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第90話 スフィア

「なっ、なんだ! お前達一体何をした!! 小僧を中心として投影が乱れるだと? まさか魔道具が妨害を受ける程の魔力が渦巻いているとでも言うのか? そんな馬鹿な」


 母さんの大声に気付いたのか、イモータルはサイスとの探り合いを止めて僕達の方を睨みそう叫ぶ。

 しかも良く分からない母さんの作戦とやらにも気付かれちゃったようだ。

 と言っても、奴の言葉からするとどうやら僕のブーストによって魔道具の調子がおかしくなっているみたいだから遅かれ早かれ気付かれてたのかもしれないけど。


「えぇい! 儂が気を逸らした隙に何か仕掛けおったな。くそっ儂とした事がしてやられたわい。風が駄目だと言うなら先程の様に雷はどうじゃ。範囲魔法ではないが小僧一人を屠るなら十分じゃろう」


「なっ! さっきの魔法だってっ!? あんなの打たれたら一瞬で黒コゲだよ! ちょっと母さんこれからどうするの!」

 

「落ち着きなさい。今のところこっちの読み通りよ。ライアちゃん、あいつが魔法を唱えた瞬間、その右手で力一杯魔法をぶっ叩いてやりなさい」


「はぁ? なに言ってんの母さん?」


「あい! がんばうお!」


「ちょっ、ライアまで!」


 母さんの訳の分からない言葉に頷くライア。

 僕のツッコミを無視して二人は熱く視線を交わしてサムズアップで頷き合う。

 雷の魔法をぶっ叩くって、触れた瞬間感電死しちゃうよ!

 これのどこが作戦なのーー!?


「ふん、女! そのコボルトもどきもおぬしの従魔なのかは知らぬが、小僧の後ろで震えていた雑魚にいくら強化魔法を掛けようとも無駄と知れっ! スケッギョルドの『雷斧』は最速! 最早逃げられんぞ! 喰らえっ!! 『雷斧(ライジングスレイ)』!」


 ライアの姿を見たイモータルはライアの事を雑魚だと吐き捨て、雷の魔法を唱える。

 どうやら『雷斧』と言う魔法は、精霊魔法である『暴風』のように精霊への呼びかけは必要なく、魔名(まな)を叫ぶだけで効果を発揮するタイプっぽいので黒魔術に分類される魔法なのだろう。

 複雑な詠唱も無くその効果は即時発動された。


 それは一瞬の事だった。

 イモータルが詠唱を言い終えるや否や、ドリーの蔦で一纏めにして吊るしているダークエルフの内の一人……多分スケッギョルドと思われる人物を中心として魔力が膨れ上がったかと思うと、僕達の視界は眩い光に包まれる。

 思考が追いつかない、そりゃ当たり前だ。

 雷の魔法なんだから、もうどうする事も……。


「いっくおーーー!! らいあぱーんち!」


 突然ライアの声が聞こえた。

 それから目に映ったのは恐らく残像って奴かもしれない。

 その声に驚くと言う反応さえ僕には出来なかったくらいなんだもん。

 ライアが僕の腕を振り解き魔法目掛けて大きくジャンプする姿が、まるでゆっくりと時が過ぎて行くかのように映った。

 そして突き上げられたライアの右手が、発動間際のまだ形を成していない雷を纏う魔力の塊に突き刺さる。


 危ない! 感電しちゃう!

 僕がそう思った瞬間に全てが終わっていた。

 だって『危ない』の『あ』の字を声に出した時には雷の魔法はパンッって言う乾いた破裂音と共に弾け、辺りから眩い光も消えていたんだから。


「ライアちゃん! 次はあそこにぶら下がってる敵の周りの魔法をぶっ壊しちゃって!」


「あい! らいあじゃーんぷ」


 掛け声と共に木々の間をぴょんぴょんと駆け上がりダークエルフ達に近付いて行くライア。

 そんな母さんの指示に従って動くライアを僕は呆然とした顔のまま見詰める事しか出来なかった。

 多分僕の宿敵であるイモータルも同じ顔をしてたんじゃないかな?

 それくらい信じられない光景だったんだ。


 パリーーーン!!


 ライアのパンチで何かが割れる音がした。

 恐らくダークエルフ達の周りに掛かっていた『絶対防御』を破壊した音だろう。

 サイスの力でも容易に破れないって言われていた護りの魔法をライアのパンチは簡単に破ってしまんだ。


「ば、ばかな……」


 僕の感想と全く同じ言葉をイモータルが呟いた。

 だけど、僕と宿敵との間には大きな認識の隔たりがある。

 イモータルはライアの正体を知らない。

 それどころか僕達の前に姿を現してからは僕が後ろに匿っていたし、『暴風』発動の際はイモータルに背を向けて抱き締めていたんだから、やっとライアの全身を視認出来たレベルだと思う。

 そんな認識外だった存在が突然飛び出してきたかと思うと、絶対の自信を持って放った雷の魔法は発動直後に潰され、そして破られる訳が無いと思っていた『絶対防御』を一瞬の内に破壊されたんだから、その驚きと言ったら理解の範疇を超えている筈だ。


 それに比べて僕はライアの正体を知っている。

 原初の四体と呼ばれる魔物の一角、獣皇(カイザーファング)ライアスフィアだと言う事を。

 伝承ではその拳は物理だけに留まらず魔法さえも打ち砕くと言われている。

 恐らくさっき掛けた僕のブーストが、その力の一端を発現させたのだろう。

 ……と言う事は分かるんだけど、理屈で分かっていても今起こった事を理解するのとは別だよ。

 それに僕の従魔のライアの能力の事を僕以上に理解して、使いこなした母さんにちょっと嫉妬しちゃった。


「ぱぱ~! やったお~」


 僕がマスターとしての不甲斐無さに少しばかり黄昏ていると、『絶対防御』の破壊を終えて地面に着地したライアが僕の元に駆けて来た。

 ふぅ、いじけてる場合じゃないな。マスターとしては娘の健闘を心から称えてあげないとね。


「よくやったよ、ライア! 凄いじゃないか!」


 手を広げた僕の胸に飛び込んできたライアを受け止めながら頭を撫でてやった。

 本当に凄いよ。これなら怖い物無しだ!

 ……ん? あれ? 光が……。

 僕の首に手を回しているライアの右手が視線の隅に入ってきたんだけど、イモータルの魔法を打ち破った事でブーストの魔力を使い切ったのか、さっきまで宿っていた赤い光が消えていた。

 まだ状況は好転した訳じゃないし、次の攻撃に備えてもう一度ブーストを掛けておこうか。

 と思ったところに母さんが肩に手を掛けながら僕がブーストを唱えるのを止めてきた。


「マーシャル、それ以上は駄目よ。ごめんなさい、今のライアちゃんには負荷が大きすぎたみたいだわ」


「え? 負荷が大きいって?」


 母さんの言葉に僕は慌ててライアの右手に目を向けた。

 すると視線の端に見えていた時は分からなかったんだけど、手首より先がだらんと力無く垂れ下がっている事に気付いた。

 それにピクピクと小さく痙攣している。


「ライア! 手が……大丈夫っ!?」


「う……だいじょぶ。まだまだいけるお」


「駄目だって大人しくして」


 僕は首に回しているライアの手を解きそのまま膝の上に乗せて、右手の様子を診た。

 ライアは大丈夫とは言ったけど、僕がその右手に触れただけで顔をしかめる事からかなり痛いようだ。

 ゆっくりながら指もにぎにぎ動かせているので折れてはいないようだけど、これ以上無理させる事は出来ない。


「本当にごめんなさいね。さっきマーシャルの横で戦っていたライアちゃんを見てイケると思ったんだけど、見通しが甘かったわ」


「おばあちゃんはわるくないお。まだまだげんきげんき!」


「まぁ、本当に優しい子ね。おばあちゃん涙が出そうになるわ」


「ライアの言う通りだよ。母さんの所為じゃないって。お陰で助かったんだもん。局所指定のブーストなんて初めて使ったもんだから加減も分からず魔力を込め過ぎた僕の所為だよ。それより今はイモータルをどうにかしないと」


「あぁ、それならもう大丈夫よ。ほら」


「大丈夫って……あっ!」


 母さんはそう言って笑顔ですっと指を差す。

 それに釣られて指の先に目を向けると、そこには蔦に吊るされているダークエルフの首筋に鎌の刃を当てているサイスの姿があった。

 蔦の上に立つ為なのか重そうな甲冑は解除して普段の黒いドレス姿に戻っている。

 手にしている鎌は刃の部分がとても大きいので、束状になって吊るされているダークエルフ達の首は、その一振りで全て薙ぎ払われる事だろう。


「おい! パンゲアモドキ! もう同じ手は通用しない。何をしようが一瞬でこいつらの首を刈る」


 ハッタリ……じゃないんだろうな。

 多分イモータルが何かしようとした瞬間、死神の異名の通りダークエルフ達の命を奪うつもりなんだろう。

 ダークエルフを殺すと言うのには抵抗はあるけど、それは僕を死なせたくないと言う想いがそうさせていると思うので、サイスの行動を咎める事は出来ない。

 いくらサイスの思惑が魔王復活の打算に染められているとしてもね。

 イモータルに対して人質が有効なのかは分からないけど、言葉の節々からただ単に従魔達の命を粗末に消費する人物ではないように思える。

 出来ればこのまま手を引いてくれたら良いんだけど……。


 僕はサイスの脅迫めいた挑発に悔しさを浮かべているであろうイモータルの様子を伺う。

 どう切り出せばこの場を引いてくれるだろうか……と思っていたが、なにやらイモータルの様子がおかしい事に気付いた。

 その瞳は、挑発しているサイスの言葉など意にも介さずとでも言わんとばかりに大きく見開かれてある一点を凝視していた。

 視線の先にあるのは僕? ……いやどうやら僕の膝の上にいるライアの事をじっと見ているようだ。

 そりゃ拳で魔法を砕くなんて有り得ない離れ技をやってのけた存在なんだから驚くのは当たり前なんだけど、その瞳に浮かぶ感情は怒りや畏怖などではなく、信じられない事にどこか喜びの感情が見て取れる。

 その事実に僕は困惑した。


「……小僧……すまぬが、その魔物の名を今一度言葉にして貰えぬか……?」


「え? え……っと、このこはライア……だけど」


 まるで純粋な子供の様なイモータルからのお願いに、僕は思わず素直に答えてしまった。

 先程までの怒りなど微塵も感じない。

 僕の言葉を聞いたイモータルはピクンと身体を震わせ顔を綻ばせた。


「ライア……ライア……あぁ……スフィア……」


「え? 今なんて……?」


 僕はとても懐かしい物を見る見る目をして呟いたイモータルの言葉に驚きを隠せなかった。

 今確かに『スフィア』と聞こえた。

 真名であるライアスフィアを途切れて言ったんじゃない。

 明らかに『スフィア』だけ特別な感情が篭もっている様に聞こえた。


 『スフィア』……その言葉は始祖の手記に書かれているライアの名前だ。


 僕がライアスフィアの事を『ライア』と名付けたと同じく、始祖は『スフィア』と名付けた。

 そりゃこいつは始祖の弟子みたいだから、その名前を知っていてもおかしくないけど、『スフィア』と呼ばれていた頃と今のライアじゃ姿がまるで違う。

 全てを砕く能力から推測したって言うんだろうか?

 でも、それにしたってそんな表情をするなんて……。


書きあがり次第投稿します。

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