プロローグ
まただ。またあの光景だ。
タクシー運転手の後頭部を錆びついた鉄パイプが貫いた。紅い花が咲いたように運転手の血液が飛び散った瞬間鉄パイプが僕の肩をかすめ、窓ガラスを突き破る。左の頬に運転手の血がべったり張り付く。それを振り払うように横を振り向くと、身体中から血液と汚物が混ざったような赤黒い液体を垂れ流している父さんが横たわっていた。虚無に染まった眼差しで父は僕を見据え、呪詛を唱えるように微かに口元を動かしていた。
もういいよ、早く僕を、、、
突然、轟音と共に車内が炎に包まれる。ガソリンが引火したのだろう。父さんは悲鳴や怒声をごちゃ混ぜにした叫び声を上げ、その炎で身体が蝕まれていった。両手だったものは歪な塊へと変貌していき、表情を読み取るができないほど顔面が爛れていく。気づけば僕の手足も炎で爛れていて、皮膚が焼けていく刺激臭が嗅覚を支配していた。この場から逃げるように踠こうとするが、身体が思うように動かせない。不思議と痛みは全然感じなかった。肉体という牢屋に縛られ、僕は目の前に広がる地獄を傍観していた。
自然と涙が出てきた。恐怖や絶望からじゃない。
これでようやく解放させる。この世界から逃げ出すことができる。そんな安堵感や喜びに似た感情からくる涙だ。
早く、殺して、くれ
再び轟音。そして音のない世界が到来する。
その瞬間、視界が暗転していった。