08 サイトウさんが許さん!
「おいおい、ぶつかっておいて詫びもないのかね?」
ミリヤの肩を掴んで呼び止めた執政官ドンは、日傘がぶつかったことを謝れと因縁をつけてきた。
「どうも、ごめんあそばせ」
以前のミリヤならば、問答無用でドンを日傘で滅多突きにしていた。
しかしララミィの教育のおかげで、少しばかり忍耐強くなっている。
横顔で振り向くと、笑顔でオークに頭を下げた。
「おい、まさか今のが詫びなのか? 私は街の執政官、つまり『悪魔』と呼ばれる魔王軍の幹部だ。ここ最近、人間の娘が魔王軍と揉め事を起こしていると聞いて、もしや勇者派の活動家と探しているのだが……振り向いて顔をよく見せろ」
「嫌ですわ」
執政官クラスの悪魔とは、年に数回の会合で面識がある。
とくに城下町の執政官ドンは、同じシュトロホーンの魔城に住んでおり、廊下でもすれ違う間柄だ。
ミリヤの城下町遊びは魔王のくせに世直しであり、オ爺とララミィ以外の者に事実がばれた場合、さすがに部下を反感を買う。
知られてはいけない。
「なんだと? おい憲兵ども、この娘を捕らえて取り調べろ」
「はい!」
ドンの後ろに控えていた二体のオークが、刺叉を手にミリヤに近付いた。
護衛でもあるララミィだったが、魔法の使えない魔王を残して、旧知の執政官に人相がばれないように人混みに隠れている。
「良いか憲兵、娘の白い肌には傷付けるなよ。生意気な娘は、ワシが直々に調教してやろう」
「わかりました!」
「げへへ、オークの血が騒ぐわい」
ミリヤは『オークは下品だのぉ』と、肩を竦めて鼻から息を吐いた。
次の瞬間、憲兵の刺叉が魔王を壁に押し付ける。
彼女は顔を見られないように、俯いて下唇を噛んだ。
「どれ、ご尊顔を拝ませていただこうかな」
「後悔するぞ」
「げへへ、ブサイクなのか? 気にするな、オークには人間の容姿など同じに見える」
「そうかい……では、私の顔をよく見るんだな」
ドンがミリヤの顎を上げたとき、彼女の人差し指と中指がオークの目玉を抉り出した。
「ぐぎゃーっ! 目が、目が~っ!」
「ほら、後悔しただろう?」
ミリヤは抉ったオークの目玉を指に刺して弄ぶと、慌てているオークの憲兵を日傘で斬りつけた。
執政官が『殺してやる!』と、手探りで魔王の首根っこを捕まえると、壁に押し付けて顔面を殴る。
頑健な魔王はオークのパンチごときで傷一つ付かないが、さすがに見兼ねたララミィが止めに入ろうとした。
そのとき!
「待たまえッ、寄ってたかって一人の少女をなぶりものにするとは、この東方のジパングからやってきたサイトウさんが許さん!」
勇者サイトウが、聖剣エクスカリバを掲げて躍り出たのである。