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第84話 母の手

「なっ、ば、馬鹿な。なんでそこにマーシャルが居るのだ? 逃げたのではなかったのか……」


 数歩歩いた所で、プラウの『穏形』の能力範囲を出たのだろう。

 ブリュンヒルドは近付いてくる僕に気付いて目を見開いていた。


「え? ちょっ、ちょっとマーシャル! 逃げなさいって言ったじゃない! 死神ちゃん! ここは私に任せてマーシャルとライアちゃんを連れて今すぐ逃げて! あなたなら逃げ切れるわ」


「分かった。マーシャル逃げるぞ!」


 ブリュンヒルド達が僕の出現に驚いて口々にそれぞれの想いを声にする。

 だけど僕は確かめたい事が有るからここから離れる訳にはいかない。

 手を突き出して皆を止めた。


「ちょっと待ってサイス。僕はブリュンヒルドに言いたい事が有るんだ」


「何を言っているマーシャル! そんな暇は無いぞ!」


 僕の制止を無視して走り寄るサイス。

 僕はそんなサイスに向けてもう一度大声を上げ止めた。


「お願いサイス!!」


「ガッ! な、う、動か……な」


 今度は僕の制止を聞いてくれたようでサイスはその場で立ち止まってくれた。

 これでブリュンヒルドと話が出来る。

 僕は今にも爆発しそうなブリュンヒルドの元まで歩いた。


「マーシャル……? あなた……それ……ちょっと待って、いま眼鏡を……」


 ゆっくりと歩く僕を見て母さんは慌てて『魔力視認眼鏡』を掛けようとしてるけど、僕はそれを無視してブリュンヒルドに話し掛けた。


「ねぇ、ブリュンヒルド。その暴走を止める事はもう出来ないの?」


「クッ、なぜお前がここに居るんだ! 戻って来たと言うのか!」


「良いから答えて! その暴走は止められないのか教えて」


 質問に答えないブリュンヒルドに僕はもう一度同じ質問をする。

 するとビクンと少し体を震わせたブリュンヒルドは、このままだと答えるまで何度も質問を繰り返すだろうと悟ったのか諦めて俯きながら僕の質問に素直に答えてくれた。


「む、無理だ……。力を抑える仮面は壊れてしまった。もうこの暴走は止められない。マーシャルお前は逃がしてやる。早く逃げろ」


「早く逃げろ? そう、それだよそれ。僕を逃がす理由はキミのマスターの為なの?」


「……決まっているだろう。お前は探知機に反応が有った。だから……」


「ふ~ん。じゃあもう一つ聞かせてよ。 キミのマスターはキミがこんな風に死ぬ事を望んでいるの?」


「……無論だ。私達は創造主(マスター)様の駒。創造主(マスター)様の為に生き、創造主(マスター)様の為だけに死ぬ。それだけの存在。だから頼む! お前は創造主(マスター)様にとって必要な存在かもしれないんだ。私が自爆を抑えられてる内に早く逃げてくれ」


 僕はブリュンヒルドの言葉に頭の中でパチパチと火花が飛びそうになる。

 自分の命を賭けてマスターの為に尽くす、これだけ聞くと深い絆と言えるだろう。

 だけど、少なくとも今ブリュンヒルドがやろうとしている事はただの犬死だ。

 僕がここに居る居ないは関係無い。

 任務を遂行する為に彼女が取った手段は、邪魔者を排除する為に自らの死を選んだと言う事。

 そしてそれをブリュンヒルドのマスターは望んでいる。


 ふざけるな!!


「嫌だ!! 逃げない」


「ば、馬鹿野郎! これ以上子供のわがままに付き合っていられん。仕方が無い。おい! 死神と女! マーシャルを連れて今すぐここから逃げろ!! お願いだ!」


 ブリュンヒルドはもう自分では満足に動く事も出来ないのだろう、膨れ上がる魔石を抑えるのが限界に近いようで苦しそうに肩で息をして胸を抑えている。

 だからだと思う、僕を生かす為に母さん達に僕を連れて逃げるように懇願している。

 道連れにしようとした敵にまで頼むなんて……どこまでマスターに尽くそうと言うのか。

 僕は唇を強く噛んだ。


 もう聞きたい事は聞いた。

 今度は言いたい事を言わせて貰おう。


「僕はね、本当に怒っているんだ。僕の大切な者達を殺そうとするキミ達に……そしてそれ以上にキミが死ぬ事を望むキミのマスターに!」


「な……なに?」


 僕の言葉にブリュンヒルドは困惑した顔で僕を見詰めた。

 敵である自分を憎むのは分かるだろう、だけどその死を望むマスターに対して怒るのは意味が分からない。

 見開かれたその目がそう語っていた。


「かつて始祖が従魔術師の奴隷として魔物達が虐げられている光景を見て憤ったと言う気持ちが分かったよ。勿論キミのマスターへの忠誠心を見るとそんな関係じゃないのは僕にも分かる。キミ達にはキミ達の絆が有るんだと思う。だけど、僕の目の前でそんな屑なマスターの命令で死を選ぶ従魔の存在を見過ごせる訳がない」


「なにっ! 我らが創造主(マスター)様を屑だと? 取り消せ!」


「キミにとっては大切な人かもしれないけど、僕とは相容れない存在だ。取り消さないし何度でも屑と呼ばせてもらう。さぁブリュンヒルド、行くよ」


 他人の関係に首を突っ込むのは野暮だと分かってるけど、その対象が僕なんだから、それを止める権利はある筈だ。

 僕はブリュンヒルドに向かって左手を突き出した。


「な、何をする気だ? もう遅い、マーシャルよ、何もかももう遅いのだ。この暴走は決して止まらない。そしてこれを抑える力も私には残っていない。……あぁ、私は判断を誤ってしまった。任務の失敗のみならず創造主(マスター)様の探し物かも知れぬお前まで死なせてしまう事になるとは……。申し訳有りませんマス……ター……」


 ブリュンヒルドは自分の力ではもうどうにもならないこの現状に涙しながらマスターとやらに懺悔をした。

 キミの力でどうにも出来なくても僕の力でどうにかしてやる!


「僕はキミが死ぬのが見過ごせないと言ったんだ! キャッチ!!」


「なっ、馬鹿な……従魔にキャッチなど気でも狂ったのか?」


 僕はブリュンヒルドに向けてキャッチを唱えた。

 勿論既に従魔になっている魔物に対してのキャッチは絶対に失敗するのは分かっている。

 このキャッチは契約を結ぶ為じゃない。

 皆が死なないで済む為のキャッチなんだ。


 僕のキャッチによってブリュンヒルドの周囲に光輪が浮かび上がる。

 それは徐々に狭まり、そしてブリュンヒルドの体内に入ったかと思うとパチンと弾けた。

 この反応は契約が失敗した時に起こるモノだ。


 そうこれが魔物に対してキャッチを掛けた時の()()()()()結果。


 僕はこの結果に作戦の成功を確信した。

 キャッチが失敗してパチンと弾ける。

 これが意味するのは()()()()()()()()()と言う事だ。

 本来僕のキャッチによって生じた十本の触手は、隙間だらけの所為で魔物の魔石に触れる事はない。

 それこそライアの様な原初の四体と呼ばれる強力な魔物でも無い限りね。

 しかし、膨れ上がったブリュンヒルドの魔石には僕のキャッチが触れる事が出来たんだ。


 触れた魔石が契約済みの場合はすぐに契約失敗と判定されて消えちゃうけど、それでもキャッチの特性上光輪に触れた一瞬だけは魔石がその活動を停止する。

 それは暴走した魔石にも有効だった。

 だったらその一瞬を連続して魔石に与え続ければ?

 これ以上膨れ上がらないように、消える速度を越えるほど、何回も何回も何回も連続で!

 それこそ魔石を暴走させる魔力が尽きるほど唱え続ければ、大切な皆を、馬鹿げた忠誠心で死のうとしているブリュンヒルドも助ける事が出来るんじゃないか?

 これ程の魔力を抑え込むなんて普通のテイマーなら先にこちらの魔力が尽きてしまうだろう。

 でもこの時の僕は、こんな無謀な作戦が成功すると確信していたんだ。


「キャッチ! キャッチ! キャッチ! キャッチ! キャッチ! キャッチ! キャッチ!……」


 僕は連続でキャッチを唱え続ける。

 僕の魔力が続く限り、魔石の魔力が静まるまで何度でも!


「あっ! なるほどそう言う事ね。ならお母さんも手伝うわ。キャッチ! キャッチ! キャッチ! キャッチ!」


 僕の意図に気付いてくれた母さんが、僕をアシストする為に同じ様に連続でキャッチを唱えてくれた。

 僕と母さん、二人のキャッチによって次々と浮かんではパチンと消える光輪。

 それは徐々に明滅の間隔が狭まり、やがて途切れる事無くまるで煌々と闇を照らす太陽の様に輝き続ける。

 

「ちょっと……そ……そんな……あれは……まるで……手?」


 一緒に唱えていた母さんが突然驚きの声を上げた。

 どうやら『魔力視認眼鏡』で見た僕のキャッチに変化が生じているようだ。

 これも後から聞いた話。

 その時母さんが目撃した僕のキャッチは昨日見たような十本の触手ではなくなっていたらしい。

 まるで、すらっと伸びた十本の指のよう……。


 そう……例えるなら、それは愛しい我が子を優しく包み込もうとする母の手のようだったと……。


 それを見た母さんは、自分のキャッチが僕のキャッチの邪魔にしかなっていない事を悟り、詠唱を止めて僕の無事を祈り見守る事にしたと言っていた。



「な、なんだこれは……マーシャルの魔力が私の魔石を……私を……あ、あぁ……」


 唱え続けてどれくらいの時間が経っただろう。

 光に包まれているブリュンヒルドの表情が先程までの辛そうなモノから安らぎに満ちたモノに変って行く。

 心なしかキャッチが発動してから魔石に触れて消えるまでの時間も延びた気がする。

 恐らく暴走して破裂寸前だった魔石の魔力が消え、元の大きさに戻ろうとしているのかもしれない。

 あともう少し……。

 不思議な事に僕の魔力は尽きる事無く次から次に身体の奥から湧いてくるようだった。

 これならいける……!


 ピシィ……。


 暴走の終わりが見えたと思ったその時、何かが割れるような音が僕の魔力を通して聞こえて来た。

 今の音はなんだ? 何処から聞こえて来たんだ?

 言いようの無い不安が胸に過る。

 手に汲んだ水が零れ落ちるかのように、手に乗せた雪が解けて消える様に、まるで今にも大切な何かが壊れて消えてしまいそうな……。

 その後もピシピシと小さい亀裂音が聞こえてきた。


 もしかして?


 僕の胸に確信的な予感が浮かんで来た。

 その予感を確かめるべくブリュンヒルドの顔を見る。

 あぁ……やっぱり、そうなのか。


「マーシャル……暴走を抑えてくれてありがとう……でも、もう無理なんだ。我らダークエルフが強力な力を得ている代償は魔石の寿命だ。そして暴走するまで力を解放した私の魔石の寿命はもう幾許も残っていない。こんな事を頼めた義理はないのだろうが、出来れば我等のマスターに会ってくれないだろうか? 私の心残りはそれだけだ……」


 穏やかな表情を浮かべたブリュンヒルドは突き出している僕の手を握りそう言ってきた。

 最後の言葉は遺言のつもりなんだろうか?

 その言葉に僕はまた怒りが湧いて来た。


 ブリュンヒルドの強さは魔石の寿命を代償に得た力だって?

 他のダークエルフ達より強かったのは隊長と言う責任感から、自らの寿命を削り強くあろうとしたからだって言うのか?

 ブリュンヒルド達のマスターは、彼女達の忠誠心につけこんで使い捨てにするつもりでこんなふざけた能力を与えたと言うのか!


「嫌だ!! 絶対に会わない。会ってやるもんか! そんなに会わせたかったら自分で何とかしろよ!!」


「言っただろう! 私にはもう時間が……」


 僕の手を握っているブリュンヒルドの手から力が徐々に抜けていく。

 本当に寿命が残り少ないんだろう。

 でも、このまま死なせてやるもんか!!

 僕は僕の左手に浮かぶ赤い契約紋に願った。


 始祖の力よ! お願いだ! 僕の想いに応えて!!


 一心に願った僕の想いは僕の頭に一つの魔法陣を浮かび上がらせる。

 何を意味するのかは理解出来ないけど、ライアの時のとは違う事だけは分かった。

 そして魔法陣と同じく聞いた事も無い詠唱が僕の頭に響き渡る。

 僕はそれの後をなぞり復唱した。

 次の瞬間辺りに赤く輝く光が満ち溢れる。


 そして―――。

本日二回目の投稿です。

書き上がり次第投稿します。

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