20話 36協定を破れ!
(旧)ピメール支部経営管理本部経理部会計課会計係長
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(新)ピメール支部経営管理本部人事部人事課勤怠管理係長
罰金刑をくらったペレスはなぜか懲戒解雇処分にされなかった。
ただ経理からは飛ばされて人事部に異動になった。
「人事部なら給与計算できるからいっぱい稼げ・・・なんだ勤怠かクソっ
いやまて残業時間を書き換えたらいっぱい稼げるんじゃ」
罰金100万円を課されたが、この帝国の司法はとても犯罪者にやさしい。
民事裁判の賠償金などほとんど全員が踏み倒しているし、刑事裁判の罰金も大差なかった。
つまりペレスの借金は0になったと言ってよかった。
だが借金返済に喜んでつい競艇で10万円の借金をしてしまった。
最後にあのボートが来たらうはうはだったのに、くそっ。
「ぐへへ、でも僕はすごい頭がいいからな!天才だからな!
今度は目立たないぐらいの残業時間にすればバレないぞ」
そう言って職員全員の前年度の残業時間を調べた。
すぐに表形式で必要な情報が出てきた。
「お!こいつは79時間か。こいつは・・・79時間か。こいつ・・・も?
なんだこりゃ。なんでどいつもこいつも79時間なんだ?」
残業時間は部署によってぜんぜん違った。
本業の新人ギルド設立の事務は月に3時間も残業していない。
経理部は1月や4月5月がやたら忙しくて他はヒマそうだった。
総務部は5月6月が多い。調達部は毎月月末が忙しそうだ。
そして建設部とIT部は8割以上が毎月79時間だった。
ペレスは不正の臭いを感じた。
「なんてやつらだ!嘘の残業時間を出すだなんて!」
さっそくまずは建設部の現場に行くことにした。
+ + + + +
ペレスは建設部電気工事課の現場にやってきた。ずいぶん山奥だ。
この建物はデータセンターになると聞いた。
プレハブの現場事務所に行くと所長のジョンがパソコンの前にいた。
スリッパを出してくれた若手にコンビニで買ってきた塩飴を渡した。
熱中症対策で喜ばれると聞いた。
「ジョン。君の残業時間は5年ずっと79時間だ。嘘をついてないか?」
「おいおい勤怠の係長がそれを言うのかよ」
アメリカ人のように首をすくめてワーオみたいなポーズをした。
ハハハ!事務所に詰めていた外注社員たちが笑った。
「どういうことだジョン?」
「じゃあ教えてやろう係長。この現場では8時から朝礼がある。もちろんその前に準備があるから7時には出勤しなきゃだめだ」
ピメール支部は9時から5時までが定時だった。7時に出ると早出2時間だ。
「日中は現場に出ている。事務所に17時30分に戻ってきたとしてそこから仕事がはじまる」
「仕事?なんのだ?」
「安全書類だろ?発注の手続きに請求の書類も回す。図面も書くよな?あと写真の整理。明日の作業打合せの書類。計画書。そんなとこか」
なんかすごい量だった。へ?それ定時終わりになってからスタート?
普通に朝からやっても夕方終わるかあやしいんだけど。
「22時で切り上げることもあるが普通は終電、悪いと泊まりだ。平均23時で計算してみろ」
「朝2夕6で20日出勤だから・・・160時間!!??」
ペレスはふっとびそうになった。160時間って160時間だぞおい。
だがジョンはやれやれといった感じで言った。
「なあ係長。それは平日だけだろう?土日を忘れてないか?」
「へ?土日は休み・・・休み?休みだよなあ?」
ジョンと若手と外注社員は全員目を見合わせてからワーオのポーズをした。
「土曜は全部出勤だ。日曜は現場によるがここは週おきに出勤。平日よかマシだがそれでも10時間は働いてる」
「10かける6で・・・160足して・・・220時間・・・」
ゲロはきそうになった。220時間?バカジャネーノ
79時間は過大申告だと思ったらまるっきり逆だった。
「おい、じゃあなんで79時間って言ったんだ。それだと141時間の残業代がもらえないぞ!」
「だから馬鹿かって。建設業で残業79時間以上は全部79時間だろが。36協定知らねーのか。80時間残業はこの会社には存在しねーんだ」
そ、そういえば聞いたことあるぞ36協定。社畜を余計に働かせられる最強無双の協定だ。
80時間まではセーフだから四捨五入とかに気をつけて79時間にしてるのか。
「で、でも週に1度か4週に4度は休まなきゃだめって最近行った無料セミナーで行ってたぞ!」
「駄目だとして誰が突っ込むんだそれ。チェックする側の労働管理監督署が破りまくってんだぞ」
死んだ魚の目でジョンが言った。




