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オカルト的な話でも、物理的な話でもない。いや、物理的なのかもしれない。よくわからないが、面長で透けるように白い肌を持った男の顔は、人々の表情を曖昧に見せる暗い空間の中ですうっ、と光を帯びていたのだ。そのまま釘付けになってしまうと、しっかりと見えてくるようになるその表情は楽しげだがどこか物憂げな印象を受け、伏し目がちに細めた目は相手の顔の少し前を眺めているようだ。何かしらの果実のように紅く色付いた分厚い唇は片方だけが上がり、腕を軽く組んでカウンターに肘を突く姿は軽薄そうに見えた。
「見付けてしまった」、そんな感覚だった。
「加地さん、ボーッとして、大丈夫ですか?」
唐突にかけられた声に思わずびくっ、と肩が震えた。カウンターの方へ体を捻るとそこには、入ってすぐに声をかけてきた店員とは別の、若い男がいた。あまりにも奥を凝視していたのだろうか、おずおずと謝罪の言葉が口に出た。
「ああ、すみません、……えっと」
こちらから名乗ったことがあるわけでもないのに名前を呼んできたので一瞬言葉に詰まったが、そうか、俺は芸能人なんだ、とハッとしてからゆっくりと目を合わせると、若い男は決して好奇心があるわけでもなく、それよりも何故謝られたのかという疑問を含んだ表情でこちらを見ていたのに気が付いた。その目はどうやら咎める色もなく、純粋にかけてきた言葉の通りだった。
「……はは、そんなにボーッとしてましたか」
乾いた笑いと共に目を逸らすと、俺が関わりを拒否したわけではないと感じてくれたのか、若い男は続けて話しかけてきた。
「加地さんて、やっぱりあの加地さんですよね。すごいですね、こんなところに来てくれるなんて」
「すごい、んですか。すごいんですかね……わりとそういう反応されがちなんですけど、俺も仕事から離れたら一人の人間ですから……」
何も悪意はないが、思わず皮肉のように片方の口角を上げて見上げた。若い男も悪意のない好奇心の目を向けてくるのが分かった。ほんの少し目を細めて綻ばせる口元は期待すら感じるが、こういう時間にそういう風に接せられると少し煩わしい。という気持ちも少しは薄くなっている今日この頃、むしろこういう赤の他人との接触に快感すら覚えているのであった。
「そうですよね、あは。生で見れるなんてなんか嬉しいなあ。だってすごく活躍されてるんですもん。知ってますか……知ってるか」
「何を」
「いや、ほら、加地さんてアレじゃないですか、ほら、二〇一九年度、来世男に生まれたならなりたい顔ランキング、一位だったり二位だったりするわけじゃないですか」
「あ、ああ……」
つい最近発表された、年末に集計されたらしい週刊誌のランキングは一般人の中では好奇心の的で、もちろん俺も仕事を離れれば一般人なわけだし、普通に気になる上、ここ二、三年ランクインしている身としても気にしないわけもなかった。しかし、面と向かって、きっとファンでもないだろう人からもこういう風に言われるとやはり照れ臭い。反射的に目を逸らした。自分の顔が良いとわかっていても、ちやほやされるのが嬉しくとも、やはり照れは拭えないのだ。