chapter3
『待てショウ。俺たちにそんな余裕なんてないぞ。こっちで攻撃できるのはお前だけなんだ。俺たちは武器を持ってないんだぞ。』
『そうだよ。どうやってこの子を助けるの。私たちは何もできないんだよ。』
左右の男女が慌てた口調で中央にいる青年に声をかける。
『アヤト、ユキ。頼む。この子を守ってくれ。俺らには、どうしても仲間が必要なんだ。』
ショウと呼ばれる真ん中に立っていた青年の右肘からは無骨な形状をした銃身が右手と同化して伸びていた。筋肉質な体型の彼は、右腕と一体化したその銃の矛先を鉄杭男に向け、戦闘態勢をとる。
『おいおいおいおい!んなこと聞いてねぇぞ』
男は怒り狂いながらショウに向けて再び鉄杭を放った。猛スピードで接近してくる鉄杭に向かって青年は躊躇なく突き進み、右腕の銃身でそれを薙ぎ払った。その勢いを維持したまま彼は男の真前まで近づき、胸元に銃口を突きつける。刹那銃口が真紅に染まり、鉄杭男の身体を棒状の光線が穿った。男は激しく震え始め、声を発することもなく崩れ落ちていった。
『はっ、はぁっ、よし。』
彼は、右腕のレーザーのような武器で男の右腕と左脚を切断し、その部位を僕の近くに放り投げた。
『時間がない。君!今すぐそれを身体に嵌め込んで最適化してくれ。』
『あ、あっ、』
混乱した頭の中で精一杯思考を巡らせるが、言葉が出てこない。こいつらはなんなんだ。敵ではないみたいだけど、どういう状況かわからない。
『大丈夫だよ。びっくりするかもしれないけど、痛くないからね。』
ユキと呼ばれている小柄な女性は、切断された鉄杭男の右腕を一気に僕の右肩に捻じ込んだ。それと同時に、アヤトという大男が僕の左膝に向けて、奴の左脚を丸ごと突っ込んだ。
〈self-care system start-up/start optimization…〉
身体全体に電撃が走る。不思議と痛みは感じない。手足を見渡すと、無理矢理繋ぎ合わされた鉄杭男の四肢が徐々に自分の身体に同化していき、失った本来の自分の四肢へと変貌を遂げた。
〈/optimization completed/body damage rate0%〉
『えっ、どうなってーー』
『ーーセキュリティシステムよりウイルスを検知。』
不気味な機械音声が真上から響き渡った。背筋が凍る。天を仰ぐと、今度は数個の殺戮ボールが僕らに接近していた。
『っ!マズい。全員あの穴から脱出しろ!』
ショウが大声で叫びながら、鉄杭男が開けた壁の空洞を指差す。アヤトが僕の身体を支えるために肩を貸してくれた。彼らに促され、ぎこちない両脚をなんとか動かして空洞を目指して前に進んだ。
『ーーああああっ!』
左側にいたユキが突然悲鳴を上げる。見ると彼女の左腕に球体が放ったスパークが被弾していた。
『おい!大丈夫か!!』
『大丈夫っ、だからっ、早く!』
アヤトがユキの方を振り返り、大声を出す。ユキは苦痛な表情を浮かべて必死に耐えながら走っていた。
ーーもうすぐ、もうすぐだ!
『こっちだ、みんな!』
先に空洞の前に到着していたショウが敵に向けて銃口を構えながら待機している。
『全員、互いの腕を組んで無重力に備えろ!』
『はっ、えっ!?無重力ってなんーー』
『いいから早く腕を組め!このままだとバラバラになるぞ!』
言われるがまま、走りながらアヤトとユキとの間で腕を組む。アヤトを先頭にして球体から照射される閃光を躱しながら僕たちは猛ダッシュし、空洞で待機している彼のもとへ辿り着いた。ショウが自由な左腕をアヤトの右腕に絡ませた直後、僕らは空洞の中へ飛び込んだ。
脱出した先には、宇宙のような銀色と漆黒が溶け合う世界が広がっていた。疎らに視える眩い光がまるで夜空に浮かぶ星々のようだ。暗闇の中で何かが輝き、消滅した瞬間小さな螺旋状のエメラルドの嵐が出現する。足下を向くと、白いキューブ状の構造物が似たような構造物と衝突し、4つに分裂した。
『みんな、互いの腕を絶対離すなよ。』
シュウが出来る限り落ち着いた口調で注意を促す。酸素を心配する必要はないようだが、身体の制御が難しい。宙に浮かんでいる状態で体勢を維持できず、今にも反転しそうになる。
『僕たちはどこへ向かっているの。』
今まで起こった出来事、さっき僕らを襲った球体や鉄杭男の正体、訊きたいことは山程あったが、少なくとも今自分たちが向かっている目的地についてだけでも把握しておきたい。
『…わからない。』
『わ、わからないって、どういうこと?どこか行く宛があるんじゃないの?』
『それを決めることが、今の俺たちにはできないんだ。』
シュウは項垂れ、アヤトもユキも暗い表情を浮かべていた。
『俺たちは別のセクターでこの世界から脱出する術を探っていたけど、さっきの機械みたいな奴らに襲撃され、追い詰められていたんだ。』
『本来なら<<トランスレーション>>と呼ばれる場所で目標地点を設定して様々なセクターを移動するんだけど、そんな余裕はなかったの。』
シュウの代わりに、ユキが説明する。
『じゃあ、僕たちはどうなるの?』
『ごめんね。私たちもどうしていいか…』
気まずい沈黙と暗闇の空間が絶望感を漂わせる。
『…たく。お前が早く行動していれば、俺たちは助かったんだ。』
アヤトが憤慨した様子で、シュウを睨みつけた。
『大体、この子を助ける余裕なんて俺たちにはなかったんだぞ。確かに情報は欲しいが、彼女を助けても有益な情報が得られる保証はないんだ。』
『…アヤト、やめて…』
『お前の偽善っぷりは本当にーー』
『アヤト!』
ユキの鋭い声に気圧され、アヤトは口を噤んだ。
『あの、もう一つ聞いてもいい。君たちは何者なの。』
『俺たち?そうか、まだだった。』
無重力の中で体勢を調節しながらシュウが応えた。
『君はSGFというナノマシンを知っているかい?』