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第42話 自らの進むべき道

「……カップル……?」


「え?」


 僕が恐怖でその場から動けずにいると、サイスがその浮かんでる表情と同じくらい抑揚の無い声を店主に向かって投げ掛けた。

 思ってもみなかったその言葉に僕の頭は真っ白になる。

 なんで今それを聞くの?


「ん? 違うのかい? さっきまであんなにラブラブだったじゃねぇか」


「……ラブラブ……?」


 そう言った途端、彼女は僕の手を強く握った。

 でも、僕の手を力いっぱい握り潰すと言う訳ではなく、キュッと力を込めた……そんな感じ。

 なにこれ? 意味が分かんないよ……。


「あっ分かった。あんたら実は喧嘩してたんだな? おい坊主! 彼女を泣かせるんじゃないっての! ほら詫びのアクセサリーでも買って仲直りしな」


 空気が読めてるのか読めてないのか店主は話を止めたりしなかった。

 止めて! そんなんじゃないから!

 何とか隙を見て逃げないと……。

 そんな事を考えていると横から視線を感じた。

 僕は思わずそこに目を向ける。


「ヒッ」


 サイスと名乗った彼女と目が合った。

 いい笑顔の仮面は既に外れており、そこに有るのは無表情の顔。

 青く輝く双眸が僕をジッと見詰めていた。

 やっぱり彼女は……。

 夢の中じゃ飽き足らず、変装までして直接僕を襲いに来たって言うのか?

 こんな町中で?

 ……あぁ、夢の中に入り込める様な神出鬼没な奴に、そんな事関係無いかもしれない。


 心臓がバクバクと音を立てながら暴れている。

 何を考えているのか一切分からない。

 ただ彼女は何も言わず僕の顔を見ている。

 怖い怖い怖い! だって彼女は死が……み。


 僕はこの極度の緊張感からの現実逃避なのだろうか?

 真っ白になった頭から無理に言葉を引き出そうとしてわけの分らない事を言ってしまった。


「……サイス。アクセサリー欲しい?」


 なに言ってんだよ僕!

 今そんな事言ってる場合じゃないでしょ!

 あぁ早くこの場から逃げないと!

 ダンテさん、ホルツさん、マルロフさん、バーディーさん。

 誰でもいいから僕を見付けてーーー!


「……うん……」


「なっ……」


 頭の中がパニックになっている僕の耳に信じられない言葉が聞こえて来た。

 そして僕の眼にも思ってもみなかった光景が……。

 今目の前の無表情の死神が、一瞬頬を染めた様に見えた。

 そしてコクリと頷いた。

 頬を染めた様に見えたのは夕日が映した目の錯覚だったのかな?

 だって顔を上げた時にはまた無表情に戻ってたんだから。


「ほら坊主! 彼女さんは欲しがってるじゃねぇか。男を見せる時だぜ?」


 多分空気が読めてない店主が、手を広げて屋台のカウンターに並べてあるアクセサリーを勧めて来た。

 そ、そんな事をしてる暇は……。

 あ、あれ?

 僕の目の前、サイス……死神は店主の言葉通りアクセサリーに目を向けた。

 本当に欲しいの?

 露店にあるアクセサリーなんて安物しか置いてないよ?

 とても伝説の存在である死神なんかの目に適う品なんて有る訳無いと思うんだけど……。

 それなのにまるで身を乗り出す様にして熱心に選んでいる……様に見える。

 どう言う事なんだろうか?


 横顔だけを見ると普通の女の子が彼氏に買ってもらうアクセサリーをウキウキと探しているようにしか見えない。

 勿論その表情自体は無感情な物なんだけど。

 

 不意に彼女の目線が止まった。

 何を見てるんだろうとその視線の先を見ると、そこには象牙に彫られた女性の彫刻画が金細工で彩られた台に嵌められている所謂カメオが置かれていた。

 その形状や大きさからみるとどうやらブローチのようだ。

 女性のモチーフは誰だろう?

 ……げっ値段は結構高いぞ!

 ボッタクリじゃないのか?

 それを選ばれたら僕の財布がすっからかんになっちゃうよ。


 って! そんな心配している場合じゃ……あれ? 場合なのかな?

 もしかすると、これは窮地を脱する突破口になるんじゃないだろうか。

 そう、彼女が気に入ったアクセサリーを僕が買ってあげれば、命だけは助けてくれるかもしれない。

 そうだ! そうだよ! 空気読めない店主、あんたのお陰で助かったよ!


 ……彼女が僕の命を狙う理由を考えたら、そんな訳無いんだけどね。

 はははは、ただの現実逃避さ。


「あ、あの……それが欲しいの?」


「……うん……」


 僕の問い掛けに死神はコクリと頷いた。

 どうやらそのカメオのブローチが気に入った様だ。

 とっても高いけど買えなくはない。

 なにより命に比べたら安いもんだ。

 だから、買ってあげたのに後ろからバッサリだけは止めてね。


「分かった。それ買ってあげるよ。おっちゃんそのブローチ頂戴」


「おう、嬢ちゃんはお目が高いな! そいつぁ保護の魔法が掛かったマジックアイテムでなかなか良いもんなんだぜ」


 げっ! ただでさえ恐ろしい死神に保護の魔法のマジックアイテムなんてあげた日にゃ始末に負えなくなっちゃうじゃないか!

 けど、一度買ってあげると言った手前、違うのにしてなんて言うと逆上してこの場でバッサリやられちゃうかもしれない。

 くそ~背に腹は替えられないか~。


「はい代金。……ほら、プレゼントするよ」


 ヤケクソ気味に店主に代金を払った僕は、カメオのブローチを手に取り死神に手渡した。

 相変わらずの無表情。

 だけど、彼女は大人しく受け取った……。



「おーーマーシャル!! こんなとこに居たのか!! 探したぞ!」


 突然後ろから僕を呼ぶ声が聞こえた。

 この声はダンテさんだ!

 助かったと思った僕は慌ててダンテさんの方を振り向く。

 その時、確かに僕の耳には言葉が届いた。

 感情の無い筈の死神の言葉……。

 それは確かに「ありがとう」……そんな嬉しそうな声だった。


「え?」


 その声に驚いた僕はまた死神の方に顔を向けた。

 けれどそこには……誰も……居ない?


「あれ? あれ? 何処に行ったの?」


 さっきまでそこに居た筈の死神の姿を僕は探した。

 しかし、死神が居た場所にはただの何も無い空間だけが存在している。


「ねぇ、店主のおっちゃん。彼女は何処に行ったか見なかった?」


 僕は今アクセサリーを買った店主に彼女の行方を尋ねた。

 彼なら死神の動きを見ていた筈だ。

 しかし、店主の言葉は僕が想定していなかった物だった。


「ん? 彼女? 何言ってんだ? 坊主は()()()()()()()()()だろ?」


「え? 何だって? そ、そんな……」


 問い質そうと思ったけど、店主の目は嘘を付いている様には見えなくて言葉を失ってしまった。


「おいおい坊主! 寝惚けてるのか? さっき買ったアクセサリーは故郷で待ってる彼女へのプレゼントだってお前が言ってたじゃねぇか」


 続くその言葉に戦慄が走った。

 事実が改変されている?

 一瞬今あった事は白昼夢の幻かとも思ったんだけど、軽くなった財布と僕の手に残る彼女の手の感触。

 それらが店主の言葉が間違っている事を物語っていた。


 なんで死神は消えちゃったんだろうか?

 僕を殺しに来たんじゃないの?

 もしかして……ワイロ作戦が成功した?

 ダンテさんが来たから立ち去っただけかもしれないけど、取りあえず今のところ命が助かった事だけは間違いないようだ。


「はぁ~、良かった~」


 僕は助かったと言う安心感から安堵の溜息を吐くと共にその場でへたり込んでしまった。

 もう途中から足がガクガクして立ってられなかったもん。


「お、おい大丈夫かマーシャル!」


 急にその場で座り込んだ僕に驚いたダンテさんは慌てて駆け寄ってきた。

 僕はダンテさんに笑顔を向ける。


「うん、大丈夫。朝早かったし、ロックベアに襲われたりしたから疲れちゃったみたい。ハハハハ」


 僕はそう言って笑う。

 今遭った事を喋ろうかと思ったけど黙ってる事にした。

 なんでって? 心配掛けたくないってのも有るし、そもそも信じてもらえないだろう。

 たかがDランク冒険者に伝説の死神が殺しに来るなんてね。

 信じてもらうには始祖の力の事を話す必要があるもん。

 言える訳ないよ。



「パパーーー!!」


 ダンテさんの後ろからライアの声が聞こえてきた。

 手を差し伸べて僕を立ち上がらそうとしてくれているダンテさんの後ろを覗くと、そこにはライアを抱っこしているレイミーさんが歩いてくる姿が見える。

 どうやらお昼寝から起きたみたい。

 立ち上がった僕はライアに向けて手を広げる。

 それに察したレイミーさんがライアを地面に下ろした。


「パパーー!! おいてっちゃやぁよーー!」


 あぁ、なるほど。

 目が覚めたら僕が居なくて怖かったんだね。

 だから探しに来てくれたのか。

 僕は腕の中に飛び込んできたライアを抱き締めながら、なんとか窮地を切り抜けたと言う実感を噛締めていた。

 ライアの温もりによって先程まで心の中を支配していた恐怖が消えて行くのを感じる。


 何とか生き延びた。

 けれど、油断は出来ない。

 今日はブローチに免じて見逃してくれただけで、彼女の目的が始祖の力だとしたら僕を殺す為に再び姿を現すだろう。

 願わくば、実家に辿り着くまで来ないでほしいな。

 多分母さんなら何とかしてくれそうだしね。



 再び忍び寄る死神の影に震えていた僕だったけど、それ以降死神が僕の前に姿を現す事は無かった。


 ……暫くの間は、だけどね。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「失敗した……失敗した……なんで?」


 死神は宿場町に建てられた物見櫓の屋根の上からマーシャル達を見下ろしていた。

 その姿は既に銀髪に漆黒のドレス、そして真っ赤に燃える瞳に戻っている。

 度重なる作戦の失敗に死神は自ら疑問の声を上げ首を傾げた。

 目標を仕留めそこなったのは数年前に眠りを妨げ自分を目覚めさせた一人の冒険者以来だと当時の事を思い出す。

 その者についても魔力経路をズタズタにし、足にも二度と癒える事の無い傷を与えた。

 もう冒険者として死んだも同然と言えるだろう。


 その前の記憶は三百年前まで遡る事となる。

 あれは魔王様を封印した憎き従魔術師と対峙した時だったと、死神は思い耽った。

 その戦いによってその身に深いダメージを負った死神は、いつの日か封印された魔王を復活させる事を望み、傷を癒す為に自ら眠りについたのだ。


 なのに、なぜ憎き従魔術師の力をその身に宿すだけで、ろくに使い方も知らない様な弱い人間の子供相手に五回もしくじるのか……?

 なぜ死神である自分が、こんな所でこそこそと隠れながら覗き見をしているだけなのか?

 今回の作戦も一人路地裏に連れて行き油断している所を背後から鎌で命を刈り取る……その筈だった。

 なぜそんな周りくどい作戦を考えた?

 それなのになぜ自分は人混みを選びそして少年と手を繋いで歩いていたのだ?

 そもそもなぜ人間の姿に化けて近付いたのか?

 直接手を下すなら、周囲の人間も含め目に映る者共全てを皆殺しにすれば良かったのはないか?

 なぜそれをしない! なぜ出来ない?


 そんな疑問が次々と沸いてくるが、その『なぜか』と言う言葉に対して心は回答する事を拒み、身体は行動を起こそうとはしなかった。

 死神はこの世に生じて数千年の月日を顧みても、この様な想いが自らの心に宿った記憶は皆無であり、何より人類の敵で有り続けたのだ。


 死神は初めて湧き起こる心の葛藤に身体を震わしたが、その時ふと両手に違和感を感じた。

 その正体を探るべく、ぐっと握った自らの右手を広げる。

 そこに有ったのは少年がプレゼントしてくれたブローチだった。

 そして左手には……少年の暖かい手の温もりが……。


「おかしい……こんなのおかしい……」


 今までその心の中には何も無い闇しか存在していなかった。

 その筈だった。

 だが今自分の心の中には異物が確かに存在している。

 死神はそれが何なのか一つ一つ口にした。


「綺麗と言ってくれた……彼を殺す作戦が失敗して安心した……手の温もり……一緒に町を歩いて……プレゼントをくれた。……初めて……。全部初めて……」


 なぜかドクドクと胸が高鳴るのを感じる。

 顔が熱い……。

 それも死神にとって初めて身体に起こる変化だった。


「……でも、ダメ。彼は人間。そして私は死神。だから敵同士……彼が従魔術師だとしてもそれは変らない」


 死神は自らの心を気の迷いとするために自らの言葉によって封印する。

 強大な魔物を従える従魔術と言えども限度がある。

 それは魔王様を封印する事しか出来なかった憎き従魔術師とて同じだった。

 そして死神である自分に対しても同じ結果だったではないか。

 あの日、憎き従魔術師の契約呪文に激しく抵抗した事によって身に宿す魔石が傷付いた自分は、長き眠りにつく必要が有ったのだ。

 呪文に抵抗出来たと言う事は、従魔術にそれだけの隙が有ったと言う事。

 それに聞く所によると今の従魔術は、かつての力と比べ児戯に等しく弱り果てているらしい。

 なにより従魔と出来るのは自分の力までと言う壁が存在しているようだ。

 だからあの少年と一緒なる事は出来ない。


 死神の顔が無感情の仮面に戻る。

 気の迷いなど消してしまえばいい。

 そうだ、自分は死神。

 あの少年を殺してしまおう。

 なに、目を瞑って鎌を振り下ろしたら弱い人間の子供などただの屍。

 見えなければ躊躇する事などない。

 死神は再度少年を見下ろした。

 いつの間にか手には大きな鎌を握っている。

 死神である彼女には距離など関係ない。

 一瞬の後に少年は真っ二つに……ただの肉塊になるだろう。

 死神は小さく深呼吸をした。

 そして鎌を大きく振りかぶる。


 さぁ、行くぞ―――。



「パパーーー!!」


 手に持つ鎌を振り下ろし全てを終わらそうとしたその瞬間、突然耳に届いた声に死神の動きが止まる。

 そして、その声の主を見て死神の双眸が驚きの色を帯び大きく見開く事となった。

 少年に駆け寄る小さき姿。

 しかし、死神の目には別の姿が映っていた。


「あ、あれは……まさかライアスフィア? 三百年前……魔王様を裏切って憎き従魔術師へ下った反逆者……」


 なぜライアスフィアがここに?

 少年の中に眠る力に惹かれて蘇ったというのか?

 いや、だがあの姿は一体?

 死神の脳裏に在りし日に戦場を駆けた裏切り者の姿が過ぎる。


 強大なる力を持つカイザーファング。

 その力は魔王様を遥かに凌ぐ物だった。

 その為、魔王様の下に就く事はなく、かと言って人間の味方でもない、一匹狼……その言葉が似合う存在。


 しかし、突如裏切った。

 理由は分からない。

 だが、自ら望んで憎き従魔術師の従魔となり、魔王様に牙を立てたのだ。

 その戦い振りは恐ろしく、死神である自分でさえ背筋が震えた。

 確かにあの存在が人類との戦いにおいて敗北した要因の一つと言えるだろう。

 だが、なぜそのライアスフィアがここに居る。

 それどころか、その幼子の姿……そして少年を『パパ』と呼び慕う。

 自分が眠りに付いた後、一体何が有ったのか?

 死神は目の前で起こった事が信じられず、握り締めた鎌から手を離す。

 手から滑り落ちていく鎌は、足元まで届く前に虚空へと消えた。


「パパーー!! おいてっちゃやぁよーー!」


 死神はその声と共に少年に抱きつくかつての敵の姿に衝撃を受け、まるで魚の様に口をパクパクと開いた。

 そして全てを理解したのだ。

 自らの進むべき道を……。



「そっかぁ……なるほど……パパかぁ……」


 その言葉と共に彼女の姿は虚空へと消えた。


死神娘編最終回です。

書き上がり次第投稿します。

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