33話 振りかざされたマヨネーズによる大正義
ここのところ与党は問題ばかりを起こしていました。野党が弱いのをいいことに、やりたい放題だったのです。
首相のAB氏を筆頭にありとあらゆる定番の不祥事をやらかしました。悲しいことにどれもこれもテンプレどおりでした。せめて不祥事くらい一生懸命知恵を絞って独創的なものを見せてほしいものです。首の上に乗せた重たいもの、使う気がないなら切り落としてしまえばいいのに。
まあでも、流石にそろそろまずいんでないかという雰囲気が漂い始めていました。
刷新するにはまず名前から。そんなわけで与党は党名変更を実に真剣に考えました。法案なんてどうでもいいやという彼らが珍しく本気になって。
で、国会をほっぽり出して三ヶ月延々と考え続けた結果、このような党名になりました。
『マヨネーズ大正義党』
……はい?
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「ローランさん、外壁のお掃除終わりました」
「お疲れさまでした。帰り道お気をつけて」
夜遅くまで事務所の外壁掃除をしていたルソー副代表を見送ると、私は事務所の机ではあ、とため息を漏らしました。ルソーさんの奮闘も三日後には無駄になっていることでしょう。生卵はともかく、カラーボールの汚れって落ちないんですよね。
与党が『マヨネーズ大正義党』になってからというもの、マヨ是会への風当たりは反転しました。朝から晩まで迷惑電話がかかってくるので、事務所の固定電話は解約しました。脅迫の手紙やネット書き込みも毎日のように見かけます。殺人予告すら見飽きる程度には。
幸いというべきではないのでしょうが、私やルソーさんをはじめ女性には「彼女たちは騙されていた被害者なのだ」という論調もそれなりにありました。
まあ実名SNSでこれまで絶賛し続けていた方も多いわけで、急に掌を返すのが気恥ずかしかったのでしょう。自分たちが間違っていたと認めることになりますからね。
ですから私たちには与党へ移るべきという意見が多く、一方で元唐揚げ檸檬のルロワ副代表代理補佐には中傷が集中しました。叩きやすいものに群がるのは自然の摂理なのです。
「ご家族はもう着いたころですかね」
「そろそろだと思います。申し訳ありません、全て手配していただいて……」
ルロワさんがぺこりを頭を下げ、それから机の上の錠剤をひょいと摘まんで飲み込みました。ラムネならよかったのですが精神安定剤でした。顔色は悪く頬がこけています。この一週間、まともな食事をしていません。
与党の党名変更の翌日、私は党員の家族全員の出国手配をしました。何をしているのかという目で見られましたが、三日も経つと異を唱える人は一人もいなくなりました。鉤十字の国みたいな差別が始まったからです。
逃亡先は寒さが厳しく言葉の通じない北の大地でしたが、それでもヤーパンの刺さるような空気に比べれば暖かいはずでした。
与党の党名変更を喜んだのは、失われた二十年に就職できなかった人々と、私の同世代の無職組でした。与党は彼らに絶大な自信を与えました。
マヨネーズを食べるのが正しく強い国民である!マヨネーズを食べないのは誤った弱い非国民である!というスローガンは、彼らを肯定すると共に安全圏から一方的に攻撃してよい敵を作ってくれました。
まあ楽なものです。ろくに努力もせず全部他人のせいにしてパパとママに縋っていても、マヨネーズを食べるだけで自分はスーパーマンになれる上にノーリスクで相手を叩けるわけですから。
尤も書籍で読んだ空想の国ジパヌグでは、マヨネーズを食べる必要すらなく、パパとママに貰った国籍だけで自分は素晴らしい国民だとふんぞり返れるとのことでした。自分がその国籍の平均価値を大きく押し下げていることには気付かないんだとか。実在したら傑作ですね、アハハ。
真っ先に彼らのターゲットになったのは私たちマヨ是会でした。こちらも予見して与党党名変更の翌日に『立憲党』という極めて無難な名前にしたのですが、さすがにそれだけで躱せるわけもなく、徹底的に攻撃されました。
ただそれにも飽きてきたようです。伝統も何もない若者10人による小さな組織を叩くだけでは、彼らの歪んだ欲望は満たせませんでした。
まずは芸能人が対象になりました。SMSに載せられた食事の写真にマヨネーズがかかっていないと「こいつはマヨネーズを食べない非国民だ!」と一斉に群がりました。
端の方にマヨネーズが置かれている写真があると、わざわざその部分だけ切り取ってマヨネーズがないように見せかけて叩きました。叩かれるのを回避しようとお好み焼きの全面にマヨネーズをかけた写真を載せると、白黒反転加工をされて「こいつソースしかかけてねー!」と叩くのでした。
いやもう、PCの前で人を叩くことだけに人生を捧げている方がたくさんいました。。こんなことが続きましたので、誰も食事の写真を載せなくなりました。
学校でもそうした風潮が見られるようになりました。全員家からマヨネーズを持ってきて給食にたっぷりかけるのが義務になりました。
持参したマヨネーズを盗まれてかけずに給食を食べると、教師にその写真を取られて学校全員にイジメられるという事案が多発しました。
学校によっては給食の時間中、窓から扉から完全に遮断して「もしかしたらマヨネーズをかけずに給食を食べたかもしれないけれど証拠ないからセーフ」とするところもあったようですが、どちらかというとイジメに参加したい教師の方が多く、そうした配慮は稀だったそうです。
息苦しい社会になりました。それでも与党の支持率は80%を超えました。楽に正義を振りかざせるならあとはどうでもいいということなのでしょう。そしてそれは一瞬で終わりを迎えたのです。




