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インド人と重苦しい

沢山書いたけど『インド人とウニ企画』はこれで最後の作品となります。

「珍しいな。晃太から誘うなんて」

「たまには俊介と飲むのもいいかな、と思ってよ……」


 年期が入った提灯がぶら下がる暖簾の隙間をくぐり抜け、地元の居酒屋の席へと着く大人二人。店のオバチャンが明るく出迎え、熱々のおしぼりを二つ手渡した。


「生二つ。後はいつも通り適当にお願いね里子さん」

「あいよ!」


 おしぼりで顔を拭く晃太、手を拭く俊介。素早く出された生ビールで軽く乾杯の挨拶をすると、晃太は半分程一気に喉へと流し込んだ。俊介は一口飲んでグラスを置いた。


「……実はな、家の娘……綾華が健太君に苛められたって泣いて帰ってきたらしくてな……」


「!? 家の息子が――!!」


 晃太は残り半分を一気に飲み干すとおかわりを注文した。


「くくく……!」


 ビールを持ってきたオバチャンこと里子が笑いを堪えきれず、顔が歪みに歪んでいる。


「何だよ里子さん!」


「いやね、歴史は繰り返されるんだなぁ……って」


「…………」


 晃太はビールを受け取ると、三分の一程一気に飲み込みグラスを置いた。その表情はどこか不満げで、やり場のない切なさが込み上げていた。


「……すまん。家の息子には俺からキツく言っておく。そして後で謝りに行かせるよ」


 俊介は二口目を口にすると、出された焼き鳥をもさもさと食べ始める。その表情は遠き日の晃太そのものであった。


「あれから数十年か……私ももうオバチャンになる訳よね」


「とっくにオバチャンだって……」

「何か言ったかしら!?」

「いえ……」


 笑顔で睨まれた晃太は、蛇に睨まれた蛙の様に怯み小さくなった。


「あれから……数十年―――」


 二人は遠き日の事を懐かしむ様に上を見上げた―――





「9月だけど、新しいお友達を紹介するぜ! カモーンエレナ!」


 ――テクテクテク……


 小さな緊張感が伝わるクラスの中、いつも以上に陽気な先生に手招きされ、彼女は小さな歩幅で教壇の横へと立つ。


 ――ガヤガヤ

 ――ザワザワ


   (「女の子だ!」)

   (「かわいいわね!」)

   (「転校生だ!」)


 小声で口々に転校生の感想を言い合うクラスメイトをよそに、ガキ大将の晃太は冷ややかな目で彼女を見ていた。


「みんな! 転校生のエレナちゃんだよ! お父さんの仕事の都合で今日から皆と一緒に勉強する事になったから仲良くね!」


「……エレナです……宜しくお願い致す」


 ペコリと小さくお辞儀をした異国の少女。その身なりはクラスの誰よりも裕福で、晃太は一目見て彼女が金持ちであることを理解した。そして辟易した……。


 そしてエレナの紹介の傍らでも机に向かって勉強をしている少年俊介は彼女の存在を気にも止めなかった。



 地元では物珍しい異国の少女。そんな彼女がクラスの話題の中心になるのに時間はそう掛からなかった。


「日本語うまいねー!」

「どこから来たの!?」

「お父さんは何の仕事してるの!?」

「ミカン好き!?」

「お洋服綺麗だね!」


 次々と押し寄せる会話の波に困惑しながらも、彼女はその全てに笑顔で答えていた。それを晃太はまた辟易しながら横目で眺めていた。そしてノートを一枚破りクシャクシャに丸めると、一番前の俊介の頭目掛けて投げ付けた。しかし俊介は意にも表さず黙々と勉強を続けた。



 エレナはよく笑い、よく食べ、よく勉強する子であった。小学生にしては落ち着きがあり、その佇まいはまるで淑女の様な存在であった。そしてその何もかもがガキ大将晃太には気に食わなかった。


「テストの結果を返すわよ~♪」


 いつも通り寂しい数字のテスト結果を受け取る晃太。裏の余白に書いた落書きには、先生から『先生泣きそうです』とコメントを頂く程であった……。


「はい! 俊介君は今日もほぼ満点です!!」


 当然の結果と言わんばかりに無表情でテスト結果を受け取る俊介の奥底に、自慢気に鼻を鳴らす傲慢さが見え隠れしているのを知っていた晃太は後で俊介をぶん殴ろうと決めた。


「そしてそして~! エレナちゃんは何と何と100点満点です!!」


「!?」

「!!」


 驚くクラスメイト。そして俊介。この時ばかりは俊介のすかした顔が歪んでいるのかと思うと清々した気分になったが、勉強の出来るエレナに対して徐々にムカムカと怒りが込み上げていた。




 ある日晃太は偶然それを見てしまった。クラスのアイドル的存在のエレナに対する嫌がらせだ!


 クラスの女子数人がこっそりと放課後にエレナの上履きを抜き取るのを見てしまったのだ……!


(けっ……)


 晃太はそれを見て見ぬ振りして帰ることにした。


 そして次の日、エレナは学校のスリッパを履いて授業を受けていた。次の日もまた次の日も……。


(金持ちなんだから買えば良いのに……被害者ぶりやがって)


 それからエレナの持ち物が無くなる事が増えた。鉛筆消しゴム果ては体操服まで……。クラスで個別に聞き取り調査が行われたが、晃太は「知らない」とだけ答えた。


 そして、それでも笑顔でいるエレナに心底嫌気が差していた。


 その日の放課後、帰り道肩を押さえながらトボトボと帰るエレナを見つけ不思議に思った晃太は、何の好奇心からかエレナの後をこっそりと着いていった。


 ……それは、晃太にとって青天の霹靂だった。なんとエレナが入って行った家は驚くほどに見窄らしく、辛うじて家としての体裁を保っている雨風凌ぐ申し訳程度の造りだったのだ!!


(!?)


 晃太は戸惑いヒビ割れてテープで貼り合わせたガラス窓の隙間からから小さく家の中を覗いた。すると、そこには一人服を脱ぎ肩口に刺繍を施しているエレナの姿が見えた。


(金持ちじゃなかったのか……俺んちよりヤベえ貧乏だったのかよ……)


 だが少年晃太は、その事実より服を脱いだエレナの肢体の曲線の方に目が行っていた。いけない事だとは分かっていても体が勝手に動いて離れる事が出来ないのだ! エレナが動くと益々覗きに拍車が掛かり、窓ガラスに手を着いてがっつりと覗き込み始めた!!


 ―――パリッ!



 勢い余って窓ガラスのテープが外れガラス片が下へと落ちた……そこにはガラスの隙間から見える晃太と、恥ずかしそうに躰を隠すエレナが居た。


(やべっ!!)


 晃太は慌てて逃げ出した! 脱兎の如くなりふり構わず駆け抜けたのだ!


(!!)


 そして何かを思い出したかの様に急ブレーキで止まると、再びエレナの家へと駆け出した!!


 ―――バァン!


 窓ガラスから再び晃太の顔が現れ驚き戸惑うエレナ。刺繍が終わったのか服は元に戻っている。


「言うなよ! 誰にも言うなよ!!」


 気迫に満ちたスケベ野郎の顔に、エレナは思わず縦に首を振った。それを見た晃太は再び脱兎の如く地を駆けた―――

読んで頂きましてありがとうございます!


後編も今すぐ書きます!

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