3話 奥義「コスト付け替え」
長い会議がふたつも続いて開かれた。
ペレスはその終わりぎわに入って輸送の話を聞いた。
「3月末にゴブリン村の焼き討ち、前線15人の後衛5人で7泊8日」
「4月にはドワーフ村の焼き討ち、前線20人の後衛8人で8泊9日か」
予算はいつもどおりゴブリンに160万G、ドワーフに252万だった。
そこにゴブリン村の担当魔術師ドンナルマがやってきた。
「あーお前、ピザ窯忘れないようにな」
「へ?ピザ窯なんて持っていくんですか?」
一週間の遠征とはいえそんなものを持っていくことはめったにない。
だがドンナルマは当たり前だろという顔をする。
「飽きるんだよ戦闘食は。お前は前線出ないからわかんねーか。
とにかくピザ窯だ。3つ持ってこい。調理器具も忘れんな」
ペレスは困った。そんなの運んだら馬車1台余分にかかる。
それでなくても遠征は予算不足になりやすいのに。
馬車は大体5人で1台必要になる。でも遠征だと食糧が増える。
だから4人で1台ぐらいにしないと乗り心地がすごく悪くなる。
20人で8日だと馬車は5台ほしかった。予算的にはきついけど。
そこにもう1台増やしたら絶対お金が足りなくなる。
ペレスはいつものマルク商会担当者に電話した。
「いやペレスさん無茶すぎっす。6台8日なんて最低192万はないと」
「そこをなんとか160万でさ。景気悪くなっても使ってやるから」
接待費を上乗せする余裕がなくて予算満額を教えた。
ビルバオが公営なら官製談合で捕まるとこだ。
「何とかって言われても社内で承認下りないんっす。
俺もこれ以上は何もできないっすよー」
マルクが嘘を言っているわけでないのは知ってた。
ペレスは悩んでから奥の手を使うことにした。
「G村退治の名義で160万、D村退治の名義で32万の注文書を送る。
分割してる理由はそっちでうまいこと理由つけろ」
「実際はG村の方だけってことっすね。いいっすよそれなら」
運送二係奥義、コスト付け替えだった。
これでとりあえずゴブリン村の運送はどうにかなる。
ドワーフ村の方も1台1日4万でギリギリの予算だったけど、そっちは来月だからまだ発注しなくてい。
上手く他とまとめれば単価が下がるかもしれなかった。
「ふおー。ったく面倒なことしやがって」
ペレスはドンナルマに悪態をついた。
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経営管理本部経理部会計課管理会計係のイグアインは悩んでいた。
係長が声をかけた。
「どうした。何か問題でもあったか」
「なんかおかしいんですよね、これ」
イグアインが指した先を係長が見る。今年の運送費の項目だった。
各クエストの積算原価と実際のコストが並んでいる。
「・・・おかしいな。なんで積算値とコストがどれもぴったりなんだ」
「やっぱり係長もそう思いますか」
通常なら交渉して予算より安くなり利益が出たり、その逆で予算に収まらず稟議を回して増額を求める。
どれもこれもぴったり同じなんてことはまずありえない。
「同業の奴に聞いたんですが、最近の馬車単価は上がってるそうです」
「つまり予算に収まらないはずのところを何とか予算いっぱいでやってもらってる可能性もあるのか」
それなら一応説明がつく。ビルバオの仕事を取るために採算が合わなくても引き受ける業者は確かにいる。
でもそれにしたってここまで同額ばかりなのは変だ。
「こりゃ余った予算を上乗せしてるな」
「半分ぐらいは定番のそれだと思います」
半分が上乗せのキックバック、残りはおそらく・・・
「発注時期が時々おかしいんです。繁忙期は普通なんですが閑散期が」
「・・・付け替えか。となるともっとヤバイことになってるんじゃ」
係長の眼鏡がきらりと光った。ずらりと並んだコストの隣にある発注担当者の名前に目を向けられる。
そこには「ミケル・ペレス」の名前があった。