03 言葉遣いは直らないよ
ミリヤは日傘の柄を回しながら、露店が並ぶ大通りを歩いている。
店先には新鮮な野菜や果物、帽子や洋服、家具や雑貨、彼女の目に留まったのが本屋だった。
「ララミィ、この本を見てみろ! 魔法をかけられてないのに、紙で作られた本からモンスターが飛び出すぞ!」
ミリヤが開いたのは飛び出す絵本だった。
世間知らずの魔王は、開閉する度に紙で折られたドラゴンが飛び出す絵本に心を惹かれた。
「ミリヤお嬢様、飛び出す絵本が欲しければ購入いたしましょう」
「おおっ、ぜひにぜひに!」
ララミィが本屋に金を支払っているとき、ミリヤは本屋の隣にあるオモチャの露店を覗きこんだ。
子供たちが夢中で遊んでいたのは、モンスターや歴代魔王などの描かれた絵札で競うカードゲームである。
「お主の手札にあるのは、デュラハンとワイバーンだな。カードを横にして防御、縦にして攻撃……なるほどルールは単純だな」
「お、お姉ちゃんっ、おいらの手札をばらすなよ!」
「すまんすまん」
「あっち行ってよ!」
子供たちに背中を押されたミリヤは、ショーケースに並んだバラ売りされたカードを眺めながら、さらに隣の花屋の店先に立った。
「ララミィ、我が城下町には、シュトロホーンの魔城にないものばかりでワクワクするな」
「そうでしょうね」
「ララミィ、街の実態は、城から見下ろすだけではわからんものだな」
「ええ、そのとおりです」
「視察は、楽しいのぉ」
花屋から小さな花束を買ったミリヤは、ララミィに先導されてカフェに入る。
お目付け役がフルーツパフェを頼むので、魔王も同じものを注文した。
それから彼女は、買ってもらった飛び出す絵本を開く。
絵本の内容は、聖剣を携えた勇者とドラゴンを従えた魔王が戦って魔王が勝利する。
ここが魔界であれば、魔王の負ける道理がなかった。
「勇者のやつは、ドラゴンごときにだらしがないのぉ」
「ミリヤお嬢様、本物の勇者は、そんなに甘くないですよ」
「なあ、ちょいちょい気になっていたんだが、なぜ私のことを『お嬢様』と呼ぶのだ? 私はお嬢様である前に、魔王様なんだけど」
「お城の外では、素性を隠さなければなりません。勇者派の活動家にミリヤ様の素性がばれたら、誘拐や暗殺の危険があります」
「勇者派の活動家? 魔王の城下町に、そんな奴らがおるのか」
「ここには、住む場所を追われた人間も大勢暮らしています。思想はチェックしておりますが、あまり厳しく取り締まれば市民の反感を買います」
「カリスマは強要できないからな」
「はい」
ミリヤは『ここでは、ミリヤお嬢様なのだな』と、ララミィに確認した。
「お待たせしました、フルーツパフェ二つでぇす」
テーブルには、ガラス器に盛られたアイスとフルーツが置かれた。
「これがフルーツパフェか! なんとも旨そうだ」
「ミリヤお嬢様、旨そうではなく、美味しそうですわ」
「ああ……そうであったな」
「ミリヤお嬢様、そうでした」
「うむ」
「言葉遣いを直さなければ、二度目はありませんことよ」
「そんなぁ、ずるいよララミィ」
ララミィは城下町遊びをエサにして、がさつなミリヤにお嬢様教育を施すつもりだ。