6.ああ勿体ない
令和3年6月9日。
369です。
この日に何かが起こると言う人もいますが、さて、どうなのでしょう?
「タクトさんは、凄い魔力を持っているようですけど、何処からいらしたのですか?」
「異世界です」
「もしかして転移者ですか?」
「そうですね。ただ、正しくは転生ですけど」
「では、一度、前の世界ではお亡くなりになったと言うことですか?」
「はい。巨大津波に襲われまして。それにしても、異世界転生とか、普通に受け入れているようですけど、疑わないんですか?」
「まあ、前例もありますし。ただ、魔王討伐のために今まで六人の大賢者が異世界から転生とか転移してきましたけど、一度も大賢者が勝てていないんですよね」
「らしいですね。神様にもそう言われました」
地球で、
『どこから来たんですか?』
と聞かれて、
『異世界です』
と答えたら、まず間違いなく、中二病をはじめとする精神的な異常を疑われるだろう。
ところが、この世界では、何人もの召喚術師が集まって、数日かけて異世界から勇者や聖女を召喚した実例もあるようだ。
それで、ここでは異世界の存在や異世界転移・転生のことを多くの人が受け入れていた。
ただ、大賢者に対してだけは評判が悪い。
召喚術師達の手によって召喚されたわけでもなく、神によって選ばれて送り込まれてきたはずの人間なのだが、魔王に連敗していた。
しかも、大賢者が魔王を、より一層強くしてしまったとも巷では言われている。
たしかに、先輩大賢者達の失態によって魔王の力が強大になったことは、ステータス画面の取扱説明書に記載されていたことであり、事実である。
ただ、それが一般民にまで知られているとは……。
さすがにタクトは、
『自分も大賢者です!』
とは口が裂けても言えなかった。
街に着くと、タクトとアルカは同じ宿に泊まることにした。
ただ、一応、部屋は別室である。
実のところ、アルカはカウンターで、
「二人部屋で」
と言っていたが、さすがに初対面の男女が、いきなり同じ部屋と言うわけには行かないだろうと思い、タクトが、
「別々でお願いします!」
と部屋を分けるようお願いしたのだ。
ただ、互いの連絡が取りやすいように、宿の方の配慮で隣部屋になっていた。
宿泊費用は、アルカ持ちだった。
タクトに助けられた礼とのことだ。
ただ、タクトとしては全額持たせるのは悪いと思い、素泊まりの分だけをアルカに支払ってもらうことにした。
別に自分の分の食事は、アンドウサンのメニューからいくらでも出せるし……。
「コンコン!」
タクトの部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
この時、タクトはベッドの上で横になっていた。
「はい?」
「失礼します」
ドアがゆっくりと開き、アルカが入ってきた。
しかも、妙に露出度の高いエロい服を着ていた。
服として機能しているのか、かなり疑わしい。
何気にタクトは、アルカから視線を逸らした。
「どうかしましたか?」
「どうしてもお礼がしたいモノでして」
「礼でしたら、ここの宿泊料を支払っていただくことで十分かと思いますけど?」
「でも、それだけでは私の気が済みません。是非とも、私と一発!」
ダイレクトに言って来た。
まさか、美女から『一発』などと言う言葉が出て来るとは。
しかも、アルカはソッコーでタクトの上にまたがると、そのまま唇を重ねようとして来た。こんなに積極的に迫られるとは!
しかし、タクトは、これを両手で口を押えて阻止。
さらにタクトは、転移魔法でベッドの脇へと移動した。
これで、無事にアルカの身体の下から抜け出すことが出来たわけだが……かなり勿体ないことをしていると、タクト自身も思っていた。
正直、脱童貞のチャンスでもあるからだ。
しかし、長い間、童貞を患っていたが故に、いざと言う時に対応が出来ないのも悲しいところである。
「そう言うことをする必要はありませんので」
「でも、優れた子種を注入してもらうことこそが喜びでもあるのですが」
「あのですね……。ただ、さすがに出会ってすぐと言うのは……。お願いですから、今日のところは部屋に戻ってください」
タクトは、そう言いながらアルカの背中を押し、部屋から出てもらった。
勿体無いとは思いながらも、何故かこの時、タクトはホッとしていた。
ムリに一歩進もうとせず、現状を維持したことが安心に繋がっているのだろうか?
この直後、タクトのステータス画面が立ち上がり、辞書機能ページが開いた。
そこには、
『代行措置として自慰行為を推奨』
と記載されていた。
勿論、タクト自身もそのつもりだったことは言うまでもない。
令和3年6月9日。
何も起きませんでした。