32話 誇り高きマスコミュニケーション
お通夜のような空気でした。ここはマヨ是会の事務所、党員10人が机の周りを囲っています。置かれているのは今日の新聞と週刊誌でした。私たちの写真が載っていました。
「マヨ是会のルロワ副代表代理補佐、懇親会でマヨネーズを食べた!?」
「国民を裏切った!元唐揚げ檸檬のルロワ氏、マヨネーズ好きなのに所属替え!」
経緯はこうです。ある日の仕事帰り、一段落ついたこともあり私たちは懇親会を開くことになりました。色々ありましたからね。
どこのお店に行こうか考えまして、ここは政治家っぽく小洒落た料亭にでも……なんて一瞬考えてしまいましたが、絶賛不況中なのを思い出しました。
国民の血税だろうと仕事の対価ですからお給料をどう使おうと私の勝手です。とはいえ政治家たるものやはり人の手本になりたいものです。大学の同窓生に伺いますと、接待でなく身内の懇親会であれば基本的にひとり税抜き5,000円(飲み放題つき)で開くものだとのことでした。因みに彼らは会社経費で落とせるそうで。いいなぁとか思いつつ近場の食事処を手配したのです。
これが間違いでした。誰でも入れるお店に若手政治家全員でぞろぞろ歩いて行ったものですから、マスコミの皆さんに絶賛パパラッチされました。頼んだメニューから座席の位置関係、誰がお酒を飲んだか、ボトルキープしたか等々全て。
ばっちり写真も撮られまして、元唐揚げ檸檬のルロワ議員の問題行動(?)が槍玉に挙げられたわけでございます。
早速記者会見を開くことにしました。ただその前に集まった新聞記者のうち比較的真っ当と呼ばれる会社のひとりを裏手に呼び出しました。
「ガルシアさん、貴方の所属するN新聞は優秀な方が揃っていますよね?うちのルロワがマヨネーズを食べたところで何もおかしくないこともご理解されていますよね?」
「勿論です。マヨと唐揚げの党理念は同じですし、ルロワ氏はもちろん元々の党員の方がマヨネーズ好きでも何も問題ないでしょう」
ガルシア記者は言われるまでもないといった様子で返答されました。しかしこのN新聞も同様の記事を載せておりました。
「では何故N新聞までもがあのような記事を載せたのですか」
「そうしないと売れないからです」
さも当然と言わんばかりでした。予想はしていました、マヨ是会の支持理由を知ったときからこうなるかもしれないという一抹の不安はありました。ただ実際になってしまうと、苦言のひとつも呈したくなります。
「週刊誌やS新聞にA新聞、あのあたりならわかります。ええ、読者層を考えれば見当外れのウケのいい記事を載せるのが合理的というものでしょう。でもN新聞までそこに続いてどうするのですか。一流の報道機関としての誇りはないのですか」
「お言葉ですが、ああいった媚び売りの記事でも真っ当な読者であれば落ち着いて必要な情報だけ抜き取ってくれます。我々は彼らに馬鹿にされるでしょうが、良い読者に必要な情報を届けるという一番重要な点はあれでも果たせるのです。そして同時に必要のない読者を釣って利益も出せる。生き残りつつ報道機関の役割を果たすにはこうするしかないのです」
意外としっかりした答えが返ってきました。成程、確かに真っ当な読者であればあの記事を読んでも流されることはないでしょう。
彼らも資本主義社会に身を置く存在です。本来あるべき形の記事を書いても読める人が2%もいない世界で善き報道機関であり続けるには、こうした手法を取るより他ないのかもしれません。
「単価を1,000倍にして高所得者層御用達の新聞にするのも手なんですけれどね。読み手の質が保証されれば、こちらも書くべき記事を書けるのですが……これをやりだすと他に波及してしまいます。選挙権まで同じようになれば時代を逆行することになるでしょう?」
「私はその方がいいかなって最近痛感させられましたけど……まあ好ましくはないんでしょうね。色々と悲惨なことがありましたし」
ガルシア記者を帰し、私は会見に向かいました。あれはマヨネーズではなく油と酢と卵を頼んだらまとめて出されてしまった調味料であり、注文は全て秘書がやったことですと説明いたしましたところ、ボロカスに非難されました。
でも幸い翌日に著名芸能人の不倫報道が流れまして、ルロワ氏のマヨネーズ問題は速やかに鎮火しました。ナイスガルシアでした。




