第73話 森の異変
「ほ、本当に大森林だ……。一瞬で着いちゃった」
テレポーターとは少し違う、まるで吸い込まれるような感覚が身体を駆け巡った後、目を開けたらそこは大森林だった。
『接木』の存在は図鑑で知ってはいたけど実際に体験したのは初めてだよ。
って、覚えてないだけで僕は小さい頃この能力で大森林に来てたんだっけ?
全く実感が無いよ。
この奇妙な感覚で過去の事を思い出す事も無かった。
本当になんで僕の記憶は消えちゃったんだろうか?
取り敢えず状況を確認しようと周囲を見渡したんだけど、視界全て大きな樹木に覆われていた。
どうやら大森林の入り口とかじゃなく奥深い場所みたいなんだけど、何処ら辺なんだろうか?
耳を澄ましてみたけど、あの時聞こえていた声は聞こえないようだ……。
屋敷の地下から飛び出した後、僕はドリーの待つリビングに向かおうとしたんだけど母さんに止められた。
このままリビングに突っ込んでその場で事情を説明したりすると、確実にメアリが付いてくると言い出すから面倒臭いでしょ、と言う事らしい。
確かにそうだ。
そうなったらなし崩し的に始祖の件を話さなければならない事態に陥るのは目に見えている。
そんな時間も労力も惜しいので、取りあえず母さんがこっそりドリーと念話で事情を伝えてリビングから『おやつを取ってくる』って言う名目で退避させる事にした。
そこですかさずメアリとライアだけとなったリビング全体にラムリンの能力『スリーピングシープ』を掛けて眠らせたんだ。
作戦は滞りなく成功したんだけど、何故かライアは寝ておらずキョトンとした顔でリビングに入ってきた僕達を見ていた。
不思議に思いながらもライアを回収した僕は、一旦部屋に戻り大森林への冒険の準備に取り掛かったんだ。
まぁライアが寝なかった理由は多分カイザーファングだからだと思う。
ラムリンの能力は対象指定は出来ず、一定範囲の者全て無条件に対象となってしまうからね。
……ん? あれ? そう言えば昨日妹を眠らせた時って、僕は眠たくならなかったけど範囲に入っていなかったんだろうか?
ライアは眠らない事が証明出来た訳だけど、さすがに僕は妹と同じ様に寝ちゃうと思う。
まぁ、母さんの事だからギリギリ僕が入らない様に範囲の調整をしたんだろうね。
「全員居るわね?」
きょろきょろと周りを見渡していると母さんが声を掛けてきた。
少人数とは言え、確かに転送漏れが有ったら大変だ。
と言っても母さんさえ居れば何処に行こうと問題無いと思うけど。
「うん、大丈夫。ライアは抱っこしてるよ」
「あい! ここにいりゅよ~」
「……!!」
「大丈夫ですマスター。全員滞りなく転送出来ております」
僕を含めて全員が母さんに返事をした。
いまここに居るのは、母さん含めて僕とライアとプラウ、そして僕達を運んだドリーの五人。
ドリーは庭に生えている適当な木に自分の角を折って挿した瞬間光に包まれ吸い込まれたかと思うとここに居たんだから、本当にどんな理屈で転移したのか全く分からなかった。
しかし、ドリーってば今の屋敷には『接木』してなかったんだね。
この人数なのは、『接木』で一度に運べるのはそれ程多くないみたい。
ドリーの能力では四人までだったんだ。
声を聞いた僕は絶対として従魔であるライア、それに母さんは一緒に来てくれないと怖くて仕方無い。
あと一人、本当はゴブリンなのにとんでもなく強いぶーちんに来て欲しかったけど、ドリーと同じかつて僕の友達だったプラウに来て貰う事になった。
何よりこの森出身のドリーとプラウが居たら突然魔物に襲われる事もないだろうしね。
さて、これからどうするかだけど、取りあえずここが何処かをドリーに教えて貰わないと。
僕を呼ぶ声は大森林を南北を縦断する街道の東側、大森林の最奥部の方向から聞こえて来た……気がする。
取りあえず目指すのはその場所なんだけど、現在地が分からないとどうにもならないからね。
「ねぇ、ドリー? ここは……うぷぅっ!」
ドリーに現在地を聞こうとして振り返った途端、何か真っ白い物が僕の顔に直撃した。
そしてそのまま何かが僕の頭を包み込むように拘束する。
突然の事態に僕は慌てて逃れようともがくけど、ライアを抱っこしている所為で思うように動けなかった。
それに僕の頭を拘束している何かは僕の必死な動作に意に介す様子も無く微動だにしない。
な、なにこれ!? 何が起こったの? もしかして敵襲? 母さん助けて!
と思ったんだけど、頭に痛みは全くないと言うか寧ろ心地良い。
なんだかふかふかのお布団に包まれている感触だ。
ある意味怖いよ。
どうなってるの僕?
なんで母さんはなんで助けてくれないの?
「あぁ~久し振りの感触ですわ~」
突然の出来事に僕がパニックになっていると頭の上から女性の声が聞こえて来た。
とても嬉しそう……と言うか愉悦交じりの嬌声と言う表現が近い。
この声は……?
「もふぃかふぃへぼぉふぃ~?」
いつもは沈着冷静で感情など置き忘れて来たかのような抑揚の無い喋り方なので、今のとろとろ甘々な喋りとは似ても似つかないんだけど、声の感じはドリーに間違いないと思う。
一体どうしたって言うんだ?
そしてこのふかふかな感触は……?
「はい~ドリーでございますわ。やっとマーシャちゃんとのスキンシップを解禁させて頂いたのでマーシャちゃん分を補給させて頂いております」
また頭の上からふわふわ甘々な声が聞こえてくる。
取りあえず僕の頭を拘束しているのはドリーで間違いないようだ。
マーシャちゃんって呼ばれたのにはビックリだけど、かつて友達だった頃のドリーは僕の事をそう呼んでいたのかもしれない。
僕も小さかったし自己紹介で『マーシャル』って発音出来なかったのかもしれないね
それはさておき、と言う事は僕が頭を埋めているこの柔らかい物って……!
「はっ! しまった! いきなりだったので呆気に取られちゃってたわ……。こら! ドリー! 解禁って言っても、そこまでは許可してないわよ! マーシャルがおっぱい星人に育ったらどうするの!」
母さんが全く反応しないと思ったら、どうやらドリーの行動に言葉を失っていたみたいだ。
再起動した母さんの言葉……。
僕は今何が起こっているのかを完璧に把握した。
そして母さんが言うおっぱい星人と言う言葉の意味も実感する事が出来た。
要するにおっぱい星人とは、おっぱい大好き人間と言う事なのだろう。
そして! これがかつて僕が体験していたと言うドリーのハグと言う事だ。
しかも後ろからじゃなく正面からだなんて!!
なるほど、天国と言うのはこんなに近くに在ったんだ!
「……ずるい! ずるい! あたしもギューする~」
僕が感動に打ち震えていると後頭部付近に何かがぶつかって来たかと思うと小さな声が耳に届いた。
どうやらドリーのハグを見てプラウも張り付いて来た様だ。
これもある意味ハグなのだろう。
う~ん、昨日まで二人から嫌われていたと思っていたけど、こんなに好かれていたのか~。
「……あんた達。メアリにチクるわよ」
「ヒッ! ごめんなさい!」
「す、すみません!」
「ぴゃっ!!」
母さんのドスの利いた殺し文句に僕達は思わずその場でピンと背筋を伸ばして整列した。
普段は貴族令嬢(お飾りだけど)に相応しい優雅な仕草と性格のメアリだけど、僕が絡むと人が変る。
僕が今まで女の子と仲良く出来なかった原因の多くはメアリの所為だ。
いや、自信無くてウジウジしてる所も原因だと思うけど、それにしたって少なからずメアリが関係してるし、やっぱりメアリの所為だ。うん。
そんなメアリが一年で更なるモンスターに進化してしまった。
その様を見たドリーとプラウは今の自分達が仕出かした事を報告されるとどんな目に会うか想像が出来たのだろう。
小さくカタカタ震えてるし、僕も怖くて震えてる。
全く関係無いライアでさえぴょんと僕の手から飛び降りて横に並んでいる。
そっか……まだ帰って来てから一日しか経っていないと言うのに既に妹の怖さを体感しちゃってるんだね。
ゴメン、ライア。
昨日も今日も二人っきりにしちゃって……。
「はいはい、冗談はここまでよ。それより、ドリー。今居るのはどこら辺なの?」
整列した僕達を呆れる目で見ながら母さんはドリーに尋ねる。
そうだったそうだった。
僕もそれをドリーに聞こうと思っていたところだったんだ。
「ここはガイウースの街から北北東に50km進んだ所。大森林のほぼ中央に当たります」
ドリーがいつもと同じ抑揚の無い声で母さんの質問に答える。
それによるとどうやら目的地方向である筈なんだけど、やっぱり耳を澄ませても声は聞こえてこないみたいだ。
もしかして通り過ぎちゃったんだろうか?
「ふ~ん、なるほどねぇ。しっかし度量衡が同じってのは分かりやすくて助かるわぁ~。本当に不思議よねぇ」
「ん? 母さん、何と同じで不思議なの?」
「あぁ、こっちの話よ。気にしないで。それよりマーシャル。あなたが聞いた声ってのは今も聞こえる?」
「え? あぁっと。うん、今は聞こえないみたいだよ。街道からは東の方角だと思ってたんだけど行き過ぎちゃったのかな?」
はぐらかされた気もするけど、母さんの質問は丁度僕が考えていた事と同じだったので素直に答える事にした。
何かアドバイスをくれるかもしれないしね。
しかし、僕の勘違いかもしれないのに、ここまで母さんが乗り気なのは意外だな。
いつもだったらあのまま『なに馬鹿な事言ってるのよ』と笑い飛ばして終わっていたのにさ。
「あのね~、あんたさっき心に直接助けを求めて来たって言っていたじゃない。なによりその声ってその場の他の人には聞こえなかったんでしょ? と言う事は……ここまで言えば分かるでしょ?」
「……あっ! そうか! あの声って無意識に『疎通』で聞いていたって事だったのか」
「マーシャルが余程のビビリじゃない限りそう言うことだと思う。今は聞こえないか……。ドリー、それにプラウ。あなた達は何か森に異変は感じない?」
「……!!」
母さんの言葉にまず反応したのがプラウだ。
プラウの声はやっぱり小さいなぁ。
良くは聞こえないけど、その身振り手振りから何かを訴えている感じがする。
何か異常があるって事なんだろうか?
じゃあその異変はドリーも感じているのかな。
僕がドリーの様子を伺うと、ドリーは両手の人差し指をそれぞれの側のこめかみに当てて目を瞑っていた。
何してるんだろう?
「……仲間からの報告によると、数日前から森に異物が入り込んで森を荒らしているようです」
暫くして顔を上げたドリーは開口一番そう報告して来た。
どうやら他のドライアドと会話していたみたいだ。
しかし異物ってなんだろう?
「それが助けを求めたって事なのかな?」
「いいえ、マーシャちゃん。その異物は何かを探しに森にやって来たようです。そして助けを求める声は、その探し物が発した物だと推測されます」
母さんに喋るのとは打って変わって、僕に対しては甘々仕様だ。
もしかしてこれからずっとこうなのかな?
メアリに見付からないと良いんだけど。
そんな心配より、今はドリーの言葉に集中しよう。
「それが僕に話し掛けてきたって言うの? ねぇ探し物ってなんなの? なにか心当たりある?」
「……そうですね。恐らく森の奥の……っ!。皆さん警戒して下さい。異物が私達を発見したようです。明らかな敵意を持って近付いてきます」
「なんだって!?」
探し物に対しての回答を自身が遮りドリーは僕達に警告を発した。
それを肯定するかの様に少し離れた所から何かが近付いてくる音が聞こえてくる。
発する音の数からすると、どうやら複数居るようだ。
僕達はその音に方向に構え襲撃に備える。
この森の住人だったドリーとプラウが居れば戦闘はしなくて良いと思っていたのに……。
突然の正体不明の敵との遭遇に僕はゴクリと唾を飲んだ。
いつも読んで下さってありがとうございます。
書きあがり次第投稿します。




