヴォルグは生まれ変わった……これからは、只のハンターとして、新たな人生を歩んで行こうと決心する。 ただ、何をするにしても金は必要だから、ハンターとしてしっかりと稼ぐ必要はあったが。
結局、俺には戦う術しかないから、とりあえずハンター活動で稼がないと。 で、ある程度金が貯まったら、田舎でのんびりするのも良いかもしれないな……田舎でのんびりスローライフってのも悪くない。
かつて、学費を稼ぐ為にハンターとして活動していたが、その頃のギルドカードは実家に置きっぱなしだ。 ギルドカードを再発行するのには相応の手続きが必要だし、なんだかんだで身分を隠したいから取りに行く訳にもいかない。
なので、今回は新たに登録をし直そうと考えていた。
実家と云っても、両親は子供の頃に亡くなってるので今は誰も住んでいない空き家だが、下手に実家に立ち寄ってヴォルグ・ハーンズと結び付けられても困るから。
アルカトラウス刑務所から最も近い岸辺に降ろしてもらった訳だが、目の前に広がるのは大森林……ベラドール皇国領でも、魔獣が多数生存する危険な場所と認定されていて、魔の森と呼ばれていた。
一年で身体はすっかり細くなってしまったが、魔力の練度が格段に上がった事で、戦闘能力としては若干落ちてる程度に留まっている。
さてと……ジェイクの飛行船で久々にまともな食事も採らせてもらったし、ミアの回復魔法で目に見える傷は治してもらったから、体調も悪くない。 これなら、魔の森といえど恐るるに足らんな。
海水で身体を洗い、髭を剃る。 長く伸びた白髪を頭頂部で一本に纏め、いつでも口元を隠せる様にマフラーを巻いた。
全身真っ黒な動きやすい軽装鎧を身に付け、両腰に片刃の小振りな剣を二差し。 全てジェイクに頂いた。
元々ハンター時代はこんな感じの装備だったので違和感は無いし、餓狼流剣術を封印しなければならないので、もう一つのオリジナル剣術である“狼牙双剣術”では短剣による二刀流だったので万全な装備と云える。
準備を終え、早速魔の森へと足を踏み入れる。
ジェイクに貰った世界地図を見ると、ここから一番近い町に行くには、この魔の森を抜けるのが最短ルートだったから。
……歩く事数分。 考えると、一週間前まで自分はアルカトラウス最下層で絶望しかけてたのだ。
それが、ジェイクと出会い、生きる希望を取り戻し、あのアルカトラウスから脱獄までしてしまったのだ。
脱獄して、いきなり魔族なんかと戦って……まったく、なんて日だ。 いや、いい意味でだけど。
前にハンターとして活動していた頃は、最後の方は色々面倒だから昇進試験を受けてなかった為Bランク止まりだった。
Bランクハンターともなれば、コンスタントに高額な依頼をこなせばそこそこ裕福な生活を送れる。 今回も、Bランクを目指して依頼をこなし、その後は気ままに世界各地を巡る旅を楽しもうと考えている。
取り敢えず、ベラドール王国領は海に面してるので海産物が特産品になっている。 目指すは、魔の森を抜けて村を経由し、海洋貿易都市でもあるベラドール王国の王都を目指そう。 待ってろよ、新鮮な海の幸たちよ!
……すると、どこかで何者かが交戦している気配を感じた。
ここは魔の森と言われるだけあって、危険度レベルの高い魔獣も多くいる。
森の探索においても、ハンターランクはB以上が推奨であり、それ以下のハンターは立入るのは控える様にギルドで注意されていたハズ。
Bランクといえばかつての俺と同じランクだ。 その強さを騎士団で比較しても、それなりの手練れだと考えられる。
ちょっと気にはなるが……うん、スルーしよう。
ハンターの活動は全てが自己責任だ。 死のうが生きようが全て自己責任、死んでもそれがう運命だったって事だろう。
……と、思っていると、何者かが此方の方に向かって走って来ている。 遭遇するのは面倒だったが、隠れるのも癪なので、とりあえず状況を見守ろう。
「ハァハァハァ……!? あの、貴方はハンターの方ですか!?」
俺を見付けて掛け寄って来たのは、可愛らしいお嬢さんといったハンターだった。 衣装はボロボロで目のやり所に困ったが。
「ハンター……になる予定だけど、どうかしたのか?」
「なる予定……。 スミマセン、なら、助けを呼んでもらえませんか!? 仲間が危ないんです!」
見た所、彼女はハンターだが、一人でこの森に来たとは考え辛い。 助けを求めているので、パーティーでこの森にやって来たのだが、自分達の手に追えない状況に陥り、他の仲間が彼女に応援を呼ぶよう指示を出して彼女だけ逃がしてもらえたんだろう。
ま、応援を呼ぶといってもこの森を抜けた村まではまだそこそこ距離があるから、残された仲間は自分の命は諦めて彼女だけ逃がしたのかもしれないな。
ハンターのパーティーでは、己の命惜しさに仲間の命を生け贄として自分だけ逃げ延びる奴もいる。 それと比べれば彼女の仲間は、仲間思いの良識ある人間だと感心する。
そんな気の良いハンターなら……助けてやるのもやぶさかでもないな。
「よし、行こう。 場所を教えてくれ」
「いや、申し訳ないのですが、その……危険度レベルの高い魔獣なんです! だから……」
彼女は隠しているつもりだが、その表情は俺を見て明確に、貴方では助けにならないから他の人を呼んで来て下さいと告げていた。
まあ、俺がこれからハンターになると聞いて、俺では役に立たないと思ってるんだな?
……ちょっと悲しいけど、それでも言葉を濁してくれる辺り、この娘も良い子だな。
「実は随分ブランクがあるから新たに登録し直そうと思ってただけで、俺も昔はBランクのハンターだった。 少しは力になれると思うから安心してくれ」
「いや、その……私を含め三人がBランクで、リーダーはAランクなんです! それでも勝てない魔獣なんです! だから助けを……」
AランクとBランクのパーティーで歯が立たないって、どんだけだよ? もしや、危険度レベル4を超える魔獣か?
魔獣の危険度はレベルで表され、危険度レベル4を超える魔獣だと一体で一つの街が壊滅する恐れがあると言われている。 該当する主な魔獣はオークキングとかゴブリンキングとかのキング系などだが……。
「いいから早く案内してくれ。 事態は一刻を争うんだろ?」
「……だから、申し訳ないのですが貴方を無駄死にさせる訳にはいかないんです! 早く助けを……」
確かに、この子もBランクとしてそれなりのプライドもあるのだろう。 だから、同じランクでは助っ人にはならないと言っているのだ。
しかし、そもそも魔の森を抜けた辺境の町にAランクで敵わない魔獣を相手に出来るハンターがいるだろうか?
冷静さを失ってるみたいだし、判断力が鈍ってるんだろうな……。
俺がその気になれば、気配察知能力を高める事で交戦場所など容易く特定出来るのだが、それでは彼女に失礼な気がした。
となると……多少乱暴だが、彼女に俺を信じさせるしかないか。
「とにかく! 私は仲間の所に戻ります! お願いですから、早く…………えっ?」
女の子を無視して、身体能力強化の魔法を使うと、身体から白いオーラが溢れ出す。
そして、近くにある大木を短剣で一閃……大木は綺麗な断面を見せて、地に倒れた……。
Bランクのハンターなら、これだけでも俺の実力を理解してくれると思うんだが……。
「こ、これだけのオーラ!? それに、剣筋が見えなかった……貴方、本当にBランクなのですか?」
「そうだな……実力的にはSランクにも引けを取らない自信はあるぞ」
ハンターの最高位Sランクは、騎士団で云う所の団長クラス、軍隊で云う所の大将クラスに匹敵する者もいると言われている。 だとすれば、実際に騎士団の団長だった俺ならば、Sランクに大きく劣る事は無いだろう。
「さあ、早く場所を教えてくれないか? 大丈夫、危険度レベル6位でも問題ないから」
危険度レベル6とは、魔獣一体で都市が壊滅する恐れがあると言われる。 もはや、天災レベルである。
でもまあ、多分大丈夫だろう。 過去にもレベル6以上の魔獣は何体か倒してるし。
「は、はい! あちらですう!!」
こうして、俺は女の子の指さした方向へ向かって瞬足を発動したのだった。