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第76話 皆の役に立つために

 ドンッ!!


 戦闘が開始された途端、激しい衝突音が僕の横から発せられ当たりに風が舞う。

 僕の視線の端に目にも留まらぬ影が飛び出していった。

 音の後には抉れた地面が残り、舞い散る土がパラパラと落ちる。

 突然の事にダークエルフ達は動揺し一斉にその音の正体に顔を向けていた。

 恐らく仮面が無かったら目を見開いて驚愕の表情をしている事だろう。

 僕も驚きはしたけど、信じていたからね。

 彼奴等みたいに間抜けな姿は晒さないさ。


 なんたって僕の相棒……娘の晴れ舞台なんだから。


 僕の思いっきり魔力を込めたブーストは、プニプニ幼女なライアの力を外見からは想像も付かない様な力を与えたようだ。

 しかし、ライアは突然沸き起こった力に振り回される事も無い。

 その力をどう使い、そしてどう動くべきなのか分かっているのだろう。

 いや、本人は分かっていないのかもしれないな。

 多分かつて人間だけじゃなく魔物からも恐れられていたカイザーファング。

 その細胞の一つ一つに刻み込まれていたの戦いの記憶が身体を動かしたんだと思う。

 そりゃ、どれだけ魔力を込めたからと言っても今の僕の力でブーストされる程度じゃ、カイザーファングの全力どころか日常生活にも遠く及ばないんだろうし、それくらいで振り回される筈も無いよね。


 ライアは地面を抉る程の踏み込みで自らの真正面で驚き固まっているヒヨルスリムル目掛け、一筋の流星と見紛うスピードで一気に距離を詰める。

 だが、相手の自信は根拠の無い空虚な物ではなかった様だ。

 一瞬の間の後、自らに迫り手に持った棍を振り下ろさんとするライアの姿に何とか意識を再始動させたヒヨルスリムルは、咄嗟に手に構えた剣でそれを受け止めた……。


 ……かに見えたのだが、受ける準備も覚悟も無い者の剣など僕のブーストによりかつての闘争本能を思い出したライアの攻撃を受け切るには足りなかった。

 ヒヨルスリムルの構えは、ライアの力一杯振り下ろされた一撃の力を逸らす事も出来ずに下がっていき、その肩に棍をめり込ませ呻き声を上げる。


 だが、肩の骨を砕かれる寸前に身体を捻り素早く背後に飛び間合いを取り直したようだ。

 ヒヨルスリムルは痛みに耐えながらも剣を構え直した。

 その姿には先程まで溢れ出していた油断も慢心も無く、目の前の幼獣を強敵だと認識し精神を研ぎ澄ましている事が伺える。

 と、ライアが飛び出してからここまでの戦いの状況は、後でその様をつぶさに見ていた母さんに聞いた話だよ。

 その時の僕はライアの事を信じて、ただ目の前の敵に全ての神経を集中させていたんだ。




「なっ! なにっ! ば、馬鹿な……」


 想定外のライアの動きに、他のダークエルフ達と同じく驚きの声を上げたヒルドと呼ばれた女性は、敵である僕から目線を外し手にしている槍を構えるのを忘れ棒立ちとなってライアの方に顔を向けている。

 そこまで僕の事を侮っているのかと思うとちょっと悲しくなってくるよ。


 だけどこれは絶好のチャンスだ。

 僕はこの隙に今僕が出来る事の準備を始めた。

 それはずっと試したかった事なんだけど、今まで無理だったんだよね。

 出来る出来ないじゃなくて、これまでの戦闘中はそんな余裕なんて無かったんだもん。


 テイマーの教本に沿って信頼と言う名の共依存で、足元もおぼつかない魔物最弱と噂のコボルトの子供(モコ)に、ハラハラドキドキしながら戦いの指示を出していたからね。

 それは言うなれば、重心がズレた崩れかけの積み木のタワーを見守る感覚だった。

 モコに危険が迫れば指示も忘れて僕が飛び出して必死に守る、そんな気が気でない状態だったんだ。

 それでも何とか皆の役に立とうと連携作戦なんてのも考案していたけど、そんな付け焼刃な物が役に立つのはそれこそコボルトレベルに弱い魔物相手だけだろう。


 それにライアが居ない時から、僕は戦闘中に従魔術以外の魔法を使う事を禁止されていたんだよね。

 プライドの高い魔術師のギルティが、魔物と契約も出来ないような雑魚テイマーな僕に対して戦闘中に周囲の魔力の流れを乱させられると気が散るから要らぬ事をするなって怒るんだよ。

 他の皆にしても、遠回しで僕にギルティの邪魔をしないようにって念を押されてたんだ。

 まだ皆が優しかった時でさえそうだったんで、僕はそれに黙って従うしかなかった。


 僕がこれから試す事は何とか皆の役に立ちたいと色々考えていた頃の妄想段階のもの。

 その後、モコと契約出来てからすっかり忘れていた。

 だから今まで実戦どころか練習さえした事が無い。

 そもそも実現可能なのかすら眉唾物だ。


 だけど大丈夫。


 今なら出来そうな気がするんだよね。

 初めてブーストが使えたって言う喜びから来る万能感かもしれないけど、今朝父さんが視たと言う()()のお陰で自信が湧いて来たよ。


 まずはその前に、そもそも僕の魔法がダークエルフとか言う種族に対して有効なのか確認しないと。

 それが効かないなら元も子もない。


 僕は意を決して初歩魔術の『火矢(ファイヤーダーツ)』の詠唱を開始した。

 この魔法は黒魔術定番の攻撃魔法『火の矢(フレイムアロー)』を元にした低級魔法だ。

 本家『火の矢』に比べると発動までの時間が三倍も掛かる。

 そして威力の方はと言うと、例え僕がどれだけ時間を掛けて『火矢』に魔力を込めても、ギルティの『火の矢』の二分の一程度までしか威力は上がらない。

 要するに僕の最大級の『火矢』一発の時間が有れば、ギルティはそれ以上の威力の『火の矢』を三発撃てるんだからそりゃ邪魔と言われても仕方無いよ。

 けれど、これがテイマーである僕が使える唯一の攻撃魔法。

 さぁ、威力最高になるまで魔力を込めたんだ。

 どうか効いてくれよ。


「お・ね・え・さ・ん、油断し過ぎだよ? 火矢(ファイヤーダーツ)!」


「へ?」


 僕は目の前でいまだライアの戦いに目を向けているヒルドに向かって火矢の魔法を放つ。

 ヒルドは僕があえて無邪気っぽく『お姉さん』と声を掛けた所為で、一瞬頭が真っ白になったんだろう。

 すぐに魔法に気付いて慌てて防御姿勢を取ろうとするけど、一足遅くその隙間を抜けて右脇腹に付近に命中した。

 低威力とは言え、魔力を込めた僕の火矢はヒルドの黒装束を切り裂きその下の褐色の地肌が露わになった。

 しかしヒルドに対してどれだけのダメージが与えられたのかと言うと、ゴブリンなら倒せる威力だと言うのに見る限り薄っすら血が滲んでいる程度のようだ。


「グッ! き、貴様……卑怯だぞ」


 ヒルドは傷跡を左手で押さえながら呻き声を上げる。

 けれどその呻き声は、明らかにダメージによるものではなく、突然でビックリした事と雑魚と思っていた子供にダメージを負った事に苛立っていると言うのが正しい表現だと思う。

 一呼吸の後、少し落ち着いたのかヒルドは押さえていた左手を離し手の平を見詰めている。

 念の為、傷の具合を確認しているのだろう。

 そこには僅かな血しか付いていない事で、感じる痛み同様大した事ない傷だと分かったようだ。

 その後、左手をくるくると回して動きに影響が無いか最終確認をしている。

 本当に敵を前に悠長な人だな。

 そんなに問題無いか確認するなんて今まで怪我した事が無いんだろうか?


「ふふ、ふはははは。小癪な小僧め。しかし残念だったな。上手く隙を突いたが、お前の魔法は私にはかすり傷程度しか与える事は出来ないようだ。だが私の身体に傷を付けた事には変わらん。折角慈悲を持って手足の骨を折る程度で済ませてやろうと思っていたのに、お前はダルマ確定だ。恨むなら自分の弱さを恨むんだな」


 サッと顔を上げたヒルドは、捲し立てるような長文で僕に勝ち誇った。

 笑い声を上げているけど、明らかに怒りを滲ませたねちっこい口調だ。

 仮面が無かったら額に青筋がヒクヒクしてるのが見えたと思う。

 言うだけ言ったら落ち着いたのか、ヒルドは右手で持っている槍をぽんぽんと左手で受けながらゆっくりと歩き出した。

 慈悲とか可哀想とか言っているけど、そんな気も無かったクセに。

 それに僕の魔法がかすり傷しか与えられない? それで結構さ。

 かすり傷でもダメージを与える事が出来る……。


 それこそ僕の想定した結果通りなんだから。


 ()()()()()()()()のは失敗だったよ。

 怒りに任せてすかさず攻撃していたらあなたの勝ちだったのにね。


「僕の魔法で傷を付けられる事さえ分かれば十分だよ」


「はぁ? ……ふっ、はははっ! なに負け惜しみを言ってる。ほら見てみろ。お前の魔法なぞ精々私の薄皮一枚傷付けるのが精一杯ではないか」


 僕の言葉を安い挑発と思ったのか、ヒルドは立ち止まって両手を広げ脇腹を見せ付けながらまたもや勝ち誇ったように笑った。

 僕は予想通りの動きに笑みが零れる。


「そうだね。僕の唯一の攻撃魔法である『火矢』の一撃では、お姉さんにかすり傷しか与えられないみたいだ。だけど……それが十回当たったら? ううん、二十回、三十回……百回当たったら……どうなると思う?」


「ま、またお姉さんなどと……。ふん、お前は馬鹿か? 一度当たったからといい気になるなよ。人間共が使うトロ臭い初歩魔術に何度も当たる訳がないだろう。十発どころか二発目の発動も許すものか。あの獣人の動きには驚いたが、お前を無力化すればいいだけの事。さぁ我が槍を喰らえ!」


「……ごめんね。もう用意出来てるんだ」


「な、なに?」


 僕が謝った事にヒルドは怪訝な声を上げたが、その攻撃の手を緩める気はないようだ。

 ギリリと音を立てて力一杯握り込んだ槍を、突くのではなくなぎ払いで打ち据えようと大きく振りかぶる。

 恐らく槍で僕の身体ごと薙ぎ払って戦意を喪失させるのが目的みたい。

 だけど、僕に対してそんな大振りして更なる隙を見せるなんて、この人の方が馬鹿なんじゃないだろうか?

 なんだかダークエルフ達って古臭い喋り方をするのに、どうも精神が幼いと言うか、子供の僕が言うのもなんだけど、まるで力に酔っている子供のような印象を受ける。


 だけど、自信が有るのは正直羨ましいよ。

 僕なんて劣等感の塊みたいな奴だしね。

 けど、それも今日までだ。

 僕は『火矢』の為に魔力を込めた左手をヒルドに向かって突き出した。


「行くよ! 火矢(ファイヤーダーツ)


「くっ、発動が早い! し、しかし、そんな豆鉄砲の一発や二発で私を止められると思うな!」


「うん、一発でなんて思っていない。だから()()()()()()()()()()()()……」


 僕はヒルドの言葉に不敵に笑う。

 そして、その言葉通り僕の左手の指一つ一つから合計五本の『火矢』を放たれた。


「な、なにぃ!」


 一つの魔法を同時に複数発動。

 そんな有り得ない光景を見たヒルドの叫びが森に響き渡った。

いつも読んで下さってありがとうございます。

書きあがり次第投稿します。

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