02 なにその伝統、聞いたことないわ
シュトロホーンの魔城は、人間から『魔界』と呼ばれるドラムラ大陸にある。
ドラムラ大陸は『魔界』と呼ばれているものの、火山も噴火していなければ、血の川も流れていない。
空や海は青く、大地は緑豊かで、とても暮らしやすい土地柄だ。
ただ魔王の居城があり、魔王がいるからドラムラ大陸は魔界だった。
「ララミィ……私の服は、ちょっと派手ではないか?」
「とてもお似合いですわ」
「いつもの服で良かったのではないか?」
「ダメですよ、あんなの喪服じゃないですか」
ミリヤはオフショルダドレスのスカートを摘まんで、足元の悪い道を歩いている。
彼女は幼少期から、魔王として黒い色調の衣装しか着てこなかった。
黄色の、しかも肩と腕を晒したオフショルダドレスなんて初めてだった。
「それに携帯する武器が、日傘というのは心許ないのぉ」
「ミリヤ様は普段、日の当たらない城暮らしなんです。目下の敵は、白い肌を焼き尽くそうとする日光ですわ」
「ララミィは、大袈裟だよ」
ミリヤが日傘を下げようとすると、ララミィが腕を掴んで睨み付けた。
「ミリヤ様の透き通った白い肌に一点のシミが付くのも、このララミィが許しません」
「わ、わかったわよ……ちぇ」
「舌打ちもダメですよ」
「なんだよ。ララミィには、騙された気分だわ」
「何がです?」
「城下町には、退屈しのぎに行くと言うから喜んだのにさ、衣装や持ち物を指図するし、言葉遣いや礼儀にもうるさいじゃん。これじゃ勉強しているみたいで、遊び感がゼロだよゼロ。私はさ、町でうぇーいってしたいわけ」
ララミィは『魔王が、うぇーいってできるわけねぇだろう』と、笑顔でミリヤを嗜めた。
お目付け役は、魔王を口車に乗せて城下町の視察に連れ出しただけだ。
先代の魔王も、遊び人を気取って領内を視察しており、さらに先々代の魔王は、コキュートスの獄卒二人とうっかりオークを連れて、占領下にある諸国を旅していた。
「歴代の魔王が身分を偽り、領内を視察するのはシュトロホーン家の伝統ですから」
「なにその伝統、聞いたことないんだけど」
「いま、初めてお伝えしましたわ」
ミリヤが『やっぱり騙したんじゃん!』と、前を歩いているララミィを魔法で攻撃しようとしたが、金髪をツインテールに結んだ髪飾りのせいで呪文が詠唱できなかった。
「な、な、なんで魔法が使えないの!?」
「ミリヤ様、先ほど髪を結い上げたリボンは魔封じの護符なんです。オ爺を殺したように、お気楽に庶民を殺されたら隠蔽工作が面倒なので、視察のときは魔法を禁止させてもらいます。もちろん、ご自分ではリボンが解けません」
「ぐぬぬ……あとで覚えてろよ」
ララミィは目的地だった城壁に辿り着くと、石壁に十字に飛び出た岩と『A』『B』と描かれた丸い岩の前に立った。
「ミリヤ様、鉄壁の守りを誇るシュトロホーン城ですが、一ヶ所だけ結界のない抜け穴が存在します」
「うむ。歴代の魔王が、その抜け穴を通じて出入りしていたのだな」
「はい。この抜け穴を開くための所作は、教えるのは一度きりです。一回で覚えてくださいね」
「わかった」
十字の岩と二つの丸い岩に手を置いたララミィは、一呼吸置いてから次の順番で岩を押した。
↑↑↓↓←→←→BA
「ミリヤ様、どうです一回で覚えましたか?」
「うん」
こうして魔王ミリヤは、歴代魔王も使った抜け穴を通じて城下町にやって来た。