後悔
朝の日差しのなか、私は目を覚ました。
昨日のことは夢のようにぼんやりとして、儚い記憶だった。
ツムギとデートしたんだ。
それで、ホタルを見た。
それから、、
私は会えなくなるのが悲しくて黙ってしまったんだ。
ツムギは困ったような顔をして聞いた。
「どうしたの?俺、なんか変なこと言った?
それとも、どこかしんどい?疲れちゃったかな。」
「違う違う!
ごめんね、なんでもないの。
ほんとに、なんでもない。」
そう言って私はまた黙った。
何か言うと、ツムギを困らせる言葉が溢れてしまいそうで、何も言わないようにした。
ただ、今ツムギと2人でいられることが幸せなことなんだ。
ただ、それだけでいい、と思ってさっきの感情は心のうちに閉まっておくことにした。
「さ、そろそろ帰ろっか。
今日はほんとにありがとう」
そう言って私はベンチから立って歩き出した。
気を抜くと泣いてしまいそうになるのをやっとの思いでこらえながら。
ツムギは戸惑ったようだったが、すぐ後から追いかけてきて言った。
「家まで送るよ。」
ツムギの自転車の後ろに乗った。
ドキドキした。
でも、私はそれ以上に寂しい気持ちでいっぱいだった。
泣いてしまうそうなのを、なんとかこらえていた。
私の家の前でツムギは言った。
「明日も会える?いつもの時間に、あの場所で。」
私は「うん。会えるよ。
じゃ、明日ね。おやすみ」
と言って家に入った。
ツムギは少し困ったような顔をして手を振っていた。
急にしんみりしてしまった私を心配していたのだろう。
2人の初めてのデートだったのに。
おいしいカキ氷と冷やし中華を食べてホタルを見た。
とても楽しいデートだったのに。
もうすぐで会えなくなる寂しさでデートを台無しにしてしまったのかもしれない。
ツムギがよく言っている「今この瞬間を楽しむ」ということがこんなに難しいなんて。
どうしても未来への不安でいっぱいになってしまうのだ。
なんで、できないんだろう。
ツムギのように生きられたら、昨日のデートはすごく楽しく終えられたのに。
私は昨日のことを後悔していた。
ツムギは混乱しているだろうか。
デートの最中に急に黙ってしまうなんて。
今日会ったら謝ろう。
「はぁ、、」
自然にため息が出た。
その時、「バタン!」と激しい音とともに姉の美香子が憤慨しながら部屋に入ってきた。
「夕香子!
昨日私のワンピース勝手に着て行ったでしょ!
そもそも部屋には入らないでよね!
ほんっと、なんなのよ!」
とだけ吐き出してまだバタンと扉を閉めた。
謝ろうと思ったのに、その隙も与えてくれなかった。
美香子は元々そういう人だ。
自分の言いたいことを言うだけ言ってそれで終わり、だ。
あとはもう覚えていない。
実にさっぱりしている。
ああいう性格だと楽だろうな、と私は姉を少し羨ましく思った。
美香子なら素直に好きという気持ちや寂しい気持ちを伝えられるんだろう。
私にはできない。
自分のことが嫌になる。
どんどん涙が溢れて止まらなくなり、布団につっぷして声をあげて泣いた。
こんなに泣いたのはいつぶりだろう。
自分にこんなに激しい感情があったことに驚いた。
恋ってそういうものなのだろうか。
誰かを好きになるっていうことは自分を嫌な部分を見つけてしまうことなのだろうか。
やっと涙が止まり、泣きはらした目でよろよろとキッチンに降りて麦茶を飲んだ。
冷たく冷えた麦茶を飲みながら、庭の緑を眺めた。
今日はまた新しいジャージを着てジョギングしよう。
ツムギに今日も会えるのだ。
私はひと息ついて、「よーし!」と伸びをした。