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第一章 君を求めて

 始聖しせい二百十四年六月――


「アリヤアアアーッ!」


 ――王都陥落。


「ウソ……だ……。嘘だウソだうそだっ……!」


 西洋式の様な黒の軍服の上に同色のロングコートを身に纏った青年が驚愕のあまり崩れるように地に両膝をつけ、焼け崩れていく自国の城を見詰めていた。


 青年がいるのは王都スぺルピア。


 豊かな自然と豊富な資源により繁栄し、街中の水路には透き通るほど美しい水が流れている水上都市国家だ。


 だがそんなオアシスとまで言われた地が今は焼け野原と化している。


 建築物は倒壊し、森林は炎の海と化す。自慢の水すら汚染により口にすることなど最早出来ない。


 王都が落ちたのは至極単純なことである。


 戦争に敗北したのだ。


 隣国である帝国に長年スぺルピアの地を狙われ続け、ついに総力戦となった結果である。


「まだだ……まだきっとアリヤはどこかにいるはずだ」


 青年は歯を食いしばって悲しみを誤魔化しながらなんとか立ち上がると、視線の先に映る王城へと走り出した。


 青年の名はヴァン。ヴァン・アレンシュタインがフルネームだが、彼をファーストネームか階級以外で呼ぶ者はいない。


 軍服の左胸に着けられている大佐の階級を表す勲章が炎で淡く光る。


 腰には刀のように片刃の剣が鞘に納刀された状態で帯刀され、それが走る度ロングコートをひるがえす様に突き揺れる。


 鞘も刃も漆黒の一級品であるそれは、愛するアリヤからプレゼントされた物だ。


 ヴァンもアリヤも王である聖女直属の軍に所属する軍人で、今回の戦でも勿論参戦している。普段コンビを組んでいる二人だが、聖女の作戦により今回はヴァンが敵地へ攻め、アリヤはスぺルピアを守護する役割を任されていた。


 二人は階級こそ大佐であるが実力は既に将軍に匹敵すると言われている。未だ大佐止まりなのは単に昇級するだけの大手柄をあげていないだけなのだ。


「クレールさん……。ムジカさんの家まで……」


 城へ向かう途中で眼にする変わり果てた光景を見て、ヴァンはそこに住んでいた住人の顔を思い出す。


 走りながら頭を振って悲しみの元となる思い出を思考から払うと、ようやく城内へと辿り着く。


 城内ももちろんひどい荒れ様だ。


 見るからに高級そうな花瓶やシャンデリアの破片がそこら中に散らばっており、入り口を入って眼の前にでかでかと置かれている初代聖女の像も肩から腰にかけてひび割れていた。


 初代聖女――ナタリー・マクドウェル。アリヤの高祖母にあたる人物である。


 初代聖女は唯一の光魔法の使い手であり、その力をもってこの国を建国させた。そして彼女の子供たちからも稀に光魔法を扱える者が産まれ、現聖女も光魔法の使い手である。生憎アリヤは魔法の才能はあっても属性が氷であったため長女でありながらも聖女の座を継ぐ資格が無く、かわりに軍人としてこの国を守護しているのだ。


「アリヤ……」


 ヴァンには初代聖女像がアリヤの姿と重なって見えた。


 高祖母ということもあり、像からでもわかるほど初代とアリヤの見た目は似ている。ヴァンは自身が知る限りでは一番似ているのではないかと思っていた。それに、魔法の才能も初代同様に一族の中でも秀でていた。明らかに違うのは魔法属性だけだろう。


「――!?」

 どれくらいの時間聖女像を眺めていたかはわからない。十秒。一分。いや十分かもしれない。だがそうして眺めていると、ヴァンはあることに気が付いた。


 ――像の位置がずれている? 


 そう思うと、ヴァンは聖女像の周りを調べ始めた。


「やっぱりだ。この像、少しだけだが動いた形跡がある」


 暫くの間像に触れたり亀裂を見たりといろいろ調べていると、土台部分の埃が両サイドで違うことに気づいたのだ。


 右側だけ埃や花瓶の破片が溜まっているのに対し、左側の床は綺麗なままだ。


「ふんっ――」


 ヴァンが像の左側から勢いよく押し始めると、見た目の重厚感とは対照的に思いのほか簡単に動いてくれた。


 すると像があった場所からは地下へと続く階段が姿を現す。


 ヴァンは意を決してゆっくりと階段を下り始めた。


 まず感じたのは埃臭さがないことだ。トンネル道のような淡い光を放つ蛍光ランプがあるのにも関わらず終着点が見えないほど深い階段だが、一切の埃臭さを感じない。定期的に人が訪れている証拠だ。


 このことからヴァンは、この階段は城の一部の者は知っていたに違いないという確信を得た。それと同時にもう一つ。この階段は少なくともヴァンが産まれるよりも前に造られていたということだ。


 ヴァンの父も軍人であり将軍の位にあったため、ヴァンは幼いころから何度か城に訪れる機会があった。だが地下室を造るどころか増築工事すら記憶にない。


 恐らくこれは城建築時、つまり初代の時代からあったものだろうとヴァンは推測する。


 左腰の鞘から愛剣を抜刀すると、刀身が橙色の淡い電光を鈍く反射する。降り着いた先に何があるか、また誰がいるかわからない以上油断は出来ない。ヴァンは願わくばアリヤであってくれと切に願いながら降りきった。


 すると途端に周囲が明るく光り、暗さになれた眼を襲う。


 思わず腕で顔を隠すようにかばうが、何かが襲ってくる気配も何かが居る気配もない。


 程なくして視力が回復したヴァンが辺りを見廻すと、視界には縦三メートル横二メートルほどの巨大な鏡が映り込んだ。そして光の正体が単純に蛍光ランプで、巨大な鏡が反射させていたことに気が付くと同時に

ホッと胸を撫で下ろした。


 何らかの感知機能で人がくると自動的にランプが灯る仕組みなのだろう。


「それにしても、一体ここはなんのための部屋なんだ……」


 ヴァンが見たところ、この二十畳ほどの空間には巨大な鏡と壁に取り付けられている蛍光ランプしかない。


 何らかの仕掛けがあり、起動することで開かれる隠し扉でもあるのだろうか。もしくは、ただの避難用の防災部屋なのか。ヴァンはいくつもの可能性を思案するが、結局答えは見付からない。それにどうしても気になる点がある。


「この鏡はなんだ……? いや、そもそも本当に鏡なのか?」


 ヴァンは鏡に触れながらぐるりと一周する。


 見た目はただの巨大な鏡だ。魔力も感じないし、特別な材質ということでもないだろう。


 けれど一つだけ本来の鏡と違うことがあった。


 ヴァンの姿が映らないのだ。まるで透明人間の様で、衣服や剣、それに周囲の壁や蛍光ランプなどは映している。なのにヴァンの姿だけは映っていない。


「なんなんだよ、これ……」


 ヴァンは気味が悪くなり、剣でつつくように鏡に触れたそのときだった。


「うぉっ――!?」


 鏡に切っ先が触れた瞬間、突然まばゆいほどの光量が鏡から発せられヴァンの姿を飲み込んだ。


「――…………ぅ……うぅ……っ」


 意識が覚醒すると、ヴァンの眼に映り込んだのはどこまでも広がる大草原であった。


「ここはどこだ……?」


 立ち上がり周囲を見渡すが、やはり地平線まで続く草木以外は何も見えない。これでは情報が何も得られず、ヴァンは焦燥感に駆られた。


「くそっ、こんなところで迷っている場合じゃないのに」


 左拳を強く握りしめ苛立ちを露にする。


「早くアリヤを探さないといけないのにッ。一体なんだったんだあの鏡は!」


 握り拳だけでは苛立ちを堪え切れなかったのか、右手に握る剣を乱暴に一振りする。

 そうしてしばらくすると頭が冷えたのか剣を納刀し、一度大きく息を吸い込み平静を取り戻した。


「よし、いつまでもここにいても仕方がない。まずは街を探して情報を集めなければ」


 ヴァンが取り敢えず太陽が昇る方へ進もうと決めた時だった。


「――!?」


 眼前数メートル先が刹那の時発光し、そこには水晶玉サイズの光球が浮遊していた。


 ヴァンは反射的にバックステップで後退し、剣の柄に手をやった。


「そう好戦的になる必要はない」


「ッ!? 誰だ!」


 予想外に光球から機械音声のような声で話し掛けられ、警戒心を強めたヴァンは抜刀して剣を中段に構えた。


「これを斬ったところで意味はないぞ。これは単なる通信手段にすぎない。私本体ではない」


「破ァッ!」


 ヴァンはお構いなしに浮遊する光球を両断すると、それは地面に転がり鈍い音を立てる。しかし再び浮遊すると、くっつきまた一つの球体へと戻ってしまった。


「チッ、再生するのか」


「再生、とは少し違うな。記録を戻したに過ぎないよ」


「戻しただと!?」


 ――時間遡行魔法のことなのか? いやそんな魔法はないはずだ! あるならとうに探してる!


「私を君の常識で考えないでくれ。――私は記録する者。この世界に存在するはずのない存在である君に気付き、こうして来たという訳だ」


「存在するはずのない……存在、だと」


 どういうことだ。ここは地球じゃないのか。俺は死んでしまったというのか。ヴァンの脳内をいくつもの不安と質問がを支配し、正常な思考が出来なくなりつつあった。


「そうだ、君は私の記録にない存在だ。少し前に数世紀振りの異界人が来たと思えば、今度は君だ。まったく、どうなっているのか私が訊きたいくらいだよ」


「俺以外にも誰か来たのか!? 教えてくれ! アリヤという銀髪の女性は来なかったか!?」


「君の言う者のことは知らないが、以前来た者のことを指しているのであれば、それは私が器と魂を切り離してあげたよ」


「どういうことだ!?」


「既に肉体は器として機能しない状態だったのだよ。その者を助ける代わりに私の願いも叶えてもらうという条件のもと、器と魂を切り離したのだ。それよりも驚きたいのはこちらのほうなのだよ。君はどこから来た。どうやって来た。この世界に何しに来たのだ。教えてくれたまえ」


「それは俺が訊きたいことだ。アリヤが居ないのならこの場に用はない。俺を帰してくれないか?」


「君にここに来た方法を訊いている時点で、こちらがその手段を知らないことくらい察しがつかないのかね」


「くっ……」


 癇に障る話し方をするやつだなとヴァンは思ったが、それを表情には出すまいと必死に堪えた。


 この球体が今この場で唯一の情報を訊く手段だからである。相手の機嫌を損ねて質問に答えてもらえないどころか、姿を消されてしまっては全ての手掛かりを失ってしまう。それだけは避けなければならなかった。


 けれどヴァンは交渉術の知識に明るくない。軍では主に戦闘をメインにしていたため、説得や交渉といったことに関しては他に任せていたのだ。強いて言えば尋問に少々自信がある程度だろうか。


「本題に移ろう。君はこれからどうするつもりだね? この世界でなにをする」


 記録する者と名乗った光球に問われ、ヴァンは無言で少し俯いて考え込む。


 そしてようやく決まったのか、決心がついたような表情で顔を上げた。


「俺には探している人がいる。その子を探しながら元の世界に帰る方法を見付けようと思う」


「ふむ。ならばこれを使うといい」


 声の主がそんなことを言うと光球が大きく輝きだし、すぐに光が落ち着くとそこには一人の女性が立っていた。


「!?」


 どうなってるんだ!? とヴァンが驚くと、さらに驚くべきことがあった。


「アリヤ……?」


 ――じゃない! 似ているがアリヤではない。


 アリヤは碧眼に銀髪、それと体型は軍で鍛えられて引き締まっているので見た目はスレンダーだ。一方で、光の中から現れた眼前の女性は瞳の色は同じだが髪色は輝くようなブロンドだ。背丈は似ているが体付きもどちらかといえばグラマーに見える。醸し出す雰囲気がどことなくアリヤと重なったが、まったくの別人であった。


「君の記憶から推測して探し人に似せて作ってみたのだがどうだろうか。気に入っていただけたかな?」


「作っただと!? ……まさかあんた、自分を神か何かだと言ったりしないよな?」


「それを名乗れるほど私は万能ではないよ。言ったであろう? 私は記録する者。この世界を見届ける者である。だからこの世界にいるのなら君のことも見届けねばならない。けれど異界人である君は、私の持つアーカイブには載っていないため、観察者を付けることにした。きっと君の役に立つだろう。好きに使うがいい」


「まるで物みたいな言い方だな」


「実際そうなのだよ。たった今作ったばかりのそれは、器の構成は君ら人間と変わらないが、中身が不完全だ。人間の形をなしただけの物なのだよ。人形と変わらない。それを物扱いして何が悪いと言うんだね」


「最悪の気分だよ。あんたが目の前に居たらすぐにでも斬りかかってしまいそうなほどにな」


 ヴァンは奥歯を強く噛みしめ怒りをなんとか制御する。けれど眼つきの鋭さは抑えきれておらず、光球のその先にいるであろう観測者を睨み付ける。


「君の気分などどうでもいい些細なことなのだ。私は私の使命を果たすだけのことなのだよ。私は記録する者。この世界のすべてを記録・管理する者なり」


 そう告げると、光球は一瞬だけ強く光って光の消失とともに姿も消していた。


「消えたか」


 ヴァンは周囲を見廻すが、やはりどこにも光球はなく後には残された女性の姿だけだ。


「……あんた、大丈夫か?」


 このまま無視するわけにもいかないので取り敢えず話し掛ける。


 すると、今まで精気が抜けたような眼をしていた女性の瞳に光が宿り、少しぎこちない動きでヴァンへ顔を向けた。


「質問。大丈夫、とは何を指しているのでしょうか?」


「何をって」


 予想外の彼女の返答に、ヴァンは面を食らう。


「具合とかまあそんなとこだ。ぼぉーとしてたからよ」


「回答。体調・コンディションという意味で具合を訊かれているのでしたら問題ありません」


「……変わったやつだな」


 ヴァンはずっと握りしめたままだった剣を鞘に納めつつ、変な話し方をするやつだなと彼女を見詰める。正確には、観察に近いので窺うといったほうがいいだろうか。


 そうして窺っていると、彼女も真正面からヴァンの視線を受けて見詰めう図になってしまった。こうして改めて見るとやっぱりアリヤに似ていると、思いたくなくても思ってしまう自分をヴァンは嫌いになった。


 こんな事態なのに彼女を綺麗だと思ってしまったからだ。


 ――俺はアリヤを見た目だけで好きになったんじゃない!


 頭を振りながら自分にそう言い聞かせると、ヴァンは目的地が定まらないままだが歩き出した。


 光球が出現する前の予定通り、まずは街を見付けて情報を収集しなければならない。まずはそこからだ。


 ヴァンが歩くと、当然の様に背後を彼女は付いてきていた。


 横目にそれを確認しつつ剣に手を伸ばしかけたが、彼女からは敵意を微塵も感じなかったので途中の手を戻して歩き続けた。


「はぁ~……」


 どこまで歩いても無言でただ付いてくる彼女と変わらぬ景色にいい加減嫌気がさしたのか、ヴァンは軽く溜め息を吐き出すと振り返った。


「なああんた、いつまで付いてくるつもりだ? 俺はあんたと行動を共にする気はないんだが」


「回答。ワタシはあなたの観察者です。どこまでも付いて行きます。これはあなたよりも上位権限者であるマスターからの命令なので、変更することは出来ません」



「じゃあせめて名前を教えてくれ。いつまでもあんたと呼ぶわけにもいかないだろ?」


「否定。ワタシに名前はありません。お好きに呼んでいただいて構いません」


「急にそう言われると困ったな……」


 ヴァンは頭を掻きながら思案すると、何か思い付いたのかハッと顔を上げた。


「ナタリーっていうのはどうだ? 俺のいた国でもっとも尊敬されている聖女様から名前を貰ったんだ」


「承認。固有名ナタリーで登録」


「それと俺の事もあなたじゃなくてヴァンと呼んでくれ。みんなそう呼ぶ」


「肯定。観察対象者情報をを再登録――完了。固有名をヴァンで登録しなおしました」


「さっきから言う登録ってなんだよ。まるでコンピューターみたいじゃないか」


「否定。ワタシの構成成分は人間と変わりなく、コンピューターなどの機械部分は存在しません。ワタシの記憶を通してマスターへ送る観察データの修正・変更を行っているのです」


「つまり、こうしてる今もナタリーを通してあいつが見てるってことか?」


「肯定。ただしマスターは記録を管理するだけで、その工程まで見ている暇がありません」


「それで観察者であるナタリーを用意したってわけか」


「肯定」


「はぁ~……記録する者、ねえ」


 ヴァンは天を見上げながら深い嘆息を吐き出した。


 そうして数秒の時が経つと、ヴァンは剣に軽く触れる。


「アリヤ……待ってろよ。必ず探し出して見せるからな」


 決意を固めたヴァンが再び歩き始める。その数歩分後ろにはナタリーの姿が――。

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