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第52話 魔力の器

「実験場に着いたんだけど、母さんが聞きたい事って一体何なの?」


 屋敷の地下にある研究室まで降りて来た僕達は、そのまま併設されてある実験場に入った。

 ここは母さんが開発した魔道具の性能実験や従魔の訓練を行う為の場所で、広さはギルドの訓練場より少し狭い位。

 と言っても、地上に建ってる屋敷の敷地面積程は有るし天井も高いので、二人しかいない今はかなり広く感じる。

 地下と言っても天井には幾つもの魔道灯が煌々と輝き、普通なら淀む空気も送風の魔道具によって外気を循環させているので、地下だと感じさせないくらい快適だったりする。

 小さい頃はここで母さんに基礎を徹底的に叩き込まれたっけ。

 それなのにいつまで経っても満足に魔物と契約出来ないのはやっぱり僕には才能が無いからだろうな。

 ここでも何度キャッチの魔法を失敗した事か……。

 そう言えば母さんって訓練の時に基礎魔法はちゃんと出来ないと怒られたのに、テイマーの基本となるキャッチの魔法だけは何回失敗しても『契約紋は刻まれたのだから、いずれ出来るようになるわ』と言われて笑ってたっけ。

 それは母さんだけでなく、父さんもそれに昔は厳しかったと言う死んだお爺さんでさえ同じ様な感じだった。

 ……多分そんな風に甘やかされた所為で、キャッチが出来ないのにテイマーとして冒険者になろうなんて思っちゃったんだな。



 なんて一年前の情けない自分の事を振り返りながら、母さんがここに連れて来た理由を考える。

 ライアを妹に預けて僕だけをここに連れて来たって事は、多分も何も確実に始祖の力に関する事だろう。

 母さんも妹にはまだ始祖の力の事は秘密にしたいと思っているようだ。

 けど、話だけなら隣の研究室でも問題無い筈なのに、なんで実験場なんだろうか?


「マーシャル。一つ確認したいんだけど、ライアちゃん以外に契約に成功した魔物は居ないのよね?」


 母さんはそう僕に尋ねて来た。

 これに関しては先程始祖の封印を解いた日から今日まであった事を話した際にも伝えている。

 なぜ改めて確認をして来たのかの意図は分からないけど、事実なのでコクリと僕は頷いた。


「ただの一度も? 掠るくらいの感触も今まで無かったの?」


 母さんは念を入れるかのように言った。

 いや、そんなに問い詰められても冒険者になって以降ライア以外は一度も成功した事は無いし、掠った感触も……。

 感触も……?


「いや、一回だけ有ったよ。掠ったと言うか魔石をガシっと掴んだ感触が」


 僕は最近体験した()()()()()を思い出した。

 本当に今思い出しても恐ろしい山脈越えの出来事だ。

 寸前に解体の腕を褒められて僕は浮かれて油断してしまった。

 生死確認もそこそこに横たわっていたロックベアを解体しようと安易に近付いてしまった所為で襲われちゃったんだよね。

 その際に死を覚悟した僕は魔力マシマシマシのキャッチを唱えたんだ。

 岩石ウサギが逃げ出したくらいなんだから、契約出来なくても時間稼ぎくらいにはなるだろうって思ってね。

 幸運な事に僕の作戦は成功して何とか逃げる事が出来たんだ。

 だけど、一瞬の間だけどその時ロックベアの魔石をがっちりと掴んだのを感じた。

 あの感触は忘れないさ。

 僕が初めてテイマーと名乗れた日の事だからね。

 確かにあれはライアと契約した時に感じた物だった。


「まぁ! そうなの? じゃあ、その従魔は今どこに居るの?」


「えぇ~っと、ちょっと色々有ってね。それを説明するにはまず馬車での旅の事を説明しないと……」



          ◇◆◇



「なるほど~。死んだと思っていたロックベアをねぇ……。多分それ本当に死んでたんだと思うわ」


「え? ど、どう言う事?」


 僕が山脈の峠道で遭った一連の出来事を話す間、ただじっと黙って聞いていた母さんだけど、既に話した死神と遭遇した町に着いた所で口を開いた。

 そして、あっさりと信じられない事を言う。


「その後も色々と襲われたんでしょ? しかもあなたを狙う様にって話よね?」


「う、うん。その後もマウンテンウルフやオークの集団と遭遇したけど、全て馬車の荷台と言うより僕を狙ってた感じがするんだ。リーダーのダンテさんも『逆に狙いが分かり易くて戦いやすい』って言ってたくらいだよ」


 バーディーさんなんて『テイマーには魔物を興奮させる匂いでも出したりするのか?』なんて言われたっけ。

 それを聞いたレイミーさんに身体中の匂いを嗅がれたりしたもんだから恥ずかしかったよ。


「やっぱり……。あぁそうそう、マーシャルがお世話になったんだし、そのダンテさんって方達パーティーにはお礼をしなくちゃならないわねぇ~。まだ街に居るんでしょ? 後で使いを寄越すから連絡先を聞いていたら教えて」


「分かった。……え、え~とそれだけじゃなく馬車で一緒だったホフキンスさんにも色々とお世話になったんだけど……」


 ダンテさん達は冒険者として護衛任務を受けたので、ちゃんとギルドを通して報酬を貰ってるんだからそんな追加のお礼は本来必要無い。

 母さんもそれは分かっていると思うんだけど、自分の息子の面倒を色々見てくれたのだから個人的にお礼が言いたいのだろう。

 これは僕も大賛成だ。

 それと同じくホフキンスさんにも色々とお世話になったんだし、同じ様にお礼をしたいなぁと思う。

 しかし、母さんはホフキンスさんの名前を出すと少し眉をひそめた。


「……そのホフキンスって、あのバートン商会の当主のホフキンス=バートンでしょ?」


「うん。……えっと、バートン商会の事はまだ言ってなかったと思うんだけど……。あれ? 言ったっけ?」


 説明の中でホフキンスさんの名前は出したけど、目的はロックベアとの契約の事なんで、ただ単にダンテさん達の雇い主って説明しかしてなかった様な……?

 それとも無意識に言っちゃたのかな?


「Aランクパーティーを雇えて、しかもライアちゃんに高価な魔道具をプレゼントした。 それでホフキンスって名前なら嫌でも想像が付くわよ」


「あぁなるほど。バートン商会のホフキンスさんって言えば、この国じゃ有名だもんね」


 と言いながら、僕は名前を聞いても家名を聞くまで分からなかったんだけどね。

 けど、それ以上に何処かうんざりとした顔をしてるのは何でだろう?


「いや、それだけじゃないんだけどねぇ……。ホフキンスか~。……まぁ考えておくわ。………しかし、()()()……最初から……」


 母さんはそう言いながら腕を組んでブツブツとボヤいている。

 『あいつ』って言葉が聞こえて来たけど、もしかして母さんとホフキンスさんって個人的な知り合いだったんだろうか?

 ホフキンスさんはそんな事一言も言わなかったんだけど……。


「ったく……。え~と、話が逸れたわね。死んだと思っていたロックベアが突然襲って来たのも、その後の魔物達がマーシャルを狙ったのも死神の仕業よ。伝承では死神はその魔力によって死体を意のままに操ると言われているわ。恐らくマウンテンウルフもオークの群れも既に死体だったんでしょう。野生の魔物が馬車の中に隠れている人間だけを狙う事なんてしないもの。普通ならまず馬を狙うわ」


「確かに……。最初ダンテさん達もそう考えて馬を守ってたけど、それを避けて馬車の後ろでホフキンスさんを守っていた僕目掛けて襲って来たからね。幌の中に入って来た時は生きた心地しなかったよ。噛み付かれたのが『覇者の手套』で本当に良かった。お陰で無傷だったからね。これが普通の手套だったと思うと……」


 考えただけで恐ろしいよ。

 腕を食い千切られて今頃生死をさ迷っていたかもしれない。

 けど、なるほど……、あれは全部死神の所為だったのか。

 そう言えば、なんだか薄汚れて少し匂ってたもんね。

 僕は怖くて解体はしなかったけど、バーディーさんは『くせぇくせぇ』って文句言ってたっけ。

 ダンテさんも『ここら辺の魔物は腐った肉しか食わないのか?』とか言ってたけど、その魔物自体が腐ってたんだろうな。

 と言う事は、あのロックベアもゾンビだったって事なの?


「……母さん。もしかしたら勘違いかも。だって成功したと思ったのはそのロックベアだったんだよ。いくら魔力マシマシマシだったからと言って死体となんて契約出来ないだろうしね」


「そう、それよ。さっきも言ってたわね。魔力マシマシって何の事なの?」


 僕がロックベアと契約出来たと勘違いした事にがっかりしていると、母さんが待っていたかのように魔力マシマシについて聞いて来た。

 何の事と言われても、魔力マシマシなキャッチとしか言えないよ。

 それとも僕の造語が通じないって事なのかな?

 魔力を増したって感じで分かりやすいと思ったんだけど……。


「何ってどう言う事? 普通にいつも以上にキャッチに魔力を込めただけだよ。結局岩石ウサギには逃げられるし、契約出来たと思ったロックベアも死体だったみたいだからね。効果は無かったんだと思うよ」


「普通に……か。 ……ねぇ、マーシャル? キャッチの魔法について習った事を今から言ってみて」


 母さんは少し難しい顔をしてそう言って来た。

 キャッチの魔法についてだって?

 何を今更言っているんだろう。

 まぁ何か理由が有るんだろうから母さんに教わった事を言ってみるか。


「え、え~と、『キャッチの魔法はテイマーの基礎中の基礎であり……』」


「あぁそこら辺の説明は良いわ。効果と特性だけを言って貰えるかしら」


「え? う、うん……。『キャッチの魔法は魔物の体内にある魔石に作用して、その表面部に自らが主人であると言う情報を刻み込む事により契約が成立し、従魔とする事が出来る』でいいんだよね?」


「ん~それだけじゃ不十分ね。その際自らの魔力を光輪と化して魔物の魔石を捉えるの。そしてここからが重要よ。『キャッチは現在の魔力量ではなく自身が持つ魔力の器の大きさを呪文の強度とする』」


 母さんが僕の説明を補足する様にそう言った。

 これも分かり切った事だ。

 封印される前の従魔術はどうだったのかは分からないけど、少なくとも現在の従魔術が自身の力を超える魔物とは契約出来ない。

 この自身の力と言うのは、今母さんが言った通り現在使える魔力の量じゃなくて、魔力の器……言うなれば自身が持ち得る魔力総量の大きさの事を現している。

 現在の魔力の量で決まるとしたら、魔法を使って現在の魔力が減っちゃう度に契約が切れちゃう事になるからね。


 ついでに言うと合計が魔力の器以下の魔物なら何体でも仲間に出来るんだけど、あまり多いと従魔達の世話が大変だし、ブーストとかの補助魔法や念話や位置把握等の常駐魔法の維持コストに関しては魔力量がダイレクトに影響するんで、普通は多くても二~三体くらいが望ましいとされている。

 お風呂をイメージすると分かりやすいかも。

 お湯が魔力で浴槽が魔力の器だ。

 大きい浴槽には沢山の人が入る事が出来るけど、その体積分溜まるお湯は当然少なくなる。

 だから自分の器に合った数にするのが重要なんだ。

 恐ろしい事に老化等の影響で魔力の器が小さくなると強い魔物から契約が解除されていく特性が有るから、皆多くの従魔を持とうとしないんだけどね。


 ちなみに母さんはさすがと言うか全部で七体の魔物を従えているんだけど、それが出来る程の魔力の器の持ち主と言う意味も含めて珍しい存在だ。


「う~ん、母さんの言っている意味がよく分からないよ」


「あらまだ分からないの? キャッチの魔法はね、自身が持っている力以上の事は出来ないのよ」


「? ……? う、うんそうだね……?」


 母さんが念を押す様にそう言ったんだけど、やっぱり言葉の意味が分からない僕は首を傾げる。

 すると母さんは呆れたように溜息を吐いた。


「鈍いわね~。要するにキャッチと言う魔法は自身の力を超える……そう、魔力を込めて威力を上げる事なんて出来ない魔法なのよ。それがテイマーと呼ばれた以降の従魔術の決まり事よ」


「え? ……え? でも僕出来た……よ? あ、あれ? ……あはははは。と言う事は魔力マシマシと思っていたのは僕の勘違いだったってわけ? うわぁ恥ずかしい」


 内心僕の必殺技とか思ってた。

 勝手に力んでその気になっていただけなのか。

 母さんにドヤ顔で話してたよ、マジで恥ずかしい。

 そう言えば、駆け出しのテイマーも天才の母さんもキャッチの魔法については見た目は変わらないんだった。

 違うのは魔力の器の大きさによる契約の強制力だけ。

 魔力を込めるなんて無駄な事だったんだ。

 と言うか、力む分だけ発動が遅いと言うデメリットしかないじゃないか。


「そうね。普通はそう。お母さんだってキャッチの魔法に魔力を込めるだなんて芸当出来やしない。けどマーシャルは言っていたわよね? ライアちゃんを守ったと言う、魔力マシマシの時だけ起こった現象の事を」


 僕が勘違いの恥かしさで顔を真っ赤にしていると、母さんは少し笑いながら応接間で僕が語った岩石ウサギを追い払いライアを守った時の武勇伝の事を言って来た。


「ちょっとやめてよ。あれも勘違いだったんだって。たまたま岩石ウサギ逃げ出しただけなんだって」


「あのね、マーシャル? キャッチの魔法を岩石ウサギ如きのジャンプ力で避けれると思う? それに獰猛な岩石ウサギが目の前の御馳走を前にしてキャッチを掛けられたから逃げるなんて事も有り得ないのよ。普通なら怒るか、それとも弱い奴だと馬鹿にして襲ってくるわ」


「確かに……。実際に普通のキャッチを岩石ウサギに掛けた時は襲って来ようとしてた」


「でしょう?」


 母さんはやっと気付いたかと言う顔をして頷いている。

 魔力マシマシは普通のテイマーには出来ない芸当だと母さんは言っていた。

 それは母さんでも無理らしい。

 そして僕の掛けた魔力マシマシのキャッチは勘違いなんかじゃなく、明らかに違いが有ったんだ。


「あっ! もしかしてこれが始祖の力……いや岩石ウサギを追い返した時はまだ封印を解いていなかった……」


 そうだ。

 初めて使ったのはまだ封印を解く前の事。

 あの時ライアを守りたくて、どうしようか必死で考えて、出来もしないと言う事を忘れて……そしてキャッチの魔法に魔力を込めたんだ。

 そして、岩石ウサギ達は逃げ出していった。

 あの時はそんなに僕と契約がしたくないのかと落ち込んだけど、よく考えればそんな特殊な効果が有るのならば、従魔術の教本に載っていない訳が無いじゃないか。

 だったら魔力マシマシのキャッチは……。


「始祖の力とは関係無い……。じゃあ一体僕は何をしたって言うの……?」


 僕は自分が無意識でした事の異常さに気付き母さんに顔を向け尋ねた。

 すると母さんは笑顔を浮かべながら目を閉じて口を開く。


「ずっとね、お母さん達あなたが魔物と契約出来ない理由を調べていたの」


 それだけ言うと母さんは目を開く。

 その表情はどことなく力が込められている様に感じた。


「僕が契約出来ない理由が分かったの?」


「えぇ、マーシャルの話で仮説が確信に変わったわ」


 母さんはそう言って頷いた。

 僕が落ちこぼれテイマーな理由が判明したって言うの?

 その事実に僕の胸は高揚した。

 理由が分かれば対処法が有るかもしれない。

 僕は固唾を飲んで母さんの言葉を待った。


いつも読んでくださってありがとうございます。

誤字脱字報告とても助かっております。

書き上がり次第投稿します。

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