第56話 三つのすべき事
「ったく。本当に違うからね?」
暫く否定に次ぐ否定の言葉が実験場に木霊した。
正直妹がアレな所為で、年下の女の子って苦手なんだよ。
「分かった分かったって。でも、そんなにムキになると逆に怪しいまれるわよ?」
「だから違うってば!」
そんなこんなでなんとか幼女趣味と言う疑惑を晴らした? 僕はこれからの事を考える。
僕のキャッチはさっき見た通り、投網に対する羽虫の様に小さな魔石はすり抜けてしまう。
そして普通は出来ないらしい魔力マシマシ状態ならどんな魔石でも掴めるけど、その締付によって破壊してしまうんだ。
一体どうすればいいんだろう……?
う~ん、そもそもあの隙間をすり抜けない大きさの魔石を今まで見た事が無いんだよな。
僕達のパーティーが戦った事がある魔物はオーク止まりだったし、ギルドに持ち込まれる魔石でも一番大きかったのはワイバーンの物で、それでも掴み切れるか微妙な大きさだった。
そして恐らく魔力マシマシのキャッチだと強度が足りず確実に破壊しちゃうと思う。
それ以上の大きさや強度の魔石の持ち主って言うと、もしかしたら従魔限界を超える魔物しか居ないんじゃないのか?
なんとかそれ以下の魔物と契約する方法は……?
……ちょっと待って?
これ何とかなるレベルなの?
母さんでさえ光輪に対して制御が出来ないって言っていたし、そもそも増した魔力がどう反応してあんな事になるのかさえ分からないよ。
折角やる気になった僕だけど、いきなり躓いてしまい解決への光明が見えない現状に頭を捻って唸った。
「あのね、マーシャル? さっきお母さんは自分で考えろとあなたに言ったけど、なにも一人で何とかしろって言う意味で言ったんじゃないのよ? 人一人の力はたかが知れてるわ。時には周りの人に助けを求める事も大切なの」
母さんの言う通り、さっき母さんが言った『自分で考えて行動する事が大事』って言葉に囚われていたみたいだ。
そうか、誰かを頼っていいんだね。
「母さん。ありがとう」
僕は母さんに感謝する。
現状先が見えない解決への道だけど、少しだけ心が軽くなった。
「良いの良いの。勿論助けられてる事に甘えてちゃだめよ? もしあなたに助けを求める人が現れたら、進んで助けてあげなさい。そんな人との繋がりの糸が紡ぎ合い、やがて絆となるの」
「うん、分かった。そう出来るように頑張る」
今の僕は助けられてばかりだ。
叔母さんやサンドさん。
ギルドマスターや先輩達。
……それにグロウ達にも守られていた。
それは全て僕が弱かったからだ。
キャッチが特殊って言うのは弱い理由にはならないよ。
だって母さんは従魔の力が無くても、とんでもなく強いんだから。
そんな母さんの魔力に匹敵するらしい僕が弱いのは、今までなんだかんだ理由を付けて周囲に甘えてしまっていたからだ。
母さんは始祖を目指す必要は無いと言ったけど、僕は始祖の力を受け継いた。
それがどんな意味を持つのか今の僕にはまだ分からないけど、僕は始祖が目指した世界を見たいと思った。
だから僕は強くなりたい!
「母さん、早速だけど教えて欲しいんだ。僕はこれからどうすればいいんだろう?」
「いきなり全力で頼って来たわね~。……まぁいいわ。そうね、取りあえずマーシャルの現状を整理しましょうか。まずマーシャルのキャッチが持つ特異性に関しては、赤い契約紋の有無は関係無いと言う事は良いかしら?」
母さんの言葉に僕は頷いた。
何しろそれは今までの僕の契約失敗回数が物語っているし、ライアとの契約が証明している。
僕が光輪から召喚する魔力の糸は最初からさっき見た様な十本の触手だったんだと思う。
魔力マシマシに関しても同じだ。
少なくとも岩石ウサギに襲われた時には既に使えていたんだから。
そりゃ、赤い契約紋の前後で多少の変化は有ったのかもしれないけど、それが契約に影響を与えるものじゃなかったって事なんだろう。
「簡単に説明すると、要するに今のマーシャルはライアちゃん……カイザーファングの様に巨大な魔石を持つ魔物しか契約出来ず、魔力マシマシなら小さい魔石も掴めるけど破壊してしまう……と言う事ね」
「うん……改めて言われると自分でも無茶苦茶だと思う。けど、従魔限界を超えるのは無理じゃないかなぁ? ライアも契約した時は始祖の封印の所為で魔石が大きいだけのコボルトみたいな存在だったから契約出来たんだと思う」
本来今のテイマーでは契約出来ない筈のカイザーファング。
僕が契約出来たのは、大きいだけの魔石を持つ弱い魔物と言う、まるで僕の為に用意された様な存在になっていたからだ。
それもこれも今言った通り、始祖が命を賭してライアの力を封印し赤ん坊の姿へと変えたお陰だろう。
どちらか片方でも違っていたら契約出来なかったと思う。
「そうね~。従魔限界は確かに存在する。本来従魔限界と言うのは光輪が召喚する魔力の糸が制限されていた所為なのよ。大きいと掴めない、掴めても魔石に契約を刻めないって感じでね。けれどマーシャルはその限りじゃないと思うわ」
「僕がその限りじゃない? えっと、どう言う事?」
「マーシャルのキャッチは通常では考えられない程の太い魔力の網を形成した。あれならどんな大きい魔石でも掴む事が出来るし、魔力マシマシじゃなくても制限を超える魔物の魔石に対しても契約を刻める可能性が有るわ」
「なるほど! と言う事は強い魔物と契約が出来るんだね!!」
まるで古の従魔術師みたいじゃないか!
僕はその事実に興奮した。
「それに魔石自体は小さくても強い魔物居るし、中には魔力マシマシでも破壊されない魔石を持つ魔物も居るかもしれない」
「凄い凄いよ! 僕ってばそんな凄い存在だったんだ!」
今まで弱い魔物にしかキャッチを使った事が無かった所為で気が付かなかった。
僕は本当にテイマーの枠を超える存在だったんだ!!
「喜ぶのはまだ早いわよ? マーシャルの現状を語るにおいて一つ重要な事が有るわ。封印が解けたライアちゃんの力によってマーシャルは死に掛けたと言う事よ」
「え? どう言う事? ……あっ! そうか! 赤い契約紋はお互いどちらかが死ぬまで契約が解除されないんだった!」
母さんの言わんとした事を理解した僕は、有頂天になって浮かれていた頭に氷水を浴びせられたかのようにテンションが下がる。
そうだった。
従魔制限は何も強い魔物と契約が出来ないだけじゃなかった。
古の従魔術は自分の魔力を超える従魔と契約する代償を自らの命で払っていた。
それを解決する為に始祖は白い契約紋の従魔術……周囲の魔力を緩やかに代償として変換すると言う術を開発したんだけど、それは200年後に土地の魔力が枯渇すると言う副作用が判明する。
弟子の子孫達が施した封印の真の目的は代償術を使わない為のものだったんだ。
しかも始祖と同じ赤い契約紋を持つ僕は、自動的に契約が解除されないと言う制約と、代償術が使えない弟子の子孫達の封印の所為で、カイザーファングの姿に戻ったライアとの契約は解除されず死に掛けた。
と言う事は、もし下手に従魔制限を超える魔物と契約出来たとして、それが僕の魔力の器を超える力を持っていたとしたら……。
いや、間違いなくそんな魔物は僕の力を超えているだろう。
そうなれば……ゾゾゾゾォ~。
「そうよ。元々さっきあなたが言った通りライアちゃんと契約出来たのは、始祖がライアちゃんの力を封じていたからだと思うわ。しかし、そんなマーシャルでも覚醒したカイザーファングを使役する程の力は無かったと言う事。今回は二人の絆のお陰で助かったから良かったものの、今後無暗に強力な魔物と契約しようとするのは止めておいた方がいいわね」
なんて事だ! 僕は強い魔物としか契約が出来ないのに、そんな魔物と契約したら死んじゃうだなんて!
僕とライアが半年間紡いだ絆によって運良く発動した絆魔術だけど、従魔じゃない魔物とどうやったら絆を結べると言うの?
これもう完全に詰んじゃってるよね?
ライアみたいに封印されて魔石の力を弱められている魔物……若しくは最初から絆を結んでいる魔物……しかも府普通のキャッチで掴めるくらい巨大か、魔力マシマシで破壊されない強度の魔石の持ち主?
自分で言っといてなんだけど、居ないよ! そんな都合の良い魔物!
僕の頭では答えが出ないので母さんの知恵を借りようと顔を向けると、母さんは腕を組んで悩んでいた。
整理した僕についての現状を見直すと思ったより酷い状況だと言う事に母さんでさえ困っているようだ。
そんな母さんが口を開く。
「マーシャルが弱い魔物と契約出来る様になる為のするべき事は分かっているのよね~。言葉にするのは簡単な事なのよ」
「本当!? なになに? 教えて」
少し気になる言い方だけど、するべき事が分かっていると言う言葉に僕は身を乗り出した。
なんだ母さん。
既に答えを持ってるんじゃないか。
「そうね、これからマーシャルがするべき事は二つ……いえ三つね」
「三つ? のするべき事?」
「えぇ、一つは魔力マシマシを制御出来る様になる事ね。マーシャルは魔力を込めるからマシマシと言っているけど、あれは別に普通のキャッチと違う訳じゃないと思う。ただマーシャルは普通のテイマーでは出来ない光輪に対する制御を無意識に行ってるんだと思うわ」
「無意識で制御? むぅ~って感じに意識的に魔力を込めてるけど」
これは他の魔法では普通に出来る事だ。
火矢の魔法なんかも魔力を込めると威力が格段に上がったりするしね。
それをキャッチに応用しただけだよ。
「だからそんな事は普通は出来ないのよ。テイマーなら少なからず同じ事を考えた経験がある筈よ。もっと強い魔物と契約したいってね。それはお母さんも同じ。色々と試したけど、どれだけ魔力を込めようとしても光輪は発動以上の魔力は受け付けなかったわ」
魔力マシマシって僕が初めて思い付いた訳じゃなかったのか。
今まで色んなテイマーが試したけど出来なかった事……。
試したのはあの日が初めてだけど、僕には今母さんが言った魔力を受け付けないって感覚は分からなかった。
「マーシャルはキャッチに対して魔力を増す事が出来る。逆に言えば魔力を減らす事も出来るんじゃないかって思うの。そうすれば魔力の糸が太過ぎて編み込みに隙間が出なくなるかも知れないわ」
「なるほど!! 魔力マシマシじゃなくて魔力ナエナエって事だね」
魔力を込めるから魔石を破壊する。
なら逆に魔力を込めなければ破壊しないかもしれない。
なんでこんな簡単な事に気付かなかったんだろう?
「……マーシャル? 母さんのネーミングセンスによく文句言ってるけど、あんたも大概よ? 魔力マシマシやナエナエもそうだけど、ライアちゃんの元の名のモコモコだからモコは私でも若干引くからね」
「坊ちゃんには悪いのですが、それには私も同感です」
僕の魔力ナエナエと言うネーミングに母さんとぶーちんが呆れた声を零す。
母さんに言われたくないし、ぶーちんって名前はモコより酷いと思うんだけど、ぶーちんはそれで良いの?
「酷いよ二人共! もう! 兎に角試してみるからね」
僕は水槽の影に隠れているスライム向かって魔力ナエナエのキャッチを唱える。
普通のキャッチが素通りなんだから、母さんの言う魔力を弱めたキャッチなら最低でも魔石を破壊する事は無いんじゃないだろうか?
僕を怖がっているスライムに対してキャッチを掛けるのは少し気が引けるけど、これを機に契約出来たら仲直り出来るかもしれないしね。
僕は魔力視認眼鏡を掛けてスライムに対して腕を突き出した。
え~と、魔力を絞ってと……。
んん? 思ったより難しいぞ?
魔力を絞ると普通のキャッチも発動しそうにないや。
「ごめん。魔力を絞ろうとすると魔法自体無理みたい」
「なるほど、そうなるのか~。……ふむふむ、キャッチを発動する為の魔力は必要と言う事ね。しかし、その場合マーシャルのが太いアレになる訳だから。増した魔力がキャッチ発動後にどう影響を与えているのかが重要と言う事だわ……」
母さんが独り言のように僕のキャッチの解析をしている。
僕のが太いアレになるって言い方がなんだかちょっと気になるけど……。
正しくは僕の魔力の器を測った光輪が召喚した創魔術による魔力の糸だからね?
「……と言う事はよ? 魔力を発動とその後の制御の二つに分けて考えた方が良いかもしれないわね」
「二つに分ける……?」
母さんの解析が完了したみたいだ。
僕の方を見てそう言って来た。
「仮説なんだけど、増した魔力は光輪自体を強化しているんじゃなくて、召喚された創魔術の魔力に対して影響を与えたんじゃないかと思うの」
「僕の魔力が創魔術の魔力に干渉を……?」
「えぇ、最初に魔力マシマシをした時の状況を思い出してみて? 何か必死に念じた事は無いかしら」
「最初に念じた事……?」
あの時は、ライアを守りたいって事で頭がいっぱいだった。
確か、ライアを抱き締めながら祈る気持ちで魔力を込めたんだ。
ギュッと力いっぱいに……。
「僕はあの時ライアを守りたいって思いながら抱き締めてたんだ。もしかすると魔力のチューブってその思いが形になったのかな?」
「なるほどなるほど。ライアちゃんを守ろうとして抱き締めていた状況が強く影響している……と。そして一度その形で発動したもんだから、それ以降は絶対魔石破壊マンになっていると言う訳ね」
「ちょっと言い方!!」
「まぁまぁ、言葉の綾よ。けど、それを制御出来るようになれば……」
もうっ! 母さんったら真面目な話している時にふざけるんだから。
けど、確かにその通りだ。
一度発動した以降は、ただ同じ事を繰り返していたと思う。
「じゃあ、それを意識的に制御出来れば僕も契約出来るようになる?」
「多分ね。ただ岩石ウサギとの戦いで死を覚悟した瞬間に目覚めた力みたいな物のようだから、そう簡単に制御する事は難しいでしょうね。それに魔物に対して練習するにしても、下手すると魔石を破壊する恐れが有る事も覚えておきなさいね」
「う……。そうなると迂闊に試せないな。実験しようにも一度硬化した魔石にはキャッチが出来ないし……。う~ん、取りあえずもっともっと魔力の制御が出来るように特訓するよ」
僕ってば実はキャッチだけじゃなく基本的な魔力のコントロールもあまり得意じゃない。
しっかりと時間を掛ければ人並み以上の操作は出来るんだけど、素早い操作ははっきり言って下手糞だ。
グロウ達……特にギルティにはよくトロいと言われていたっけ。
これも追放された理由なんだろうな。
母さんが言うには僕の持つ魔力の量が多い所為でコントロールが難しいかららしいけど、それ以上の魔力を持つ母さんは小さい頃から自由自在だったそうなんで、ただ単に僕がダメダメなだけなんだよ。
この一年間の冒険者生活で、何とかそれなりにコントロール出来るようになってきたけど、まだまだ魔物の命を天秤にかけてのぶっつけ本番を試せる程じゃない。
魔力を自由に使いこなせるようにならなきゃ怖くて出来ないや。
なるほど、母さんが言葉にするのは簡単と言っていた意味がよく分かったよ。
「うん、そうね。気が焦る気持ちは分かるけど、最終的にはそれが一番近道だと思う。魔力マシマシ自体も冒険者として成長した結果かもしれないし、いずれ完全操作が出来る日も来ると思うわ。焦らずにこれからもっと精進しなさい」
「分かったよ、母さん」
確かに母さんが言う通りかもしれない。
魔力マシマシが出来たのはあの時がが初めてだ。
今まで誰かに守られてばかりで、本当に死を意識したのもあの時が初めてだったと思う。
一年間の冒険者生活の経験が、あの瞬間花開いたんだとしたら嬉しいな。
すみません、今回第二章最終話の筈だったのですが、プロットを文字にすると一万文字を超えてしまったので二話に分けました。
最終話は書き上がり次第投稿します。




