21話 走れペレス
ペレスは激怒した。
必ず、この残業時間過少申告問題を解決せねばならぬと決意した。
ペレスには会社の都合がわからぬ。
ペレスは、ただの金好きの小者である。
競馬をし、競輪をし、競艇をし、パチンコをして暮らしてきた。
けれども金に対しては、人一倍に敏感であった。
残業時間を過大に申告するのは人として許される。不正万歳。
だが過少に申告してはならぬ。貰える金を放棄するなど人として絶対に許されぬ。絶対に、絶対に、絶対にだ。
ペレスは単純な男であった。作業服のまま経営管理本部に戻ってきた。
そして経営管理本部長の前に立ち大声で言った。
「80時間以上残業いている職員が79時間と申請している。許せん」
「仕方がないだろう。全て払っていては会社が潰れる」
本部長は憫笑した。しゃがれた声で低く笑った。むふふ。
こんどはペレスが嘲笑した。ぐふふ。
「義務とは逃げるべきものだ。権利とはしがみつくべきものだ。残業代をもらえる権利を手放させるなど非道も非道!ない権利を振りかざしてでもお金を掴み取ってこそ人間なのだぞ!」
「そうか。では来月の残業代、お前が好きに設定してよい。儂は来月は一切調整作業をしない。しかし覚えておけ。まともに払えば会社が潰れる。会社が潰れればお前は給料をもらえなくなる」
本部長はそう言ってほくそ笑むと帰宅した。17時、定時だった。
役員だから残っても残業代つかないんだけど。ちなみに管理職は残業代つかないけど深夜の割増賃金はつくぞ。
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2週間後、本部長がペレスのところへすっ飛んできた。
顔は海よりも青かった。握りしめた書類の文字は赤かった。
「おおおおまえ!建築部の残業時間が2週間でもう160時間になっているぞ!」
「建築の遅れが続いている。後半はもっと増えるぞ。よかったな」
実際には2週間で平均90時間だった。差の70時間はペレスが上乗せしたものだった。
不正などではない。未払い給与の一部を払っているだけだ。
「来月も再来月も全員320時間の残業予定だ。未払い給与はまだまだ残っているぞ。ほれ頑張って働き方改革しないとあんたの役員報酬が消し飛ぶぞ」
本部長はゲロと鼻血を垂らして他の役員のところへ飛んでいった。
本部長もペレスに負けず劣らず金が好きだった。
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それから2週間で建築部の環境が一新された。
書類は半分がなくなり一部は暇な他部門が処理することになった。営業には建築遅れの常習犯の案件を一切取らないよう周知徹底された。
ペレスも暇そうにヤホーを見ていたら人事課長に見つかり、発注手続き書類の起票作業をさせられていた。
何を注文するのか中身はわからなかったが伝票だけなら何も知らなくても処理できた。
「ぐへへ。みんなにまぎれて残業320時間で申請とおちゃった」
さすがに毎月320時間分はきついと言われ、今月からは100時間分を支払うことが約束された。
実際の残業時間が40時間にまで減ったので毎月60時間の未払い給与が払われるということだ。
「でもまだ電気工事課の改修部隊は忙しいんだよなあ・・・俺たちの働き方改革はこれからだ!だな」
伝票起票を終えたペレスはタイムカードを切った。それから記録された時間を1時間後に改竄した。




