第97話 僕の記憶
更新が遅れてすみません。
「うわっ!! え? ここは? ぶへっ!」
眩しい光に包まれて意識虚ろに虚空を漂っていた僕は、突然身体に降り掛かった重力によって意識が覚醒した。
そして驚きのあまり上げた声が終わる前に僕の身体は何かにぶつかり顔をそれに埋める。
草木や土の匂いがする。
どうやらそれは森の地面、つまり元の世界に戻ってきたってことだろう。
「いってて……。酷いや。空中に放り出すなら先に言っておいてよ。本当にもう!」
泥だらけになった顔を上げながら僕はファフニールの文句を言った。
辺りを見渡すと木々の間から差し込む木漏れ日の様子からすると、不思議な事にどうやら僕が虚空に連れて行かれてからそれほど時間は経っていないようだ。
「ほっほっほ。ようやっと戻ってきたようだの」
突然僕の背後から老人と思しき声が聞こえてきた。
……え? 老人? ま、まさか!
この森の中で僕の事を知っている老人なんて居るはずないよ。
ただ一人を除いては……。
そう、それはさっき殺されそうになった僕の宿敵イモータル!
別れたばっかってのにもう現れたって言うの?
次会う時は敵同士とか言ってたけど……まさか?
「なっ、何しに戻って……来た……の? あれ?」
慌てて振り向いたんだけど、そこに居たのは怪しいフードのイモータルではなく見知らぬ老……人? う~ん、人じゃないよなぁ?
確かにパッと見は白いローブを羽織っている老人に見えなくはないし、その顔に深く刻まれた皺も生きて来た年月を想像するに難くない。
でもその皺が刻まれた皮膚はどこからどう見ても樹皮だった。
それどころか頭には葉っぱが生えてるし、なによりテイマーなら誰でも分かる。
その身に宿る魔石の存在を、しかもこれはとんでもない魔力だ。
「もしかして……ト……トレント?」
木の魔物の中でも……いや魔物全体の中でさえ最上に位置する存在。
一見するとその姿はただの痩せた老人にしか見えないけど、その能力は周囲の植物を意のまま操り、言うならば住処である森全体が一体のトレントそのものだと言える。
従魔限界なんて話にならないS級の魔物だ。
奥深い森に住むとは図鑑に書いてあったけど、まさかこの大森林に居るとは……いや、よく考えたらこのくらい広大な森なら居てもおかしくなかったのか。
しかし、毎年街道沿いの山狩りをしてたってのに、今までよく何事も無かったなと思うよ。
魔物と言ってもトレントは人魔大戦に参戦しない存在と知られ、比較的温厚な種族と言われている。
けど、それは決して人間の味方と言う訳じゃない。
かつてある王国が領土開拓と言う理由でトレントの住む森を焼き払おうとした事が有ったという。
しかしその王国はトレントの逆襲に遭い、一夜にして森に飲まれ姿を消したと言う逸話があるほどだ。
『彼らはただ争いごとに興味が無いだけだろう』と言う考察が辞典には書かれていた。
そんな相手の住む森で山狩りなんて、下手したらガイウースの街が滅んでいたかも……ぶるぶる。
そして今、そんな恐ろしい魔物が僕に語り掛けてきただって? 怖すぎる!!
……けど、掛けられた声色といい、今僕の目に映っているトレントの柔和な笑みといい。
少なくとも僕に敵意は無い……のかな?
「あ、あの……あなたは……」
「マーシャル! 本当に帰ってきた! 良かったぁ!」
僕が言葉を言い終わる前に横から母さんが抱き付いてきた。
トレントに気を取られて気付かなかったけど、母さんだけじゃなくその後ろにダンテさん達の姿も見える。
ただダンテさん達は少し青い顔をしてとても緊張しているみたい。
これは仕方無いか。
テイマーである僕には契約紋を通じて魔物の感情を少なからず感じ取れるから、目の前のトレントに殺意が無いことが解る分ちょっとだけ余裕があるけど、それを知らないダンテさん達にとってS級の魔物がすぐ側に居るんだもの、そりゃビビるよね。
「マーシャル、無事? どこも怪我は無い? 邪龍に連れて行かれたんでしょ?」
「えっ? 知ってたの母さん?」
「いえ、知らなかったわ。あなたが消えた理由は長老に聞いたのよ」
母さんがトレントの方を見てそう言った。
僕も釣られてトレントに目を向ける。
するとトレントは樹皮の皺をほころばせながら僕の事を優しく見つめてきた。
そうか……分かった。
この魔物は……。
「あ……もしかしてあなたは僕の友達……ですか?」
「うむ。……だがしかし、理解はしておるのだが、面と向かってその言葉を言われるとさすがに堪えるわい」
トレントは僕の質問に少し悲しげな溜息と共にそう言った。
その言葉からすると母さんに長老と呼ばれたこのトレントは間違いなくかつての僕の友達だったんだろう。
僕の過去を知らないダンテさん達は困惑気味に「マジか」と驚嘆の声を次々と口にしている。
「あの……あなたのことを忘れてしまってごめんなさい」
「あぁ、すまぬ。マーシャよ、おぬしは何も悪くないさ。全てはファフニール様の意によるものなのだからの」
トレントは僕の謝る姿を見て少し慌てて謝ってきた。
どうやら彼は僕とファフニールに纏わる全てのことを知っているようだ。
「ありがと……え、えっと? あの僕はあなたの事を何と呼んでいたんですか?」
感謝の言葉を言おうとしたんだけど、トレントの名前が分からず尋ねる事にした。
かつて友達だったのだから、ありがとうの言葉は名前と共に言いたいからね。
「ふむ、あまり儂の口からおぬしの過去を語るのは憚られるのだが、呼び名は確かに必要じゃな。かつてわしはおぬしよりトレ爺と呼ばれとった。どうかそう呼んでほしい」
トレントだからトレ爺……。
うん、間違いなく僕のネーミングセンスだ。
とてもしっくりくる。
「うん、わかったよ。トレ爺。あのそれと気になったんだけど僕の過去を言えないって言うのはどう言うことなの?」
「……おぬしの忘却はただの記憶喪失ではない。ファフニール様の御力によって魂の奥底に封じられているのじゃ。この封印は兎に角厄介でな。まず封印された記憶は意識からすっぽりと抜け落ちる。そこに第三者による誤った情報が入る込むと、抜け落ちた意識はその情報に上書きされてしまうのじゃ。そうなると封印を解いたとしても決して真実には辿り着けず、更には重なる記憶によって精神が崩壊する事も有るのじゃよ」
「げっ! そうなの? あっ、もしかして母さんが僕の記憶喪失の事をはぐらかしていたのはそう言うこと?」
「えぇ、そうよ。長老から封印の事を教得て頂いていたからね。運が良い事に当時ファフニールはその場に居た人間、そうガイウース全て住人の記憶を封じた。皆同じ記憶を失くしているから上書きする偽情報を言う者も居ない。そのお陰で私達さえ黙っていれば大きな問題にはならなかったの」
やっぱりそうか。
僕が自分で思い出さないといけないと言っていたのはそう言うことだったんだ。
だからドリーやプラウにも僕の友達だったと言う事を隠すように命令していたんだな。
「あっ! そう言えば虚空でファフニールから当時の事を色々聞いたんだけど記憶は大丈夫かな?」
「ほっほっほ。安心せよ。第三者ではなく封印の術者であるファフニール様が語った事であろう? それに今のあの方がお主に害する為に嘘を言う訳は無いからの。大丈夫じゃよ」
「そうか~良かった。術者の言葉はセーフなのか。……あれ? ちょっと待って? 昨日母さんにも当時の事を聞いたよ? それってヤバくない?」
「もう、マーシャルったら。長老が言ったでしょ。間違った情報がダメって。ちゃんと言葉を選んで真実を語ったわよ。視点の違いから多少齟齬は出るかもしれないけど、誤差よ誤差」
母さんは笑ってそう言うけど、当事者である僕に取っては笑えない。
本当に大丈夫かなぁ?
まぁ、教えて欲しいと頼んだのは僕だし、喋ってくれなかったら不貞腐れて拗ねたと思うんだけどね。
「もう母さんったら他人事だと思って……あれ? ちょっと待って? そもそもなんで母さんは当時の事を覚えているの?」
ファフニールも皆の記憶を消したと言っていたんだから母さんも忘れていないとおかしいじゃないか。
けれど、母さんの語る僕の過去は誰かの伝聞じゃなく自身の見聞きした出来事を語っていたように感じた。
そうじゃないとあんな風に『真実を語った』なんて笑いながら言えないだろう。
「ほっほっほ。マリアが口にしないと言う事は、それも言えぬ事の一つと言う訳じゃよ」
「もう、そればっかり。そうやって気になる所ではぐらかすんだから。早く全部思い出したいよ」
「ならこんな所で油を売っている訳にもいかないの。では行くとしようか」
そう言って一人トレ爺は歩き出した。
「行くって何処に?」
「そりゃ勿論、あのお方の卵の場所じゃよ」
「あっ……、そうだった!」
そうだ、そうだよ。思い出した!
ファフニールに娘の事を頼まれたんだった。
そしてそれは僕の封印を解く事にもつながる。
僕は先を行くトレ爺に遅れないよう歩き出した。
他の作品も含めて徐々に更新を始めていきます。
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