05 私は魔王だぞ?
「魔王様が探していたカードだぞ!」
カードゲームのショーケースを覗きこんでいたリザードマンの役人は、大声で衆目を集めた。
「これが魔王様が探しておられたレアカード『深眼のダークエルフ』か! おいオヤジ、このカードを献上せよ!」
「お、お役人様、それは10万フェンのレアカードでございます。献上するのは、ちょっと難しいかと……」
「なんだと? 魔王様の命令に逆らうのか」
「いいえ、滅相もございません」
玩具の露店商がショーケースからレアカードを取り出すと、リザードマンの役人は胸ポケットに納めて満足げに笑った。
それを見ていたミリヤは『私は、あんなカード要らんぞ』と、ララミィに伝えて席を立とうとした。
「ミリヤお嬢様は今、魔王ではありません。10万フェンのレアカードは、あの者が欲しかったのでしょう」
「しかし奴は、私に献上するためにカードを接収したのだろう?」
「露店を取り締まる役人が『魔王様に献上する』と言えば、何でも差し出しますからね。魔王の名前を騙り、私腹を肥やしているのでしょう」
「ええ……それでは、私の悪評が広まるではないか?」
「悪評を気にする魔王というのは、ちょっと矛盾してますけどね」
「文句を言ってくるわ」
ララミィは『だから』と、いきり立つミリヤの腕を掴んだ。
ここで魔王を名乗れば、お忍びで街を視察する意味がなくなる。
それにミリヤが魔王を名乗ったところで、城下町に暮らしている市民は、先代の魔王が亡くなったことも知らなければ、魔王の名前を騙る偽者と思われるのが関の山だ。
彼女が魔王だと知る者は、各地に散らばる執政官クラスの悪魔と、シュトロホーンの魔城で身の回りの世話をする城の者だけである。
「だから魔王としてではなく、個人的に文句を言えば良いのだろう?」
「ミリヤお嬢様が文句を言っても、役人のリザードマンが改心するわけないし、改心したらしたで残虐非道の魔王軍の役人として問題ですよ」
「うん?」
「あのリザードマンは小悪党ですが、露店商から高額な商品を取り上げるなど、なかなか見所のある魔王軍の役人ではないですか。むしろ称賛に値します」
「そういうものか?」
「ええ、だって彼は魔王の手先ですよ。部下の蛮行は、称賛すべきですわ」
「なんか腑に落ちないのぉ」
ミリヤはララミィの手を払うと、日傘を剣のように構えてリザードマンの前に立ち塞がった。
「なんだ小娘、俺に何か用でもあるのか?」
「そこのお前、魔王への献上品を薄汚いポケットに入れて良いのか? もっと丁重に扱わなければ、魔王に叱責されるぞ」
「ああん? そんなこと、貴様みたいな人間に言われる筋合いねぇぞ」
「私が人間? ほう、お前には私が人間に見えるのか」
魔王の象徴であるミリヤの角は、ララミィの魔封じの護符でツインテールと一緒に結われており、見た目が人間のようだった。
「ミリヤお嬢様っ、騒ぎを大きくしてはいけません! それに今は――」
「魔法は使えん。しかしララミィ、私の剣はリザードマンごときに負けはせぬ」
「お嬢様!」
「黙れッ、人間どもが! この街が魔王のお膝元ッ、この俺が魔王軍だと知っての狼藉ッ、魔王様にケンカを売ったも同然の愚行を見過ごすわけにはいかん!」
「お前こそ、誰に向かって牙をむいておるんだ!」
目を血走らせたリザードマンに、黄色のオフショルダードレスの少女が対峙している。
さすがの露店商も『カードは差し上げますからお引き取りください』と、リザードマンを宥めすかしているが、大衆の面前で小娘に小馬鹿にされては、引くに引けない様相だった。
「こいよ三下、私が稽古をつけてやる」
ミリヤが手招きで挑発すると、姿勢を低く構えたリザードマンが腰の辺りにタックルした。
だが刹那、少女の体はするりと彼の頭上に抜けて、背後に回り込んだ彼女に後ろ足で尻を蹴飛ばされる。
前のめりに地面に倒れた彼が、態勢を整えようとついた手の甲に、鋭く尖った日傘が突き刺さった。
「ギャーっ!」
「うちの執事長は、首チョンパされても叫ばないぞ? あ、叫べないのか?」
「ま、魔王軍に逆らってっ、ただで済むと思うなよ!」
「お前こそッ、私に逆らってただで済むと思うな!」
「な、何者だ!?」
ミリヤは『ええと……何者って言われても』と、ララミィに目配せして助けを求めたが、お目付け役は顔を手で覆って首を横に振っている。
「名乗るほどの者ではないわ!」
「え?」
「さらばだ!」
人混みに逃げこんだミリヤは、ララミィの手を捕まえて現場を走り去った。
お目付け役には、部下の蛮行に拳を振るったのは、魔王らしからぬ言動だと怒られたが――
「私は魔王だぞ? 意見するヤツには容赦しない」
と、ミリヤは言い放って、ララミィの瞳に日傘を突き付けた。