第50話 絆の形
「ライアと始祖の従魔が同じって……。僕とライアが出会った時は赤ちゃんの姿だったんだよ? 一体どうなってるの?」
母さんの口から聞かされたライアの正体に僕は思わず聞き返してしまった。
一応叔母さんともその可能性については話していたんだけど、それでも身の丈三メートルのカイザーファングがモコモコフワフワなコボルトの赤ちゃんの姿になると言うのが信じられない。
それが始祖の封印と言われても、なかなか納得いかない……いや、よく考えたらコボルトから人間の女の子になる方がもっと信じられない事かもしれないな。
そうなんだ、既に僕は同じ様な出来事を体験している。
「それが……『絆魔術』の力……と言う事?」
「そうよ。と言いたい所だけど、半分だけ正解ね」
母さんはそう言いながらまたライアの頭に顔を埋めてくんかくんかと匂いを嗅いでいる。
本当にライアの事が可愛いんだろうな。
「半分正解……? どう言う事なの?」
「残念ながら禁書に始祖が封印に使った呪文の詳細は書かれていないんだけど、少なくとも始祖の封印自体は正しい形での『絆魔術』じゃない事は確かよ。恐らく……あぁそうそう、ティナから聞いてないかしら? 原初の従魔術の事」
「あのビカーーッて光る奴? びっくりしたよ。元に戻るか心配だったんだから。で、アレがどうしたの?」
「あら、やっぱりマーシャルは使う事が出来たのね。もしかしたら出来るんじゃないか? とは思っていたのよ」
母さんは少し嬉しそうにそう言った。
僕が使える事を予想していたかの様な言葉だけど、叔母さんも似た様な反応していたっけ。
「いやいや違うって。使えたのはこれのお陰」
そう言って僕は母さんに赤く光る契約紋を見せた。
叔母さんはこれが無くとも使えただろうって言っていたけど、母さんでさえ習得に苦労した魔法だよ?
魔力量が多いだけで使える訳ないじゃないか。
始祖の力が無くてそんな魔法が使えるんなら、役立たずで追放されてないからね。
「あら残念。それが出た後に試したのね。使えるか試したかったのに……で、あの魔法について始祖が従魔術を編み出す切っ掛けとなった魔法って事もティナから聞いたのかしら?」
僕の説明で原初の従魔術を使った時系列を理解した母さんは残念そうな顔をしたけど、すぐに真面目な顔になりそう尋ねて来た。
ここら辺の説明は叔母さんから聞いていたので僕はそのまま頷く。
色々と試した結果、母さんはこの魔法の『何か』に気付いて世間への公表を控える決断をしたらしい。
一体何に気付いたんだろうか?
一回使っただけの僕には全然分からないよ。
「原初の従魔術は魔石に対して表層にではなく、深層に作用する代物と言うのは分かる?」
「それは何となく……。魔石から情報を引き出していた事は分かるんだけど、母さんが世間に隠そうとしたと言うけど、その理由を教えてよ」
「そうね、考えてみて? 魔石に刻まれた種族名と真名、それを呼び出す原初の従魔術。なんでそんな個体のデータが魔石に記録されているのよ。そんなの普通有り得ないわよね。まるで仕様書か説明書みたいじゃない。……この事から考えられるのは一つ。魔物は誰かの手によって創られた存在って事。恐らくこの魔法によってね」
「なんだって! 原初の従魔術が魔物を創ったって言うの?」
確かに創世神話には万物生きとし生けるものは神によって創られたって言われているけど、原初の従魔術はそれを証明する魔法だって言うの?
あれは神が使用した魔法だったなんて……。
僕はあまりのスケールのデカい話に息を呑む。
「『原初の従魔術』は私と妹が付けた仮の名よ。禁書でも真の名は伏せられていたわ。ただ調べていくと一か所だけ意図したのか無意識かは分からないけど、その名が書かれている部分を最近見付けたの。それによるとその名は『創魔術』」
「『創魔術』? 魔物を創った……魔法?」
「えぇ、そう考えたら辻褄が合うのよ。ゴブリンやオークなんかはギリ亜人と言えなくはないけど、ヒドラだのミノタウロスだのドラゴンだの……魔物と言う存在は魔石を含め自然発生では有り得ない理不尽の塊だわ。魔物を創った存在はその他の動物や人間を創った存在とは明らかに別の存在としか思えない。根本的な設計思想が違い過ぎるもの。神話に出てくる神とは別の誰か……例えば先史魔法文明を築いた人間達……とかね」
「に、人間が? ……ハハッ。ま、まさか」
人間が魔物を創ったなんて……。
有り得ない……とは言い切れないか。
叔母さんから譲り受けた『覇者の手套』やライアと出会った『虚船』。
迷宮に仕掛けられている『テレポーター』や宝を守る『守護者』の存在。
そんな今では失われた多くの魔導技術なら魔物を創る事だって出来たかもしれない。
もしそうだとして、なら何の為にそんな事をしたんだろう?
魔物と人間は敵同士じゃないか。
昔の人間はわざわざ人類の敵を創ったと言うの?
「まぁ、これはお母さんの推測でしかないわ。けど、原初の従魔術……いえ、『創魔術』を極めれば恐らくそれが可能になるはず……。そう確信したのよ。と言ってもお母さんの魔力でもそこまでの域に辿り着けるか難しい所だけどね」
「えぇ! 母さんの魔力でダメなら誰にも無理なんじゃない?」
母さんの言葉に僕は少し呆れた声でそう言った。
少なくとも母さんレベルの魔力を持つ魔術師は、魔導技術が進んでいるこの国でも片手で数えるだけしかいないと思う。
そんな母さんで無理ならその『創魔術』とか言う物を現代に復活させるのは無理だと思う。
けど、母さんは僕の無理だと言う言葉に少し影が有る笑みを浮かべた。
眼もなんだか疲れた色をしている。
「フフフ、魔術の世界には色々と有るの。それこそ黒い話は沢山ね。悪用されない為にはその存在を知られないに越した事は無いのよ」
僕はその言葉に何とも言えない重さを感じた。
まるでその目は『あなたが知るにはまだ早い』とでも言いたげだ。
「さぁ、暗い話は止めて話を戻すわね。始祖は『創魔術』から『従魔術』を開発したのよ。けど、従魔を虐げる術者達を見て後悔した。だから更に発展させた『絆魔術』の開発を目指したのね。けど、完成には至らなかった。禁書にも『師匠は命を賭して禁断の術にてカイザーファングを原初の姿に戻し封印した』と書かれていたのよ」
母さんはいつもの少し緩い雰囲気に戻り、『絆魔術』の説明をしてくれた。
「『禁断の術』? それに原初の姿。もしかしてライアが赤ちゃんの姿になっていたのはそう言う事なの?」
「多分ね。伝承の通りに最も弱き者の姿……いえ、違うわね。恐らく始祖は記憶も無いまっさらな赤ちゃんの状態に戻して封印したんだと思うわ。そのままだと目覚めた時に自殺しちゃうと心配したんでしょう」
母さんはそんな始祖が込めた想いを想像しているのか、当事者であるライアをギュッと抱き締めた。
そしてライアは……あれ?
「ライアってば寝ちゃってるや。難しい話してるから退屈しちゃったのかな。本人の話なのにね」
それだけじゃなくて母さんに抱っこされてるから気持ちよくて寝ちゃったんだろうな。
すやすやと静かな寝息を立てている。
「あらあら、ライアちゃんは本当に可愛いわね。封印の日、悲しみだけじゃなく喜びも全てを忘れさせられて封印されたこの子。……多分ね、始祖は目覚めたこの子に幸せが訪れますように……それだけを願って魔法を掛けたのだと思うわ。いつか魔物と本当の絆を結び悲願だった『絆魔術』を完成させる者が現れる事を祈ってね」
「それが僕だったって言うの? 三百年間他に居なかったなんて信じられないよ」
これは叔母さんにも言った言葉だ。
なぜ僕なんだろう?
魔力が高いだけで碌に魔物と契約も出来ない僕がなぜ後継者に選ばれたんだろうか?
「三百年の間、始祖の試験を受けた者が居なかったとは言い切れないわよ? なにしろ元のライアちゃんはコボルトの子供にしか見えないんだもの。今までコボルトの子供と契約した人は数多居るでしょうしね。だから今まで素質の有る者に対して人知れず試験は続けられていたかもしれない。『虚船』は神出鬼没よ。もし試験中にライアちゃんが死に掛けたとしたら、その時点で試験失敗として強制的に転送して助けてたって事も考えられるわ」
母さんの口から叔母さんの仮説を補完する様な言葉が語られる。
僕の他にも試験を受けた者が居たかもしれない。
なるほど、それなら納得いくかも。
僕だってあの日ライアの元に辿り着くのがもう少し遅かったら、試験失敗と判定されていたんだろう。
「けど、素質だったら母さんの方が相応しいんじゃないの? 小さい頃試験を受けたみたいな心当たりは無いの?」
「う~ん、残念ながら無いわね。変な洞窟に入った事もコボルトの赤ちゃんとの出会いなんてのも今まで無かったわ」
母さんは寝ちゃったライアをソファーの上に寝かし膝枕しながら優しく頭を撫でている。
その顔はとても残念そうな顔をしていた。
「そっかぁ……けど、母さんが選ばれないなんて、やっぱり無能なテイマーが選ばれてたのかな?」
「そんな事はないと思うわよ? けれど一つ言える事が有るの。試験に合格したのはこの三百年でマーシャル……あなただけって事。選ばれた理由もその内分かる時が来ると思うわ」
僕が選ばれた理由か……。
大層な理由じゃないと思うけどなぁ~。
叔母さんも似た様な事言ってたけど、やっぱり僕とライアが絆を結べたのは僕が無能でライアしか契約出来なかったから大事にしていただけだと思うんだ。
「しかし『絆魔法』って何なの? 使った僕が言うのもなんだけど、正直ちんぷんかんぷんだよ。なんでライアは女の子の姿になっちゃったんだろ?」
素朴な疑問だ。
かつて始祖は命を賭けて『創魔術』を使いライアを赤ん坊の姿に変え封印した。
あの日僕はカイザーファング本来の姿に戻ったライアによって命を削られながら死に行く際、無意識で『絆魔術』を使ってライアを女の子の姿に変えて事無きを得たんだ。
『創魔術』から生まれた『従魔術』。
そして『絆魔術』はそれを発展させたものらしい。
人間の姿に変えるのが『絆魔法』なの?
う~ん不思議だ。
「それは始祖にしか分からないわね。禁書には真に人間と魔物が平和に暮らす為の術って書かれていたけど……。なぜライアちゃんが女の子になったのかは不明だわ。 もしかしたらそれがマーシャルの望んだ絆の形だったのかしらね?」
「僕が望んだ絆の形……?」
いやいや僕は女の子になって欲しいなんて望んだ事は無いよ?
そんな趣味は無いし。
そりゃ確かにずっと弟は欲しいと思ってたし、その想いをライアに重ねてはいたけど……。
あっ! そう言えば、ライアはずっと僕の事をパパと思っていたと言っていたっけ。
そもそも二人の絆の力なんだから、ライアがその姿を望んでいたかもしれない。
うん絶対そうだよ。
僕は母さんの膝の上で気持ち良さそうに寝ているライアを見詰めながらそう自分に言い聞かせた。
―――……ダッ……ダッ……ダッ…ダッダッダッダッ
ライアを眺めながら、始祖はライアの幸せを願ったのでは? と言う母さんの言葉に胸を熱くさせていると、遠くから何やら音が聞こえて来た。
どうも近付いて来ているようでどんどん大きくなってくる。
ダッダッダッダッダダダダダ!
誰かが走っている音の様だ。
うるさいなぁ~、ライアが寝てるって言うのに。
ん? 部屋の前で止まったみたい。
僕達に用が有るって事? 誰だろう……あっ! もしかして。
ガチャガチャ! バンッ!
「お母様! 眠らせたまま放っておくなんてあんまりですわ!!」
扉を開けて飛び込んで来たのは妹だった。
右半身所々芝生や土で汚れているのはそちら側を下にして寝てた所為かな?
う~ん、てっきり母さんが回収したのかと思っていたけど、そのままあそこで放置されてたのか。
「ごっめ~ん! マーシャルに会えたのが嬉しくて忘れてたわ」
母さんは顔の前で手を重ねて謝った。
およそ仕出かした内容とは相応しくない様なとても軽い口調だ。
酷いや、母さん。
更新が遅くなってすみません。
いつも読んでくださってありがとうございます。
書き上がり次第投稿します。




