第11話 アリシアの決意
◇アリシア・ラムータ・アルティス視点
私の婚約者、ヴォルグ・ハーンズが、アルカトラウス刑務所に送られてもうすぐ一年が経とうとしていた。
その間、私、アリシア・ラムータ・アルティスは、基本的には自分の部屋に閉じ籠り、殆んどの時間を部屋で過ごしていた。
ヴォルグが御父様を殺したと聞いた時、何かの冗談だとしか思えなかった。
すぐに御兄様にヴォルグとの面会を申し出たが、御父様を殺した容疑が掛けられてるヴォルグと王女である私を会わせる訳にはいかないと拒否され、婚約も一方的に破棄すると告げられた。
その時から既に、御兄様には何か不穏な雰囲気を感じていた……。
その後も、何度面会を申し出ても拒否され、遂には裁判でヴォルグに有罪判決が下されてしまったのだ。
私は、なんとかしてヴォルグに会う為に動いたが、御兄様と騎士団副団長のディックが邪魔をして、そのまま会う事も出来ずに、ヴォルグは死刑は免れたものの、悪名高いアルカトラウス刑務所に送られてしまったのだ。
……それ以来、誰も信用出来なくなった私は、表舞台に出る事はなくなった。 御父様の国葬にさえも。
ヴォルグがいなくなり、アレクセイ御兄様が新たな国王となり、ディックが新たな騎士団団長となった。 あの二人にとって、ヴォルグは邪魔な存在だったのではないだろうか? だから、ヴォルグを卑劣な罠で陥れたのだとしたら?
考えたくはないけど、だとしたらとても許せる気がしない……。
だが、当初は新たな王となり、いい気になっていたアレクセイだったが、次第に余裕がなくなっていった。
まず、先の戦争にて勝利したパンクライス帝国との外交だが、本来なら勝利したリングース王国があらゆる面で上から物事を決められる立場だったのだが、帝国はヴォルグがいなくなったのを機に、態度を変えて来たのだ。
帝国曰く、自分達が白旗を上げたのは、騎士団団長のヴォルグの慈悲を受けての事だったらしい。
帝国軍は、残り一人が死ぬまで戦争を続けるつもりだったらしいのだが、尽く立ち塞がったヴォルグの武力と、大将軍・バース・ルッテンとの死闘後の説得に応じ、戦争を止めたのだと言い出したのだ。
国王が代わり、その上ヴォルグを失ったばかりの王国には、帝国との新たな火種を危惧する貴族も多く、後手に回ってる内にパンクライス帝国との交渉は完全に決裂し、いつ戦争が再開してもおかしくない状況になってしまった。
敗戦国に遠慮するなど愚行だと騒ぎ立てる声が上がるも、アレクセイは帝国との再戦に躊躇した。
それは、パンクライス帝国が西側の隣国なのに対して、北西の隣国・“インターユ共和国”でも不穏な動きがあったからだ。
ヴォルグは騎士団として、インターユ共和国との軍事演習を率先して行っており、交流を深めていたのだ。
なのに、肝心のヴォルグは国王殺しの罪で姿を消した。 だが、インターユ共和国側は……多分パンクライス帝国側もそうなのだろう、ヴォルグが国王を殺したなど信じていなかったのだ。
つまり、他国にまで伝わる人柄と圧倒的なカリスマ性を持ち合わせたヴォルグは、王国の一部から邪魔者だとして陥れられた。 それが、国王殺害事件に対する他国の見解だったのだろう。
戦争が再開すれば、インターユ共和国がパンクライス帝国に肩入れするかもしれない……それを危惧して、御兄様はパンクライス帝国に対する再戦に躊躇したのだ。
結局、不満を抱いたインターユ共和国の態度に対して、新たな団長となったディックは、一方的に軍事交流を停止した。
これによりリングース王国は、パンクライス帝国なみならず、インターユ共和国との関係も悪化してしまったのだ。
更に厄介なのは、教会の存在だった。
教会側としては、聖騎士であるヴォルグは教会のシンボルだと主張し、裁判においても激しく抗議していた。 結果的に死刑を回避してくれたのだから、私としては感謝する部分もあるのだが、裁判の後教会はヴォルグの身柄を渡せと申し出て来たのだ。
ヴォルグのアルカトラウス刑務所への収容が表向きに秘蔵されているのは、ヴォルグが教会に引き取られる事を恐れたアレクセイと一部の貴族による強硬手段だったのだ。
これにより、リングース王国は教会との関係も拗れてしまった。
とにかく王国は、アレクセイが王となって以来、全てが後手に回っている。 いや、全てはヴォルグがいなくなってしまったからだ。
ヴォルグはよく私に話してくれた。
パンクライス帝国との戦争も、彼は戦争自体が愚かな行為だといつも心を痛めていた。 何故、同じ人間同士で殺し合わなければならないのかと。
だから、自分に出来る限りの事をしようと、騎士団団長として発信力を手に入れてからは、帝国側の人間にも戦争を止める様に進言していた様だ。
インターユ共和国との軍事交流も、戦争を避ける為の一歩として考えていたのだ。
ヴォルグは優しい人だ。 どんなに厳しい戦場で自分の手を血に染めたとしても、それで他の誰かが戦わなくて済む、死ななくて済むのならばと自らを犠牲にして戦っていた。
私は……そんなヴォルグを心から慕っている。
でも御兄様……アレクセイは、そんなヴォルグを恐れていたのだろう。
私と結婚すれば、ヴォルグにも王位の資格が生まれる。 そうなれば、ヴォルグの働きを評価していた多くの貴族たちが、ヴォルグを新たな王にと考えても不思議ではなかった。
まさか、御兄様が御父様を手に掛け、ヴォルグに罪を被せた……とは、思いたくない。 流石にそこまで愚かで非情な人間ではないハズだ。
この一年、アレクセイは頻繁に私の機嫌を取ろうとしていたが、私は一切相手にしなかった。 どうせ自分の地位を磐石にする為に私を利用したかっただけなのだから。
そして、何故かディックも私の部屋の前まで頻繁に来ていた。 彼とは、ヴォルグの親友と云う事で親しくはしていたが、ヴォルグがいなくなったと云うのに寂しがる所か、嬉々として騎士団団長の座に座り、私をデートに誘いに来るのだ。 ……神経を疑う。
……ヴォルグ・ハーンズが、アルカトラウス刑務所に送られてもうすぐ一年が経とうとしていた。
隣国であるパンクライスとインターユとは険悪な関係が続き、教会からの領内における医療サポートも手薄になってしまっている。 全ては、無能なアレクセイのせいだと揶揄する者もいる。
そして、私はこの日、決意した。 アルカトラス刑務所へ向かうと。
今の王国を救えるのは、英雄であるヴォルグしかいない。 ヴォルグに戻って来てもらうしかないのだ。
これでも魔法の腕には自信がある。 魔法だけの技術なら、ヴォルグにも引けを取らないだろう。 そして、一国の王女としてアルカトラウスを訪れ、ヴォルグをアルカトラウスから助け出すのだ。
何も私はただ部屋に閉じ籠っていた訳ではない。 一年間、その為の準備を信頼のおける一部の家臣と共に、秘密裏に進めて来たのだ。
御父様を殺害した真犯人はまだ判明してないけど、私はヴォルグの無実を証明出来る手段を手に入れている。 でも、それを証明する為には、ヴォルグ本人の証言が必要なのだ。
初めてヴォルグに出会った日の事を、私は今でもハッキリと覚えている。
それまでは、私は何故自分は男に生まれなかったのかを悔やんでいた。 魔法の腕だって、武術だって、勉学だって、私は御兄様に劣るものは何一つ無いと自負していたから。 ただ、女という理由で、私は尊敬する御父様の跡を継ぐ地位から遠ざかってしまっていると思っていたから。
でもその日、私は生まれて初めて自分が女である事に感謝したのだ。
この人なら、私の夢を、私の代わりに叶えてくれると。 この人は、王の器を持っていると。
程なくして、私たちは付き合う事になった。 最終的には半ば強引に私が押し切った形になっちゃったけど。
でも、ヴォルグには王になる野心がなかった。 ……でも、もうそれでも良かったんだ。
彼が拒むなら、王にならなくても良い。 ただ、彼の望む事なら、なんでも良いから私が全力で力になると決めていた。
他の誰も知らないだろうけど、彼は案外呑気な所があるから、例えば田舎でのんびり暮らしたいと言うなら、私も田舎で畑を耕す覚悟もあった。
……おかげで農業にも詳しくなり、国の農業組合の名誉会長に就任してしまったが。
待ってて下さい、ヴォルグ。
きっと私が、貴方を助け出しますからね……。
これにて第一部は終了です。
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