第10話 最下層の同志
俺は暁の宴団の飛空挺に乗り、アルカトラス刑務所を見下ろしていた。
一年間……。 体感ではもっと長く感じられたが、漸く俺はアルカトラス最下層の地獄から脱出する事が出来たのだ。
「改めて礼を言おう。 聖騎士・ヴォルグ・ハーンズ殿、貴殿のおかげて俺たちは……いや、世界は救われた。 本当にありがとう」
ジェイクと共に、スネークやミア、その他暁の宴団の面々が俺に頭を下げた。
「こちらこそ、ジェイクたちがいなかったら俺は脱獄なんて出来なかったし、感謝するのは俺の方だよ」
「盗賊の俺が言うのもなんだが、あのままリッチが野に放たれたら、世界は大変な事になっていただろう。 ……流石は聖騎士……英雄だな」
リッチは光属性の攻撃が弱点だっただけで、より強力な魔法なら光属性でなくとも倒せただろうし、近付く事が出来れば近接攻撃でも倒せただろう。
ただ、今回に限っては大多数の人間がゾンビと化し、死の軍隊が生まれてた可能性は高かっただろうが。
「英雄か……前はそう言われる事が誇らしかったけど、今はもうどうでも良い。 どんなに英雄でも、下らない策略に簡単に嵌められてしまうんだから」
「それはおまえさんを嵌めた奴等が愚かだっただけだろうよ。 ……今頃身を以て実感してるかもな」
相変わらず含みのある物言いのジェイクと雑談していると、ミアが食料を運んで来てくれた。
「こんな物しかなくて申し訳ないけど……食べて」
携帯用の食事……干肉にパン、簡易スープ。 そのどれもが一年前ならなんのありがたみもなく頂いていたであろうが、今の俺とっては久々のまともな食料だった。
「い、いただきます!!」
一年間、岩パンのおかげで顎だけは弱っていなかったので、夢中になって干肉を噛み千切り、パンを頬張り、スープで流し込む。 昔から師匠に、空腹で急に食べ過ぎると胃がビックリすると教えられて来たが、もう手が止まらない。
「クックックッ、随分腹が減ってた様だな。 ま、一年もあの牢屋に閉じ込められてりゃあしょうがねーか」
頷きながら、手と口を休める事は無い。 まともな食事がこんなにも旨いとは……食のありがたみを改めて実感させられていたから。
「ふぅ~! 御馳走様でした!」
結果、干肉一○枚、パン二○個、スープを八杯頂いた所で、小さくなってしまった胃が悲鳴を上げた。
「簡易食なんざ大して旨くねーものを、よくもこんなに食ったな。 ところで、どうだヴォルグ? おめーさんさえ良かったら、俺たちの仲間になんねーか?」
突然のジェイクの申し出は、今の俺にとってはとてもありがたい提案だった。
それでも、暁の宴団は盗賊団だ。 だが、主にターゲットは悪どいやり方で金を稼いでる金持ちで、一部の人々からは義賊と呼ばれる善良な盗賊団でもある。
俺も冤罪ではあるが罪人にされた身分だ。 今更綺麗事を言うつもりも無いが、それでも、自分が盗賊団の一員になる事には抵抗があった。
「スマン、ジェイク。 申し出はありがたいし、アンタとは行動を共にしてみたいとは思うんだが……今更また組織に属するのは、俺の求める自由とは違う気がするんだ」
「だがな、おまえが脱獄した事はいずれ必ずリングース王国にも伝わるぞ? いや、このままじゃおまえは全世界に指名手配される逃亡者だし、色んな不自由に晒されるだろう。 その時、ウチに入ってれば様々な面でサポートしてやれるぜ?」
「それなんだが、ご覧の通り、今の俺に昔の面影は無いだろ? だから……俺はヴォルグ・ハーンズという名も、聖騎士としての称号も捨てて、新たな人物として生きて行こうと思ってるんだ」
改めて、先程鏡を見たらビックリする程別人になっていて驚いていた。 まず、リングース王国では珍しかった黒髪は、心労やショックからか真っ白な白髪になっていたのだ。 髭は伸び放題だったし、なによりも見事に鍛えられていた肉体がガリガリに痩せ細っていた。
ならば、このまま別人として生きていけないかと考えたのだ。 流石に髭は剃るが、無造作に伸びた長髪を一本に纏めて、ヴォルグ・ハーンズではない別人として、気ままに旅に出るのも悪くはないと。
「だとしても、おまえの剣術……リングース王国騎士団団長ヴォルグ・ハーンズの編み出した“餓狼流剣術”は広く世界に知られてるぞ? 剣筋から身元がバレる可能性だってあるだろ?」
餓狼流剣術。 俺が師匠から教えられた剣術を元に、あらゆる剣術の良い所をミックスして立ち上げたオリジナルの流派なのだが、騎士としての名声が上がるにつれて教えを請う者が増え、今ではリングース騎士団では筆頭剣術として教えられてる。
更には、隣国との交流の場で披露した事もあり、そこそこ有名な流派となっていた。
「大丈夫。 実は餓狼流剣術から派生したオリジナルの流派をもう一つ作ってて、こっちは誰もヴォルグ・ハーンズの剣術だと知ってる奴はいないから。 あとは、光属性さえ人前で封じれば聖騎士だとバレる事も無いだろうし」
もう一つのオリジナル剣術。 それは、俺がハンターとして日銭を稼いでいた頃に編み出した剣術なのだが、ハンター活動を控えてから、かれこれもう一○年近く使ってないし、流派の名称を公に名乗った事も無い。 その剣術なら、例え使ってもヴォルグ・ハーンズと結びつける者などいないだろう。
「そうか……じゃあ仕方ねえな。 でも、リングース王国に未練は無いのか? なんなら俺たちも協力するし、おまえには敵もいただろうが味方だっていただろう? 冤罪を晴らすつもりはねーのか?」
未練……。 正直、全く無いとは言い切れなかった。 アレクセイやディックに復讐したい気持ちは残ってるし、何より冤罪とはいえ尊敬していた国王を殺した罪人なんて思われるのは許し難く、誰が真犯人で誰が自分を嵌めたのか、真相が知りたい気持ちもある。
でも……今は、復讐よりも、真相を知る事よりも、俺は自由に生きる道を選びたい。
残る気がかり、アリシアに関しても……元々身分が違ったんだと諦めていた。 今頃俺の事なんて忘れているだろう。
「……無いと言えば嘘になるけど、それより今は自由に旅をして生きたいんだ」
「そうか……なら、もう何も言うまい……」
その後、絶海の孤島アルカトラウス刑務所から南に進み、陸地に差し掛かった所で飛空艇は一旦着陸した。
一番近場の陸地に降ろしてもらう様に、ジェイクにお願いしたのだ。
「……それじゃあ、一旦お別れだな、ヴォルグ」
「ああ。 本当にありがとう。 ……なんか、ジェイクとは出会ってからまだ一週間しか経ってないのに、なんだか昔からの友人みたいな、変な気分だな」
ジェイクがアルカトラス最下層にやって来てくれたのは、ずっと孤独で壊れそうだった俺にとって、奇跡とも云える出来事だった。
会って一週間しか経ってないのに、こんなにも別れが辛いとは……。
「な~に、また会えるさ。 おまえが騎士団に復帰してなければな」
確かに騎士団の立場では、盗賊団であるジェイクは捕らえなければならない対象となってしまう。
「それは無いから安心してくれ。 俺はこれからハンターズギルドにでも席を置いて、ハンターとして気ままに旅をするつもりだ。 でも、何処かで見かける事があれば、気軽に声をかけてくれよ?」
「そうだな。 そん時は、ゆっくり呑み明かそう……アルカトラウス最下層から脱獄した同志としてな」
そう言いながら、ジェイクとガッチリと握手を交わした。
「……最後に一つ、忠告しておこう。 おまえがこれからハンターとして……冒険者として生きていくなら、教会には気を付けるんだな」
教会……。 確かに、俺が聖騎士とした認められてからと云うもの、かなり近しい態度をとる様になっていた。 それ自体は別に不快でもなかったし、俺の死刑にも、猛抗議してくれた事も知っている。
だが……だからこそ、俺が……聖騎士が生きてると知られれば、俺の身柄を確保しようとしてくるだろうな。
教会はこの世界の医療の分野で絶大な権力を持っている為、どの国も逆らう事が出来ない。 それは、回復魔法を使える者の殆んどが、教会に属しているからだ。 教会に属していないのに回復魔法を使えるミアのような存在は稀有と言える。
しかし、教会にはもう一つ、裏の顔がある。
詳しくは調べてないから定かではないが、妙にキナ臭い部分があるのは、聖騎士として接してきて感じていた部分でもある。
「……ああ、餓狼流剣術同様、光魔法を使うつもりも無いから、バレる事は無いだろう」
ま、そんな胡散臭い教会に関わる気は毛頭無い。 リングース王国にも教会にも俺の存在を知られる訳にはいかないから、光魔法は禁止だ。
「そうか、ならいいんだ。 ……じゃあ、またな、ヴォルグ!」
「ああ、必ずまた会おう、ジェイク!」
こうして俺は、難攻不落・脱出不可能の監獄島・アルカトラウス刑務所から脱獄し、一年ぶりに外の世界に降り立ったのだ。
◇
飛び立った飛空艇の中で、スネークがジェイクに問い掛けていた。
「それにしても、リングースの狼……噂以上の男でしたね。 何故、あれだけの力を持っていて、己の無実を証明しようとしないんだろう? 今のリングースなら、ヴォルグがその気になれば……」
「奴は……リングースの現状を知らん。 知れば、何を犠牲にしても、国を救うために動いてしまうだろう。 それが、自分を陥れた者たちをも救う事になろうともな」
ジェイクは結局、リングース王国の現状をヴォルグに伝える事は無かった。 伝えれば、ヴォルグが望む自由の邪魔になってしまうと考えたから。
「ヴォルグ・ハーンズ。 願わくば次ぎ会う時も、お互い笑顔で会いたいものだな……」
言いながら、ジェイクは窓の外を眺め、短い間ではあったが共に過ごした同志の未来に思いを馳せるのだった……。
本日もう一話投稿致しますので、そちらもヨロシクお願いします。